昨年の震災から1年が近づいてきました。
新聞各紙、報道番組、それぞれに色んな情報を伝えている。
そんな中、ディスカバリーチャンネルで「特集 3.11からの出発」というドキュメンタリーを放映している。
昨年の震災から今日に至るまで、多方面から「再生」「復活」を特集している。
その番組の中に「海に沈んだ写真の記憶」という番組があった。
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まず、詳細はこちら。
ディスカバリーチャンネル
「特集 3.11からの出発」
この紹介ページを読んだだけで、正直「うる」っと来る。
番組は、津波に流され瓦礫の中から見つかった何十万枚の写真を救おうとするボランティアの目線から作られ、汚れて、腐食して行く写真を、一枚ずつ洗い、所有者に返して行くいう内容。
この中で非常に印象的だったのが「写真は記録ではなく、記憶であり、心の拠り所になる。」という言葉だった。
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番組内で、ボランティアの方々が、泥まみれになった何十年も前の結婚式写真を、一枚ずつ汚れを落とし乾かしていく。
子どもの写真、集合写真など、顔が分からなくならないように、丁寧に丁寧に泥を拭き取る。
青空をバックに写っている子どもを、ボランティアみんなで「青空君」と名付け、その写真が見つかる度に喜ぶ。
そしてその「青空君」本人が写真を受け取りに来た時、ボランティアみんなが家族のように出迎える。
何十万枚もある写真から、自分の写真を見つけるのは困難を極めるが、何日も何日も通い詰め、ひたすら写真を探す老夫婦。
ネット業者に頼み、写真をデータとしてネットにアップし探しやすいようにする。
顔認証ソフトを使い、自分の顔を認証にかけ、似たような顔をピックアップしたり。
写っている方がすでにお亡くなりになっている場合もある。
でも、写真を見つけ受け取った方が言った。
「昔の写真があるから、未来に希望がもてるんです。」
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写真にこんな「力」があるとは思わなかった。
写真は「記録」という意味もあるが、時間が経つにつれ「記憶」になっていく。
そしてその「記憶」が、辛い時や悲しい時に、どんなに励みになり、力になるんだろうと。
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当社は2年程前から「写真プリント」の方法を変えた。
それまではフィルムプリントと同じ光沢のある写真だったが、薬剤を使わず「顔料インク」で「印刷」と同じような、ちょっと光沢が少なく、色合いもフィルムとは微妙に違うもの。
これを選択した当初、上がってきたプリントを見た際、自分自身でも「何か違和感があるな」と感じた。
ただ、写真を長期保存する場合、一般的にはアルバムやフォルダに入れて保管するので、前ほど光沢が無くても大丈夫だろうと。
この方法に変えた理由はただ一つ。
「保存力が格段に優れている」から。
番組内で放送されていたが、今までの写真の場合、長く水に浸けていると「プリント面がジェル状になり解けて」しまう。
また用紙に「厚み」があると、水分を吸って乾かした時に「ひずみ」が出やすくなってしまう。
弊社の被写体は「子ども対象」が多いため、子どもが触ってしまった場合、今までのプリントだとベタッと指紋が残ってしまう。
弊社のプリントの場合、汚れたら中性洗剤を使って洗っても、写真自体に何ら問題は発生しない。印刷面を普通に触っても指紋は目立たない。
紫外線に対しても、前のプリントよりも強くなっている。
つまり年月が経っても「日焼け・色落ちが少ない」という事。
確かに、写真が「ぴかぴか」していて厚みがあると「綺麗だなぁ、有難いなぁ」と思われがちな事も十分把握している。
ただ、それだけで本当にいいのだろうか?
「記録」ならそれでいいのかもしれない。
でも「記憶」として残すならどうだろう?
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プリント方法を変えてから、確かに苦情、苦言が多くなった。
売り上げが落ちるのではと心配なさって下さる方もいらっしゃった。
その都度「こういう理由で」と話しているが、中々理解される事は無い。
目先の利益を考えるのなら「触るのが怖い様なピカピカしたプリント」が売れるのは分かっている。
でも、その子が大きくなった時、あるいは昨年の震災のように「水に浸かって」しまった時。
受け取った時の「記録」でいいのか、長い年月を経て「記憶」になっていった方がいいのか。
自分は「記憶」にして欲しいと思い、今のプリント方法を選択した。
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取引先の、ある保護者が話してくれた。
「うちの子、肌が過敏で、予想も付かない物でアレルギー反応が出るんです。実は写真も直接触っただけで肌が赤くなっちゃう事があって。でもこの写真だと、触っても、それこそ舐めちゃっても大丈夫なんです。何か秘密があるんですか?」
この子が大きくなっても写真を嫌いにならないでいてくれたら、この先どんな苦情も我慢できます。
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いよいよ迫って参りました「卒業・卒園式」シーズン。
ブログ「感情移入」でちょっと触れたが、今年はかなり「まずい」かもしれない…(大汗)。
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さてさて、どこの学校、幼稚園でも「謝恩会」というのがある。
生徒や保護者が、お世話になった先生方に感謝を込めて開く催しなのだが、今年取引先の「某幼稚園」では謝恩会を飛び越えた(?)様な「ありがとうの会」というのが行われる。
今回、その撮影を幼稚園からではなく「保護者」から依頼された。
あ、もちろん幼稚園にも許可は頂いてます。
現在「準備段階」なのでここに多くを記載するわけにはいかない。
ただ、保護者との打合せでイベント内容等を聞いた途端…
「これを撮影して記録に残したら、この幼稚園との取引は終わるな…(涙)。」
という内容。
まぁ、とにかく保護者がノリノリで、先生達をいじりまくっちゃえ!という感じなのです(笑)。
その時に担当の保護者にお話しさせて頂きましたが…
先生と保護者の間で何があっても構いません。
えぇ、それこそ放送禁止映像やら、放送事故になるようなイベントでも、何でも行って下さい。
ただ、そこで「お仕事」をさせてもららってておりりります弊社を巻き込むのは、ほ本当に勘弁して下さい(動揺)。
実際、そのイベントの片棒を担いでいる気もしますが、弊社の存続と社員の生活がかかっているので、あえて「無関係」とさせて頂きます(笑)。
えぇ、ただ記録に残すだけで、弊社はイベント内容と一切「む・か・ん・け・い」ですぅ!<あえて記載(笑)
…(・ω<)
-----
さて、そのイベントの中で「入園してから卒園するまで」の「スライドショー」を行うという企画が持ち上がった。
これは、結婚式のお色直し中に「二人の出会いから結婚まで」の様に「写真」を「動画」にするというものを想像して頂ければわかりやすいと思う。
で、その「素材」として弊社が撮影した「写真」を使わせてもらえないかという相談があった。
「ご購入頂いている写真を読み込んで、映像などに使う分には構いません」とお答えすると「新しく提供して欲しい写真もある」との事。
一般の写真屋であるなら、多分「プリントした写真」を渡して「スキャンして使って下さい」的な事で対応するんだろうと思う。
だってデータで渡してしまうと、そこからプリントできちゃうし、いくらでも複製されちゃう。
でも「もし自分が保護者なら」と考え、生データではないが「映像に最適化した写真データ」をご提供させて頂いた。
生データから、現在の「テレビモニタ」に横幅を合わせ、解像度を揃え、映像編集で一番使いやすい形に変換。
データの複製については「紳士協定」的な感じ。
あ、もちろん「実費」的な部分は御請求させて頂きましたが…(汗)。
-----
で、そのデータ加工しつつ見直すと「そう言えば、今年の卒園児、入園からずっと撮影しているんだよな…。」と懐かしくなってしまった。
加工済みのデータをお渡しする際、担当の方に尋ねてみた。
「私も今年の卒園児には『思い出』が沢山あります。もし宜しければ、個人的なお願いですけど、出来上がったら私に一枚頂けないでしょうか…?」と訪ねてみた。
担当の方は驚きつつ「是非記念に受け取って下さい」と仰って下さった。
-----
そのDVDが今日手元に届いた。
どうやら、出来上がって真っ先に渡して下さったようだ。
まだ一般公開前なので詳細は記載できないが、本当に素晴らしい出来。
映像担当の者とも見たが、懇親の力作という表現しか出来ない。
「仕事」として頼んだら、30~80万コースになるなと、変な事を考えつつ(笑)、一人で何度も何度も鑑賞してしまった。
こいつカメラから逃げ回っていたよな、とか、この子芋掘りの時「泥」投げつけてきたよなとかとか(笑)。
使われた写真を全部自分が撮影したわけではないが、撮影した写真はやっぱり覚えている。
この映像を見る先生や保護者とは、また違った角度から感動し、正直心が「ほっこり」。
(*^_^*)
ここ最近の「追い詰められている感」が癒されました。
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そして映像のエンディングテロップにこう記載されていた。
「思い出に残る写真をありがとうございました」
一人のカメラマンとして、そして写真屋の代表として、この一言が最高の「賛辞」なんだろうと思った。
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「思い出」と「想い出」
読み方と意味は同じだが、意味合いが違う。
「想」は「思」と比較して「想像する。思いやる。」というような「対象を心に思い浮かべる」というニュアンスが強い。
対象に対する強い思い入れがある場合に「想い出」と書く。
例えば「昔の恋人を想い出す。」「詩の一節を想い出す。」のように。
1カメラマンとしてそれぞれの学校、幼稚園等に「思い出」は山程ある。
それが「卒業・卒園」と共に「想い出」に変わる。
今回のDVDを観て、自分は「想い出を記録していく仕事をしている」と改めて実感。
そして今年もまた「想い出」が増えそうです…。
-----
私信
担当者の皆様、本当にありがとうございました。
このDVDは私の「想い出」として、大切にさせて頂きます。
本人や保護者、関係者の皆様が、10年、20年後、改めて写真を見た時…
「いい想い出だよね」
そう思って頂けたら幸いです。
まだ卒園式前ですが…、
お子様のこれからの御活躍、ご家族の益々の御多幸と御健勝、心より祈念致します。
Facebookページ
http://www.facebook.com/matsumotoplanning
ブログ「感情移入」でちょっと触れたが、今年はかなり「まずい」かもしれない…(大汗)。
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さてさて、どこの学校、幼稚園でも「謝恩会」というのがある。
生徒や保護者が、お世話になった先生方に感謝を込めて開く催しなのだが、今年取引先の「某幼稚園」では謝恩会を飛び越えた(?)様な「ありがとうの会」というのが行われる。
今回、その撮影を幼稚園からではなく「保護者」から依頼された。
あ、もちろん幼稚園にも許可は頂いてます。
現在「準備段階」なのでここに多くを記載するわけにはいかない。
ただ、保護者との打合せでイベント内容等を聞いた途端…
「これを撮影して記録に残したら、この幼稚園との取引は終わるな…(涙)。」
という内容。
まぁ、とにかく保護者がノリノリで、先生達をいじりまくっちゃえ!という感じなのです(笑)。
その時に担当の保護者にお話しさせて頂きましたが…
先生と保護者の間で何があっても構いません。
えぇ、それこそ放送禁止映像やら、放送事故になるようなイベントでも、何でも行って下さい。
ただ、そこで「お仕事」をさせてもららってておりりります弊社を巻き込むのは、ほ本当に勘弁して下さい(動揺)。
実際、そのイベントの片棒を担いでいる気もしますが、弊社の存続と社員の生活がかかっているので、あえて「無関係」とさせて頂きます(笑)。
えぇ、ただ記録に残すだけで、弊社はイベント内容と一切「む・か・ん・け・い」ですぅ!<あえて記載(笑)
…(・ω<)
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さて、そのイベントの中で「入園してから卒園するまで」の「スライドショー」を行うという企画が持ち上がった。
これは、結婚式のお色直し中に「二人の出会いから結婚まで」の様に「写真」を「動画」にするというものを想像して頂ければわかりやすいと思う。
で、その「素材」として弊社が撮影した「写真」を使わせてもらえないかという相談があった。
「ご購入頂いている写真を読み込んで、映像などに使う分には構いません」とお答えすると「新しく提供して欲しい写真もある」との事。
一般の写真屋であるなら、多分「プリントした写真」を渡して「スキャンして使って下さい」的な事で対応するんだろうと思う。
だってデータで渡してしまうと、そこからプリントできちゃうし、いくらでも複製されちゃう。
でも「もし自分が保護者なら」と考え、生データではないが「映像に最適化した写真データ」をご提供させて頂いた。
生データから、現在の「テレビモニタ」に横幅を合わせ、解像度を揃え、映像編集で一番使いやすい形に変換。
データの複製については「紳士協定」的な感じ。
あ、もちろん「実費」的な部分は御請求させて頂きましたが…(汗)。
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で、そのデータ加工しつつ見直すと「そう言えば、今年の卒園児、入園からずっと撮影しているんだよな…。」と懐かしくなってしまった。
加工済みのデータをお渡しする際、担当の方に尋ねてみた。
「私も今年の卒園児には『思い出』が沢山あります。もし宜しければ、個人的なお願いですけど、出来上がったら私に一枚頂けないでしょうか…?」と訪ねてみた。
担当の方は驚きつつ「是非記念に受け取って下さい」と仰って下さった。
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そのDVDが今日手元に届いた。
どうやら、出来上がって真っ先に渡して下さったようだ。
まだ一般公開前なので詳細は記載できないが、本当に素晴らしい出来。
映像担当の者とも見たが、懇親の力作という表現しか出来ない。
