最近特に感じたこと。
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良く耳にする言葉
「お客様は神様です」
故・三波春夫氏が対談の中で語った言葉が有名になったそうだが…。
これは経営する立場から言えば絶対に違う。
というか、私はこの言葉が「嫌い」です。
自分がお客の立場になったとしても「私は神様です」とはとても思えない。
お客様は三波春夫氏が言う様な「神様」ではありません。
そういう「神様の様なお客」に出会ったことは殆どありません。
会社経営に於いて、お客様とは「殿様」以外の何者でもありません。
イヤなお客、頭に来るお客がいたとしても「殿様だから」と思えば納得が出来る。
殿様だから無理難題を言われる。
殿様だから、気分次第で言いたい放題の事言われる。
殿様だから、失敗したら切られる。
大失敗したらそれこそ「市中引き回し(ネットで暴かれるとか)」の上「打ち首(仕事を取り上げられ)」「さらし首(ずっと根に持たれる等々)」にされる。
クレーマーなんか正にそう。
「お客は神なんだから、ちゃんと言う事聞けよ!」
あのな、そんなバカみたいな事を言う神様はいないって、自分が知らない事を恥じれよ…。
一度だけ「あなたの様な神がいたら世界が滅びますが?」と言い返した事あったけど…(笑)。
こういうお客を「神様」だと、どうやったら思えるんだろうか?
私の心が狭いんだろうか?
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「お客様は殿様です」
私はこの言葉の方が絶対に正しいと思う。
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Facebookページ
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さてさて、年度変更に伴い、弊社では5月から写真の販売システムを大幅に変更する事となりました。
で、今回大きく変更したのが「デジタルデータ」販売。
あ、方法ではなく「デジタルデータ自体を販売する」という事です。
実は本年度からの「デジタルデータ販売」は、学校写真を生業にしている業者内において、多分「日本初」であろうと思われます。<ある事情通より
また昨年度に購入された方はご不満もあろうかと存じますが…
何とぞご理解ご了承の程、よろしくお願い致します。
m(_ _)m
-----
さて、自分はフィルム時代、36枚撮りのフィルムで「150枚」写真が売れれば「プロカメラマン」とたたき込まれた。
また「見本写真を張り出す関係上、縦位置では撮影しないように」とも教えられてきた。
多分「学校写真」を撮影しているカメラマンは、同じように教えられたのでは無いかと思う。
考えてみれば分かると思うが、1カットに1名しか写っていなければ、36枚のフィルムで全部売れたとしても36枚。
見本写真をプリントしたら、それ以上は売り上げにならない。
で、売れなければ「破棄」。
…完全な赤字。
そうするとどうしても1カットに最低3名以上まとめて撮影しなければならなくなる。
なので「当たり障りのない写真」になってしまう。
-----
時代が進み今の写真はほぼ「デジタル」。
弊社は「ネット販売」をしているので「見本写真」をプリントしなくても良くなっている。
という事は、昔の様に「1カットに1名」しか写っていなくても、売れなければ「データ削除」だけですむ。
カメラマンにもまんべんなく撮影できるなら「一人抜きをどんどんやってくれ」と。
また張り出すわけではないので「縦位置もガンガン使うように」と指示している。
なので、いろんな所で撮影しているカメラマンが弊社に来ると「基本概念」から変えなければならないので、最初はとにかく混乱するらしい(笑)。
何せ世の多くの写真館では「一人抜き不可」「縦位置不可」というのが未だに多いからね(笑)。
-----
当然「デジタルデータが欲しい」という要望が出ることは分かっていた。
ただ写真屋で「デジタルデータを販売する」と言う事は、昔で言えば「ネガを渡す」という事になり、そこからプリントされて配られたりしたら「売り上げが下がってしまう」という事になりかねない。
弊社は昨年度からデジタルデータ販売を行っていたが「プリントには不向きな画質に落として」販売を行っていた。
しかし自分が「保護者」なら「やっぱりプリントできるデジタルデータが欲しいよな…」という思いもあり、どういう形で対応すればよいかひたすら悩んでいた。
-----
ある時、ふと「写真屋のやり方に購入者が合わせるのではなく、購入者の要求に写真屋が合わせればよいのでは」と気がついた。
「保護者目線」で考えてみれば、確かにお友達と一緒の写真も「あったら良い」が、基本「自分の子供の写真が欲しい」はず。
そして自分の子どもだけが「プロ」に写されている写真が欲しいはず。
結果「1カットに複数人写っている写真」はそれ程「魅力的な写真」ではない。
デジタルデータを購入する意欲がわく写真かどうかは分からない。
逆に、魅力的な写真を撮影するため「1カットに1名しか写っていない写真」であるなら、デジタルデータで購入する意欲がわくのではと。
そこからプリントされても「本人・両祖父母」の3枚だろうと思われるので、まぁ許容範囲かなと。
結局「今までの常識を覆してしまえば、デジタルデータで販売しても採算が取れる」という事が分かってしまった。
…まぁ、その分保護者は「見本写真が多くなり、写真選びが大変です(涙)」、カメラマンは「休む暇無く写真を撮り続けなければならないので辛いです(涙)」という羽目に陥りますが、良い写真をご提供するためには、双方頑張りましょうという事でご納得頂ければ(笑)。
但し、データをスナップ写真と同じ値段にしてしまうと、やはり採算が取れない。
であるなら、そのデジタルデータでプリントできる「最大サイズ」の金額で販売すれば良い。
今回「2Lサイズ(スナップの倍)」までプリントに対応させたので、金額は「2Lサイズ」の代金になりますが、これなら写真屋も購入者も、双方で納得できる金額ではないかと考えています。
ただ如何せん「集合写真」を「デジタルデータ」にしてしまうと、大赤字になるのは目に見えているので、これだけは「プリントのみの対応」という事でご了承の程を…。
-----
常識を非常識として考えれば、もっと色々出来るはず。
固定観念を捨て去れば、もっと新しいことにチャレンジできるはず。
「現状維持」は、企業としては「後退」を意味する。
故・松下幸之助氏(パナソニック創業者)の言葉
ご苦労さん。
ええもんが出来たな。
さあ、今日からこの商品が売れなくなるような新商品をすぐに作ってや。
-----
いつまでも「アナログ時代」でいるわけにはいかない。
いつまでも「昔のやり方」を引きずっているわけにはいかない。
いつまでも「プロカメラマンである自分」にあぐらをかいているわけにはいかない。
今日から、来年度の保護者に「昨年度からやってくれたら良かったのに!」という苦情が来るような「何か」を考えて行こうと思います。
今後ともよろしくお願い致します。
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で、今回大きく変更したのが「デジタルデータ」販売。
あ、方法ではなく「デジタルデータ自体を販売する」という事です。
実は本年度からの「デジタルデータ販売」は、学校写真を生業にしている業者内において、多分「日本初」であろうと思われます。<ある事情通より
また昨年度に購入された方はご不満もあろうかと存じますが…
何とぞご理解ご了承の程、よろしくお願い致します。
m(_ _)m
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さて、自分はフィルム時代、36枚撮りのフィルムで「150枚」写真が売れれば「プロカメラマン」とたたき込まれた。
また「見本写真を張り出す関係上、縦位置では撮影しないように」とも教えられてきた。
多分「学校写真」を撮影しているカメラマンは、同じように教えられたのでは無いかと思う。
考えてみれば分かると思うが、1カットに1名しか写っていなければ、36枚のフィルムで全部売れたとしても36枚。
見本写真をプリントしたら、それ以上は売り上げにならない。
で、売れなければ「破棄」。
…完全な赤字。
そうするとどうしても1カットに最低3名以上まとめて撮影しなければならなくなる。
なので「当たり障りのない写真」になってしまう。
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時代が進み今の写真はほぼ「デジタル」。
弊社は「ネット販売」をしているので「見本写真」をプリントしなくても良くなっている。
という事は、昔の様に「1カットに1名」しか写っていなくても、売れなければ「データ削除」だけですむ。
カメラマンにもまんべんなく撮影できるなら「一人抜きをどんどんやってくれ」と。
また張り出すわけではないので「縦位置もガンガン使うように」と指示している。
なので、いろんな所で撮影しているカメラマンが弊社に来ると「基本概念」から変えなければならないので、最初はとにかく混乱するらしい(笑)。
何せ世の多くの写真館では「一人抜き不可」「縦位置不可」というのが未だに多いからね(笑)。
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当然「デジタルデータが欲しい」という要望が出ることは分かっていた。
ただ写真屋で「デジタルデータを販売する」と言う事は、昔で言えば「ネガを渡す」という事になり、そこからプリントされて配られたりしたら「売り上げが下がってしまう」という事になりかねない。
弊社は昨年度からデジタルデータ販売を行っていたが「プリントには不向きな画質に落として」販売を行っていた。
しかし自分が「保護者」なら「やっぱりプリントできるデジタルデータが欲しいよな…」という思いもあり、どういう形で対応すればよいかひたすら悩んでいた。
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ある時、ふと「写真屋のやり方に購入者が合わせるのではなく、購入者の要求に写真屋が合わせればよいのでは」と気がついた。
「保護者目線」で考えてみれば、確かにお友達と一緒の写真も「あったら良い」が、基本「自分の子供の写真が欲しい」はず。
そして自分の子どもだけが「プロ」に写されている写真が欲しいはず。
結果「1カットに複数人写っている写真」はそれ程「魅力的な写真」ではない。
デジタルデータを購入する意欲がわく写真かどうかは分からない。
逆に、魅力的な写真を撮影するため「1カットに1名しか写っていない写真」であるなら、デジタルデータで購入する意欲がわくのではと。
そこからプリントされても「本人・両祖父母」の3枚だろうと思われるので、まぁ許容範囲かなと。
結局「今までの常識を覆してしまえば、デジタルデータで販売しても採算が取れる」という事が分かってしまった。
…まぁ、その分保護者は「見本写真が多くなり、写真選びが大変です(涙)」、カメラマンは「休む暇無く写真を撮り続けなければならないので辛いです(涙)」という羽目に陥りますが、良い写真をご提供するためには、双方頑張りましょうという事でご納得頂ければ(笑)。
但し、データをスナップ写真と同じ値段にしてしまうと、やはり採算が取れない。
であるなら、そのデジタルデータでプリントできる「最大サイズ」の金額で販売すれば良い。
今回「2Lサイズ(スナップの倍)」までプリントに対応させたので、金額は「2Lサイズ」の代金になりますが、これなら写真屋も購入者も、双方で納得できる金額ではないかと考えています。
ただ如何せん「集合写真」を「デジタルデータ」にしてしまうと、大赤字になるのは目に見えているので、これだけは「プリントのみの対応」という事でご了承の程を…。
