カメラマンの独り言 -7ページ目

カメラマンの独り言

「カメラマン」「経営者」としての独り言を
だらだらと、そしてつらつらと書いています。

まぁ、時期的にこんな話も良いかなと…。

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サンタクロースって、いったい誰?

この「サンタクロース」にはモデルがいる。

そのモデルとなった人物は「聖(セント)ニコラス」という人。

彼は(多分)4世紀頃の人。

裕福な財産を持っていたにもかかわらず、贅沢な暮らしをせず、 困っている人に分け与えていた。

ある日、身分は高いが財産をみな無くしてしまい、3人の娘を身売りしなければならなくなった家に金貨を投げ入れて救った。

この時投げ入れた金貨が、偶然にも暖炉で乾かしてあった靴下に入ったため、サンタは煙突から来ると考えられ、また靴下をつるす習慣が生まれた。

また身売りから助けただけでなく、幸せな結婚もさせてあげたことから「適齢期の娘の守り神」ともなっている。

まぁ、この事から「子どもを特別に守ってくれる聖人」と考えられて、子供たちは心から何か願うと、きっとかなえてくれると信じるようになったそうな…。

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サンタクロースの「確信」

かなり有名な話なんで知っている人もいるのではと思われるけど書きます。

1897年のアメリカで、当時8歳だった「ヴァージニア君」は、お父さんに「サンタクロースは、本当にいるの?」と聞いた。

答えに困ったお父さんは、言い逃れにこう言ってしまった。

「サン新聞に聞いてごらん。新聞社がいるっていうなら、サンタさんはいるはずだよ(汗)。」

ここであきらめなかったヴァージニア君はサン新聞社宛に「『サンタクロースなんていないよ』って友達は言うけど、本当にいないのですか?」という手紙を書いた。

さてさて、この手紙を受け取ったニューヨークのサン新聞の編集長は、当時同社の記者だったフランシス・P・チャーチに「この手紙の返事を社説で書くように」と勧めた。

そして出来たのが「サンタクロースっているんでしょうか」と言う「社説」。

ミスター・ヴァージニア、サンタクロースはいます。
いないなんて言っている友達が間違っています。
もし疑うなら、探偵にニューヨークの全ての煙突を見張らしたらいいでしょう。
でももしそれで見つからなかったとしても、それがサンタクロースがいない証拠にはならないはずです。
愛や信頼や正義がない世界がどんなに悲しいものか、あなたにも解るはずです。
そしてこの世に愛や信頼や正義があるかぎり、サンタクロースは 存在し、そして子供たちに夢を与え続けるでしょう。


この社説は全米で大反響を呼び、サンタクロースの存在を確かなものにしました。

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もうひとつ....

1998年の今頃「ニューヨークタイムズ紙」にこんな記事が掲載された。

「現在アメリカが保有している監視衛星のひとつは、その活動を一時中断し、サンタクロースの監視を開始した。今日現在ノルウェー近辺において、世界中に配るプレゼントを物色していることが確認された。今後動き出し、クリスマスが終了する日まで、この衛星はサンタクロースの動きの監視を継続する予定。(アメリカ航空宇宙局正式発表)」

多分、今年も監視衛星がサンタクロースの動きを監視するのではと思われる…。

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それぞれにそれぞれの「素敵なサンタクロース」が訪れますように…。

あ、私は未だに「サンタクロースがいる」って本気で信じていますよ(笑)?


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悩んだ末「つぶやき」に分類。

どんなコメントが来るか非常に怖いが、まぁ読んだ人の捉え方次第だろうからいいや(笑)。

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かなり昔の話。

会社の電話が鳴ったので自分が受けた。

客:「あの、ずいぶん前にメールで写真が届いていないと連絡した者ですが、その後、音沙汰無しなので心配になって…。」

ま:「あ、はい。そのメールを頂いて、内容的にメールでの返信は失礼かと思い、何度かお電話差し上げたのですがいらっしゃらなかったようで…、申し訳ありません。」

客:「いえ、あの実は私、生まれつき耳が悪くて、電話の鳴る音が聞こえない時が多いんです…。この電話も骨伝導で…。」

ま:「大変申し訳ありません。そういうお話しは『伺っておりません』でしたので、何度かお電話して…。」

ここから急にお客の「声色」が変わる。

客:「あのね、伺っていないってのは、『聞いてない』って事なんですよ。耳が悪くて良く聞こえない人に、よく『聞いていませんでした』なんて言えますね。こっちは音を聞きたくても聞けないんですよ!」

ま:「申し訳ありません。そういうつもりで言ったのでは無いのですが…」

客:「アンタみたいな人間に、耳に障害(後でわかるけどあえて「漢字」を使う)を持つ人の気持ちなんて解るの?そういう配慮がないから差別が起こるんだよ!一体何を考えて仕事しているの!親にどういう教育を受けたの!」