「仕事」として頼んだら、30~80万コースになるなと、変な事を考えつつ(笑)、一人で何度も何度も鑑賞してしまった。
こいつカメラから逃げ回っていたよな、とか、この子芋掘りの時「泥」投げつけてきたよなとかとか(笑)。
使われた写真を全部自分が撮影したわけではないが、撮影した写真はやっぱり覚えている。
この映像を見る先生や保護者とは、また違った角度から感動し、正直心が「ほっこり」。
(*^_^*)
ここ最近の「追い詰められている感」が癒されました。
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そして映像のエンディングテロップにこう記載されていた。
「思い出に残る写真をありがとうございました」
一人のカメラマンとして、そして写真屋の代表として、この一言が最高の「賛辞」なんだろうと思った。
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「思い出」と「想い出」
読み方と意味は同じだが、意味合いが違う。
「想」は「思」と比較して「想像する。思いやる。」というような「対象を心に思い浮かべる」というニュアンスが強い。
対象に対する強い思い入れがある場合に「想い出」と書く。
例えば「昔の恋人を想い出す。」「詩の一節を想い出す。」のように。
1カメラマンとしてそれぞれの学校、幼稚園等に「思い出」は山程ある。
それが「卒業・卒園」と共に「想い出」に変わる。
今回のDVDを観て、自分は「想い出を記録していく仕事をしている」と改めて実感。
そして今年もまた「想い出」が増えそうです…。
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私信
担当者の皆様、本当にありがとうございました。
このDVDは私の「想い出」として、大切にさせて頂きます。
本人や保護者、関係者の皆様が、10年、20年後、改めて写真を見た時…
「いい想い出だよね」
そう思って頂けたら幸いです。
まだ卒園式前ですが…、
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「良い写真」というものがある。
この「良い写真」というのが、意外に「やっかいな代物」だという事に皆さんはお気づきだろうか?
趣味で撮影なさっている方は「良い写真」=「綺麗な写真」という場合が多い。
もちろん「綺麗な写真」というのは間違いなく「良い写真」なのだが、こと「商売」になると、この定義が変わってきてしまう。
写真の場合「何をもって良い写真」なのかは、撮影内容によって変わってくる。
ポスター撮り、商品撮り、風景撮り等、色んな分野があるが、ここでは「学校写真(幼稚園・保育園含む)」という分野で話しをさせてもらいます。
-----
ポスター・商品・風景写真等の撮影をカメラマン(以下・写真屋)が依頼される場合、まず検討する課題は「この写真屋なら、綺麗に撮ってくれる」という確信があって撮影を依頼するのでは無いだろうか?
もちろんその写真屋も「依頼される」までには、色々な努力があり、信用を付けたからこそ「お金を払ってでも頼まれる」という事になる。
依頼主から見れば、その写真屋が料金に見合った「(自分の想像以上の)良い写真」を撮影してくれると「信用」出来るからこそ、依頼するという事。
まさにプロ。
だが、学校写真に限って言わせて頂ければ、この「内容」がちょっと違ってくる。
-----
どこが違うかと言えば、まず「依頼主」は「学校」で、「買い主」は「保護者」という関係。
なので、写真屋はまずその「学校」に信用されていなければならない。
そしてその信用があって、はじめて撮影できる。
でも、その写真を買って下さる方は「学校」ではなく「保護者」が主。
そうすると、例えどんなに「保護者」が写真屋を気に入ったとしても「学校」からの信用を無くせば撮影は依頼されなくなる。
逆に「学校」が写真屋を気に入ったとしても、買う当事者である「保護者」から不満が出れば、やはり依頼されなくなってしまう。
この関係が非常に難しい(汗)。
撮影される方から直接依頼されたものなら、評価の全てが「直接」耳に入り対応も出来たりする。
が、上記のような複雑な関係になると、直接の評価が中々耳に入ってこない。
これがかなり「辛い」部分でもある…。
-----
「良い写真」の話に戻すが、こういう場合、結果的に「売れた写真が良い写真」という判断しかできなくなってくる。
つまり「蓄積・経験」から、撮影時に「カメラマン自身」が「良い写真」かどうかを判断していかなければならない。
何年も出入りし、同じ行事を撮影していると、去年はこういう写真が売れたな、とか、頑張って撮影したけど、あの撮影方法じゃ売れなかったな、という「大まかな判断」が出来る。
その「経験値」から、毎回現場に行く度「どう撮影したら、お金を払ってでも欲しい写真が撮れるだろう」と考える。
撮影したカメラマンから、どんなに「自信作です」「良い写真です」「頑張って撮影しました」と言われても、写真屋としては「売れなければ単なるゴミ」でしか無い。
守銭奴の様な考え方かもしれないが、売れなければ会社が成り立たなくなってしまう。
会社は利益を上げなければならないので、やはり「売れる写真が良い写真」、「売れる写真を撮影できるのがプロカメラマン」という判断を下す。
純粋に一人の「カメラマン」として存在しているのなら、どういう写真でも撮影すれば良いと思う。
これが「学校写真」を撮影しているカメラマンの辛い所です(涙)。
-----
当たり前だが、売れる写真というのは「欲しい写真」。
で、いつもカメラマンに「自分がお金を払ってでも欲しいという写真を撮影する様に」と言い聞かせている。
そうするとカメラマンは、「カメラマン目線」「被写体の本人目線」「保護者目線」「第三者目線」を、現場で「全て」瞬時に判断しなければならない。
どこかで「妥協」が入る事もある。
何かを切り捨てなければ撮影できない事もある。
どうしても撮影したかったシーンが、イベントの流れの関係で撮れなかったりする事もある。
カメラマン本人も悔しいのだが、その事に関する「苦情」が入ったりすると、非常に凹む…。
-----
「良い写真が売れる」のではなく「売れた写真が良い写真」。
そして「売れる写真」を撮影するためには、どれだけ現場で「良い写真」を撮影できるか。
但し、その写真の「良さ」を判断するのは、購入する方々。
「お金を払ってでも欲しい写真」を撮影できるのが、本当のプロカメラマン。
日頃どんなにすごい撮影をしていようと、名声があろうが無かろうが、撮影した写真が売れなければ、そのカメラマンをプロとは呼べない。
「プロカメラマン」と人から呼ばれれば、それなりの「アーティスト」として「プライド」を持ってしまうのは分からないでもない。「私が撮影した良い写真なんだから、買わない方がおかしい」というような。
実際に「プロカメラマン」の中には、その辺を勘違いしている人が多くいる様に感じます。
-----
自分は学校写真を撮影する場合、目線は「買う当事者」に向けている。
正直「学校」に対して「色目」を使う様な事は、どこの団体相手でも控えている。
様々な理由があり「学校目線」で撮影する場合もあるが、記録として残されるのは「当事者」「保護者」なのだから、その場しのぎの「良い写真屋」にはなりたくない。
切られた時は「自分に非がある」と反省し、続けられている時は「まだまだ自分の実力はこんなモンじゃない」と自惚れない様に注意し…。
結果、当事者や保護者から「素晴らしい」という評価があるからこそ、そこで撮影し続けられるんだろうなと思っている。
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この「良い写真」というのが、意外に「やっかいな代物」だという事に皆さんはお気づきだろうか?
趣味で撮影なさっている方は「良い写真」=「綺麗な写真」という場合が多い。
もちろん「綺麗な写真」というのは間違いなく「良い写真」なのだが、こと「商売」になると、この定義が変わってきてしまう。
写真の場合「何をもって良い写真」なのかは、撮影内容によって変わってくる。
ポスター撮り、商品撮り、風景撮り等、色んな分野があるが、ここでは「学校写真(幼稚園・保育園含む)」という分野で話しをさせてもらいます。
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ポスター・商品・風景写真等の撮影をカメラマン(以下・写真屋)が依頼される場合、まず検討する課題は「この写真屋なら、綺麗に撮ってくれる」という確信があって撮影を依頼するのでは無いだろうか?
もちろんその写真屋も「依頼される」までには、色々な努力があり、信用を付けたからこそ「お金を払ってでも頼まれる」という事になる。
依頼主から見れば、その写真屋が料金に見合った「(自分の想像以上の)良い写真」を撮影してくれると「信用」出来るからこそ、依頼するという事。
まさにプロ。
だが、学校写真に限って言わせて頂ければ、この「内容」がちょっと違ってくる。
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どこが違うかと言えば、まず「依頼主」は「学校」で、「買い主」は「保護者」という関係。
なので、写真屋はまずその「学校」に信用されていなければならない。
そしてその信用があって、はじめて撮影できる。
でも、その写真を買って下さる方は「学校」ではなく「保護者」が主。
そうすると、例えどんなに「保護者」が写真屋を気に入ったとしても「学校」からの信用を無くせば撮影は依頼されなくなる。
逆に「学校」が写真屋を気に入ったとしても、買う当事者である「保護者」から不満が出れば、やはり依頼されなくなってしまう。
この関係が非常に難しい(汗)。
撮影される方から直接依頼されたものなら、評価の全てが「直接」耳に入り対応も出来たりする。
が、上記のような複雑な関係になると、直接の評価が中々耳に入ってこない。
これがかなり「辛い」部分でもある…。
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「良い写真」の話に戻すが、こういう場合、結果的に「売れた写真が良い写真」という判断しかできなくなってくる。
つまり「蓄積・経験」から、撮影時に「カメラマン自身」が「良い写真」かどうかを判断していかなければならない。
何年も出入りし、同じ行事を撮影していると、去年はこういう写真が売れたな、とか、頑張って撮影したけど、あの撮影方法じゃ売れなかったな、という「大まかな判断」が出来る。
その「経験値」から、毎回現場に行く度「どう撮影したら、お金を払ってでも欲しい写真が撮れるだろう」と考える。
撮影したカメラマンから、どんなに「自信作です」「良い写真です」「頑張って撮影しました」と言われても、写真屋としては「売れなければ単なるゴミ」でしか無い。
守銭奴の様な考え方かもしれないが、売れなければ会社が成り立たなくなってしまう。
会社は利益を上げなければならないので、やはり「売れる写真が良い写真」、「売れる写真を撮影できるのがプロカメラマン」という判断を下す。
純粋に一人の「カメラマン」として存在しているのなら、どういう写真でも撮影すれば良いと思う。
これが「学校写真」を撮影しているカメラマンの辛い所です(涙)。
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当たり前だが、売れる写真というのは「欲しい写真」。
で、いつもカメラマンに「自分がお金を払ってでも欲しいという写真を撮影する様に」と言い聞かせている。
そうするとカメラマンは、「カメラマン目線」「被写体の本人目線」「保護者目線」「第三者目線」を、現場で「全て」瞬時に判断しなければならない。
どこかで「妥協」が入る事もある。
何かを切り捨てなければ撮影できない事もある。
どうしても撮影したかったシーンが、イベントの流れの関係で撮れなかったりする事もある。
カメラマン本人も悔しいのだが、その事に関する「苦情」が入ったりすると、非常に凹む…。
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「良い写真が売れる」のではなく「売れた写真が良い写真」。
そして「売れる写真」を撮影するためには、どれだけ現場で「良い写真」を撮影できるか。
但し、その写真の「良さ」を判断するのは、購入する方々。
「お金を払ってでも欲しい写真」を撮影できるのが、本当のプロカメラマン。
日頃どんなにすごい撮影をしていようと、名声があろうが無かろうが、撮影した写真が売れなければ、そのカメラマンをプロとは呼べない。
「プロカメラマン」と人から呼ばれれば、それなりの「アーティスト」として「プライド」を持ってしまうのは分からないでもない。「私が撮影した良い写真なんだから、買わない方がおかしい」というような。
実際に「プロカメラマン」の中には、その辺を勘違いしている人が多くいる様に感じます。
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自分は学校写真を撮影する場合、目線は「買う当事者」に向けている。
正直「学校」に対して「色目」を使う様な事は、どこの団体相手でも控えている。
様々な理由があり「学校目線」で撮影する場合もあるが、記録として残されるのは「当事者」「保護者」なのだから、その場しのぎの「良い写真屋」にはなりたくない。
切られた時は「自分に非がある」と反省し、続けられている時は「まだまだ自分の実力はこんなモンじゃない」と自惚れない様に注意し…。
結果、当事者や保護者から「素晴らしい」という評価があるからこそ、そこで撮影し続けられるんだろうなと思っている。
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ここを読んでいる人の中に自分の「教え子」もいるので、ちょっと期待に応えちゃおうかなと(笑)。
テーマとしては内容を読む限り「カメラマン」なのだが、一応「プライベート」に分類させて頂く。
-----
さてさて、プロフィールにも書いてあるが、自分は「音楽(プレーヤー)」を生業にしようと頑張っていた頃がある。
現在「カメラマン」として生計を立てているので、その夢は叶わなかったという事になるでしょう。<何か他人事
で、「音楽」と「写真」。
双方同じ「アート」なのだが、中身としては全く別物。
でも一つ、大きな「共通項」がある。
-----
音楽を学んでいた時の事、ある日師匠にこんな事を言われた。
「人を感動させる音楽を表現するには、技術だけじゃだめだ。それに『体験』が重ならないと、その曲を表現することなんかできない。」
えと、どういう事かと言えば…。
例えばラブソング。
異性と付き合った経験がなければ、このラブソングを本当に「感じる」事が出来ない。
逆を言えば、異性と付き合った経験がなければ、ラブソングを「表現」する事が出来ない。
然り然り。
続けて師匠が言われた。