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常識を非常識として考えれば、もっと色々出来るはず。
固定観念を捨て去れば、もっと新しいことにチャレンジできるはず。
「現状維持」は、企業としては「後退」を意味する。
故・松下幸之助氏(パナソニック創業者)の言葉
ご苦労さん。
ええもんが出来たな。
さあ、今日からこの商品が売れなくなるような新商品をすぐに作ってや。
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いつまでも「アナログ時代」でいるわけにはいかない。
いつまでも「昔のやり方」を引きずっているわけにはいかない。
いつまでも「プロカメラマンである自分」にあぐらをかいているわけにはいかない。
今日から、来年度の保護者に「昨年度からやってくれたら良かったのに!」という苦情が来るような「何か」を考えて行こうと思います。
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世間様はゴールデンウィークと言う事で行楽真っ最中(って、今は夜中だけど(涙))。
自分は幼稚園のアルバム関係の作業で、毎年ゴールデンウィークというのは無い。
というか、ゴールデンウィークだと問い合わせなどの電話が無く、仕事がはかどるからという理由もあるのだが…(涙)。
-----
さてさて、今日(すでに昨日)千葉では大きな地震が2回あった。
正直「モニター見過ぎて目眩がしているのかな…」という感じで「慣れ」ちゃっているのが怖いが、大きな被害は無かったようで正直ホッとしている。
で、ふと昨年の「震災」を思いだし、以前ミクシィの日記で書いたものを、こちらにも書いておこうかと。
取引先の幼稚園の保護者で「自衛隊員」という方も沢山いらっしゃいます。
今回のブログは「改めて」自衛隊の方々に感謝と敬意を込めて…。
ちなみにこの文章は「2010年11月19日」に書かれたので震災前となります。
-----
実は取引先の「とある幼稚園」では「社会見学」として「自衛隊見学」というのを行っている。
場所は陸上自衛隊木更津駐屯地(ヘリコプター部隊)。
ここの部隊は日本のほぼ全域に渡って「ヘリコプター」を飛ばしている。
天皇陛下専用機、日航機墜落時に使用されたヘリ(保管されている)、有事の際、テレビで「自衛隊のヘリ」というと、大体ここから派遣されたヘリらしい。
そこに行った時、まず園長が言う。
「この方々が日本を守って下さっています。みんなご挨拶しましょう!」
園児達は「よろしくお願いします!」と元気よく返事をする。
自衛隊の広報の人が「日の丸」を指さして「あれはなぁに?」と質問する。
園児達は元気よく「国旗です!」と返事をする。
それを遠巻きに見て微笑む自衛隊職員達。
園児達はヘリコプターの格納庫、戦闘ヘリ等を見学し、輸送ヘリに乗ったりしてその大きさなどを体感していた。

-----
お昼、園児達がお弁当を食べている間に一緒にまわってくれている広報の方に聞いてみた。
「今のご時世(震災前)、自衛隊というだけで肩身が狭い思いをした事があるんじゃないですか?」
広報の人が次のように答えて下さった。
--
えぇ、確かに肩身の狭い思いをする事もあります。
ただ我々は入隊の時、お頭(中佐)から『お前達の存在が不要で迷惑で後ろ指を指され、肩身の狭い思いをしている間が一番平和な時なんだ。今後肝に銘じておけ。』と言われたんですよ。
基本的に我々が求められ感謝されるのは、有事の時なんですから。
ですから肩身が狭いと感じている間は、日本が平和なんです(笑顔)。
--
なんか聞いていて涙出そうになった。
--
それにね、こうやって子ども達が元気よく駐屯地に遊びに来て、我々と遊んでくれるのは本当に嬉しいんですよ。
『あぁ、この子達を守るために、日々の厳しい訓練があるんだ』とか考えると、肩身の狭い思いも報われるんです。
--
この幼稚園、自衛隊見学を始めた頃は「左翼思考」の保護者から反対も受け、見学不参加という事もあったらしい。
でも現在では「教育」として「真実を見せる」というのをポリシーとして貫いているため、それを理解した保護者しか入園されていない。
で、これは「右翼思想」なんだろうか?
否、単に「日本国民としての普通の思想」だと感じる。
-----

帰り際に園児達が「これからも頑張って下さい!」と隊員に挨拶する。
隊員達は笑顔で「何があっても、私達がみんなを守るからね!」と手を振る。
-----
別に子ども達に「自衛隊に入隊しろ」とは言わない。
ただ自分たちが、普段ご飯を食べていたり、ジュース飲んだり、チョコ食べたりしている「裏」では、こういう人たちが日本を守っているからだと知っていて欲しいだけなんだろう。
あまり知られていない事実だが、現在、百里基地では「領空侵犯」のスクランブル発進が、年間250回を超えているという。
同じように海保、海上自衛隊もそれくらい動いているのではないかと思う。
「我々が後ろ指を指され、肩身の狭い思いをして活動している間が、一番平和なんです。」
自分は自衛官が言うこの言葉、一生忘れられないだろう。
-----
今後「日々の厳しい訓練の成果」が「ずっと発揮できないこと」を心より祈念致します。

にしても迷彩服とアンパンマンのコラボって、正直爆笑しました(笑)。
でも、ホントみんないい顔しています!
(顔をぼかしているのが残念でなりません…(涙))
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自分は幼稚園のアルバム関係の作業で、毎年ゴールデンウィークというのは無い。
というか、ゴールデンウィークだと問い合わせなどの電話が無く、仕事がはかどるからという理由もあるのだが…(涙)。
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さてさて、今日(すでに昨日)千葉では大きな地震が2回あった。
正直「モニター見過ぎて目眩がしているのかな…」という感じで「慣れ」ちゃっているのが怖いが、大きな被害は無かったようで正直ホッとしている。
で、ふと昨年の「震災」を思いだし、以前ミクシィの日記で書いたものを、こちらにも書いておこうかと。
取引先の幼稚園の保護者で「自衛隊員」という方も沢山いらっしゃいます。
今回のブログは「改めて」自衛隊の方々に感謝と敬意を込めて…。
ちなみにこの文章は「2010年11月19日」に書かれたので震災前となります。
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実は取引先の「とある幼稚園」では「社会見学」として「自衛隊見学」というのを行っている。
場所は陸上自衛隊木更津駐屯地(ヘリコプター部隊)。
ここの部隊は日本のほぼ全域に渡って「ヘリコプター」を飛ばしている。
天皇陛下専用機、日航機墜落時に使用されたヘリ(保管されている)、有事の際、テレビで「自衛隊のヘリ」というと、大体ここから派遣されたヘリらしい。
そこに行った時、まず園長が言う。
「この方々が日本を守って下さっています。みんなご挨拶しましょう!」
園児達は「よろしくお願いします!」と元気よく返事をする。
自衛隊の広報の人が「日の丸」を指さして「あれはなぁに?」と質問する。
園児達は元気よく「国旗です!」と返事をする。
それを遠巻きに見て微笑む自衛隊職員達。
園児達はヘリコプターの格納庫、戦闘ヘリ等を見学し、輸送ヘリに乗ったりしてその大きさなどを体感していた。

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お昼、園児達がお弁当を食べている間に一緒にまわってくれている広報の方に聞いてみた。
「今のご時世(震災前)、自衛隊というだけで肩身が狭い思いをした事があるんじゃないですか?」
広報の人が次のように答えて下さった。
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えぇ、確かに肩身の狭い思いをする事もあります。
ただ我々は入隊の時、お頭(中佐)から『お前達の存在が不要で迷惑で後ろ指を指され、肩身の狭い思いをしている間が一番平和な時なんだ。今後肝に銘じておけ。』と言われたんですよ。
基本的に我々が求められ感謝されるのは、有事の時なんですから。
ですから肩身が狭いと感じている間は、日本が平和なんです(笑顔)。
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なんか聞いていて涙出そうになった。
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それにね、こうやって子ども達が元気よく駐屯地に遊びに来て、我々と遊んでくれるのは本当に嬉しいんですよ。
『あぁ、この子達を守るために、日々の厳しい訓練があるんだ』とか考えると、肩身の狭い思いも報われるんです。
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この幼稚園、自衛隊見学を始めた頃は「左翼思考」の保護者から反対も受け、見学不参加という事もあったらしい。
でも現在では「教育」として「真実を見せる」というのをポリシーとして貫いているため、それを理解した保護者しか入園されていない。
で、これは「右翼思想」なんだろうか?
否、単に「日本国民としての普通の思想」だと感じる。
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帰り際に園児達が「これからも頑張って下さい!」と隊員に挨拶する。
隊員達は笑顔で「何があっても、私達がみんなを守るからね!」と手を振る。
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別に子ども達に「自衛隊に入隊しろ」とは言わない。
ただ自分たちが、普段ご飯を食べていたり、ジュース飲んだり、チョコ食べたりしている「裏」では、こういう人たちが日本を守っているからだと知っていて欲しいだけなんだろう。
あまり知られていない事実だが、現在、百里基地では「領空侵犯」のスクランブル発進が、年間250回を超えているという。
同じように海保、海上自衛隊もそれくらい動いているのではないかと思う。
「我々が後ろ指を指され、肩身の狭い思いをして活動している間が、一番平和なんです。」
自分は自衛官が言うこの言葉、一生忘れられないだろう。
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今後「日々の厳しい訓練の成果」が「ずっと発揮できないこと」を心より祈念致します。

にしても迷彩服とアンパンマンのコラボって、正直爆笑しました(笑)。
でも、ホントみんないい顔しています!
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テーマは「仕事」だけど、「つぶやき」の方が近いかもしれない…。
-----
「黄金律」と言うのをご存じだろうか?
「黄金率」ではない。
「黄金律」です。
わかる人にはわかるのであえて詳しくは書かないが、この黄金律とは次の「言葉」を指す。
「自分がして欲しいと思った事を、他の人にしてあげなさい。」
-----
実はこれ、キリスト教系の幼稚園に伺った際、園長を兼ねておられる「牧師」から聞いた「聖書」の言葉。
ウィキで調べると「黄金律(おうごんりつ、英: Golden Rule)は、多くの宗教、道徳や哲学で見出される「他人にしてもらいたいと思うような行為をせよ」という内容の倫理学的言明である」とある。
公子、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥ教にも同じような言葉があるが、中身は「キリスト教」と大きく意味が違う。
…あ、別に宗教系の話しではありませんのでご安心を(笑)。
-----
さて、お子様をお持ちの方は、子どもが何かしでかして叱る時に、こんな叱り方をした事ないだろうか?
