彼は誰かに傘を差し出され、その人の心の温かさに笑ったんだろう。
つい数分まで、私に向けられた蔑むような目線など最早形さえなかった。
思わず反らした視線を彼はどう思ったろう。
卑怯だと、そう思ったろうか。
溜息をひとつ吐いて、またも自分が誰かからの「評価」を気にしてる事に気が付いた。
子供の時からそうだった。
母親に「いい子」と思われたくて必死に家事の手伝いをした。
父親に「賢い子」と思われたくて夢中で勉学に励んだ。
学校では先生に、
仲間に、
異性に、
全く見知らぬ誰かからの評価にさえ怯えている。

昔見たテレビでは「他人はそれほど自分を見ていない」と言っていた。
それは分かった。
ずっと自分を見ている人などいない。
いたとしてもそれは鏡にうつる自分だけだろう。
私が言いたいのは、「人は評価をつけたがる人間」だという事だ。

自分よりも劣っているのか、優れているのか。
利益になるか不利益になるか、
食べれるのか食べられないのか、
愛せるのか愛せないのか、
生かしていいのか殺すのか。

人間はその評価をいつもしてる。

私は「評価」をされたくない。

私は「私」だ。

アイデンティティと呼ぶにはお粗末過ぎるそんな小さな発言を、
軽く掌で握った。