「何でもいい、後ろに手が回らなければ(つまり悪い事じゃなければ)、時間の許す限り徹底的に経験しておけ。遊び、恋愛、車、バイク、スポーツ…何でもいい。半端に経験するのではなく、生き死にを考えるくらいの境地まで体験しておけ。いつか絶対にそれが音楽に活きてくるから。」
当時は良くわからなかったが、年齢を重ね、経験を積めば積む程、やたら物事に感動し号泣したりする自分がいる(笑)。
多分、師匠の教えを「過大」に守っていたためでしょう(笑)。<おい
-----
現在「カメラマン」として働く際、師匠が言われた言葉を改めて噛みしめている。
例えば「演奏会撮影」だった場合、徹底的に音楽を学んでいたため、大体の曲の「スコア」が頭の中にある。
そうすると、次に何の楽器が出てくるのか、鳴っている音がヴァイオリンかヴィオラかの判断。100名いるオーケストラの中で、たった一人が演奏している時、聞いた瞬間「どこの何の楽器か」が判断できる。
そして、それぞれの楽器の「どういう瞬間のどういう画角が写真として欲しいか」が、自分の実体験として良くわかる。
ただそれを「写真」におさめているだけ。
取りあえず自分は、音楽に関する「撮影」ならヴァイオリンでも合唱やゴスペルでもピアノでもエレクトーンでも対応出来る。
それこそヴァイオリンの場合「アップ(弓が上に上がる状態)」が良いのか、逆に「ダウン」の方が良いのか、弓が何番の弦を弾いている時が最も美しい「形」になるのか…。
で、どれが良いかをここに記載すると仕事が減るのでここまでにしておきます(笑)。
-----
音楽の他にも、日本舞踊、詩吟、バレエ、ジャズダンスなどの撮影があるが、不思議と対応出来てしまう。
それは、その全ての「裏」に「音楽」があるからかもしれない。
どれも音楽用語で言う「ブレス」の瞬間がある。「キメ」という瞬間がある。
先を読み、瞬間を見逃さず、その一瞬をカメラにおさめていく。
この緊張感がたまらなかったりするのは、個人的な事ですのでお気になさらずに(笑)。
-----
音楽と写真。
全く別物の「アート」だが、一つの共通項がある。
それは「時間」。
芸術の中で「音楽」は「時間の芸術」と表現される。
そりゃそうです。
「音の波」が「時間の流れ」でハーモニーになるのだから、時間がなければ音楽は成り立たない。
で、「写真」は「瞬間の芸術」。
自分は、学んできた「時間の芸術」の経験を活かし「瞬間の芸術」で感動を表現しているのではないかと思っている。
-----
時間の流れというのは、どんなに祈った所で無情にも進んでいく。
秒、分、時、日、年…、あっという間に過ぎ去っていく。
その「時間の流れ」を「音楽」で学んだ自分が、今、その時間を「瞬間にとどめておく」事を生業としている。
録音、録画も確かに良いが、時間を止めた「一瞬」から「声、音、音楽」が聞こえてくるような写真も、味わい深くて良いと思える「年齢」になってしまった…(遠い目)。
なかなかそういう写真って撮れないんですけどね(笑)。
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あ…。
と、このブログを書いている間にも時間が過ぎ去っている…。
現実に戻って仕事をします…(涙)。
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テーマとしては内容を読む限り「カメラマン」なのだが、一応「プライベート」に分類させて頂く。
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さてさて、プロフィールにも書いてあるが、自分は「音楽(プレーヤー)」を生業にしようと頑張っていた頃がある。
現在「カメラマン」として生計を立てているので、その夢は叶わなかったという事になるでしょう。<何か他人事
で、「音楽」と「写真」。
双方同じ「アート」なのだが、中身としては全く別物。
でも一つ、大きな「共通項」がある。
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音楽を学んでいた時の事、ある日師匠にこんな事を言われた。
「人を感動させる音楽を表現するには、技術だけじゃだめだ。それに『体験』が重ならないと、その曲を表現することなんかできない。」
えと、どういう事かと言えば…。
例えばラブソング。
異性と付き合った経験がなければ、このラブソングを本当に「感じる」事が出来ない。
逆を言えば、異性と付き合った経験がなければ、ラブソングを「表現」する事が出来ない。
然り然り。
続けて師匠が言われた。
「何でもいい、後ろに手が回らなければ(つまり悪い事じゃなければ)、時間の許す限り徹底的に経験しておけ。遊び、恋愛、車、バイク、スポーツ…何でもいい。半端に経験するのではなく、生き死にを考えるくらいの境地まで体験しておけ。いつか絶対にそれが音楽に活きてくるから。」
当時は良くわからなかったが、年齢を重ね、経験を積めば積む程、やたら物事に感動し号泣したりする自分がいる(笑)。
多分、師匠の教えを「過大」に守っていたためでしょう(笑)。<おい
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現在「カメラマン」として働く際、師匠が言われた言葉を改めて噛みしめている。
例えば「演奏会撮影」だった場合、徹底的に音楽を学んでいたため、大体の曲の「スコア」が頭の中にある。
そうすると、次に何の楽器が出てくるのか、鳴っている音がヴァイオリンかヴィオラかの判断。100名いるオーケストラの中で、たった一人が演奏している時、聞いた瞬間「どこの何の楽器か」が判断できる。
そして、それぞれの楽器の「どういう瞬間のどういう画角が写真として欲しいか」が、自分の実体験として良くわかる。
ただそれを「写真」におさめているだけ。
取りあえず自分は、音楽に関する「撮影」ならヴァイオリンでも合唱やゴスペルでもピアノでもエレクトーンでも対応出来る。
それこそヴァイオリンの場合「アップ(弓が上に上がる状態)」が良いのか、逆に「ダウン」の方が良いのか、弓が何番の弦を弾いている時が最も美しい「形」になるのか…。
で、どれが良いかをここに記載すると仕事が減るのでここまでにしておきます(笑)。
-----
音楽の他にも、日本舞踊、詩吟、バレエ、ジャズダンスなどの撮影があるが、不思議と対応出来てしまう。
それは、その全ての「裏」に「音楽」があるからかもしれない。
どれも音楽用語で言う「ブレス」の瞬間がある。「キメ」という瞬間がある。
先を読み、瞬間を見逃さず、その一瞬をカメラにおさめていく。
この緊張感がたまらなかったりするのは、個人的な事ですのでお気になさらずに(笑)。
-----
音楽と写真。
全く別物の「アート」だが、一つの共通項がある。
それは「時間」。
芸術の中で「音楽」は「時間の芸術」と表現される。
そりゃそうです。
「音の波」が「時間の流れ」でハーモニーになるのだから、時間がなければ音楽は成り立たない。
で、「写真」は「瞬間の芸術」。
自分は、学んできた「時間の芸術」の経験を活かし「瞬間の芸術」で感動を表現しているのではないかと思っている。
-----
時間の流れというのは、どんなに祈った所で無情にも進んでいく。
秒、分、時、日、年…、あっという間に過ぎ去っていく。
その「時間の流れ」を「音楽」で学んだ自分が、今、その時間を「瞬間にとどめておく」事を生業としている。
録音、録画も確かに良いが、時間を止めた「一瞬」から「声、音、音楽」が聞こえてくるような写真も、味わい深くて良いと思える「年齢」になってしまった…(遠い目)。
なかなかそういう写真って撮れないんですけどね(笑)。
-----
あ…。
と、このブログを書いている間にも時間が過ぎ去っている…。
現実に戻って仕事をします…(涙)。
Facebookページ
http://www.facebook.com/matsumotoplanning
またまたパソコンの処理待ちという事で、その間にブログでも書いてみる(笑)。
さて、最近最も嬉しかった事などを書いてみようかと。
-----
昨年(2011年)、事故の後遺症で「頸椎」を壊し、入退院を繰り返しながら、仕事をしていた。
会社で預かっている個人情報等は、漏洩を防ぐため「私」でなければアクセスできないように管理していたし、決定、結論などは全て自分が行っていたので、この「社長不在」の時期、納期などが遅れ、多くの取引先から信用を失い、会社の存続の危機に陥ってしまった。
まぁ、危機管理不足という「一言」で全面的に弊社の責任なので、仕方がないと言えば仕方がない。
そんな中、ある程度回復し、あちこちの取引先に謝罪行脚をしていた時の事。
-----
ご迷惑をおかけした取引先で、独立当初からお世話になっている幼稚園がある。
この幼稚園にも大変なご迷惑をおかけし、保護者から弊社を使っている事に対する不満、そして当然の事ながら、問題を起こした業者を引き続き使う事への不安、最終的には「業者との癒着」を指摘され、その事をじっくり話してくれた。
園長は「不可抗力」という事を十分理解してくれていたのだが、顧客は、例え社長が大病になろうが死のうが知った事ではない。
しっかりと商売をしていれば、社長が誰であれ、どんな状態であれ、はっきり言って関係ない。
まぁ、自分でも分かっている事だが、改めて指摘されるとやっぱり凹む。
それでも切らずに弊社を使って下さる事を感謝し、何とか信用を回復するために全力を尽くすと約束させて頂いた。
-----
園長室を出て、バツ悪く職員室を抜け、幼稚園の門を出た。
振り返り幼稚園に向かい一例をした後ろから声をかけられた。
「あの、カメラマンさんですよね?」
「はい、そうですけど…。」
振り返ると、見知らぬ女性と共に、小さなお子さんが二人いた。
大きな方のお子さんを見ると、何か見覚えがある。
「昨年は上の子が大変お世話になりました。写真の見本を見るのが楽しみで、写真が届くのが楽しみで…。見本の写真を見ているだけで、行事や上の子の事が手に取るように分かりました。本当にこの子の良い表情を沢山撮ってくれて有り難うございました!」
続けて、満面の笑みで言われた。
「実は来年度、下の子がこの幼稚園に入園するんです。どうか下の子もよろしくお願い致します。写真、主人も含め、祖父母も本当に楽しみにしていますから!」
「有り難うございます。頑張りますのでまたよろしくお願いします!」
「実は主人、いつも会社帰りが遅く子どもと接する時間がほとんどないんです。なので、お風呂上がりに毎日毎日パソコンの前で幼稚園の写真をさかなに、ビールを飲むのが楽しみなんですよ。で、知らない間に自分のお小遣いで写真買っているし(笑)。」
(補足:弊社は写真をインターネット上で見本を公開し、注文を受け付けるというシステム)
「そうなんですか…(笑)。」
「遠くにいる祖父母も、やっぱり毎日のようにパソコンを立ち上げ、写真を見ているそうで(笑)。ろくに買いもしないのに楽しんでばかりで申し訳ないのですが、本当に楽しみなんです(笑)。」
-----
正直、幼稚園の門を出るまで「もう会社をたたもうかな…」と弱気になっていた。
頑張って頑張って、やっとここまで成長させてきた会社だったが、正直、続けて行く自信を無くしてしまっていた。
でも、こうやって自分の写真を楽しみにしている方が、たった一人、一家族でもいらっしゃるという事を本人の口から聞き改めて知った瞬間、もう一回、裸一貫からでもやってみよう、頑張ってみようと思えた。
-----
「じゃぁ、4月からおじちゃんといっぱい遊ぼうね。じぃじやばぁばにも沢山見てもらえるようにいっぱい写真を撮ってあげるからね!」とその子の頭を撫でた。
お子さんの手を引きながら帰る後ろ姿を見つつ、もう一度自分の中にある「初心」「信念」「理念」を再確認して頑張ろうと誓った。
Facebookページ
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さて、最近最も嬉しかった事などを書いてみようかと。
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昨年(2011年)、事故の後遺症で「頸椎」を壊し、入退院を繰り返しながら、仕事をしていた。
会社で預かっている個人情報等は、漏洩を防ぐため「私」でなければアクセスできないように管理していたし、決定、結論などは全て自分が行っていたので、この「社長不在」の時期、納期などが遅れ、多くの取引先から信用を失い、会社の存続の危機に陥ってしまった。
まぁ、危機管理不足という「一言」で全面的に弊社の責任なので、仕方がないと言えば仕方がない。
そんな中、ある程度回復し、あちこちの取引先に謝罪行脚をしていた時の事。
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ご迷惑をおかけした取引先で、独立当初からお世話になっている幼稚園がある。
この幼稚園にも大変なご迷惑をおかけし、保護者から弊社を使っている事に対する不満、そして当然の事ながら、問題を起こした業者を引き続き使う事への不安、最終的には「業者との癒着」を指摘され、その事をじっくり話してくれた。
園長は「不可抗力」という事を十分理解してくれていたのだが、顧客は、例え社長が大病になろうが死のうが知った事ではない。
しっかりと商売をしていれば、社長が誰であれ、どんな状態であれ、はっきり言って関係ない。
まぁ、自分でも分かっている事だが、改めて指摘されるとやっぱり凹む。
それでも切らずに弊社を使って下さる事を感謝し、何とか信用を回復するために全力を尽くすと約束させて頂いた。
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園長室を出て、バツ悪く職員室を抜け、幼稚園の門を出た。
振り返り幼稚園に向かい一例をした後ろから声をかけられた。
「あの、カメラマンさんですよね?」
「はい、そうですけど…。」
振り返ると、見知らぬ女性と共に、小さなお子さんが二人いた。
大きな方のお子さんを見ると、何か見覚えがある。
「昨年は上の子が大変お世話になりました。写真の見本を見るのが楽しみで、写真が届くのが楽しみで…。見本の写真を見ているだけで、行事や上の子の事が手に取るように分かりました。本当にこの子の良い表情を沢山撮ってくれて有り難うございました!」
続けて、満面の笑みで言われた。
「実は来年度、下の子がこの幼稚園に入園するんです。どうか下の子もよろしくお願い致します。写真、主人も含め、祖父母も本当に楽しみにしていますから!」
「有り難うございます。頑張りますのでまたよろしくお願いします!」
「実は主人、いつも会社帰りが遅く子どもと接する時間がほとんどないんです。なので、お風呂上がりに毎日毎日パソコンの前で幼稚園の写真をさかなに、ビールを飲むのが楽しみなんですよ。で、知らない間に自分のお小遣いで写真買っているし(笑)。」
(補足:弊社は写真をインターネット上で見本を公開し、注文を受け付けるというシステム)
「そうなんですか…(笑)。」