「自分がされて嫌だと思った事を、他の人にしてはいけません。」
「人が嫌がる事をやってはいけません。」
最初に書いた「黄金律」と意味的に同じ様に思えるが、実は全く意味が違ってくる。
キリスト教の黄金律では「…してあげなさい」。
でも上記の叱り方では両方とも「…してはいけません」。
上記は「Do ing」、下記は「Do not」。
つまり「しなさい」と「するな」の違い。
-----
ある中学校の吹奏楽部に「講師」として招かれた。
音楽室に入り、部員に挨拶され指揮台に立つ。
ふと後ろの壁をみると「部活10箇条」なる「部束」が張り出されていた。
その中に次のようなお約束が書かれていた。
「部活を休まない」
「テストで悪い点を取らない」
「コンクールで悪い賞にならない」
まぁ中学生が一生懸命考えて作った「10箇条」なんだろうけど、指導に入る前にまずこの事がどうしても気になったので話しをした。
--
指導する前に気になったのでお話ししますが、部活を休まないって事は、『休まなければいい』という事だよね。
同じように『悪い点を取らない』『悪い賞を取らない』のも『結果が悪くなければ良い』という事?
この書き方だと「しなければいい」って事になって、結果「行動を起こさない方が徳」って事にならないかな?
もしね、私が同じような内容で目標を作るのだとしたら…
「毎日部活に行って上手くなる」
「テストで一番になる」
「コンクールで日本一になる」
って作るんじゃないかな。
だって、こういう風に言い方を変えた方が「やらなければならない」って思えるでしょ?
つまりね、「~しない」という言い回しではなく「~する」という言い方。
「しない」って事は「やらなくても良い」。
「する」って事は「やらなければならない」。
どちらが自分のためになるかな?
-----
話を戻すが「自分がされてイヤな事を、他人にしてはならない」を厳格に守ると、結局「何もしない方が誰にも迷惑かけなくていいや」って事になる。
でも「自分がして欲しい事を、他人にしてあげなさい」となると、自分で判断して「自ら行動しなければ」ならないじゃん?
初めに書いた「園長兼牧師」が話して下さった。
--
子どもを叱る時に「いけません」というのも確かに必要なんだと思うんです。
でもそれと同じくらいに「しなさい」というのも必要なんだと思うんですよ。
ただ「しなさい」には「自分がして欲しいと思った事を他の人に…」という意味が含まれていなければならないはずなんです。自分が人にされて嬉しかったこと、楽しかったこと、喜んだことを「してあげなさい」って。
お片付けもそう。
自分がお片付けして欲しいと思ったんだったら、他の人のお片付けを手伝ってあげなさいって事になりますからね。
そうじゃなければ「動かない方が勝ち」「やらない方が徳」って思ったまま育っちゃいますから。
--
唯々頷くしかありませんでした。
-----
自分は日常に限らず、仕事に対しても、いつもこの「黄金律」を思い出している。
「撮影」をしている時「自分だったらこう撮影されたい」「こういう写真を残したい」と常々考えながら撮影している。
だから「こんな撮影する業者、見たことない」って同業者から笑われるんだけどねぇ(笑)。
でも、これがもし「嫌がることをするな」が根本にあれば「当たり障りのない写真」を撮影していれば良いという事になる。
つまり良い写真じゃなくても、売れない写真でも、喜ばれない写真でも「撮影できていればいい」程度になってしまう。
それじゃぁ、誰が撮影しても同じ。
自分は根本にこの「黄金律」がなければ、良い写真、売れる写真、喜んでもらえる写真って撮影できるわけがないと思っている。
あ、もちろん撮影業者だけに当てはまるんじゃないですが(汗)。
-----
子どもを叱る時もそう。
「自分がされて嫌な事を他人にしないのは当たり前だ。自分がしてもらって嬉しかった事をお友達にしてあげなきゃだめだろうが!」ってね。
行動に「Stop」をかけるのも必要だが、「Go!」の指示出すのも同じくらい必要かなと。
-----
もう一度書いておきます。
「自分がして欲しいと思った事を、他の人にしてあげなさい。」
牧師曰く
「キリスト教ってね、この一文を伝えたいためだけに、何千ページもあるんじゃないかって思いますよ。」
ちなみにこの「黄金律」を厳格に守って行動したのが、かの「マザー・テレサ」だとも仰っていました。
-----
さてさて、自分はお袋から「人が嫌がる事でもすすんでやりなさい」と教え込まれた。
その教えを厳格に守り、女の子が嫌がることや、先生の嫌がることをすすんでやりました。
…結果、こんなに立派に他人から嫌がられる人間に成長しました(涙)。
最近になってお袋が言った本当の意味を知りましたが、もう取り返しが付きません…。
お袋…、私は「あなたの子ども」なんです…。
そんなに賢いと思っていましたか…?(涙)。
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「黄金律」と言うのをご存じだろうか?
「黄金率」ではない。
「黄金律」です。
わかる人にはわかるのであえて詳しくは書かないが、この黄金律とは次の「言葉」を指す。
「自分がして欲しいと思った事を、他の人にしてあげなさい。」
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実はこれ、キリスト教系の幼稚園に伺った際、園長を兼ねておられる「牧師」から聞いた「聖書」の言葉。
ウィキで調べると「黄金律(おうごんりつ、英: Golden Rule)は、多くの宗教、道徳や哲学で見出される「他人にしてもらいたいと思うような行為をせよ」という内容の倫理学的言明である」とある。
公子、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥ教にも同じような言葉があるが、中身は「キリスト教」と大きく意味が違う。
…あ、別に宗教系の話しではありませんのでご安心を(笑)。
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さて、お子様をお持ちの方は、子どもが何かしでかして叱る時に、こんな叱り方をした事ないだろうか?
「自分がされて嫌だと思った事を、他の人にしてはいけません。」
「人が嫌がる事をやってはいけません。」
最初に書いた「黄金律」と意味的に同じ様に思えるが、実は全く意味が違ってくる。
キリスト教の黄金律では「…してあげなさい」。
でも上記の叱り方では両方とも「…してはいけません」。
上記は「Do ing」、下記は「Do not」。
つまり「しなさい」と「するな」の違い。
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ある中学校の吹奏楽部に「講師」として招かれた。
音楽室に入り、部員に挨拶され指揮台に立つ。
ふと後ろの壁をみると「部活10箇条」なる「部束」が張り出されていた。
その中に次のようなお約束が書かれていた。
「部活を休まない」
「テストで悪い点を取らない」
「コンクールで悪い賞にならない」
まぁ中学生が一生懸命考えて作った「10箇条」なんだろうけど、指導に入る前にまずこの事がどうしても気になったので話しをした。
--
指導する前に気になったのでお話ししますが、部活を休まないって事は、『休まなければいい』という事だよね。
同じように『悪い点を取らない』『悪い賞を取らない』のも『結果が悪くなければ良い』という事?
この書き方だと「しなければいい」って事になって、結果「行動を起こさない方が徳」って事にならないかな?
もしね、私が同じような内容で目標を作るのだとしたら…
「毎日部活に行って上手くなる」
「テストで一番になる」
「コンクールで日本一になる」
って作るんじゃないかな。
だって、こういう風に言い方を変えた方が「やらなければならない」って思えるでしょ?
つまりね、「~しない」という言い回しではなく「~する」という言い方。
「しない」って事は「やらなくても良い」。
「する」って事は「やらなければならない」。
どちらが自分のためになるかな?
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話を戻すが「自分がされてイヤな事を、他人にしてはならない」を厳格に守ると、結局「何もしない方が誰にも迷惑かけなくていいや」って事になる。
でも「自分がして欲しい事を、他人にしてあげなさい」となると、自分で判断して「自ら行動しなければ」ならないじゃん?
初めに書いた「園長兼牧師」が話して下さった。
--
子どもを叱る時に「いけません」というのも確かに必要なんだと思うんです。
でもそれと同じくらいに「しなさい」というのも必要なんだと思うんですよ。
ただ「しなさい」には「自分がして欲しいと思った事を他の人に…」という意味が含まれていなければならないはずなんです。自分が人にされて嬉しかったこと、楽しかったこと、喜んだことを「してあげなさい」って。
お片付けもそう。
自分がお片付けして欲しいと思ったんだったら、他の人のお片付けを手伝ってあげなさいって事になりますからね。
そうじゃなければ「動かない方が勝ち」「やらない方が徳」って思ったまま育っちゃいますから。
--
唯々頷くしかありませんでした。
-----
自分は日常に限らず、仕事に対しても、いつもこの「黄金律」を思い出している。
「撮影」をしている時「自分だったらこう撮影されたい」「こういう写真を残したい」と常々考えながら撮影している。
だから「こんな撮影する業者、見たことない」って同業者から笑われるんだけどねぇ(笑)。
でも、これがもし「嫌がることをするな」が根本にあれば「当たり障りのない写真」を撮影していれば良いという事になる。
つまり良い写真じゃなくても、売れない写真でも、喜ばれない写真でも「撮影できていればいい」程度になってしまう。
それじゃぁ、誰が撮影しても同じ。
自分は根本にこの「黄金律」がなければ、良い写真、売れる写真、喜んでもらえる写真って撮影できるわけがないと思っている。
あ、もちろん撮影業者だけに当てはまるんじゃないですが(汗)。
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子どもを叱る時もそう。
「自分がされて嫌な事を他人にしないのは当たり前だ。自分がしてもらって嬉しかった事をお友達にしてあげなきゃだめだろうが!」ってね。
行動に「Stop」をかけるのも必要だが、「Go!」の指示出すのも同じくらい必要かなと。
-----
もう一度書いておきます。
「自分がして欲しいと思った事を、他の人にしてあげなさい。」
牧師曰く
「キリスト教ってね、この一文を伝えたいためだけに、何千ページもあるんじゃないかって思いますよ。」
ちなみにこの「黄金律」を厳格に守って行動したのが、かの「マザー・テレサ」だとも仰っていました。
-----
さてさて、自分はお袋から「人が嫌がる事でもすすんでやりなさい」と教え込まれた。
その教えを厳格に守り、女の子が嫌がることや、先生の嫌がることをすすんでやりました。
…結果、こんなに立派に他人から嫌がられる人間に成長しました(涙)。
最近になってお袋が言った本当の意味を知りましたが、もう取り返しが付きません…。
お袋…、私は「あなたの子ども」なんです…。
そんなに賢いと思っていましたか…?(涙)。
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先に書いておきます。
これから掲載する写真は弊社が撮影、プリントした物ではありません。
-----
小学校の入学式の写真が手元に来た。
それがこれ。

スキャンして、小学校名を伏せただけで「他は何も手をつけていません」。
トリミング(切り取り)も全くしていません。
で、これ「売り物」で「商品」なの?
