カメラマンの独り言 -8ページ目

カメラマンの独り言

「カメラマン」「経営者」としての独り言を
だらだらと、そしてつらつらと書いています。

「会話の話題(6つのポケット)」

会話のネタに詰まった時はこれで乗り越えましょう。

き:季節
に:ニュース
し:趣味
い:衣装・衣服
た:食べ物(美味しい店)
け:健康(健康に関する話題)

福澤朗著:
「また会いたいと言わせる話し方伝え方」より引用


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どっか忘れたが、見かけた時にメモった文章を載せます。
著作権などが存在していたら指摘して下さい。

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勝者と敗者

勝者は、いつも答えを出そうとする。
敗者は、いつも問題点しか出さない。

勝者は、常に計画がある。
敗者は、常に言い訳がある。

勝者は言う、私にやらせて下さい。
敗者は言う、私の仕事ではありません。

勝者は、あらゆる問題に対して、解決策を見つけようとしている。
敗者は、あらゆる解決策に対して、問題点を見つけようとしている。

勝者は、ゴルフの時、バンカーよりもグリーンが目に入る。
敗者は、ゴルフの時、グリーンまわりのバンカーばかり目に入る。

勝者は言う、難しいかもしれませんがやってみます。
敗者は言う、やれば出来るかもしれませんが難しすぎます。

勝者は、悲観的に準備して、楽観的に対処する。
敗者は、楽観的に準備して、悲観的に対処する。

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み、耳が痛い…(涙)。


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先日、ある教え子から「今年の新入社員、良くわからない…(涙)」という連絡が来た。

世間一般で言われる「ゆとり世代」の最たる人物の様で、一般的な教養や社会人としての意識が低すぎて話しにならないという。

愚痴や怒りを聞きつつ、大変だなぁ~と他人事(笑)。<おいおい

でね、色んな所で「ゆとり世代はなぁぁ~」という愚痴を聞く事も多いと思うが、ちょっと原点に立ち返って「仕事とはなんぞや?」を考えてみようじゃないかと…。

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社会人になると「あなたにとって仕事とは?」と聞かれる事が一度や二度じゃ無かったんじゃないかと思う。

「生き甲斐です」
「生活の糧です」

まぁ、こんな感じで答えていたんじゃないかなと(汗)。

もちろん人それぞれに「仕事」に対する考え方があると思うが、この「仕事とは?」って深く考えた事があるだろうか?

「あなたにとっての仕事とは」ではなく「仕事とは」です。

ここで言う「仕事」とは「収入に結びつく作業」のことをさします。

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さてさていきなり話は飛ぶが、今、目の前に「鉛筆」があったと仮定しましょう。

その鉛筆、1本いくらで買いましたか?

今じゃ、1本10円前後じゃないかと思われます。

ここで質問。

その鉛筆、全く何もない所から「あなた自身」が1から造ろうとした場合、一体いくらなら造れると思いますか?

えと…、質問が理解しずらいかもしれないので、詳細に書くと、物に「炭」を当てると「跡」がついて、その炭から鉛筆の芯を作り、それを木で挟んで…、使いやすいように6角形にし、濃さなども変えつつ…、を全部ひとりでという事。

発明、発見も含めて「自分ひとりで造るとしたらいくらなら出来るか」という意味。

どうでしょう?
どれくらいの時間をかけて、どれくらいのお金をもらえたら、目の前にある鉛筆が造れるでしょうか?

実はね、おおよそ計算すると、鉛筆1本が8,000万円くらい。

造る時間については、人それぞれなので1年の人もいれば10年以上かかる場合もあるので、もっと高くなる事もある。

他に「メガネ」。

今ではレンズ込みで10,000円程度で買えるけど、これを「ケイ砂」からガラスを作り、レンズの形に磨いて目の前に持って行くとよく見える事を発見。そしてそのレンズを耳に引っかけると落ちないんだと気づき、鉄鉱石から鉄を取りだし、そして金型に入れ…云々。

そうするとメガネが一つ、大体2億円位になる。

何となく理解してもらえただろうか?

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さて、過去の膨大な時間と労力をかけ、鉛筆1本が10円、メガネが10,000円で買える様になった。

8,000万円の鉛筆が10円、2億円くらいのメガネが10,000円。

これってさ、見方を変えれば「先人の恩恵」があったからこそ、この値段で買えるようになったわけだよね。

でね、話しを戻すが、こういう部分を踏まえて「仕事」というのを考えて見るとどうなるか。

自分のため?
生活のため?

