「あー楽しかった!」

そう笑って死ねたらいい。
そんな人生であったらいい。
狂ってしまえたらいっそ楽なんだろう。
狂った姿はさぞ醜悪なんだろう。
そしてそれを美しいと思う。
そんな感情をなんと呼べばいいだろうな。

ああでも滑稽だと思うよ。

今すぐにでもその頭を掴んで角に叩き付けてやりたい。

そんな殺人衝動、狂ってるとでも言う?

でも残念ながら他人様がそう言ったって、思たって、

自分の思考はそう簡単には変わらない。

殺してやりたい。

それが間違いなのか、正解なのか。

言い切れる事なんてなにひとつない。

なにひとつさえ。
振りほどいたつもりだった。
目の前の「それ」の存在を。
つもりでしかなかったのか、あれだけの事が。
あれだけの力で振り切ったというのに、
どれだけの覚悟だったと思ってるんだ。
血反吐すら吐きながら、
嗚咽さえ垂れ流しながら、
そんな死ぬ程の覚悟をこうも簡単に捻り潰される。

嘘だろう?

なぁ、神様。
いっそ殺してくれよ。
もう世界に、人間に、呆れるばかりだ。
裏切られる事に慣れろとでも言うのか?

なぁ、もう。

どうしたら殺してくれる?
あなたはどうして。
なんだってよくまあ人の欠点を探すのがうまい。
良い所はなかなか見つけ出せないのに、それはよく見つける。
意気揚々と指摘するその姿。

その姿をどう見るかは結局の所、自分次第なんだろう。
そういう人を貶すのか、偉人と讃えるのか。

少し、頭を抱える。
周囲の流れのまま生きてきた。
進んでいく方向に流されたまま、いつのまにかそいつらと同じ表情になっている。
強張った顔はなかなか治らず、もうそのままでいいかななんて思い始めた。

「ちょーっと、すいませんよー」

そんなひょうきんな声が聞こえて思わず顔を上げた。
人ごみを掻き分けながらこちらへ向かってくる青年。
目はキラキラしてて、口元は自然に笑みを作っている。
ああ、こんな顔いいな。
そんな恨みがましい目で見ていたのがばれたのが青年が手を差し出してきた。

「一緒に来る?」

そう言って彼はにやりと笑う。
呆然と立ち尽くす俺。
そうこうしているうちに小さくなる後ろ姿。

そうか。
これはきっかけだ。
チャンスだ。

「待ってくれ!」

そう叫んで小さな後ろ姿を追いかけた。

前へ、前へと伸ばした足がふと止まる。
止まって初めて自分の息が荒い事に気が付いた。
ああ、こんなにも自分は疲れていたのか。
そう思うともう足は動かなかった。
少し休もう。
水分でも取って、今日はゆっくり寝よう。

そしたら明日。

また全力で走ろう。
横にいた人物の手が震えているのを見て思わず「大丈夫ですか?」と声をかけてしまった。
はっと気付いたように上がった顔が蒼白で。
後に続いた「大丈夫です」の言葉とへらりとした笑顔を信用出来はしなかった。
それから視線をどこに向ければいいのかわからなくなったのか、彼はおろおろと彷徨わせる。
ミーアキャットのようだ。
(きょろきょろと視線を動かすその様子が)
思わず吹き出してしまうとますます彼は顔を白くさせた。

「あの、な、にか」

まるで自分が捕食者になった気分だ。
ああ、でもそれよりは守りたくなる。
そうそう、母性が目覚めるというやつね。
自分がミーアキャットを可愛がる様子を思い浮かべてまた笑ってしまう。

「あの」

可愛い!と思った瞬間、私は口に出していた。

「今すんごい貴方にご飯をごちそうしたい気分なの!」

逆ナンというのを人生で成し遂げた瞬間だった。
彼は誰かに傘を差し出され、その人の心の温かさに笑ったんだろう。
つい数分まで、私に向けられた蔑むような目線など最早形さえなかった。
思わず反らした視線を彼はどう思ったろう。
卑怯だと、そう思ったろうか。
溜息をひとつ吐いて、またも自分が誰かからの「評価」を気にしてる事に気が付いた。
子供の時からそうだった。
母親に「いい子」と思われたくて必死に家事の手伝いをした。
父親に「賢い子」と思われたくて夢中で勉学に励んだ。
学校では先生に、
仲間に、
異性に、
全く見知らぬ誰かからの評価にさえ怯えている。

昔見たテレビでは「他人はそれほど自分を見ていない」と言っていた。
それは分かった。
ずっと自分を見ている人などいない。
いたとしてもそれは鏡にうつる自分だけだろう。
私が言いたいのは、「人は評価をつけたがる人間」だという事だ。

自分よりも劣っているのか、優れているのか。
利益になるか不利益になるか、
食べれるのか食べられないのか、
愛せるのか愛せないのか、
生かしていいのか殺すのか。

人間はその評価をいつもしてる。

私は「評価」をされたくない。

私は「私」だ。

アイデンティティと呼ぶにはお粗末過ぎるそんな小さな発言を、
軽く掌で握った。

ずっと雨だ。
曇天ならいいものの雨だ。
大粒の雨が顔にかかって気持ち悪いし、
風でもう目も開けていられない。
傘なんてとっくに壊れてその役目を果たしてなかった。
雨宿りしようにも近くにある軒先や木の下は満杯で誰も譲ろうとはしてくれない。
その中の一人と目が合うと気まずそうに反らされる視線。
そりゃそうだ。
自分があんたの立場だったらそうする。
濡れたくないし。
ああでもこのままだったら風邪ひくな。
どうしよう。
ていうかそろそろ止めばいいと思うよ、この雨。
止む気配すらねーし。
あー、ちくしょう。


「濡れますよ」


後ろから差し出された傘に一拍置いて

「もう濡れてますよ」と返した。


「あんたの傘、強そうでいいな」
「先ほど買い替えたばかりなんです」
「…」

今度から俺もそうしよう。
(気付けよ俺)