-----
他の同業者に関して「どうのこうの」言うのは気が引けるが、これはあまりにも酷いので衝動的に掲載してしまった。
肖像権で物言われたら謝るが、写真屋の著作権でぐだぐだ言ってきたら、もう大暴れしちゃう。
だってこれ、どうみても最近「ミサイル実験失敗」した国の肖像みたいで気持ち悪いじゃない?
留めに「子どもの足」「上の看板」も切れているし。
…。<言葉が出ない
-----
にしてもね、こういう写真を「平気」で出す写真館って意外に多い。
特に「公立学校」の場合、地域密着、地域還元で仕事を卸すから、ある程度どんな写真だろうが許されてしまう。正直失敗しても「許される」場合もある。
何度か中学校や高校に営業に行ったことがあるが、基本「門前払い」。
よっぽど血縁関係とかなんかが無いと、既存の業者から変えるようなことはない。
職員も公務員なので(偏見があったらごめん)、自分たちの時に「問題がなければよい」とか思っているんじゃねぇのか?
親も親で、これでクレーム付けたりしたら、子どもが虐められちゃうかもしれないとか考えて、諦めちゃっている部分もあるんだろうと思うし…。
何にせよ、これで「プロカメラマン」「写真館」とか名乗っているのだから情けないやら悔しいやら。
-----
自分の会社を「持ち上げる」わけではないが、弊社でこんな写真撮ってきて、こんなプリントで出したら、まず代表として担当者を叱りつける。
そして取引先に謝罪。
最後は写っている保護者宅全員に行って、菓子折り持って頭下げに行く。
あぁ、むかつく!
コンデジで、安いオモチャみたいなソフト使って処理しているんじゃねぇのか?
-----
さて冷静に…。
何度も書いているが、幼稚園や保育園、学校関係では、保護者が「写真屋」を選ぶことが出来ない。正直「当たり外れ」が非常に大きい。
また「他の写真屋」と比べるという「機会」もない。
その為「与えられた写真が全て」になってしまいがち。
写真屋は「撮ってプリントしてやったんだから」という上から目線だったり。<と感じる
本当はそういう事があってはならないのだが、悲しいかな「外れ業者」というのも多くある。
考えてみればお分かりだと思うが、町の写真館の場合「学校写真はおまけ」みたいに捉えている所が多い。もちろん全部が全部ではない。「学校写真部門」というのをしっかり設けて対応している写真館も多く知っている。
それに写真館の経営者というのも、ここ最近は「高齢者」が多くなってきている。
フィルム時代にはそれなりの「腕」だったんだろうと思うが、デジタル時代になって、半分「投げやり」みたいになっている気がする。
残念でならない…。
写真屋、プロカメラマンとして「恥」を知りなさい!<この業者
-----
先日、昨年卒園した幼稚園の保護者から連絡があった。
「小学校の集合写真、酷いんです。どうかうちの小学校に撮影に来て下さい…(涙)」
もうね、こういう事があると、採算度外視してでも撮影に行きたくなる。
写真に写っている一人ひとりに「人生」があるんだよ。
写真屋は「その場限り」かもしれないが、写されている人間は、この写真と一生付き合うんだよ。
ことある毎に「見返す」こともあるんだよ。
写真を見て「元気になれる」事もあるんだよ。
-----
プロカメラマンと名乗る限りは、撮影する「被写体」を好きじゃなければならない。
「撮影が好き」「カメラが好き」「写すのが得意」だけでは「プロカメラマン」と呼べない。
人物撮影なら、まず初めに「人間が好き」じゃなければならない。
その「好きな人間」を「どうやったら綺麗に撮影できて記録に残せるか」を考えて、技術を磨いていけばいい。
カメラ好きだからプロカメラマンになった。
写真撮影が好きだからプロカメラマンになった。
そういう方がいたら、今一度自分に問いかけてほしい。
「あなたは自分の写している被写体を愛していますか?」
-----
音楽を修行していた時の師匠の言葉(一部略)。
初めに技術があるんじゃない。
曲が先にあるんだ。
その曲を上手く演奏し、その演奏でどれだけの人を感動させるか。
その為に「練習」し「技術」を身につけていくんだ。
然り然り…。
-----
今回のブログは完全なストレス解消でっす!
あぁ~腹立つわぃ!
Facebookページ
http://www.facebook.com/matsumotoplanning
これから掲載する写真は弊社が撮影、プリントした物ではありません。
-----
小学校の入学式の写真が手元に来た。
それがこれ。

スキャンして、小学校名を伏せただけで「他は何も手をつけていません」。
トリミング(切り取り)も全くしていません。
で、これ「売り物」で「商品」なの?
-----
他の同業者に関して「どうのこうの」言うのは気が引けるが、これはあまりにも酷いので衝動的に掲載してしまった。
肖像権で物言われたら謝るが、写真屋の著作権でぐだぐだ言ってきたら、もう大暴れしちゃう。
だってこれ、どうみても最近「ミサイル実験失敗」した国の肖像みたいで気持ち悪いじゃない?
留めに「子どもの足」「上の看板」も切れているし。
…。<言葉が出ない
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にしてもね、こういう写真を「平気」で出す写真館って意外に多い。
特に「公立学校」の場合、地域密着、地域還元で仕事を卸すから、ある程度どんな写真だろうが許されてしまう。正直失敗しても「許される」場合もある。
何度か中学校や高校に営業に行ったことがあるが、基本「門前払い」。
よっぽど血縁関係とかなんかが無いと、既存の業者から変えるようなことはない。
職員も公務員なので(偏見があったらごめん)、自分たちの時に「問題がなければよい」とか思っているんじゃねぇのか?
親も親で、これでクレーム付けたりしたら、子どもが虐められちゃうかもしれないとか考えて、諦めちゃっている部分もあるんだろうと思うし…。
何にせよ、これで「プロカメラマン」「写真館」とか名乗っているのだから情けないやら悔しいやら。
-----
自分の会社を「持ち上げる」わけではないが、弊社でこんな写真撮ってきて、こんなプリントで出したら、まず代表として担当者を叱りつける。
そして取引先に謝罪。
最後は写っている保護者宅全員に行って、菓子折り持って頭下げに行く。
あぁ、むかつく!
コンデジで、安いオモチャみたいなソフト使って処理しているんじゃねぇのか?
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さて冷静に…。
何度も書いているが、幼稚園や保育園、学校関係では、保護者が「写真屋」を選ぶことが出来ない。正直「当たり外れ」が非常に大きい。
また「他の写真屋」と比べるという「機会」もない。
その為「与えられた写真が全て」になってしまいがち。
写真屋は「撮ってプリントしてやったんだから」という上から目線だったり。<と感じる
本当はそういう事があってはならないのだが、悲しいかな「外れ業者」というのも多くある。
考えてみればお分かりだと思うが、町の写真館の場合「学校写真はおまけ」みたいに捉えている所が多い。もちろん全部が全部ではない。「学校写真部門」というのをしっかり設けて対応している写真館も多く知っている。
それに写真館の経営者というのも、ここ最近は「高齢者」が多くなってきている。
フィルム時代にはそれなりの「腕」だったんだろうと思うが、デジタル時代になって、半分「投げやり」みたいになっている気がする。
残念でならない…。
写真屋、プロカメラマンとして「恥」を知りなさい!<この業者
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先日、昨年卒園した幼稚園の保護者から連絡があった。
「小学校の集合写真、酷いんです。どうかうちの小学校に撮影に来て下さい…(涙)」
もうね、こういう事があると、採算度外視してでも撮影に行きたくなる。
写真に写っている一人ひとりに「人生」があるんだよ。
写真屋は「その場限り」かもしれないが、写されている人間は、この写真と一生付き合うんだよ。
ことある毎に「見返す」こともあるんだよ。
写真を見て「元気になれる」事もあるんだよ。
-----
プロカメラマンと名乗る限りは、撮影する「被写体」を好きじゃなければならない。
「撮影が好き」「カメラが好き」「写すのが得意」だけでは「プロカメラマン」と呼べない。
人物撮影なら、まず初めに「人間が好き」じゃなければならない。
その「好きな人間」を「どうやったら綺麗に撮影できて記録に残せるか」を考えて、技術を磨いていけばいい。
カメラ好きだからプロカメラマンになった。
写真撮影が好きだからプロカメラマンになった。
そういう方がいたら、今一度自分に問いかけてほしい。
「あなたは自分の写している被写体を愛していますか?」
-----
音楽を修行していた時の師匠の言葉(一部略)。
初めに技術があるんじゃない。
曲が先にあるんだ。
その曲を上手く演奏し、その演奏でどれだけの人を感動させるか。
その為に「練習」し「技術」を身につけていくんだ。
然り然り…。
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「あたりまえ」を「ありがとう」と言うのが「感謝」
「だからなに?」を「おめでとう」と言うのが「賞賛」
「もうダメだ」を「これからだ」と言うのが「希望」
「なりたいな」を「なってやる」と言うのが「決意」
「もういいや」を「まだ待とう」と言うのが「忍耐」
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ご無沙汰しております(汗)。
更新が滞り申し訳ありませんでした。
何せ、年度代わりに伴い、やらなければならない事に追われ、自分を見失う程忙しい状態が続いておりました(涙)。
と、言い訳しても始まりません…。
以後気をつけます…m(_ _)m
-----
さて、入学、進学、入園、進級おめでとうございます。
弊社は本日で学校関係の入学、入園式撮影が一通り終了し、現在はネット公開に向けての準備中。
で、毎年の事ながら、こと「入園式」に限ってはドラマが沢山あります(笑)。
ドラマに関してはまたいずれという事で、今回は「入園児」を撮影する時に苦労している部分などを書いてみようかと…。
-----
幼稚園で3年保育の入園児と言えば「3歳」。
この年代は「生まれ月」で成長度が大幅に違う。
4月生まれのお子さんはやっぱり大きくて、早生まれの3月下旬くらいのお子さんは、足下もおぼつかない子も。
で、入園式でいきなり「社会」を経験するもんだから、その心境たるや大変なもの。
性格もあるんだろうなと思うけど、親から離れない子、いきなり園内を走り回る子、もう手をつけられない程泣きじゃくる子…。
えぇ、そりゃもう、どこの入園式でも大変な騒ぎです。
保護者は保護者で「入園式」という一大イベントを記念に残したいと、カメラ、ビデオでひたすら撮影しまくりまくり…。
一応保護者立場で撮影しようと思っているので、出来るだけ保護者の撮影の邪魔にならないよう、但し、保護者では撮れないような写真を撮るよう心がけておりますが、やっぱりうろちょろするので「邪魔になっているんだろうな…」と心苦しい一面もあり。
ただ「家族全員を一緒に撮影できる」のは、知り合いかカメラマンのみ。
なので、お子さんを撮影し終わった頃合いを見計らい「せっかくですからご家族で!」と促し、家族写真を撮影させて頂いたり…。
それで一番大変なのが「集合写真」撮影。
3歳児が何十人もいて、その倍の人数の保護者が後ろに並んで撮影する…。
…想像してみて下さい。
現在、私は声がかすれております(涙)。
-----
さてさてタイトルにあります「飛び道具」。
これはカメラマンの間では「スラング(隠語)」として使われているのですが、この様なものになります(笑)。

はい。お分かりですね(笑)。
この写真の場合の「飛び道具」は「アンパンマン((C)やなせたかし)」になります(笑)。
これはストロボの上に輪ゴムで止めてあるだけなんだけど、こういうぬいぐるみ、会社にごろごろ転がっていたりする(笑)。
見方によっては「あの社長、ぬいぐるみ好きで危ないぞ…」と思われる可能性大(笑)。
確かに嫌いじゃありませんが、一緒に寝たりはしていません。念のため(笑)。
で、今週、このアンパンマンが大活躍。
まず大声で園児に声をかける。
「みんなぁ、アンパンマンが見に来てくれたよぉ!」<文字に書くと恥ずかしいのは何故?