それは仕事をして得た収入に対してなんだよね。

そうではなく根本的な「仕事とは」の質問の答えは…、

「先人や現在の人達に対する恩返し」=「仕事」になるのだ。

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自分の得意分野を活かして何かを作り上げる。

その恩恵を受けて、また別の人が自分の得意分野を活かして何かを提供する。

農家の人が野菜を作り売って、家電製品を買う。

電気技師の人が何かを発見し家電製品を作り売って、野菜を買う。

こういう事。

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こういう考え方をすると「仕事」に対しての「心構え」って変わってくると思う。

今までは自分のため、家族のため、生活のために必死になって働いていたんだけど、それが「誰かのために働き、誰かの働きで生かされている」って。

自分のためだけに働いていると息が詰まってくる事あるでしょ?

これがさ、例えば「子供のため」「家族のため」って考えると乗り切れる時あるじゃん?

で、それをもっともっと広く考えれば「先人への恩返し」「他の人ができない事を自分が代行してやっている」って考えれば、自分の「仕事自体」に誇りを持てるんじゃないかな?

それこそどんな「3K」だって、誰かがその仕事をしなければ社会が回らない事だってある。

みんながみんな儲かる仕事をしているわけじゃないが、たまたま儲かる仕事に従事していたのでれば、寄付などで恩返ししていけばいい(これがアメリカの寄付の考え方)。

仕事ってね、自分だけのものじゃないんだよ。

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初めの話しに戻るが、結局「仕事とは?」という質問に対して「自分にとっての仕事とは」と捉えると「ワガママな考え」になっていく恐れがある。

あの人は仕事が出来ないのに給料が私より良い。
私の方が仕事できるのに誰も理解してくれない。

これはさ、中心に「自分」があるからだよ。

自分を中心から外して、客観的に見てごらん?

評価されなくても、給料が安くても(まぁ現実きついかもだけど(笑))、そんなに腹も立たないはずなんだけどね。

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まとめるね。

自分がしている「仕事」って、過去からの色んな出来事の蓄積から「求められている作業」なんだよ。

カメラマンしかり、事務員しかり、先生や教師、土木作業、ありとあらゆる「仕事」は、どれ一つ欠けることなく「社会に求められているから、存在している作業」なんだよね。

で、他の人から求められている作業で、自分を精一杯発揮する。

ね?
そう考えれば、格好悪い仕事なんてどこにもないでしょ?

これが本当の「仕事とは」の「解答」だと思う。

(文章、ちゃんとまとまっているか自信ないなぁ~(笑))


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えらくご無沙汰でした(汗)。
ここ2ヶ月程色々ありまして脳がパンクしておりました(汗)。

という事でブログ再開します。

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さてさて、最近気がついたのだが、どうやら私(松本)はカメラ(写真撮影)の知識に乏しいらしい。

知識に乏しいというか「写真を撮影する技術をよく理解していない」という事が解ってしまったのだ(笑)。

このブログを読んで下さる多くの方々は、私が撮影を生業にしている「プロカメラマン」なので「何言ってんの?」と思われるだろうが、実は本当に「技術」を知らないのだ(汗)。

で、この先もこの技術を無理に知ろうとは思っていないからタチが悪い(笑)。

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例えば他のカメラマンの写真を見て、「感度」「シャッタースピード」「絞り」が「この値」だからこう言うのが撮れるんですよと言われる。

自分はそれに対して「?」と反応する。

その反応に対し、また「だからこういうレンズを使って、こんな設定だと、こういう写真が撮れるんですって」と説明されるが、やっぱり今一つ理解できない。

というか、ピンと来ないのだ。

自分は写真(カメラ)に関してのマニアックな話しは、本当に興味がないのだ。

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天の邪鬼の様で申し訳ないが、私は本当にそういう「技術的な部分」に疎い。

ただ「こういう写真が撮りたい!」というイメージは人一倍強い。

で、そのイメージで撮るためには「シャッタースピードは…、絞りは…、感度は…」という順序で身体が反応する。

考えたら自分は、教科書を使い勉強してプロになったカメラマンではなく、現場でたたき上げられたカメラマン。

できあがりの写真イメージが先にあって、それを撮影するための設定なら解る。

でも「その設定だとこういう写真が撮れる」というのはイマイチ理解できていない。

これ、なかなか理解されないけど、重要な部分じゃないかなって最近思うようになってきた。

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丁稚奉公当時からそんな考え方だったから、修行当初も話しがかみ合わない事が多かった。

自分は「こういう写真が撮ってみたいんだけど」といくら聞いても「まずこういう写真が撮れるようになってから」みたいな事を言われ先に進めない。

当時はフィルム時代だったので練習にもお金がかかる。
とにかくイライラしたねぇ(笑)。

頭の中には、できあがりの写真イメージがある。

でもそれを表現する方法を中々教わる事が出来ない。

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考えたらね、どんなに技術を持っている人でも「こういう写真が撮りたい」というイメージが「先」になければ、結局「上手い写真」は撮れても「感動する写真」は撮れないのではないかと。