「遠くにいる祖父母も、やっぱり毎日のようにパソコンを立ち上げ、写真を見ているそうで(笑)。ろくに買いもしないのに楽しんでばかりで申し訳ないのですが、本当に楽しみなんです(笑)。」
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正直、幼稚園の門を出るまで「もう会社をたたもうかな…」と弱気になっていた。
頑張って頑張って、やっとここまで成長させてきた会社だったが、正直、続けて行く自信を無くしてしまっていた。
でも、こうやって自分の写真を楽しみにしている方が、たった一人、一家族でもいらっしゃるという事を本人の口から聞き改めて知った瞬間、もう一回、裸一貫からでもやってみよう、頑張ってみようと思えた。
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「じゃぁ、4月からおじちゃんといっぱい遊ぼうね。じぃじやばぁばにも沢山見てもらえるようにいっぱい写真を撮ってあげるからね!」とその子の頭を撫でた。
お子さんの手を引きながら帰る後ろ姿を見つつ、もう一度自分の中にある「初心」「信念」「理念」を再確認して頑張ろうと誓った。
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本日は昼過ぎより「日創研経営研究会」の大先輩である「本田さん」の会社へ伺って「部屋(ルーム)の写真」を撮影してきました!
「高齢者福祉グループ 社会福祉法人 愛生会」
http://www.aiseien.or.jp/
仕事内容としては、各部屋を紹介する時に使う写真の撮影。
いずれはこのホームページで使われるのではないかとわくわくしていたり(笑)。<すみません(汗)
尚、本日撮影してきた分につきましては、すでに著作権を譲渡しておりますので、こちらには掲載できません。
何とぞご了承下さい。
-----
さて、「部屋(ルーム)撮影」と言う事で、カメラと広角のレンズ、フラッシュ(2台)、三脚等々、リュックに入れて伺いました。
ルーム撮影では、フラッシュを直接あてると、変な部分に影が出来たり、逆に奧まで均等に光りが届かなかったりするため、別角度にフラッシュを置き、暗い部分を無くすという方法を良く行う。
例えば、二部屋をぶち抜くような奥行きのある空間を撮影する場合、カメラに付けているフラッシュだけでは「奧」まで均等に光りがまわらない。ご自分のコンデジで撮影して頂ければわかりやすいのだが、普通に撮るとやたら手前が明るくなり、奧が暗くなったりするのはそういう事。
それを補うため、写真に写りこまない所へフラッシュをおいて、センサーで同調させ、全体に明るく撮影したりする。
本日もその覚悟で機材を持って行き、あちこちの部屋を撮影してきましたが、窓から差し込む陽射しや、東西南北の向きなどで、結果「本体に付けたフラッシュ」を「バウンズ(フラッシュを天井に向けたりして、光りを散らす方法)」で対応出来ました。
欲を言えば「水平」「垂直」などをもっと厳密に計って撮影したかったのですが、場所的に三脚が立てられなかったりしたため、結果手持ちで何とか対応。
「逆光」「白い壁」という難題もクリアーし(?)、満足して頂けるような写真が撮れた(のではないか?)と思います。
(大先輩の会社なので、あまり強気に出られない事をお許し下さい…(涙))。
-----
さて、ここからが本題。
部屋を撮影する際、担当の方と一緒にまわって画像や画角の確認をしつつ撮影していた。もちろん「プロ」なので、この方に限らず、写真を見せると「綺麗ですね」と誉められる。
フィルム時代は撮影した後、現像、プリントし、それを確認後、トラブルがあればまた再撮影という事も当たり前だったが、デジタルの時代になると「現場でできあがりを確認できる」ので、テスト写真をバシャバシャ撮影しても全く問題はない。
で、パシャパシャと撮影しつつ、全体の中盤にさしかかった頃、その方が仰った。
「何年かぶりで本物のシャッター音を聞きました。やっぱり本物の音は良いですね。」
-----
言われてみてから考えた。
今のコンデジ、携帯電話のカメラ、スマホのカメラ等では、そのシャッター音をわざわざ「作って出す」という事をしている。
もちろんシャッター音ではなく、電子音だったりその他諸々の音を設定できたりする。
テレビやネットで「シャッター音」を聞く事もあるだろうけど、それは「生音」ではない。音楽で言えば「ライブ」と「CD」の違い。
日々撮影しているカメラマンには、このシャッター音と共に「振動」というのも重要な要素だったりする。
わざわざ書いて申し訳ないが「シャッター音」とは、一眼レフカメラ(以下デジイチ)の「反射ミラーが持ち上がる音、シャッター幕が開いて閉じる音、そして反射ミラーが元の位置に戻る音」を合わせてそう呼ばれる。
そしてこの音は「メーカー」「機種」に寄ってかなりの違いがある。
入門機種からアマチュア程度の機種だと、やっぱり「軽いプラスチックが金属に当たるような音」。これがハイアマチュアからプロが使う機種だと「重々しい金属同士が当たる音」だったりする。
そしてそれは音だけに限らず「振動」として手に伝わってくる。
自分は「ニコンユーザ-」なので他のメーカーの事は良くわからないが、他のメーカーも似たり寄ったりではないかと思う。<キャノンやソニーユーザーの方のご意見求む(笑)。
メインで日々「D3」を使っていると、サブ機として使っている「D300s」のシャッター音と振動が「オモチャ」の様に感じてしまう。専門的な事ははぶくが、これはミラーの大きさなどが違うために、やっぱり「軽めの音と振動」になり、ずっしりとした「撮影感」にはならない。
正直サブ機で撮影していると「ちゃんと撮影できているのかな…」と不安になる事もある。
いや、もちろんしっかり撮影できますよ?
ただ、どうしてもこのシャッター音と振動は、自分の仕事にとって「重要な要素」だという事をお伝えしたかっただけです。
ちなみにプロフィールでも書いているが、元々「音楽を専門にやっていた」ため、この「音」に関しては耳が非常に敏感になっている。なので「ニコン」に限って言わせてもらえば、やっぱり「D3」のシャッター音と、ハイアマチュアクラスのカメラでは「音の重厚感」が全く違う。
あえて文字で表現すれば、プロ機は「カシャ」という歯切れのいい音に対し、アマチュアクラスのカメラは「カポーン」という感じ…(笑)。
…、あぁ、もっと文章表現力が欲しい(涙)。
-----
現在自分のメイン機は、レリーズ(撮影)回数的にも、そろそろオーバーホールの時期。
前回オーバーホールしてから、すでに10万カット以上撮影しているので、ミラー部分やシャッター部分に「ガタ」が来ている。
今日も音と振動で「バネの部分と戻りのミラーを受け止める部分が終わっているな…」と感じつつ、撮影をしておりました。
「電子音」ではなく「機械音」。
エレクトリックではなく、アコースティック。
やっぱり「生音」は違います(笑)。
-----
「久しぶりに生でシャッター音聞きましたが、やっぱり良いですね。」
「あ、確かに最近は生音で聞く機会は無いですよね…。」
「えぇ、カメラは電気屋で買うような者ですから、やっぱりプロが使うカメラのシャッター音にはしびれますよ(笑)。」
「確かに今はカメラと言えば電気屋って感じですからねぇ。昔は『カメラはカメラ屋』だったんですけど、最近はまず家電量販店でって感じですからね。」
「えぇ。にしても、こういうカメラで撮影したら本当に気持ちいいんだろうなぁ。やっぱりカメラマンって憧れますね(笑)。」
こう言われた直後、焦りながらここに書いているような「撮影の裏話」を切々と話す。
「写真は趣味で良いです(笑)。」
はい、これ正解(笑)。
仕事じゃないから、シャッター音や振動、カメラ自体の重さまで「楽しめる」んです(笑)。
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「高齢者福祉グループ 社会福祉法人 愛生会」
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仕事内容としては、各部屋を紹介する時に使う写真の撮影。
いずれはこのホームページで使われるのではないかとわくわくしていたり(笑)。<すみません(汗)
尚、本日撮影してきた分につきましては、すでに著作権を譲渡しておりますので、こちらには掲載できません。
何とぞご了承下さい。
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さて、「部屋(ルーム)撮影」と言う事で、カメラと広角のレンズ、フラッシュ(2台)、三脚等々、リュックに入れて伺いました。
ルーム撮影では、フラッシュを直接あてると、変な部分に影が出来たり、逆に奧まで均等に光りが届かなかったりするため、別角度にフラッシュを置き、暗い部分を無くすという方法を良く行う。
例えば、二部屋をぶち抜くような奥行きのある空間を撮影する場合、カメラに付けているフラッシュだけでは「奧」まで均等に光りがまわらない。ご自分のコンデジで撮影して頂ければわかりやすいのだが、普通に撮るとやたら手前が明るくなり、奧が暗くなったりするのはそういう事。
それを補うため、写真に写りこまない所へフラッシュをおいて、センサーで同調させ、全体に明るく撮影したりする。
本日もその覚悟で機材を持って行き、あちこちの部屋を撮影してきましたが、窓から差し込む陽射しや、東西南北の向きなどで、結果「本体に付けたフラッシュ」を「バウンズ(フラッシュを天井に向けたりして、光りを散らす方法)」で対応出来ました。
欲を言えば「水平」「垂直」などをもっと厳密に計って撮影したかったのですが、場所的に三脚が立てられなかったりしたため、結果手持ちで何とか対応。
「逆光」「白い壁」という難題もクリアーし(?)、満足して頂けるような写真が撮れた(のではないか?)と思います。
(大先輩の会社なので、あまり強気に出られない事をお許し下さい…(涙))。
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さて、ここからが本題。
部屋を撮影する際、担当の方と一緒にまわって画像や画角の確認をしつつ撮影していた。もちろん「プロ」なので、この方に限らず、写真を見せると「綺麗ですね」と誉められる。
フィルム時代は撮影した後、現像、プリントし、それを確認後、トラブルがあればまた再撮影という事も当たり前だったが、デジタルの時代になると「現場でできあがりを確認できる」ので、テスト写真をバシャバシャ撮影しても全く問題はない。
で、パシャパシャと撮影しつつ、全体の中盤にさしかかった頃、その方が仰った。
「何年かぶりで本物のシャッター音を聞きました。やっぱり本物の音は良いですね。」
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言われてみてから考えた。
今のコンデジ、携帯電話のカメラ、スマホのカメラ等では、そのシャッター音をわざわざ「作って出す」という事をしている。
もちろんシャッター音ではなく、電子音だったりその他諸々の音を設定できたりする。
テレビやネットで「シャッター音」を聞く事もあるだろうけど、それは「生音」ではない。音楽で言えば「ライブ」と「CD」の違い。
日々撮影しているカメラマンには、このシャッター音と共に「振動」というのも重要な要素だったりする。
わざわざ書いて申し訳ないが「シャッター音」とは、一眼レフカメラ(以下デジイチ)の「反射ミラーが持ち上がる音、シャッター幕が開いて閉じる音、そして反射ミラーが元の位置に戻る音」を合わせてそう呼ばれる。
そしてこの音は「メーカー」「機種」に寄ってかなりの違いがある。
入門機種からアマチュア程度の機種だと、やっぱり「軽いプラスチックが金属に当たるような音」。これがハイアマチュアからプロが使う機種だと「重々しい金属同士が当たる音」だったりする。
そしてそれは音だけに限らず「振動」として手に伝わってくる。
自分は「ニコンユーザ-」なので他のメーカーの事は良くわからないが、他のメーカーも似たり寄ったりではないかと思う。<キャノンやソニーユーザーの方のご意見求む(笑)。
メインで日々「D3」を使っていると、サブ機として使っている「D300s」のシャッター音と振動が「オモチャ」の様に感じてしまう。専門的な事ははぶくが、これはミラーの大きさなどが違うために、やっぱり「軽めの音と振動」になり、ずっしりとした「撮影感」にはならない。
正直サブ機で撮影していると「ちゃんと撮影できているのかな…」と不安になる事もある。
いや、もちろんしっかり撮影できますよ?
ただ、どうしてもこのシャッター音と振動は、自分の仕事にとって「重要な要素」だという事をお伝えしたかっただけです。
ちなみにプロフィールでも書いているが、元々「音楽を専門にやっていた」ため、この「音」に関しては耳が非常に敏感になっている。なので「ニコン」に限って言わせてもらえば、やっぱり「D3」のシャッター音と、ハイアマチュアクラスのカメラでは「音の重厚感」が全く違う。
あえて文字で表現すれば、プロ機は「カシャ」という歯切れのいい音に対し、アマチュアクラスのカメラは「カポーン」という感じ…(笑)。
…、あぁ、もっと文章表現力が欲しい(涙)。
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現在自分のメイン機は、レリーズ(撮影)回数的にも、そろそろオーバーホールの時期。
前回オーバーホールしてから、すでに10万カット以上撮影しているので、ミラー部分やシャッター部分に「ガタ」が来ている。
今日も音と振動で「バネの部分と戻りのミラーを受け止める部分が終わっているな…」と感じつつ、撮影をしておりました。
「電子音」ではなく「機械音」。
エレクトリックではなく、アコースティック。
やっぱり「生音」は違います(笑)。
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「久しぶりに生でシャッター音聞きましたが、やっぱり良いですね。」
「あ、確かに最近は生音で聞く機会は無いですよね…。」
「えぇ、カメラは電気屋で買うような者ですから、やっぱりプロが使うカメラのシャッター音にはしびれますよ(笑)。」
「確かに今はカメラと言えば電気屋って感じですからねぇ。昔は『カメラはカメラ屋』だったんですけど、最近はまず家電量販店でって感じですからね。」
「えぇ。にしても、こういうカメラで撮影したら本当に気持ちいいんだろうなぁ。やっぱりカメラマンって憧れますね(笑)。」
こう言われた直後、焦りながらここに書いているような「撮影の裏話」を切々と話す。
「写真は趣味で良いです(笑)。」
はい、これ正解(笑)。
仕事じゃないから、シャッター音や振動、カメラ自体の重さまで「楽しめる」んです(笑)。
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今日は某幼稚園にて「JEFユナイテッド市原・千葉」による「サッカーお届け隊」の撮影でした。