すると園児達は指をさしたりしながら「あ、アンパンマンだ!」と騒ぎ出す。
「今日ね、みんなの入園式をお祝いするために、パトロールの途中○○幼稚園に寄ってくれたんだって!」<やっぱり文字にすると恥ずかしいぞ?
ここで園児の「はーと」を掴めなければ撮影は失敗したも同然(涙)。
「はーと」が掴めたら次の台詞(文字にしたくないなぁ)。
「あのね、今カメラの上にいるアンパンマン、ぴかって光るんだよ?よぉ~く見て、ぴかって光ったら手をあげておぢちゃんに光った事教えてね!」<すでに普段の私ではありません(笑)
この時点で園児達は身を乗り出すようにアンパンマンを凝視。
「じゃぁ、いくよぉ~、いち、にぃ、さん!」
パシャっと光ると、園児達は手をあげて「光ったぁ~!」と大騒ぎ。
お分かりですね?
光った事が分かった園児は「こちらを向いて目を開けていた」という事です。
と、こんな事を何度も繰り返して集合写真を撮影しておりやした…。
だってね、初めて幼稚園に来て、いきなり怪しい「おぢちゃん」が大声で「こっち向いて!」なんて言えば、怖がって泣いちゃう園児も出ちゃう。
泣いちゃうだけならまだしも、撮影に時間がかかりすぎると「逃走」する園児まで出ちゃう(笑)。
えぇ、それはもう苦労しております(笑)。
-----
長年こういう事をやっているが、一番園児に評判が良いのは「アンパンマン」。
何がどう、子どもの心を捉えているのかわからないが、なぜかアンパンマンは受けがよい。ミッキーマウス、ドラえもん等試したが、反応が良いのはやっぱりアンパンマン。
あんまり騒いでいたりすると「バイキンマンが来ちゃうよ?」と言えば、みんなこっち見たり。
サンタが親父だと知った瞬間「ピュアな心」を無くした自分は「顔を切り取って食べさせるなんてオカルトやスプラッタだよなぁ」等と考える時もあるが、園児が受けるのなら何でも有り(笑)。
で、この飛び道具、カメラマンによっては色々あるみたい。
「着ぐるみ」を着て撮影するカメラマンもいれば、撮影する瞬間に帽子を取って、実は「ちょんまげのカツラ」を付けていたりだとか。<これ一部では有名(笑)
ある意味、本当の「プロ魂」を垣間見られる集合写真撮影。
自分は、園児達が笑顔で楽しく、さくっと撮影できるのなら、一人でゲーセンに行き「UFOキャッチャー」で何万も使ったり、トイザらスで不審者扱いされても頑張ります(笑)。
今現在の悩みは、UFOキャッチャーで領収書が出ない事です(笑)。
-----
カメラマンによっては「飛び道具は邪道」という人もいるが、いきなり集団の中に入り、慣れない場所であたふたしている3歳児相手に、コミュニケーションも取る時間もないまま撮影する場合には、やっぱり必要な「撮影機材」の一つ。
良い写真を撮るためには、画素数、レンズの他にも、ぬいぐるみやひざ当てなど「意外な機材」が必要だったりします(笑)。
でも、会計士さんに「この領収書、トイザらスと書いてありますが、オモチャを経費で落とすんですか?」と聞かれ大変なのは伏せておきます(笑)。
-----
集合写真等で幼稚園児を呼ぶ時、自分は「○○組のお友達ぃ」って言う。
今週、ずっと大声で「○○組のお友達ぃ!」と叫びながら、上記のような指示を出していた。
で、今日、入園式が終わった後「職員のみ」の集合写真を撮影する事となった。
職員が並び、ちょっと位置を変わってもらおうと指示を出す。
「えと…、2列目の立っているお友達ぃ…」
職員一同大爆笑。
えぇ、「職業病」だと思われます。
撮影後、理事長に「新任の若い女性職員を、いきなりお友達にしちゃうなんて、さすが松本さんですねぇ(笑)。」
…。
確かに若かりし頃、あっちこっちで女性に声をかけ、初対面の「お友達」を沢山作っていましたけどねぇだ(涙)。
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何せ、年度代わりに伴い、やらなければならない事に追われ、自分を見失う程忙しい状態が続いておりました(涙)。
と、言い訳しても始まりません…。
以後気をつけます…m(_ _)m
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さて、入学、進学、入園、進級おめでとうございます。
弊社は本日で学校関係の入学、入園式撮影が一通り終了し、現在はネット公開に向けての準備中。
で、毎年の事ながら、こと「入園式」に限ってはドラマが沢山あります(笑)。
ドラマに関してはまたいずれという事で、今回は「入園児」を撮影する時に苦労している部分などを書いてみようかと…。
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幼稚園で3年保育の入園児と言えば「3歳」。
この年代は「生まれ月」で成長度が大幅に違う。
4月生まれのお子さんはやっぱり大きくて、早生まれの3月下旬くらいのお子さんは、足下もおぼつかない子も。
で、入園式でいきなり「社会」を経験するもんだから、その心境たるや大変なもの。
性格もあるんだろうなと思うけど、親から離れない子、いきなり園内を走り回る子、もう手をつけられない程泣きじゃくる子…。
えぇ、そりゃもう、どこの入園式でも大変な騒ぎです。
保護者は保護者で「入園式」という一大イベントを記念に残したいと、カメラ、ビデオでひたすら撮影しまくりまくり…。
一応保護者立場で撮影しようと思っているので、出来るだけ保護者の撮影の邪魔にならないよう、但し、保護者では撮れないような写真を撮るよう心がけておりますが、やっぱりうろちょろするので「邪魔になっているんだろうな…」と心苦しい一面もあり。
ただ「家族全員を一緒に撮影できる」のは、知り合いかカメラマンのみ。
なので、お子さんを撮影し終わった頃合いを見計らい「せっかくですからご家族で!」と促し、家族写真を撮影させて頂いたり…。
それで一番大変なのが「集合写真」撮影。
3歳児が何十人もいて、その倍の人数の保護者が後ろに並んで撮影する…。
…想像してみて下さい。
現在、私は声がかすれております(涙)。
-----
さてさてタイトルにあります「飛び道具」。
これはカメラマンの間では「スラング(隠語)」として使われているのですが、この様なものになります(笑)。

はい。お分かりですね(笑)。
この写真の場合の「飛び道具」は「アンパンマン((C)やなせたかし)」になります(笑)。
これはストロボの上に輪ゴムで止めてあるだけなんだけど、こういうぬいぐるみ、会社にごろごろ転がっていたりする(笑)。
見方によっては「あの社長、ぬいぐるみ好きで危ないぞ…」と思われる可能性大(笑)。
確かに嫌いじゃありませんが、一緒に寝たりはしていません。念のため(笑)。
で、今週、このアンパンマンが大活躍。
まず大声で園児に声をかける。
「みんなぁ、アンパンマンが見に来てくれたよぉ!」<文字に書くと恥ずかしいのは何故?
すると園児達は指をさしたりしながら「あ、アンパンマンだ!」と騒ぎ出す。
「今日ね、みんなの入園式をお祝いするために、パトロールの途中○○幼稚園に寄ってくれたんだって!」<やっぱり文字にすると恥ずかしいぞ?
ここで園児の「はーと」を掴めなければ撮影は失敗したも同然(涙)。
「はーと」が掴めたら次の台詞(文字にしたくないなぁ)。
「あのね、今カメラの上にいるアンパンマン、ぴかって光るんだよ?よぉ~く見て、ぴかって光ったら手をあげておぢちゃんに光った事教えてね!」<すでに普段の私ではありません(笑)
この時点で園児達は身を乗り出すようにアンパンマンを凝視。
「じゃぁ、いくよぉ~、いち、にぃ、さん!」
パシャっと光ると、園児達は手をあげて「光ったぁ~!」と大騒ぎ。
お分かりですね?