例えばね、弊社のような「写真屋」にはフリーのカメラマンがそれなりに売り込んでくる。

他の写真屋なら、持っている機材や今まで撮影した実績、その写真等を確認して雇うんだろうけど、弊社はまず「あなたは何故カメラマンをしているのか?」を最重要部分として捉えている。

大体「写真が好きだから」「撮影が楽しいから」とか応えるんだろうけど、弊社の場合それじゃぁ雇えない。

自分が「何故カメラマンをしているのか」「何故写真を撮影しているのか」がまずしっかりと明確にその人の中に無ければ、どんなに技術があっても雇う事が出来ない。

逆に、その部分さえしっかりしていれば、技術がそれ程無くても雇ってしまう。

だって、自分の「カメラマンとしての理念」がしっかりしているのであれば、技術なんて後からどうにでもなるからね。

なので、面接なんかする場合はこうなる。

「あなたがカメラマンになった理由は何ですか?」
「なぜカメラマンを生業にしようと思ったのですか?」
「カメラマンになって、何を表現したいのですか?」


この部分がしっかり答えられて、且つ、私との思いが共通している場合のみ雇う。

で、持ってきた機材や写真や作品を殆ど見ない(笑)。

いや、虐めているわけではありません(笑)。
ただ、その人の「熱意」を知りたいだけですので(笑)。

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自分が音楽を勉強していた時、常々感じていたんだけど、ものすごい上手い演奏技術があっても、曲を吹かせると「いまいちつまらない」という人が多かった。

逆にそんなに演奏技術が高くないのだが、曲を吹かせると鳥肌が立つくらい感動する人もいた。

同じ曲を「コンピューターで演奏」させるのか「人間の演奏するのか」くらいの違い。

だからね、写真も音楽も「まずハートありき」で、技術はそれを表現するための「手段」に過ぎないと思う。

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今現在写真を撮影しているカメラマンの皆さん。

あなたは「何故」カメラマンになったんですか?

「写真撮影、上手ですね?」と言われたからですか?
「なんか、自分の撮った写真、上手くね?」とか思ったからですか?

写真は技術だけで撮影できるものじゃないです。

まず被写体に対する「ハート」が無ければ、どんなに技術があってもそれは「ムダな知識」でしかありません。


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今回は完全に「おぢさんのつぶやき」です(笑)。

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この前子ども向けのアニメを見ていた。<おい

で、主人公が一度悪者にやられて、修行をし直しもう一度戦おうと…。

その時に「汚名挽回!汚名挽回!」って口ずさみながら修行をしていた。

おい…。

「汚名」を「挽回」してどうする。

「汚名」は「返上」しなければだめじゃん(笑)。

これ、良く間違って使われているよね。

正確には「名誉」「挽回」。

「汚名」は「返上」しなければならない。

う~む。

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などと本当におぢさん臭い事を考えていたら、今度は国営放送でこんな事を言っていた。

「ここ○年に大地震が来る『可能性』は○○%らしいです」

おい…。

「可能性」は「将来『良い事』が起こる確率」の事を指すんだぞ…?

そんなに大地震に来て欲しいのか?

それならば問題は無いが、大地震が「来て欲しくない事」であるなら「ここ○年に大地震が来る『恐れ』は○○%らしいです」と言わねばならんだろうに…。

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「ら」抜きやらも聞いていて耳障りだが、こういうちょっとした間違いも気になってしょうがない。

やっぱり「おぢさん」だからかなぁ…(遠い目)。


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同業他社から色々な事を言われたので書く。

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本年度(平成24年度)から、弊社では「集合写真」以外のものについて、全てを「データ販売」する事にした。

今回のデータ販売は「プリント画質対応」なので、フィルム時代で言えば「ネガ」を販売するようなもの。

ブログ「発想の転換」でも触れたが、多分この「データ販売」は、同業者から言わせれば「タブーの領域」に踏み込んだという事。

聞いてもらえれば分かると思うが、どの写真屋でも、学校写真で「データでの販売は出来ない」という答えが返ってくるはず。

でもこの考え方は「フィルム時代」の名残。

写真もそうだが、色々なものが「デジタル化」されている昨今では、いつまでも古い時代の考えに縛られているわけにはいかない。

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全くの新しい事をやるためには「市場調査」というのが必要。

どの世代が何をどの様に求めているか、販売(発売)したらどれだけの需要があるか等々、かなり慎重に調査し、最終決定を下す。

でも、良く良く考えてみたら「全くの新しい事」なら「市場調査」というのは意味をなさない。

だって市場調査する場合には「既存の商品」「似ているような製品」について調べる事しかできないわけでしょ?