今日の千葉は、昨日に引き続き、快晴も快晴。
外で活動するにはうってつけではないかと思います。
えぇ、撮影する立場じゃなければ最高の天気じゃないかと…(涙)。
-----
という事で、まずはこの「サッカーお届け隊」について。
http://www.so-net.ne.jp/JEFUNITED/otodoke/index.html
以下ページよりの引用。
私たち『サッカーおとどけ隊』とは、子どもたちが楽しみながらサッカーをする場を設けようと、2002年から保育園や幼稚園、小学校、中学校、クラブチームを訪問しています。
最近の子どもたちの様子を見ていますと、周りの大人があまりにも教えすぎているように感じます。そのために子どもは自分の力で問題を解決したり、物事を創造することができなくなってきています(引用終了)。
今日は全園児を対象に「サッカー教室」を行っていた。
もう、子どもが好きそうな「ボール遊び」「外遊び」を駆使して、とにかく遊ぶ遊ぶ(笑)。
園庭狭しと全力疾走で駆け回り、ボールを追いかけたり…。
…体力配分や後先の事を考えずに行動できる年齢って「いいなぁ」と思いました(笑)。
-----
さてさて、撮影する立場から言えば、この快晴はきつい。
身体もきついのだが、何より機材が熱を持ってしまい壊れちゃう事がある。
知っての通り、カメラというのは大体ボディーが「黒」だったりするため、この陽射しがカメラをじわじわと焼いていく。
特に一番熱を発生させてしまうのが「フラッシュ(ストロボ)」。
前のブログにも書いたが、日中、特に晴天の時はフラッシュを使わなければならず、過酷な環境で無理をさせなければならない。
で、今日はとにかく撮影しまくり。
今は「冬」なので、ちょっと振り回したり日陰に置いておけば熱も冷めるけど、これが「夏」だった場合、もう機材に「試練」を与えていると言うしかない。
ちなみに今日は午前中だけで1,500枚は撮影している。
フラッシュも使っているので、撮影枚数分だけ「発光」している。
途中からはドキドキもの。
電池の残り、フラッシュの熱など、意識があちこちに飛びまくって撮影に集中できなくなる事もしばしば…。
で、自分は気休めだとは思うがフラッシュにこんな装備をしている(笑)。
えぇ、本当に気休めだとは思います…。