光った事が分かった園児は「こちらを向いて目を開けていた」という事です。
と、こんな事を何度も繰り返して集合写真を撮影しておりやした…。
だってね、初めて幼稚園に来て、いきなり怪しい「おぢちゃん」が大声で「こっち向いて!」なんて言えば、怖がって泣いちゃう園児も出ちゃう。
泣いちゃうだけならまだしも、撮影に時間がかかりすぎると「逃走」する園児まで出ちゃう(笑)。
えぇ、それはもう苦労しております(笑)。
-----
長年こういう事をやっているが、一番園児に評判が良いのは「アンパンマン」。
何がどう、子どもの心を捉えているのかわからないが、なぜかアンパンマンは受けがよい。ミッキーマウス、ドラえもん等試したが、反応が良いのはやっぱりアンパンマン。
あんまり騒いでいたりすると「バイキンマンが来ちゃうよ?」と言えば、みんなこっち見たり。
サンタが親父だと知った瞬間「ピュアな心」を無くした自分は「顔を切り取って食べさせるなんてオカルトやスプラッタだよなぁ」等と考える時もあるが、園児が受けるのなら何でも有り(笑)。
で、この飛び道具、カメラマンによっては色々あるみたい。
「着ぐるみ」を着て撮影するカメラマンもいれば、撮影する瞬間に帽子を取って、実は「ちょんまげのカツラ」を付けていたりだとか。<これ一部では有名(笑)
ある意味、本当の「プロ魂」を垣間見られる集合写真撮影。
自分は、園児達が笑顔で楽しく、さくっと撮影できるのなら、一人でゲーセンに行き「UFOキャッチャー」で何万も使ったり、トイザらスで不審者扱いされても頑張ります(笑)。
今現在の悩みは、UFOキャッチャーで領収書が出ない事です(笑)。
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カメラマンによっては「飛び道具は邪道」という人もいるが、いきなり集団の中に入り、慣れない場所であたふたしている3歳児相手に、コミュニケーションも取る時間もないまま撮影する場合には、やっぱり必要な「撮影機材」の一つ。
良い写真を撮るためには、画素数、レンズの他にも、ぬいぐるみやひざ当てなど「意外な機材」が必要だったりします(笑)。
でも、会計士さんに「この領収書、トイザらスと書いてありますが、オモチャを経費で落とすんですか?」と聞かれ大変なのは伏せておきます(笑)。
-----
集合写真等で幼稚園児を呼ぶ時、自分は「○○組のお友達ぃ」って言う。
今週、ずっと大声で「○○組のお友達ぃ!」と叫びながら、上記のような指示を出していた。
で、今日、入園式が終わった後「職員のみ」の集合写真を撮影する事となった。
職員が並び、ちょっと位置を変わってもらおうと指示を出す。
「えと…、2列目の立っているお友達ぃ…」
職員一同大爆笑。
えぇ、「職業病」だと思われます。
撮影後、理事長に「新任の若い女性職員を、いきなりお友達にしちゃうなんて、さすが松本さんですねぇ(笑)。」
…。
確かに若かりし頃、あっちこっちで女性に声をかけ、初対面の「お友達」を沢山作っていましたけどねぇだ(涙)。
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今日で卒業・卒園式の山場を超えた。
現在、撮影してきた写真やビデオの前処理段階なのだが放心状態…。
いろんな撮影がある中で卒園式は最も「気力・体力・集中力」のいるイベント。
長い時間カメラを支えていたため、右腕があがりません(涙)。
-----
さてさて、そんな中感じた事を、改めて記載してみようかと思う。
カメラマンとか、仕事とか言うより「個人的なエッセイ」という感じなので、構えず読んで下さい。
えと…、内容的には「某エッセイ」に既出です(笑)。
-----
何度も書いているけど仕事の関係で「幼稚園・保育園」に出入りすることが多い。
で、子供たちを見ているとホント「成長」が早い。
春先に入園したての頃は「お母さん」が近くにいないと何もできなかった子が、1ヶ月もするとすっかりみんなと一緒になって遊んでいる。
そんな我が子の状況を見て保護者は「感動」するんだろう。
で、以前こんな事があった事を思い出した。
確か入園式の時だったと思う。
-----
入園したての子供というのは、とにかくお母さんやお父さんから離れようとしない。
先生が呼んでもお母さんの所で泣いていたりする。
その時にお母さんが「ここにいて○○ちゃんを『ずーっと』見ていてあげるから、安心して遊んでおいで」って話しかけているのを耳にした。
その子は、ぐちゅぐちゅ鼻をすすりあげながら、先生やお友達の所に戻って行く。
お母さんはお友達と一緒に遊び初めたわが子を見て「もう大丈夫」と判断し、その場を離れようとしたが、なぜかその子はそれに気づき、狂ったようにお母さんの所に走って来た。
どうやらその子は、自分の背後から心配そうに見つめている母親の「視線を感じる事」で、初めて友達の輪の中に一人で入っていけた。
その時、その子は「母親の視線に支えられている」んだろう。
-----
「顔」の事をフランス語で「ヴィザージュ」、ドイツ語で「ゲズィヒト」という。
両方とも「見る」という「動詞」から派生した言葉。
表現方法で言えば、顔が「見える」とか「見えない」とか言うから、本来「顔は見えるもの」と思っているのではないだろうか?
ところが自分の顔を「じかに見ること」は不可能。
例えば鏡に映った顔は左右反対で、髪型を直しているときは「髪の毛」を鏡で見ている。
その時は「髪の毛を見ている自分の顔」は見えていない。
写真に撮られた顔は瞬間的なもの。
だから「時間とともに変化」している顔じゃない。
ビデオの場合もそう。当たり前だが「今のこの瞬間」を見ているわけでもなく、ライブであっても「モニタ」を通して見ているわけだから「じかに」じゃない。
-----
で、自分の顔が見れないのであれば、他人の顔は見えるのかというと、これがまた見えない。
まるで「物」でも見るかのように相手の顔を見つめることができるのは「相手が自分を見ていないとき」に限られる。
相手が自分を見て、自分も相手を見ると、相手の「目」を見ている事が多い。
それも相手の二つある左右どちらかの目に限られたり。
「好きな人」との事を思い返してみれば「見たいのに見られない」という経験はしたことがあると思う。逆に「見られている」って事に気がつくと、とっさに目線をそらしちゃったり。
そう考えれば、結局人間って、自分の顔も他人の顔もよく知らないようなんだ。
-----
自分も相手も、見る事も見られる事も出来ないはずなのに、人の視線を「嫌っている」のかというとそうではない。
特に子どもの場合「誰かに見てほしい」って思いが強い。
「愛する人」の視線だったら、「信頼している人」の視線だったりしたら、普段以上の力を発揮できたり、安心感を持つことができるからなんだろうと思う。
これは長年、多くの子どもと接していたので、実感として良くわかる。
-----
保護者が見られるようなイベント。
保育参観や運動会や発表会…。
その時、子ども達は、普段見せた事の無いような表情をする。
逆に言えば、保護者はカメラマンなどが普段見られない表情を、いつも見ているという事になる。
我々カメラマンは、保護者が普段見られないような仕草、表情を撮影して行ければいいのかなと感じた。
正直、子どもの一番いい笑顔を撮影できるのは「親」じゃなきゃ無理。
そこは親に任せて、親には見せない別角度からの良い表情をカメラに収めていくのが、カメラマンの仕事なんだろうと思う。
-----
で、「視線に支えられている」というのは自分も同じ。
やっぱり保護者参加型のイベントの場合、普段以上に頑張ってしまう。
人によって違うとは思うが、自分の場合は「良い所を見せたい」とか「緊張感」というのではなく「集中力」が極限まで高まる。
卒園式の場合だと「証書授与」の撮影時は、「呼名」以外の音が全く聞こえなくなる。
「狩り」をする時みたいな目つきをして、ひたすら獲物(すみません(汗))を狙うような。
これも全て「視線」に支えられているからかもしれません。
-----
何にせよ、無事に卒園できて本当におめでとうございます。
4月からは「ランドセル」を背負った後ろ姿を「視線」で支えてあげて下さい。
お子さんのこれからの益々の御活躍、心より祈念致します。
-----
と、真面目な話しをつらつら書いてしまったが…
園児達…、
あ、あのね…、
いくらお父さんやお母さんの視線に「支えられている」からと言って、張り切ってリハーサルと違う事、集合写真の時に「はしゃぎすぎる」のはやめて下さい(涙)。
保育参観や運動会の時だって、発表会の時だって…、今日だって…(号涙)。
普段では考えられないような「張り切り方」をするのはしょうがないとしても、それを撮影しなければならないカメラマンの事って分かっていないでしょぉ!(涙)。
殴られたり蹴られたりしても、一緒に遊んだじゃないかぁ!
なのに…、なのに…、えぐ…えぐ…(涙)。
…今週は集合写真が多く、本日留めを刺され、今、おぢさんは声が出ません。
Facebookページ
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現在、撮影してきた写真やビデオの前処理段階なのだが放心状態…。
いろんな撮影がある中で卒園式は最も「気力・体力・集中力」のいるイベント。
長い時間カメラを支えていたため、右腕があがりません(涙)。
-----
さてさて、そんな中感じた事を、改めて記載してみようかと思う。
カメラマンとか、仕事とか言うより「個人的なエッセイ」という感じなので、構えず読んで下さい。
えと…、内容的には「某エッセイ」に既出です(笑)。
-----
何度も書いているけど仕事の関係で「幼稚園・保育園」に出入りすることが多い。
で、子供たちを見ているとホント「成長」が早い。
春先に入園したての頃は「お母さん」が近くにいないと何もできなかった子が、1ヶ月もするとすっかりみんなと一緒になって遊んでいる。
そんな我が子の状況を見て保護者は「感動」するんだろう。
で、以前こんな事があった事を思い出した。
確か入園式の時だったと思う。
-----
入園したての子供というのは、とにかくお母さんやお父さんから離れようとしない。
先生が呼んでもお母さんの所で泣いていたりする。
その時にお母さんが「ここにいて○○ちゃんを『ずーっと』見ていてあげるから、安心して遊んでおいで」って話しかけているのを耳にした。
その子は、ぐちゅぐちゅ鼻をすすりあげながら、先生やお友達の所に戻って行く。
お母さんはお友達と一緒に遊び初めたわが子を見て「もう大丈夫」と判断し、その場を離れようとしたが、なぜかその子はそれに気づき、狂ったようにお母さんの所に走って来た。
どうやらその子は、自分の背後から心配そうに見つめている母親の「視線を感じる事」で、初めて友達の輪の中に一人で入っていけた。
その時、その子は「母親の視線に支えられている」んだろう。
-----
「顔」の事をフランス語で「ヴィザージュ」、ドイツ語で「ゲズィヒト」という。
両方とも「見る」という「動詞」から派生した言葉。
表現方法で言えば、顔が「見える」とか「見えない」とか言うから、本来「顔は見えるもの」と思っているのではないだろうか?