つまり全く新しい「何か」を行う場合には、市場調査するより「やってみなければ分からない」という事になる。

もちろん「それなり」の市場調査というのは必要だと思う。

でも一番大事なのは「自分が何を一番欲しているか」じゃないかなと思うのだ。

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商売柄最新の「デジタル機器」を使用している。

別に「いいだろぉ?」と誇りたいから使っているのではなく、デジタル業界における「可能性」を自分自身で早めに確認したいという事もある。

新し物好きというのもあるが(笑)、端末では「ザウルス」に始まり「PDA(Palm)」を長く使っていた(ググれ(笑))。

このPalm、スケジュール管理やらメモ帳・連絡帳の管理が非常に便利だったのだが、当方ヘビーな「マカー(Macユーザ)」だったため、パソコンとの「同期」が非常に面倒くさく、正直「力業」で管理していた。

同じ頃、携帯電話がどんどん進化し、ネットも出来る様になり連絡帳、スケジュール、メモ、果てはカメラまでつき始めた。

どう考えても携帯電話の方が便利。

ただその当時も携帯電話のデータをパソコンと同期させるには「Win」が主流だったので、携帯では補足程度に管理していた。

当時、携帯電話機能まではいらないから、情報端末として「Mac」と上手くやりとりできる物が出ないかと心待ちにしていた。

この先は皆さんご承知の通り。

「iPod Touch」が登場し即購入。曲を聞いたりゲームをしたりという事は殆どせず、単なる情報端末として使い倒す。

そしてiPhoneの登場。

「こうなってくれたら便利だよな」が形になった商品だった。

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話しが逸れてしまったが、「iPod Touch」「iPhone」をガシガシ使うようになってからは、やっぱり写真を端末に保存して持ち歩きしたいという「欲」が出る。

また営業先で「こういう写真を撮影しているんです」と見せる事も出来る。

世のお父さん方なら、自分のお子さんの写真を端末に入れ、会社で見せびらかしたくなるんだろうなとも(笑)。

自分がそうなんだから、他の人だってやっぱりそう言う気持ちがあるはず。

それに、せっかくデジタルで撮影しているのだから、わざわざアナログで販売しなくても良い。

写真のデータ販売を思いついたのはこの頃から。

で、市場調査をしようと思っても、まだどこの写真屋でも「デジタル販売」はしていない。

でも自分が顧客だったらやっぱりデジタルデータで残しておきたい。

不安材料は沢山ある。
元データで販売した場合、複製されて売り上げにならないのではないか。
値段的にどれくらいなら折り合いが付くか…。

しばらくこの辺の葛藤がすごかった。

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ある時、故スティーブ・ジョブス氏のこんな言葉に出会った(マカーだからか?)。

我々はMacを誰かのために製造したのではない。自分たち自身のために作った。それは我々自身で、素晴らしいかどうか評価することになる。出かけて行って市場調査をしたわけではなく、作れる最善のものを作りたかった。

なるほどと唸った。

結局自分が欲しいもの、自分が買える値段、自分ならこうして欲しいという物を「成果」として出せば良いだけなんだと。

もちろん「こける」可能性も否めないが、自分が「iPhone」を持ち、デジタルで保存して持ち歩いたりしたい思いがある限り、同じように求めている保護者だって必ずいる。

売れる、売れないはカメラマンの腕次第。
ある意味、撮影ボケしちゃっているカメラマン達の良い刺激になるのではと。

需要が無く売れなければやめちゃえばいい。

ただ「iPhone」「Android」などのスマートフォンが普及し始めた今、やってみて損はない。

このジョブス氏の言葉が後押しとなり、最後の一線を越えられた。

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何度も書いているが、弊社が販売している写真データは「プリント画質」に対応している。

当然「透かし」も入っていない。
無制限にコピーできる。
いくらだってプリントできる。

そのデータから100枚プリントして配る事だって出来る。
データ自体をみんなにコピーしてもらう事だって出来る。

でも、自分はそんなにプリントするだろうか?
自分ならどこまでコピーして配るだろうか?