まずは「天」の部分。
ここに、流し台など修理する時に使う「ステンレステープ」を貼って、直射日光を出来るだけ受けないように対応。
次に下と左側部分。


ここには「ノートパソコンに貼り付けただけで熱を逃がすシート」を購入しハサミで切り、発光部分の下、ボディー左側、それと前の画像に戻るが電池カバー部分に貼り付けている。
えぇ、本当に気休めだとは思います…。
でも、何かしないと怖くて仕方ないんです…。
自分の撮影姿をご覧になった方は「なんて汚いフラッシュを使っているんだろう」と思われたのではないかと。
でもそれは「途中で壊れて撮影できなくなる事を少しでも回避するため」の装備(?)だったりします。
最近発売されたフラッシュでは、この熱対策にかなり力を入れているらしい。
また、近日発売とニュースで報道された、ニッシン社の「マシンガンストロボ」は、1,000回の連続発光にも対応しているという。
http://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/20120211_511500.html
もう、待ってましたという商品。
出たら買います。
買わないわけがありません。
何より「撮影できなくなる」というのが最も怖い。
そして、ありとあらゆる状況を考え、体力気力を振り絞り、機材を酷使しながら、カメラマンというのは日々頑張っております…。
-----
あ、そう言えば秋口の「運動会撮影」は、どんなに頑張っても「熱を逃がす余裕」がありません。
そのため「熱対策」として、フラッシュを2台持ち、1台が熱で危なくなると、予備に付け替えて対応。
ズボンの後ろポケットに「フラッシュ」を差込み、演目ごとに交換…。
で、焼けたフラッシュをポケットに入れて、まるでカチカチ山のタヌキさんのような状態になっていても「笑顔」で頑張っていたり…。
それでも昨年は「基盤」が熱で溶けてしまい、1台壊してしまいました…(涙)。
過酷すぎて泣けます…。
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今日の千葉は、昨日に引き続き、快晴も快晴。
外で活動するにはうってつけではないかと思います。
えぇ、撮影する立場じゃなければ最高の天気じゃないかと…(涙)。
-----
という事で、まずはこの「サッカーお届け隊」について。
http://www.so-net.ne.jp/JEFUNITED/otodoke/index.html
以下ページよりの引用。
私たち『サッカーおとどけ隊』とは、子どもたちが楽しみながらサッカーをする場を設けようと、2002年から保育園や幼稚園、小学校、中学校、クラブチームを訪問しています。
最近の子どもたちの様子を見ていますと、周りの大人があまりにも教えすぎているように感じます。そのために子どもは自分の力で問題を解決したり、物事を創造することができなくなってきています(引用終了)。
今日は全園児を対象に「サッカー教室」を行っていた。
もう、子どもが好きそうな「ボール遊び」「外遊び」を駆使して、とにかく遊ぶ遊ぶ(笑)。
園庭狭しと全力疾走で駆け回り、ボールを追いかけたり…。
…体力配分や後先の事を考えずに行動できる年齢って「いいなぁ」と思いました(笑)。
-----
さてさて、撮影する立場から言えば、この快晴はきつい。
身体もきついのだが、何より機材が熱を持ってしまい壊れちゃう事がある。
知っての通り、カメラというのは大体ボディーが「黒」だったりするため、この陽射しがカメラをじわじわと焼いていく。
特に一番熱を発生させてしまうのが「フラッシュ(ストロボ)」。
前のブログにも書いたが、日中、特に晴天の時はフラッシュを使わなければならず、過酷な環境で無理をさせなければならない。
で、今日はとにかく撮影しまくり。
今は「冬」なので、ちょっと振り回したり日陰に置いておけば熱も冷めるけど、これが「夏」だった場合、もう機材に「試練」を与えていると言うしかない。
ちなみに今日は午前中だけで1,500枚は撮影している。
フラッシュも使っているので、撮影枚数分だけ「発光」している。
途中からはドキドキもの。
電池の残り、フラッシュの熱など、意識があちこちに飛びまくって撮影に集中できなくなる事もしばしば…。
で、自分は気休めだとは思うがフラッシュにこんな装備をしている(笑)。
えぇ、本当に気休めだとは思います…。

まずは「天」の部分。
ここに、流し台など修理する時に使う「ステンレステープ」を貼って、直射日光を出来るだけ受けないように対応。
次に下と左側部分。


ここには「ノートパソコンに貼り付けただけで熱を逃がすシート」を購入しハサミで切り、発光部分の下、ボディー左側、それと前の画像に戻るが電池カバー部分に貼り付けている。
えぇ、本当に気休めだとは思います…。
でも、何かしないと怖くて仕方ないんです…。
自分の撮影姿をご覧になった方は「なんて汚いフラッシュを使っているんだろう」と思われたのではないかと。
でもそれは「途中で壊れて撮影できなくなる事を少しでも回避するため」の装備(?)だったりします。
最近発売されたフラッシュでは、この熱対策にかなり力を入れているらしい。
また、近日発売とニュースで報道された、ニッシン社の「マシンガンストロボ」は、1,000回の連続発光にも対応しているという。
http://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/20120211_511500.html
もう、待ってましたという商品。
出たら買います。
買わないわけがありません。
何より「撮影できなくなる」というのが最も怖い。
そして、ありとあらゆる状況を考え、体力気力を振り絞り、機材を酷使しながら、カメラマンというのは日々頑張っております…。
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あ、そう言えば秋口の「運動会撮影」は、どんなに頑張っても「熱を逃がす余裕」がありません。
そのため「熱対策」として、フラッシュを2台持ち、1台が熱で危なくなると、予備に付け替えて対応。
ズボンの後ろポケットに「フラッシュ」を差込み、演目ごとに交換…。
で、焼けたフラッシュをポケットに入れて、まるでカチカチ山のタヌキさんのような状態になっていても「笑顔」で頑張っていたり…。
それでも昨年は「基盤」が熱で溶けてしまい、1台壊してしまいました…(涙)。
過酷すぎて泣けます…。
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しばらくパソコン任せの作業になったので、その間にレビューを書いちゃおうかと。
今日は幼稚園のスナップ撮影だったので、FaceBookでお知らせした「ブラックラピッド R-ストラップ RS-SPORT2/スリムパッド」を使ってみました。
初っぱなからいきなりですが…。
これは撮影する機会が多い方には「買い」「必需」です!
-----
まず装着イメージ等は以下のリンクにて確認して下さい。
http://oriental-hobbies.com/fs/camera/br0898821002262
(画像を勝手に使うと、著作権に引っかかりそうなのでお許しを…)
で、実際に自分のカメラに付けてみた。

右手で本体持って、左手でiPhoneを使い撮影。
ちょっと右手がしんどい気がしますがお許し下さい…。
まず装着してみた感想としては「がっしりしているな」という感じ。
で、販売元のホームページには「例」として無かったが、次の写真のように、デジイチにストロボを付けている場合、

(アップルのシールはご愛敬という事で(笑))。
この状態で腰にぶら下げると、重量の関係でストロボが下を向いちゃうため、どうしても次の写真の様に、カメラを手で押さえ込むしかない。

ただ、何せ「楽」です。
普通に構えても違和感ないし、縦位置に構えても(多少取り付け金具は気になるが)ストラップがファインダーを隠さないし、とにかく「楽」の一言。
素早く構えられるし、その場から落っことすようにカメラから手を離しても、ストラップの部分を「綱渡り」の様な感じで落ちていき、腰の部分に収まる。
歩き回る時にも腰の横にカメラが来るので邪魔になりません。
-----
これ、デジイチ、コンデジ、両方で、とにかく便利に使えるのではないかと思います。
両手がふさがることなく、腰にぶら下げた状態から素早く対応出来、こんなストロボさえ付けていなければ、普段の持ち歩きにも最高(ホントか?)。
ただ、デジイチで一つ難点を上げるとすれば、金具部分が本体に当たる時があり、かなり傷が付く可能性があるという事。
通常のデジイチであれば、こういう「当たり方」はしないと思うけど、拡張バッテリー、縦位置グリップなどを付けていると、結構「ガリガリ」当たる感じがする。

ちなみに写真に写っているカメラの「キズ」は、このストラップを付ける前からのもの。
これを回避するには、当たる部分に「何か」を貼るか、もうひとつ「カラビナ」を付けて長めにすれば大丈夫だと思います。
-----
リュックを背負い、このストラップにカメラをぶら下げスナップを撮影しまくった結果、「もう前のストラップには戻れない…」という結論に至りました。
三脚に付けなければならない時も、そんなに「急ぎ」でなければすぐに外して対応可能。
これ、プロじゃなくても持っていて損はない一品ではないかと思います。
まぁ、結構値段が高いので自分の使用頻度に合わせてご検討の程を…。
(ちなみに、これを作ったり売ったりしている業者とは何の関係もありません。念のため…。)
-----
さてさて、個人的に最大の問題点を挙げるとすれば、ストラップが斜めにかかるため…、
「メタボ腹が、やたら強調されてしまう!」という点(涙)。
冬場は上着でごまかせるが、春先からが非常に心配…(号泣)。
腹筋でも始めようかな…(遠い目)。
Facebookページ
http://www.facebook.com/matsumotoplanning
今日は幼稚園のスナップ撮影だったので、FaceBookでお知らせした「ブラックラピッド R-ストラップ RS-SPORT2/スリムパッド」を使ってみました。
初っぱなからいきなりですが…。
これは撮影する機会が多い方には「買い」「必需」です!
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まず装着イメージ等は以下のリンクにて確認して下さい。
http://oriental-hobbies.com/fs/camera/br0898821002262
(画像を勝手に使うと、著作権に引っかかりそうなのでお許しを…)
で、実際に自分のカメラに付けてみた。