ところが自分の顔を「じかに見ること」は不可能。
例えば鏡に映った顔は左右反対で、髪型を直しているときは「髪の毛」を鏡で見ている。
その時は「髪の毛を見ている自分の顔」は見えていない。
写真に撮られた顔は瞬間的なもの。
だから「時間とともに変化」している顔じゃない。
ビデオの場合もそう。当たり前だが「今のこの瞬間」を見ているわけでもなく、ライブであっても「モニタ」を通して見ているわけだから「じかに」じゃない。
-----
で、自分の顔が見れないのであれば、他人の顔は見えるのかというと、これがまた見えない。
まるで「物」でも見るかのように相手の顔を見つめることができるのは「相手が自分を見ていないとき」に限られる。
相手が自分を見て、自分も相手を見ると、相手の「目」を見ている事が多い。
それも相手の二つある左右どちらかの目に限られたり。
「好きな人」との事を思い返してみれば「見たいのに見られない」という経験はしたことがあると思う。逆に「見られている」って事に気がつくと、とっさに目線をそらしちゃったり。
そう考えれば、結局人間って、自分の顔も他人の顔もよく知らないようなんだ。
-----
自分も相手も、見る事も見られる事も出来ないはずなのに、人の視線を「嫌っている」のかというとそうではない。
特に子どもの場合「誰かに見てほしい」って思いが強い。
「愛する人」の視線だったら、「信頼している人」の視線だったりしたら、普段以上の力を発揮できたり、安心感を持つことができるからなんだろうと思う。
これは長年、多くの子どもと接していたので、実感として良くわかる。
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保護者が見られるようなイベント。
保育参観や運動会や発表会…。
その時、子ども達は、普段見せた事の無いような表情をする。
逆に言えば、保護者はカメラマンなどが普段見られない表情を、いつも見ているという事になる。
我々カメラマンは、保護者が普段見られないような仕草、表情を撮影して行ければいいのかなと感じた。
正直、子どもの一番いい笑顔を撮影できるのは「親」じゃなきゃ無理。
そこは親に任せて、親には見せない別角度からの良い表情をカメラに収めていくのが、カメラマンの仕事なんだろうと思う。
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で、「視線に支えられている」というのは自分も同じ。
やっぱり保護者参加型のイベントの場合、普段以上に頑張ってしまう。
人によって違うとは思うが、自分の場合は「良い所を見せたい」とか「緊張感」というのではなく「集中力」が極限まで高まる。
卒園式の場合だと「証書授与」の撮影時は、「呼名」以外の音が全く聞こえなくなる。
「狩り」をする時みたいな目つきをして、ひたすら獲物(すみません(汗))を狙うような。
これも全て「視線」に支えられているからかもしれません。
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何にせよ、無事に卒園できて本当におめでとうございます。
4月からは「ランドセル」を背負った後ろ姿を「視線」で支えてあげて下さい。
お子さんのこれからの益々の御活躍、心より祈念致します。
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と、真面目な話しをつらつら書いてしまったが…
園児達…、
あ、あのね…、
いくらお父さんやお母さんの視線に「支えられている」からと言って、張り切ってリハーサルと違う事、集合写真の時に「はしゃぎすぎる」のはやめて下さい(涙)。
保育参観や運動会の時だって、発表会の時だって…、今日だって…(号涙)。
普段では考えられないような「張り切り方」をするのはしょうがないとしても、それを撮影しなければならないカメラマンの事って分かっていないでしょぉ!(涙)。
殴られたり蹴られたりしても、一緒に遊んだじゃないかぁ!
なのに…、なのに…、えぐ…えぐ…(涙)。
…今週は集合写真が多く、本日留めを刺され、今、おぢさんは声が出ません。
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急ぎ立ち上げないと…(大汗)。
この時間になってもまだまだ仕事中(涙)。
ただ本日は大変嬉しい事があったので、何とか日付が変わる前にここに記録として残します。
えと、今日「想い出」に書いた取引先のイベントが行われました。
無事…、えぇ、多分無事に終わったんだろうと思います(笑)。
多分…、本当に多分無事に…(遠い目)。
-----
さて、撮影が終わり、担当の保護者に挨拶しに行った時の事。
保護者代表の方が片付けの手を止め、いきなり「イケてるお母さん(本人達談)」達を集め、取り囲まれ「在園中はお世話になりました!」と、この様な物を頂いた。

えぇ、どうみても「トロフィー」です。
金属では無さそうな感触ですが、多分「トロフィー」です(笑)。
手作り感が満載ですが、間違いなく「トロフィー」です(笑)。
「男前で賞」と書かれていますが、やっぱり「トロフィー」です(笑)。
どの角度から眺めても、絶対に「トロフィー」です(笑)。
そしてこのトロフィーと共に感謝状を渡されました。
内容の方は内緒ですが、どうやらかなり感謝されたようです(笑)。<おいおい
-----
なんか、こういう事があるから「カメラマン」ってやめられないんだなって。
恨まれたり怒られたりもするけど、感謝して下さる方も間違いなくいるんだなって。
ただ今回、職員と同列扱いで感謝されたのは本当に嬉しかった。
「イケてるお母さん」に囲まれ、トロフィーと賞状を渡されて拍手を受ける。
何年もこの仕事をしているが、ここまでリアルに感謝されたのは初めてかもしれない。
-----
自分の写真に対する理念、信念は間違っていなかった。
なんでここまでやらなければならないのかな…、と自問自答しながら徹夜した事もある。
他の写真屋だったら「この辺でいいだろう」と割り切る部分にもこだわった。
悲しいかな「幼稚園の保護者」というのは、他の幼稚園の写真屋の事をほとんど知らない。
なので通わせている幼稚園の写真屋が「全ての写真屋」と思われている節がある。
でも、他の写真屋だと封筒の中にそのまま写真を入れるだけだったり、当たり障りのない写真ばっかりだったりする。
自分はそれが納得できず、封筒に写真を入れる前に必ずショーレックス(ビニール袋)に入れ、子どもが持って帰るのだから出来るだけ折れ曲がらないよう、また濡れても大丈夫なようにした。
それに子どもの場合は封が開いていると帰りがけに開けて汚してしまう場合もある。
他の写真屋だと「それはそちらの責任です」と言い切っちゃう。
でももし自分だったら。
自分が「親」だったら。
そればっかりを考えて今まで突っ走ってきた。
採算が合わない事も、手間ばっかりかかる事も沢山ある。
ただその全てが「お客様の満足」に繋がるのならと頑張ってきた。
その「思い」が届いたのかどうかまでは分からない。
ただ少数かもしれないが「伝わっている」というのは実感できた。
-----
「ありがとう」の反対語をご存じだろうか?
この「ありがとう」の反対語は「当たり前」。
やってくれて「当たり前」、お金を払っているのだから「当たり前」、プロだから「当たり前」。
確かにそうかもしれないが「それをやるための努力」「プロになる苦労」というのも当然ある。
感謝して欲しいというのではない。
ちょっとだけ視点を変えて見て欲しいと思う事が正直ある。
自分は写真屋でプロカメラマンだが「撮影できて当たり前」とは思っていない。
「撮影させてくれてありがとう」
「笑顔で接してくれてありがとう」
「友達にしてくれてありがとう」
「一緒に遊んでくれてありがとう」
そして
「自分に出会ってくれてありがとう」
いつもそう思う様に心がけている。
これからも「ありがとう」と言い続けるために「物事全てが当たり前じゃない」と改めて肝に銘じ、仕事に励んでいこうと思う。
-----
取引先の方々、子ども達、そして保護者の方々。
改めて
「ありがとうございました」。
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この時間になってもまだまだ仕事中(涙)。
ただ本日は大変嬉しい事があったので、何とか日付が変わる前にここに記録として残します。
えと、今日「想い出」に書いた取引先のイベントが行われました。
無事…、えぇ、多分無事に終わったんだろうと思います(笑)。
多分…、本当に多分無事に…(遠い目)。
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さて、撮影が終わり、担当の保護者に挨拶しに行った時の事。
保護者代表の方が片付けの手を止め、いきなり「イケてるお母さん(本人達談)」達を集め、取り囲まれ「在園中はお世話になりました!」と、この様な物を頂いた。

えぇ、どうみても「トロフィー」です。
金属では無さそうな感触ですが、多分「トロフィー」です(笑)。
手作り感が満載ですが、間違いなく「トロフィー」です(笑)。
「男前で賞」と書かれていますが、やっぱり「トロフィー」です(笑)。
どの角度から眺めても、絶対に「トロフィー」です(笑)。
そしてこのトロフィーと共に感謝状を渡されました。
内容の方は内緒ですが、どうやらかなり感謝されたようです(笑)。<おいおい
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なんか、こういう事があるから「カメラマン」ってやめられないんだなって。
恨まれたり怒られたりもするけど、感謝して下さる方も間違いなくいるんだなって。
ただ今回、職員と同列扱いで感謝されたのは本当に嬉しかった。
「イケてるお母さん」に囲まれ、トロフィーと賞状を渡されて拍手を受ける。
何年もこの仕事をしているが、ここまでリアルに感謝されたのは初めてかもしれない。
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自分の写真に対する理念、信念は間違っていなかった。
なんでここまでやらなければならないのかな…、と自問自答しながら徹夜した事もある。
他の写真屋だったら「この辺でいいだろう」と割り切る部分にもこだわった。
悲しいかな「幼稚園の保護者」というのは、他の幼稚園の写真屋の事をほとんど知らない。
なので通わせている幼稚園の写真屋が「全ての写真屋」と思われている節がある。
でも、他の写真屋だと封筒の中にそのまま写真を入れるだけだったり、当たり障りのない写真ばっかりだったりする。
自分はそれが納得できず、封筒に写真を入れる前に必ずショーレックス(ビニール袋)に入れ、子どもが持って帰るのだから出来るだけ折れ曲がらないよう、また濡れても大丈夫なようにした。
それに子どもの場合は封が開いていると帰りがけに開けて汚してしまう場合もある。
他の写真屋だと「それはそちらの責任です」と言い切っちゃう。
でももし自分だったら。
自分が「親」だったら。
そればっかりを考えて今まで突っ走ってきた。
採算が合わない事も、手間ばっかりかかる事も沢山ある。
ただその全てが「お客様の満足」に繋がるのならと頑張ってきた。
その「思い」が届いたのかどうかまでは分からない。
ただ少数かもしれないが「伝わっている」というのは実感できた。
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「ありがとう」の反対語をご存じだろうか?