自分自身に問いかけたが「そんなにプリント(コピー)しないな」という結論に達した。

これも既出だが、流石に「集合写真」はデータで販売できない。

もし販売するとなると「プリントにかかる代金」×「人数分」の金額にしないと「利益」が出なくなってしまう。

なのでこれだけは「アナログ」で販売するが、データにしたい人はスキャンでも何でもするんだろうからそれ程気にしなくても良いかなと…。

まぁ、この先自分の「欲求」が集合写真にまで向けられたら、販売しちゃうかもだけど(笑)。

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既存のやり方の中で仕事をしている限り、確かにリスクも少ないだろうが「出る杭」にはなれない。

自分は「社長」になりたくて起業したわけでも「お金持ち」になりたいから社長になったわけでもない。

起業したのは「自分の求める物ややり方を貫きたいから」に過ぎない。

今回のデータ販売は「自分の求める物」に合致したから始めただけ。

他の写真屋、カメラマンなどが何をどういおうが「自分が欲しいからやっているのだ」で論破。

もちろんその中には「心配して…」というのもあるだろうが、自分の欲しいものを成果物として出しているわけだから絶対に需要はあるはず。

もしこれが単なる「利益追求」のみだったら、やらない方が良い。

でも、自分のやった事が最終的に「利益」になるのであれば、これほど嬉しい事はない。

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大体、今のご時世「1日が江戸300年に値する」ほど情報や技術が日進月歩しているわけでしょ?

という事は昨日の事が今日には既に古くなり、明日には今日の事が古くなってしまう(当たり前か(笑))。

だったら「何か」にチャレンジしていく方が面白いと思うんだよね。

写真だけではなくビデオについてもチャレンジしたい事がいくつかある。

弊社は文化財では無いので、やっぱり挑戦し続けていきます。

もちろん相当のリスクは十分に理解していますが…(汗)。

でもリスクを恐れているだけでは、打つ事が出来なくなる程の「出すぎた杭」にはなれませんのでご了承下さい。

(^_^;)


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テーマがなぜ「つぶやき」なのかは、読んでもらえれば分かると思う。

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長年「カメラマン」をやっていると色んな撮影を依頼される。

まぁその殆どは読んでいる方も想像付くとは思うが、意外にも「葬式撮影」というのも多くある。

流石に「火葬場」までは撮影しないが(ってか、写すの怖いって)、告別式は多いかな?

この商売やるまでは「葬式」なんて故人や参列者に失礼だから撮影するもんじゃないって思っていた。

でも看板掲げているとそれなりに「葬式」の撮影依頼が来る。

大体が「社葬」で「記録に残したいから」というものだが「個人からの依頼」というのもある。

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冠婚葬祭は「タブー」ってあるでしょ?

結婚式だったら「切れる」とかの言葉を言わないとかとか。<例がこれだけ(笑)?

なので、自分は「葬式は撮影するものではない」という思い込みがあった。

そりゃそうだ。
故人を偲んでいる「葬儀」をフラッシュをパシャパシャ光らせて撮影する。

良い思いをしない人もいるんだろうと思う。

でもね「誕生」と同じくらい「死」というのも「大事」なんだと思う。

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天寿を全うした方、病気や事故で心ならずも亡くなった方。

人間、色んな形で「死」を向かえる。

ある時、こんな問い合わせがあった。

「御社で撮影した写真、まだ残っていますか?」
「はい、当社が無くならない限り、データとして残していますが?」
「一度見に行って構いませんか?」

正直「面倒だな」と思って断ろうとしたら、次のような事を言われた。

「私は御社が撮影した幼稚園を卒園した園児の保護者なのです。実はその子が1年生になって『これから』という時に病気で他界しまして…。お忙しいとは思いますが、うちの子が写っている写真をおわけして頂けたらと…(この先嗚咽で言葉が出なくなっていた)」

そうと聞けば動かないわけにはいかない。
とにかく来てもらってその幼稚園で撮影した全てのデータを見せ必要な写真を選んでもらった。

聞けば幼稚園に通っている間は、そんなに写真を購入していなかったようなのだ。

まぁ、まさか自分のお子さんがそんなに早く他界するとは思わないからね。

で、慌ててと言ったら失礼だが、とにかく自分のお子さんが写っているであろう写真を探して購入されていった。

取っておいてくれてありがとう。
こんなに素敵な写真を残してくれてありがとう。
当時は写真がこんなに有難いなんて思った事さえなかった。

何度も頭を下げて、その方は帰っていった。

自分の撮影した園児が既に亡くなっている事。

まだまだこれから無限の可能性をもっているであろう「その子」が、すでにこの世にいない事。

暫くは不思議な気持ちで仕事をしていた。

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葬儀の話しに戻るが、自分の人生の「師」と呼べる方がガンで亡くなった。
自分の音楽の師匠で、何故か知らないがご家族共々、すごい可愛がってもらった方だった。