右手で本体持って、左手でiPhoneを使い撮影。
ちょっと右手がしんどい気がしますがお許し下さい…。
まず装着してみた感想としては「がっしりしているな」という感じ。
で、販売元のホームページには「例」として無かったが、次の写真のように、デジイチにストロボを付けている場合、

(アップルのシールはご愛敬という事で(笑))。
この状態で腰にぶら下げると、重量の関係でストロボが下を向いちゃうため、どうしても次の写真の様に、カメラを手で押さえ込むしかない。

ただ、何せ「楽」です。
普通に構えても違和感ないし、縦位置に構えても(多少取り付け金具は気になるが)ストラップがファインダーを隠さないし、とにかく「楽」の一言。
素早く構えられるし、その場から落っことすようにカメラから手を離しても、ストラップの部分を「綱渡り」の様な感じで落ちていき、腰の部分に収まる。
歩き回る時にも腰の横にカメラが来るので邪魔になりません。
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これ、デジイチ、コンデジ、両方で、とにかく便利に使えるのではないかと思います。
両手がふさがることなく、腰にぶら下げた状態から素早く対応出来、こんなストロボさえ付けていなければ、普段の持ち歩きにも最高(ホントか?)。
ただ、デジイチで一つ難点を上げるとすれば、金具部分が本体に当たる時があり、かなり傷が付く可能性があるという事。
通常のデジイチであれば、こういう「当たり方」はしないと思うけど、拡張バッテリー、縦位置グリップなどを付けていると、結構「ガリガリ」当たる感じがする。

ちなみに写真に写っているカメラの「キズ」は、このストラップを付ける前からのもの。
これを回避するには、当たる部分に「何か」を貼るか、もうひとつ「カラビナ」を付けて長めにすれば大丈夫だと思います。
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リュックを背負い、このストラップにカメラをぶら下げスナップを撮影しまくった結果、「もう前のストラップには戻れない…」という結論に至りました。
三脚に付けなければならない時も、そんなに「急ぎ」でなければすぐに外して対応可能。
これ、プロじゃなくても持っていて損はない一品ではないかと思います。
まぁ、結構値段が高いので自分の使用頻度に合わせてご検討の程を…。
(ちなみに、これを作ったり売ったりしている業者とは何の関係もありません。念のため…。)
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さてさて、個人的に最大の問題点を挙げるとすれば、ストラップが斜めにかかるため…、
「メタボ腹が、やたら強調されてしまう!」という点(涙)。
冬場は上着でごまかせるが、春先からが非常に心配…(号泣)。
腹筋でも始めようかな…(遠い目)。
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ちょっとブログに画像アップする練習を兼ねて…。
本日は、会館のホールにてヴァイオリンの発表会撮影でした。
調度始まる前に、お孫さんを撮影しようとしていた初老の方に「どうやったら綺麗に撮れますか?」と尋ねられた。
で、それに答えた内容など書いてみようかと…。
お知り合いでバレエ、ピアノの発表会等いろいろあると思うので、少しでも参考になれば。
(と、こういう事を書いていると、どんどん仕事が減っていく気がする…)
-----
今日使用した機材のセッティングはこんな感じです。

カメラはニコンD3、レンズは50-300mmのフルマニュアル。
舞台撮影の時は、特にこの「マニュアルレンズ」が威力を発揮したりします。
まぁ、このレンズはピントまでマニュアルなので、かなり神経すり減らしてしまいますが、それを差し引いても「使い勝手がよい」「画質が綺麗」なので頑張るしかありません。
設定はちょっと動きを止めたかったので、感度は高目にISO 1600、シャッタースピード 80~100、絞りは F8でした。
物々しいカバーは、ピアノや声楽、ヴァイオリンなど、音の小さな演奏会でシャッター音が迷惑にならないようにするためのもの。
フィルム時代は、途中フィルム交換があったので、このカバーを付けたり外したりが大変だったが、デジタル時代になり、それが無くなって大変楽です(喜)
-----
さて、話を戻しますが、舞台撮影をカメラ任せにすると、撮影時に出演者の衣装よってカメラが「明るさ」を変えてしまい、顔が暗めになってしまう。
また、反響板が「白い」と、同じように全体が暗くなってしまう。
かといって「フラッシュ」を使うと、非常に迷惑千万。
以後出入り禁止になってしまう(汗)。
そこで、このマニュアルレンズ(マニュアル設定)が非常に重要となる。
-----
基本、カメラが自動で明るさを計る場合、画面を分割して、平均値で設定してしまう。
ところが、衣装や反響板が白だったりすると、カメラが「明るいぞ?」と判断し、写す時「暗め」に設定してしまう。
そこで、以前は「露出計」などを使って明るさを計っていた。
でも、今では露出計などを使わなくても「おおよそ」の設定なら簡単にできてしまう。
そのコツとは「床で明るさを見ておく」という方法。
床は木で敷かれているので、ほぼ「肌色」に近い。
照明が明るくなったら、カメラで真ん中、上手下手の「床」を覗き、大体の設定を出しておく。
こうすると、白い服、黒い服、赤青黄色などのドレスでも「顔」の明るさはほぼ均等になるんです。
ただ、白い服や黄色のドレスなどは、ライトが衣装に反射して顔の明るさが強く出ちゃう。
なので、その時だけはちょっとだけ暗めに設定を変更。
逆も然り。
普通に目で見ているように写真に残すには、実は非常に大変なんです…。
-----
冒頭の方にお答えしました。
「まず、フラッシュは切っておいて下さい。この場所からだと遠すぎてフラッシュの光りが届かないため、多分暗くなっちゃいます。
それにフラッシュを使わない方が、自然な色合いが出ると思いますよ?
撮影する方の衣装が白だったら、ちょっと暗くなっちゃうかもしれないので、露出補正を明るい方に設定しておいて下さい。
あと、できるだけ前の方から撮った方が良いと思います。あ、ただあまり前だと、私の写真に写っちゃうので、それだけは注意して下さいね(笑)。」
-----
その方、ふむふむと聞きながら、カメラと格闘していた。
また、衣装の色まで聞いてきて話して下さった。
それを伺い、ちょっとだけ自分がその方のカメラを設定。
後は、タイミングですから頑張って下さいと話し、開演を向かえた。
-----
発表会が終わり、その方が飛んできて写真を見せて下さった。
「こんな写真、今まで撮れた事無いです。嫁さんにもプロみたいと誉められました。本当にありがとうございます。カメラマンさんの写真も楽しみにしています!」
…こういう事があると、自分たちでは「当たり前」と思っていた事が、意外に知られていないと気づかされる。
またちょっとした「コツ」で、写真の写り方が本当に変わる。
そして、写真撮影やカメラを好きになってもらえる。
嬉しい限りです。
-----
ただ…。
こういう話しをすればする程、写真に対する「目」が厳しくなってくるのではと…。
そしてどんどん皆さんのレベルが上がり、自分の仕事が減っていくんじゃないかと…。
ブログを始めてから、どんどん自分で自分を追い詰めているような気がするのは何故でしょう…(涙)。
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本日は、会館のホールにてヴァイオリンの発表会撮影でした。
調度始まる前に、お孫さんを撮影しようとしていた初老の方に「どうやったら綺麗に撮れますか?」と尋ねられた。
で、それに答えた内容など書いてみようかと…。
お知り合いでバレエ、ピアノの発表会等いろいろあると思うので、少しでも参考になれば。
(と、こういう事を書いていると、どんどん仕事が減っていく気がする…)
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今日使用した機材のセッティングはこんな感じです。