この「ありがとう」の反対語は「当たり前」。
やってくれて「当たり前」、お金を払っているのだから「当たり前」、プロだから「当たり前」。
確かにそうかもしれないが「それをやるための努力」「プロになる苦労」というのも当然ある。
感謝して欲しいというのではない。
ちょっとだけ視点を変えて見て欲しいと思う事が正直ある。
自分は写真屋でプロカメラマンだが「撮影できて当たり前」とは思っていない。
「撮影させてくれてありがとう」
「笑顔で接してくれてありがとう」
「友達にしてくれてありがとう」
「一緒に遊んでくれてありがとう」
そして
「自分に出会ってくれてありがとう」
いつもそう思う様に心がけている。
これからも「ありがとう」と言い続けるために「物事全てが当たり前じゃない」と改めて肝に銘じ、仕事に励んでいこうと思う。
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取引先の方々、子ども達、そして保護者の方々。
改めて
「ありがとうございました」。
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何度も触れているが、一括りに「カメラマン」と言っても、それぞれ得意としている「分野」がある。
例えば「風景写真」「人物撮り」「ポスター・ジャケット撮り」「商品撮影」「イベント撮影」「舞台撮影」「スポーツ写真」等々…。
で、あまり知られていないがプロカメラマンの間では「学校・幼稚園写真」は「撮影技術の低いカメラマンがやる現場」の様に思われている節がある。
「ポートレート」や「風景写真」で新聞やら雑誌に載り、自分の名前が「クレジット(撮影者)」として載るような写真を撮るのが「最高峰のカメラマン」であると。
以前、とあるカメラマンに撮影を依頼した所「機材はコンデジでいいですか?」とか言われた事もある。
どうやら「ちょっと行って、カメラ任せの撮影で、全員を適当に撮っておけばいい」程度なのかと思われているらしい。
今回は「その辺(?)」について語っちゃおうかと思います。
-----
自分は撮影経験のスタートが「幼稚園」だった。
まだ設定が全てマニュアルの時代で、ピントから、シャッタースピード、絞りに至るまで全て現場で教わった。
修行当時は「ズームレンズ禁止」で、50mm(見たままに近いレンズ)しか使わせてもらえず、アップで寄りたければ自分が動けという感じ。
なので、とにかく「走り回った」という覚えがある。
また学校写真というのは「屋外」の時もあれば「屋内」の時もある。ずっと屋外、ずっと屋内ならまだしも、途中から屋外や屋内に移動する事もしばしば。
どちらかだけならカメラの設定をほとんどいじらなくてもいいが、屋内だと設定はこれ、晴天の屋外になると「日向」「日陰」「順光」「逆光」等、全て頭に入れて、対象物の位置によって設定を全て変えていく。
それこそ、瞬時に順光だったら絞りがこれくらい。で、反対側にいる人を撮影する場合逆光になるので絞りが…、と、いつもチキチキ設定を変えていた。
雲がかかったり、陽射しが強くなったり、時間によって明るさが変わったりするのも考慮し、その都度設定を変えていく。
ピントも覗いてから合わせていたら間に合わない。
その為話をしながら「この距離ならこの程度」と指で設定しておき、ファインダーを覗いた時には「合っている状態」にしていた。
で、それが「当たり前」の世界だったように覚えている。
-----
また、子どもというのは「予想に反した動き」をする場合が多い。
運動会でも、ちゃんと白線でトラックを書いているにも関わらず、負けそうになるとルールお構いなしにショートカットしてしまう。
立ち位置を決めておいても、必ずそこにいるとは限らない。
集合写真で全員が言う事をきく方が「子ども」としてはある意味「変」。
それも全て「考慮」し、ありとあらゆる状況に「瞬時」に対応していかなければならない。
そして「技術」だけではなく、人として子どもに好かれていなければ良い表情は撮れない。
「こういうポーズ取って」
「もう少し笑顔で」
と子どもに言った所で、言う事をきく方が珍しい(笑)。
大人なら「自己責任」で対応してくれるが、子どもの場合はそうじゃない。
「こういう風に指示を出しました」と言い訳した所で、ちゃんと撮影できていなければ「カメラマン」の責任となる。
これが学校写真の過酷なとこ。
-----
遠足等では、先回りしていても確実に「そこ」に来るとは限らない。
発表会で動きを読んでいても、予想通りになる事はほとんど無い。
運動会で撮影位置を決めていても、必ず裏切ってしまう子どもがいる(涙)。
でも、撮り落としをするわけにはいかないので、撮影しながら全体の様子をチラチラ確認している。
正直、いつでも「真剣勝負」なのが学校写真なのです。
-----
自分はニコンのフラッグシップである「D3」という機種を使っている。
で、あるカメラマンが言った。
「幼稚園写真で、そんなに高い最上位機種使わなくても良いんじゃないですか?」
違う。
「幼稚園写真」だからこそ、最上位機種じゃないと「対応出来ない」のだ。
実際、そのカメラマン、撮影終了後「幼稚園写真って難しいです…。」と呟いていた。
-----
カメラマンの中には「幼稚園写真は気分が乗らない」という人もいる。
自分の技術がどれほどなのか知らんが、子どもを撮影できないようでは「プロ」として大した事無いと感じる。
確かに雑誌に載るような写真を撮影しているのなら、自分の名前も載らない幼稚園写真に興味がわかないのかもしれない。
でも、そこに写っている「園児」にとっては、雑誌に載っている写真より「大切な思い出」になるという事を忘れてはならない。
-----
舞台撮影、CDのジャケット撮りやポスター(ポートレート)、スポーツ系、披露宴、車・バイクレースなど、一通り撮影した事がある。
相手が大人なら、指示したとおりに動いてくれるし、動きの先も読める。レースなら「ライン取り」を考えてセッティングしておける。スポーツなら「足運び」を見ていれば、次にどう動くか分かる。
もちろんそれぞれに難しい分野だと思うが、個人的に言わせてもらえば「幼稚園写真が上手く撮れるカメラマンなら、どんな撮影でも、ある程度対応出来るな」と感じた。
長年プロカメラマンとして撮影してきているが、実際、この逆のパターンに出会った事はない。
結果、学校写真、幼稚園写真はプロカメラマンとして最高峰に位置するくらい「難しい撮影」だと思う。
-----
さてさて、自分は「撮影が上手い」と思っているプロカメラマンの皆さん。
また、撮影が上手くなりたいと思っているハイアマチュアのカメラマンの方。
あなたの腕を、幼稚園で試してみませんか?
多分、色んな意味で打ちのめされ、暫くは立ち直れなくなると思います。<ホントに
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例えば「風景写真」「人物撮り」「ポスター・ジャケット撮り」「商品撮影」「イベント撮影」「舞台撮影」「スポーツ写真」等々…。
で、あまり知られていないがプロカメラマンの間では「学校・幼稚園写真」は「撮影技術の低いカメラマンがやる現場」の様に思われている節がある。
「ポートレート」や「風景写真」で新聞やら雑誌に載り、自分の名前が「クレジット(撮影者)」として載るような写真を撮るのが「最高峰のカメラマン」であると。
以前、とあるカメラマンに撮影を依頼した所「機材はコンデジでいいですか?」とか言われた事もある。
どうやら「ちょっと行って、カメラ任せの撮影で、全員を適当に撮っておけばいい」程度なのかと思われているらしい。
今回は「その辺(?)」について語っちゃおうかと思います。
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自分は撮影経験のスタートが「幼稚園」だった。
まだ設定が全てマニュアルの時代で、ピントから、シャッタースピード、絞りに至るまで全て現場で教わった。
修行当時は「ズームレンズ禁止」で、50mm(見たままに近いレンズ)しか使わせてもらえず、アップで寄りたければ自分が動けという感じ。
なので、とにかく「走り回った」という覚えがある。
また学校写真というのは「屋外」の時もあれば「屋内」の時もある。ずっと屋外、ずっと屋内ならまだしも、途中から屋外や屋内に移動する事もしばしば。
どちらかだけならカメラの設定をほとんどいじらなくてもいいが、屋内だと設定はこれ、晴天の屋外になると「日向」「日陰」「順光」「逆光」等、全て頭に入れて、対象物の位置によって設定を全て変えていく。
それこそ、瞬時に順光だったら絞りがこれくらい。で、反対側にいる人を撮影する場合逆光になるので絞りが…、と、いつもチキチキ設定を変えていた。
雲がかかったり、陽射しが強くなったり、時間によって明るさが変わったりするのも考慮し、その都度設定を変えていく。
ピントも覗いてから合わせていたら間に合わない。
その為話をしながら「この距離ならこの程度」と指で設定しておき、ファインダーを覗いた時には「合っている状態」にしていた。
で、それが「当たり前」の世界だったように覚えている。
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また、子どもというのは「予想に反した動き」をする場合が多い。
運動会でも、ちゃんと白線でトラックを書いているにも関わらず、負けそうになるとルールお構いなしにショートカットしてしまう。
立ち位置を決めておいても、必ずそこにいるとは限らない。
集合写真で全員が言う事をきく方が「子ども」としてはある意味「変」。
それも全て「考慮」し、ありとあらゆる状況に「瞬時」に対応していかなければならない。
そして「技術」だけではなく、人として子どもに好かれていなければ良い表情は撮れない。
「こういうポーズ取って」
「もう少し笑顔で」
と子どもに言った所で、言う事をきく方が珍しい(笑)。
大人なら「自己責任」で対応してくれるが、子どもの場合はそうじゃない。
「こういう風に指示を出しました」と言い訳した所で、ちゃんと撮影できていなければ「カメラマン」の責任となる。
これが学校写真の過酷なとこ。
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遠足等では、先回りしていても確実に「そこ」に来るとは限らない。
発表会で動きを読んでいても、予想通りになる事はほとんど無い。
運動会で撮影位置を決めていても、必ず裏切ってしまう子どもがいる(涙)。
でも、撮り落としをするわけにはいかないので、撮影しながら全体の様子をチラチラ確認している。
正直、いつでも「真剣勝負」なのが学校写真なのです。
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自分はニコンのフラッグシップである「D3」という機種を使っている。
で、あるカメラマンが言った。
「幼稚園写真で、そんなに高い最上位機種使わなくても良いんじゃないですか?」
違う。
「幼稚園写真」だからこそ、最上位機種じゃないと「対応出来ない」のだ。
実際、そのカメラマン、撮影終了後「幼稚園写真って難しいです…。」と呟いていた。
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カメラマンの中には「幼稚園写真は気分が乗らない」という人もいる。
自分の技術がどれほどなのか知らんが、子どもを撮影できないようでは「プロ」として大した事無いと感じる。
確かに雑誌に載るような写真を撮影しているのなら、自分の名前も載らない幼稚園写真に興味がわかないのかもしれない。
でも、そこに写っている「園児」にとっては、雑誌に載っている写真より「大切な思い出」になるという事を忘れてはならない。
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舞台撮影、CDのジャケット撮りやポスター(ポートレート)、スポーツ系、披露宴、車・バイクレースなど、一通り撮影した事がある。
相手が大人なら、指示したとおりに動いてくれるし、動きの先も読める。レースなら「ライン取り」を考えてセッティングしておける。スポーツなら「足運び」を見ていれば、次にどう動くか分かる。
もちろんそれぞれに難しい分野だと思うが、個人的に言わせてもらえば「幼稚園写真が上手く撮れるカメラマンなら、どんな撮影でも、ある程度対応出来るな」と感じた。
長年プロカメラマンとして撮影してきているが、実際、この逆のパターンに出会った事はない。
結果、学校写真、幼稚園写真はプロカメラマンとして最高峰に位置するくらい「難しい撮影」だと思う。
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さてさて、自分は「撮影が上手い」と思っているプロカメラマンの皆さん。
また、撮影が上手くなりたいと思っているハイアマチュアのカメラマンの方。
あなたの腕を、幼稚園で試してみませんか?
多分、色んな意味で打ちのめされ、暫くは立ち直れなくなると思います。<ホントに
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