たまたまだったが亡くなる直前、師匠の見舞いに行っていて家族以外で最後にあったのは私だという。

なので訃報を聞いた時は信じられなかった。

かなり著名な方だったので、葬儀にはものすごい人数の方がいらっしゃった。

自分は通夜と葬儀・告別式の時、受付を担当し(結構辛かったが)第三者的な立場でいた。

いよいよ故人とのお別れという事で、参列者が棺に「花」を入れていく。

受付の連中も呼ばれ蓋の開いた棺に花を添え別れを惜しむ。

その時自分は奥さんに言った。

「すみません。師匠の写真を撮らせて下さい!」

周りは静まり帰り、皆その提案に「唖然」としていた。

その場の空気は何となく分かったが、ほぼ無理矢理目をつぶって棺の中にいる師匠を何枚か撮影。

深々と頭を下げその場を去った。

後日奥さんに「あの日に撮影した師匠です」と写真を手渡す。

「火葬されちゃうともう二度と師匠のお顔を見る事ができません。最後の最後を記録したくて、叩かれようが蹴られようが撮影しました。このお顔以降の師匠にはもう思い出の中だけでしか会う事は出来ません。本当に無礼な振る舞いだとは思いましたが撮影させて頂きました。」

師匠の奥さん、それはそれは喜んで下さり、何度もお礼を言われた。

常識的に考えたら、当日自分のした「行動」は無礼だったかもしれない。

でも、故人の気持ち、奥さんの気持ちを考えたら「自分以外に記録に残せるヤツはいない」と思って動いた。

周りからどう思われても、故人や奥さんが喜んでもらえるのならそれで良いかなと。

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葬儀の撮影時、それが「子ども」「若者」だった時は本当にいたたまれない気持ちになる。

でも「依頼される」と言う事は、多生無礼になっても徹底的に撮影し、その「最後の瞬間」まで残してあげようと思っている。

そして(途中に書いたが)自分が撮影した人が亡くなる事もある。



「あなたが無為に生きた今日は、昨日死んだ人があんなにも生きたかった明日」



「記憶を残すお手伝い」をしている自分は、やっぱり全ての撮影で「気を抜いちゃいけないんだな」って思いながら、これからも撮影していこうと思う。


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えと…。
ご心配をお掛けし申し訳ございません…。

様々な事があり、ブログの方、放置状態でした(汗)。
詳細はまたいずれ…。

m(_ _)m

それと、複数の方に「コメントが出来ない」と連絡頂きましたが、設定では「承認後に公開」程度しかいじってませんので…。

コメント拒否しているわけではありません。
えぇ、決して…

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さてさて、先日、弊社に出入りしているフリーのカメラマンから連絡があった。

他の業者で「中学校の合宿」写真を撮影してきたが、使い物にならない写真ばかりでダメだと言われたらしく、実際第三者がその写真を見てどうなのか知りたいという内容。

ちなみにこのカメラマン、以前は人物(ポスター撮り)を主に活動していた。

学校写真・幼稚園保育園写真についての撮影に関しては、弊社(だけではないと思うが(笑))から学び、それを基本として他の写真屋の撮影依頼も受けている。

で、その写真屋が言うには「顔がこちらを向いてない写真がある」「全体に何を撮影しているか分からない写真がある」等々。

まぁ、それぞれの写真屋に「やり方」というのがあるが、通常外部に依頼する場合、前もって打合せをし、必ず撮影しなければならないシーンなどを確認。

それを「押さえた上」で、色んなシーンを撮影する。

ざっと聞いた分には特に何も問題ないようだったので、単純に「その写真屋と考え方が違ったのかもね。」と話し、その日は終わったのだが、どうしても気になる事が一つあった。

…てか、基本の撮影方法が私から伝授したものだったので、何か自分のやり方が否定されたような気がして「むかついた」というのもあるけど、それは伏せておきます(笑)。

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その写真館は苦情と共に以下のような事を言ったらしい。

プロカメラマンがプログラム(いわゆるオート)を使うなんて常識では考えられない。あなたは本当にプロなのか?どんな状況でもマニュアルで対応するのがプロだろう?

実はね、この件に関しては私自身、フィルム時代後期から悩んでいた部分だったのだが、4年前(だっけ?)にニコンの「D3」という機種が出た時に自分の中に一つの解答が出た。

それは「オートをフルに活用できるのプロ」なんだなと。

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確かにプロなら「マニュアル操作」が基本に無ければならない。

これは間違いないはず。

で、このデジタル時代、更に上をめざすなら、そのカメラの「オート」を効果的に活用するのもプロでは無かろうかと。

例えばシーン(明るさ)が一定ならマニュアルでも構わないと思う。

でも明るさが逐一変わるようなシーンであるなら、ある程度設定はカメラ任せにし、撮影する被写体の方に集中できた方がよっぽどいい写真が撮れる。

通常プロが使うカメラのモード(設定)には「マニュアル(M)」「シャッター速度優先オート(S)」「絞り値優先オート(A)」「プログラム(オート)モード(P)」がある。