カメラはニコンD3、レンズは50-300mmのフルマニュアル。
舞台撮影の時は、特にこの「マニュアルレンズ」が威力を発揮したりします。
まぁ、このレンズはピントまでマニュアルなので、かなり神経すり減らしてしまいますが、それを差し引いても「使い勝手がよい」「画質が綺麗」なので頑張るしかありません。
設定はちょっと動きを止めたかったので、感度は高目にISO 1600、シャッタースピード 80~100、絞りは F8でした。
物々しいカバーは、ピアノや声楽、ヴァイオリンなど、音の小さな演奏会でシャッター音が迷惑にならないようにするためのもの。
フィルム時代は、途中フィルム交換があったので、このカバーを付けたり外したりが大変だったが、デジタル時代になり、それが無くなって大変楽です(喜)
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さて、話を戻しますが、舞台撮影をカメラ任せにすると、撮影時に出演者の衣装よってカメラが「明るさ」を変えてしまい、顔が暗めになってしまう。
また、反響板が「白い」と、同じように全体が暗くなってしまう。
かといって「フラッシュ」を使うと、非常に迷惑千万。
以後出入り禁止になってしまう(汗)。
そこで、このマニュアルレンズ(マニュアル設定)が非常に重要となる。
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基本、カメラが自動で明るさを計る場合、画面を分割して、平均値で設定してしまう。
ところが、衣装や反響板が白だったりすると、カメラが「明るいぞ?」と判断し、写す時「暗め」に設定してしまう。
そこで、以前は「露出計」などを使って明るさを計っていた。
でも、今では露出計などを使わなくても「おおよそ」の設定なら簡単にできてしまう。
そのコツとは「床で明るさを見ておく」という方法。
床は木で敷かれているので、ほぼ「肌色」に近い。
照明が明るくなったら、カメラで真ん中、上手下手の「床」を覗き、大体の設定を出しておく。
こうすると、白い服、黒い服、赤青黄色などのドレスでも「顔」の明るさはほぼ均等になるんです。
ただ、白い服や黄色のドレスなどは、ライトが衣装に反射して顔の明るさが強く出ちゃう。
なので、その時だけはちょっとだけ暗めに設定を変更。
逆も然り。
普通に目で見ているように写真に残すには、実は非常に大変なんです…。
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冒頭の方にお答えしました。
「まず、フラッシュは切っておいて下さい。この場所からだと遠すぎてフラッシュの光りが届かないため、多分暗くなっちゃいます。
それにフラッシュを使わない方が、自然な色合いが出ると思いますよ?
撮影する方の衣装が白だったら、ちょっと暗くなっちゃうかもしれないので、露出補正を明るい方に設定しておいて下さい。
あと、できるだけ前の方から撮った方が良いと思います。あ、ただあまり前だと、私の写真に写っちゃうので、それだけは注意して下さいね(笑)。」
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その方、ふむふむと聞きながら、カメラと格闘していた。
また、衣装の色まで聞いてきて話して下さった。
それを伺い、ちょっとだけ自分がその方のカメラを設定。
後は、タイミングですから頑張って下さいと話し、開演を向かえた。
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発表会が終わり、その方が飛んできて写真を見せて下さった。
「こんな写真、今まで撮れた事無いです。嫁さんにもプロみたいと誉められました。本当にありがとうございます。カメラマンさんの写真も楽しみにしています!」
…こういう事があると、自分たちでは「当たり前」と思っていた事が、意外に知られていないと気づかされる。
またちょっとした「コツ」で、写真の写り方が本当に変わる。
そして、写真撮影やカメラを好きになってもらえる。
嬉しい限りです。
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ただ…。
こういう話しをすればする程、写真に対する「目」が厳しくなってくるのではと…。
そしてどんどん皆さんのレベルが上がり、自分の仕事が減っていくんじゃないかと…。
ブログを始めてから、どんどん自分で自分を追い詰めているような気がするのは何故でしょう…(涙)。
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ちょっと経営者の立場から「仕事」の話しをしてみようかと…。
実は3年ほど前から「経営」についての勉強をさせて頂いている。
調度その頃「経営」に行き詰まっていて、とにかく目の前の仕事をこなすのが精一杯だった。
大体、自分の「腕一本」で仕事をしていたため、仕事が増えていけば限界があっという間に来る。
それでも有難い事に仕事は増え、利益も少しずつ増えていったのだが、仕事が増えれば増えるほど今度は「人件費等」が増え、結果、だんだん利益が薄くなっていった。
とにかく支払いなどに追われ、必死になって働くも、今度は「ミス」が発生していく。
それを補うために、自分の時間を削り寝る間も惜しんで仕事をする。
そしてまた疲れて、ミスも増えていく…、という悪循環。
自分は「経営者」というより「親分」「親方」に近い性格。
撮影の現場でカメラマンを怒鳴りつけ、本当に何人も精神的な部分から潰してしまった事もある。
それでも昔は「叩けば響く」という人間が多かったのだが、ここ最近は「叩くと凹む」のが多く、ガァっと怒鳴ると、すぐにぺしゃんこになって戻ってこない。
で、ひたすら悩み、あがき続けていた。
-----
さてさて「社長」という役職に、皆さんはどんなイメージを持たれているだろうか?
「高級車」に乗って、休日には「ゴルフ」、海外旅行をして…、というイメージが強いのではないだろうか?
でも実際、大多数の「社長」は、会社の中で一番「貧乏人」だったりする。
自分の収入を削っても、例え売り上げが「0」でも、働いてくれている人に給料を支払わなければならない。働いてくれている限り、それに見合った「対価」を支払うべく、手元にある物を売ったり、それこそ借金してまで支払う事だってある。
さらに「社長」という立場(トップ)である限り、相談できる相手や、愚痴や弱音を吐ける人物がいなくなる。
とどめに「社長」の「愚痴」「弱音」は、同業者の「付け入る隙」を与えてしまう事になりかねない。
なので、最も孤独で、最も貧乏なのが、多くの「社長」という肩書きを持つ人物なのです。
「沢山の給料をもらっているのだから、責任持つのが当たり前だろ!」と顧客から怒鳴られる事もあるが、実際は「沢山の給料を払いたいから、責任を持って働いている」という立場。
で、精神的にどんどん追い詰められていった。
-----
ある日、取引先の方から「打合せをしたいので時間を作って欲しい」という連絡があった。
何か大きな仕事をくれるのかな、なんて呑気な事を考えながら伺い会議室に通された。
テーブルを挟み、お互いに座った所で開口一番…。
「松本さん、いつまで親方業を続けているの!そろそろ親方から経営者になりなさい!」
その頃の自分を見ていて心配になり、取引先の社長であるにも関わらず「打合せ」と称し叱りつけて下さった。
有難かった。
この年齢や立場になると「叱ってくれる人」というのはほぼ皆無。
この「お叱り」をしっかり受け止め、それ以来「経営」について、ひたすら勉強をさせて頂いている。
(一部の方には、この「叱って下さった方」がバレバレ(笑)。感謝しておりますので、どうかお許し下さい…。)
-----
ブログ「写真の価値」でも書いたが、この仕事はその時々で感謝されると言う事が少ない。
その為「モチベーション」を保っている事が非常に難しい。
そんな中、先日の勉強会で講師の方がおっしゃった。
以下引用。
・・・・・
その昔、江戸時代位までは、「仕事」の事を「商道」と呼んでいた。
この商道とは「武士道」「騎士道」と同じ意味合い。
そしてこの「商道」とは「人知れない匠の技で、自分の仕事に誇りを持つ事」を本道としていたらしい。
それこそ大工であるなら、出来上がったら誰も見る事がない屋根裏の釘一本に至るまで、一切、手を抜かない。みんなが「素晴らしい」と感じても、自分の仕事に納得できるまで取り組む。
神社仏閣などで、誰の目に付かない所の「彫刻」に至るまで…。
食べ物を提供する所なら、大変な苦労をして食品を仕入れて仕込んだり…。
でも、それを「おくびにも出さない」で、ただ自分の誇りのために仕事をする。
「感謝される事」より「自分の誇り」を大切に仕事に取り組んでいた。
それが開国後、いつの間にか「仕事」が「ビジネス」と呼ばれるようになり「利益追求」が第一となっていった。
日本人であるなら「商道」を今一度考えてみませんか?
・・・・・
勉強会スタート直後に話された事だったのだが、自分にとってはこの言葉、頭を殴られたような衝撃だった。
「匠の技」「自分の誇り」で、例え人に気づかれる事が無くても、仕事において手を抜く事をしない。自分で、自分の仕事に嘘をつかず、ごまかしや手抜きをしない。
会社の利益追求ではなく、お客様の利益を最優先に追求。
これが日本の「商道」ではなかろうかと。
-----
自分は何故独立したんだろう?
独立して、何を求めていたんだろう?
そう言えば独立を決意した時、その当時の努めていた会社で、仕事に対する「自分の誇りの追求」が出来ず、顧客の満足度に「納得がいかなかったから」では無かっただろうか…?
思い出せば、独立当初は、その事ばっかり考えて仕事に取り組んでいた気がする。
それがいつの間にか「ビジネス」として「利益追求」ばっかり頭が向いていた。
いつの頃からか、自分の満足や顧客の満足より、利益を優先して会社を運営していた。
-----
もちろん会社である限り「利益の追求」は絶対に必要である事は間違いない。
ただ、日本人として、社長として、経営者として、この「商道精神」を絶対に忘れてはいけないと思った。
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実は3年ほど前から「経営」についての勉強をさせて頂いている。
調度その頃「経営」に行き詰まっていて、とにかく目の前の仕事をこなすのが精一杯だった。
大体、自分の「腕一本」で仕事をしていたため、仕事が増えていけば限界があっという間に来る。
それでも有難い事に仕事は増え、利益も少しずつ増えていったのだが、仕事が増えれば増えるほど今度は「人件費等」が増え、結果、だんだん利益が薄くなっていった。
とにかく支払いなどに追われ、必死になって働くも、今度は「ミス」が発生していく。
それを補うために、自分の時間を削り寝る間も惜しんで仕事をする。
そしてまた疲れて、ミスも増えていく…、という悪循環。
自分は「経営者」というより「親分」「親方」に近い性格。
撮影の現場でカメラマンを怒鳴りつけ、本当に何人も精神的な部分から潰してしまった事もある。
それでも昔は「叩けば響く」という人間が多かったのだが、ここ最近は「叩くと凹む」のが多く、ガァっと怒鳴ると、すぐにぺしゃんこになって戻ってこない。
で、ひたすら悩み、あがき続けていた。
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さてさて「社長」という役職に、皆さんはどんなイメージを持たれているだろうか?
「高級車」に乗って、休日には「ゴルフ」、海外旅行をして…、というイメージが強いのではないだろうか?
でも実際、大多数の「社長」は、会社の中で一番「貧乏人」だったりする。
自分の収入を削っても、例え売り上げが「0」でも、働いてくれている人に給料を支払わなければならない。働いてくれている限り、それに見合った「対価」を支払うべく、手元にある物を売ったり、それこそ借金してまで支払う事だってある。
さらに「社長」という立場(トップ)である限り、相談できる相手や、愚痴や弱音を吐ける人物がいなくなる。
とどめに「社長」の「愚痴」「弱音」は、同業者の「付け入る隙」を与えてしまう事になりかねない。
なので、最も孤独で、最も貧乏なのが、多くの「社長」という肩書きを持つ人物なのです。
「沢山の給料をもらっているのだから、責任持つのが当たり前だろ!」と顧客から怒鳴られる事もあるが、実際は「沢山の給料を払いたいから、責任を持って働いている」という立場。
で、精神的にどんどん追い詰められていった。
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ある日、取引先の方から「打合せをしたいので時間を作って欲しい」という連絡があった。
何か大きな仕事をくれるのかな、なんて呑気な事を考えながら伺い会議室に通された。
テーブルを挟み、お互いに座った所で開口一番…。
「松本さん、いつまで親方業を続けているの!そろそろ親方から経営者になりなさい!」
その頃の自分を見ていて心配になり、取引先の社長であるにも関わらず「打合せ」と称し叱りつけて下さった。
有難かった。
この年齢や立場になると「叱ってくれる人」というのはほぼ皆無。
この「お叱り」をしっかり受け止め、それ以来「経営」について、ひたすら勉強をさせて頂いている。
(一部の方には、この「叱って下さった方」がバレバレ(笑)。感謝しておりますので、どうかお許し下さい…。)
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ブログ「写真の価値」でも書いたが、この仕事はその時々で感謝されると言う事が少ない。
その為「モチベーション」を保っている事が非常に難しい。
そんな中、先日の勉強会で講師の方がおっしゃった。
以下引用。
・・・・・
その昔、江戸時代位までは、「仕事」の事を「商道」と呼んでいた。
この商道とは「武士道」「騎士道」と同じ意味合い。
そしてこの「商道」とは「人知れない匠の技で、自分の仕事に誇りを持つ事」を本道としていたらしい。
それこそ大工であるなら、出来上がったら誰も見る事がない屋根裏の釘一本に至るまで、一切、手を抜かない。みんなが「素晴らしい」と感じても、自分の仕事に納得できるまで取り組む。
神社仏閣などで、誰の目に付かない所の「彫刻」に至るまで…。
食べ物を提供する所なら、大変な苦労をして食品を仕入れて仕込んだり…。
でも、それを「おくびにも出さない」で、ただ自分の誇りのために仕事をする。
「感謝される事」より「自分の誇り」を大切に仕事に取り組んでいた。
それが開国後、いつの間にか「仕事」が「ビジネス」と呼ばれるようになり「利益追求」が第一となっていった。
日本人であるなら「商道」を今一度考えてみませんか?
・・・・・
勉強会スタート直後に話された事だったのだが、自分にとってはこの言葉、頭を殴られたような衝撃だった。
「匠の技」「自分の誇り」で、例え人に気づかれる事が無くても、仕事において手を抜く事をしない。自分で、自分の仕事に嘘をつかず、ごまかしや手抜きをしない。
会社の利益追求ではなく、お客様の利益を最優先に追求。
これが日本の「商道」ではなかろうかと。
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自分は何故独立したんだろう?
独立して、何を求めていたんだろう?
そう言えば独立を決意した時、その当時の努めていた会社で、仕事に対する「自分の誇りの追求」が出来ず、顧客の満足度に「納得がいかなかったから」では無かっただろうか…?
思い出せば、独立当初は、その事ばっかり考えて仕事に取り組んでいた気がする。
それがいつの間にか「ビジネス」として「利益追求」ばっかり頭が向いていた。
いつの頃からか、自分の満足や顧客の満足より、利益を優先して会社を運営していた。
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もちろん会社である限り「利益の追求」は絶対に必要である事は間違いない。
ただ、日本人として、社長として、経営者として、この「商道精神」を絶対に忘れてはいけないと思った。
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