また測光(明るさを計る)方法にも「分割(平均値)」「中央重点」「スポット」等ある。

トドメに「露出補正」という機能もあって(コンデジにもあるけど(笑))、その全てを活用し撮影が出来る。

だから、現場に行って即座に「シャッター優先の方が良い」「オートの方が良い」「マニュアルじゃなければ無理」等々を判断し、対応していくのもプロとしての資質じゃないかと。

どっかで書いたけど、最終的には「売れる写真がいい写真」なのだから、その為に「カメラの機能をフル活用する」というのも「プロとしての必要な技術」だと思う。

「マニュアル操作で撮影するからプロ」なのではない。
「売れる写真を撮影できるのがプロ」なのだ。

その為には、せっかく付いているカメラの機能をフル活用し撮影する事も、場合によっては必要なはず。

何か間違っているかな?

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大体ね、今のカメラの「オート」って賢いんだぜぃ?

その「オート」をどれだけ使いこなせるか。
どれだけ自分の使っているカメラの「オートの癖」を知っているか。

それもプロとしては必要な技術や知識だと思う。

だって現在の「オート設定」には、ありとあらゆる撮影状況の「蓄積」から算出された「設定値」が記録されているわけでしょ?

自分は舞台や学校写真が主なので、それに合わせた設定だって「絶対にある」はずなんだよね。

そうじゃなければ「フラッグシップ機にオートモード」が付いているはずが無いでしょ?

もしこの写真屋が言う事に間違いがなければ、フラッグシップ機(プロ機)に「オートモード」が付いている事自体が「間違い」だとなる。

逆に考えれば自ずと答えは出てくるはずなのに、何故か多くのカメラマンはその事に気がつかない。

う~む。

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自分の好きな経営者(投資家)の一人に「ウォーレン・バフェット」という方がいる。

その方が以下のような事を仰った。

難しいのは新しいアイディアを生む事ではなく、古い考えから逃れる事だ

常識や習慣というものが、会社に限らず、個人でも家族間でも何かしらあると思う。

そしてその常識や習慣を「多角的に見る」と言う事はかなり難しい。

でも一度視点を変えて見ると、今まで「常識・習慣」だと思っていた事が「もしかしたら違うのかも」という事が分かる。

特に「日進月歩」が激しい今の時代、今日やっている事が、すでに「古い考え」になっているかもしれない。

確かに昔は「マニュアル撮影」が常識だったのかもしれない。

でも今の時代「マニュアル設定」で撮影できるからと言って何を誇れるのか?

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実はこのブログ、色んなカメラマンが読んでいるらしい(笑)。

せっかくだからその方達に向けて改めて書いちゃう。

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プロなら、マニュアルでも絞り優先でも速度優先でもプログラムでも、全て使いこなせるようになりなさい。

マニュアルで撮影しているからと言って誉める人はいません。
マニュアルで撮影できるからと言って、それが上手い写真だとは限りません。

疑問に思うなら、何故「ピント」が「オートフォーカス」になったかを考えてみれば分かるはずです。

いつまでも古い考えに捕らわれているようなお堅い頭じゃ「良い写真」は撮影できませんよ?

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「自分、松本さんに『プログラムも上手く活用できるようになれ』って言われて、目から鱗が落ちたんですよ。だって普通ならマニュアルで上手くなれって言う写真屋多いじゃないですか?」

えと…、それは私が普通じゃないという事(笑)?

ちなみに自分がよく使う「プログラム設定」は、露出補正+0.3、中央重点測光です(ニコンD3)。

ご参考までに…。


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初めに書いておきますが、今回のブログ、皆さんの「善意」を否定する文章ではありません。

まずその辺を頭に入れて最後までお読み下さい。

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弊社、小さいながらも「企業」として、創業時から「社会貢献」に強い関心を持っていた。

朝日新聞(朝刊 2008-09-15 )に次の様な記事があった。

「ペットボトルのキャップをリサイクルして途上国のワクチンにする。ワクチンひとり分は20円。ペットボトルのキャップを1000個ぐらい集めてリサイクルすると、その費用をまかなえ、リサイクルで途上国の援助もできます。」

弊社もこの運動を知った時、少しでも役に立てるのならと、みんなで「ペットボトルキャップ」を集めまくった。

このエコ・キャップ運動は、現在、あちこちで盛んになされている。

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結構な量が溜まったので、協会に連絡し送ろうと思った。

するとこんな回答があった。

「宅配便にて当方までお送り下さい」

まぁ、これは良しとしよう。

「もし御社がエコキャップ運動に賛同して頂ける様でしたら、収集ボックスをご用意頂ければと存じます。価格は25,000円(現在は6,000円)ですのでご購入下さい。」

この辺で「?」が浮かんできてしまった。

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キャップを「1,000個」集めてワクチン20円分。

それを送るために、宅配便の送料が最低でも630円。

差額の「610円」はどうなっているのだ?

これなら直接、送料の630円を寄付した方が、よっぽどマシではないかと。

結局、送ろうと思ったキャップは、全て処分しました。

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で、調べたら怪しい怪しい(笑)。

これ、完全な「リサイクル詐欺」。

たった20円のワクチン代を得るために、莫大な手間をかけさせる。
しかも、回収品を集めたり送るためにワクチン代を遙かに超えるお金をかけさせる。

トラックで運ぶわけだから、燃料代もかかる。その分の排気ガスも出る。

要するに、全然、エコになっていないし、援助にもなっていない。
だったら最初から20円だけ寄付する方が、よっぽどマシ。

「エコ」「援助」「ワクチン」という、人の善意につけ込んだ最低な詐欺。

初めにも書いたけど、決して「善意」を否定しているわけではありません。

偽善でも「やらないよりはマシ」だと思っています。

ただ「人の善意を利用して儲ける輩」がいるという事を知っておいて欲しいだけです。

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企業の場合、こういう「寄付」をすれば「控除対象」になったりしてそれなりに徳をするのかもしれない。

でも「根本的」な何かが間違っている事に対して、例え会社のためといえど、自分は協力など出来ない。

一生懸命キャップを集め、ワクチン代以上の送料をかけ協会に送る。

確かに「いい事したなぁ」という「自己満足」にはなるかもしれない。

でも、その労力と送料を、直接寄付できるような場所があれば、その方がよっぽど有意義じゃないかと…。

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会社として、個人として「何かに貢献したい」という気持ちはいつもある。

ただ「本末転倒」の様な、上っ面だけの「貢献」はしたくない。

自己満足だけの貢献もイヤだ。

まぁ、正直弊社は、寄付金で貢献したいと思っても中々「余裕」が無いのも確か…(涙)。

で、会社・個人を問わず「何か」が出来る事がないかなと日々模索していた。

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さて、弊社のメインページ・写真販売ページに以下の様なバナーが貼ってあるのをご存じだろうか?

$カメラマンの独り言

実はこれ、今現在弊社として出来る社会貢献の一つ。

ファイト!小児がんプロジェクト」というもの。

リンク先を見てもらえれば詳細が分かると思うので省くが、要は「使っていない待機状態の時のパソコンを、膨大な計算処理のために必要な能力の一部として使ってもらう」というもの。

新薬を作るために必要な計算にコンピュータ1台だと100年かかるものが、ネットワークを使って100台のパソコンで計算が1年で終われるのなら、救える命が沢山あるのではないか?

お子さんを失う悲しみを一人でも少なく出来るのであれば、多少仕事上でパソコンの処理が重くなっても、十分補えるのではないだろうか?

そういう思いから、弊社のパソコンには全てこのシステムが組み込まれています。

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登録にはちょっと面倒な部分(英文だったり)もありますが、普段何気なくパソコンを使っている「裏側」で、「命を救う手助け」が出来ているのなら、こんなに有難い事はない。

もしかしたら自分のパソコンが新薬の開発の一部になって、誰かの命が救えるのならこんなに嬉しい事はない。

そして…

もしその新薬で救えた命を「写真」に収める事が出来たのなら、無情の幸せなんだろうと。

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知らない誰かに、自分のパソコンを乗っ取られるようなイメージがあるかもしれない。

ウィルスの脅威があるかもしれない。

パソコン内にある情報が、全部見られてしまうかもしれない。

不安がつきまとうかもしれない。

一応弊社では「もしも」に備えて、個人情報等が蓄えられている「メインサーバ」用のパソコンには、アプリをインストールしていない。

自分のパソコン、その他会社のパソコンの中には「危ない画像」はあるかもしれないが(おい)、他人に見られて問題になる様なものはないし…(笑)。

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自分は「ワクチンのための寄付」も大事だと思うが、現状難しいので「新薬の開発」で、少しでも社会貢献できればと考えている。

と、格好いい事を言っているが、要は「小さいお子さんの命」を守りたいし、その両親の悲しい顔を見たくないだけ。

弊社は「世界中の人に笑顔を届ける」事を理念に掲げている。

自分はこの先も沢山の「笑顔」を見たい。
沢山の「笑顔」を写真に収めていきたい。

社会貢献などと言う「ご大層」な事をしているつもりはないが、ほんの少しでも悲しい顔が減るのであれば、こういう事をしてもいいのかなと。

興味があれば是非、登録してみて下さい。


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