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謝罪を繰り返していたが、ついに自分もキレた。

ま:「連絡が付かなかった件に関しては申し訳ないと思いますが、あなたの様な『自分差別者』がいる限り、障害者に対する『差別』なんて無くなりませんよ。」

客:「お客に向かって、何て口の利き方するの!」

ま:「お客であろうが私と同じ人間です。それに私は口に障害はないですから。」

客:「(意味不明な罵詈雑言)」

ま:「私は障害者に対して差別をしません。ただ『区別』をしているだけです。仕事とは関係なく、ただの年長者として言わせてもらいますが、あなたの様な人がいる限り障害者に対する差別はなくなりませんよ?(にっこり)」

客:「(更に声高な罵詈雑言)」

ま:「えと、お問い合わせについては、連絡が遅れたことに対する謝罪、問い合わせについての解答は致しました。他に何かご質問はありますか?」

客:「(障害者について偉そうな能書き)」

ま:「そういうお考えの方もいらっしゃいますでしょうね。でも私は健常者であろうと障害者であろうと『差別』はしておりません。歩けない人に階段を登らせたりさせないという『区別』はしていますが、目が見えなかろうが耳が聞こえなかろうが、それで卑下したり優遇したりすることはありませんので。」

客:「(狂ったような罵詈雑言)」

この後、殺してやる位の勢いで怒っていたが、面倒だったのでそのまま電話を切った。

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このやりとりについて、色々な意見もあろうかと思う。

でもね、実際自分が「障害者」であることを特権のように思って振る舞うのは勘弁して欲しい。

身体に不自由な部分があるというのは、それはそれは大変なんだろう「とは」思う。

あえて「とは」と書いたのは「自分が経験していないから」です。

それにね、その「大変な思いをしている」「不自由で可愛そう」と考えること自体、健常者と比べたからなんだよね。

実際、大変な思い、辛い思いをしているかどうかは「本人」にしかわからない。

乙武さん程のブラックジョークはいらないけど(突っ込みに困るから(笑))「障害者だから何でもあり」みたいな昨今の風潮は本当に勘弁して欲しい。

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前回の「心の病」でカミングアウトしたが、うつ病を経験している自分は、ある意味「脳に障害を持っている」という人間。

でもね、だからといって「腫れ物に触れるように扱って欲しい」なんて思ったことはない。

どっちかというと、こういう病気を経験したことを「何かに活かせれば」と思っている。

同情はいらない。
励ましもいらない。

ただ「上っ面で良い子ぶる」のだけは勘弁してほしいと本当に思う。

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商売柄、何年も幼稚園やら保育園の撮影に行っていると色んな子どもに会う。

「この子、耳が殆ど聞こえないんです…」
「生まれつき目が見えない子なんです…」
「自閉症気味でご迷惑をかけるかも…」<ブログ「感情移入」より
「手(足)が不自由で…」

えぇ、それはもう沢山のお子さんがいらっしゃいました。

でもね、身体のどっかが不自由だからといって、自分は「大変だね」とか「可愛そうだね」なんて思ったことは無い。

自分はそういうお子さんと会うと、ただ「変なおぢさん」として一緒に遊んでいる。

集合写真を撮る時に目が見えないお子さんがいれば「こっち見てぇ!」と言いながら手を叩いて教えてあげる。

耳が聞こえないお子さんだったら、しゃべりながら大きく身振り手振り、変な顔をして笑わせてあげる。

ただそれだけ。

哀れんだり、憂えたりするのは「自惚れ」でしかない。

自分だって人間。
こいつ等だって同じ人間。

何にも違いはない。

自分はこういう子どもたちに出会うと(何度も言うが)「区別」はするが「差別」はしない。

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さてさて、何でこんな事を書いているかというと、今日のニュースで「選挙でダルマに目を入れるのは差別だ」という事で「ダルマの目入れ」を控えるようになり、それに対して「乙武さん」が物申していたから。

文頭に書いたやりとりは、本当にあった話です。

でね、このやりとりをきっかけに「障害者への差別って、障害者自身が助長しているんだな…」って良く理解できた。

見えない、聞こえない、話せない、手足が不自由…。

私ごときにはその「大変さ」なんかは想像すら出来ません。

だから、だからこそ…。

「同じ人間」として付き合っていけば良いんだと思う。

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今回のブログの参考リンク先

「だるまの目入れは差別か?」で乙武氏見解を述べる

乙武洋匡さん「だるまの目入れは差別かについて見解を述べる(まとめサイト)」

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これも、とある場所で愚痴った話し。

枝葉をつけて書いているけど、ここにも書き留めておきます。

まぁ、どっかで何かの役に立てば良いかな?

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ある著名な方がブログで「心の病」について書いていた。

内容としては、とにかく動いて身体を疲れさせて寝る、インターネットが出来るものを遠ざけて自分を見つめ直す等々、何となく理解できる事が書いてあったのだが、その中の一文に次の一節があった。

「健全なからだにしか、健全なこころは宿りません。(本文より引用)」

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多分この方は「健全なる精神は、健全なる肉体に宿る」という「造語」から引用したんだと思われる。

かなり昔の話しになるが、テレビコマーシャルで元気な爺様がこの「造語」を連呼していたから、広まったんだろうなと…。

ただね、この言葉は、古代ローマ時代の風刺詩人「ユリウス・ユウェナリ」という人物が残した詩の「一節」でしかない。

しかも「間違った捉え方」をして作られた文なのだ。

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彼は当時、風俗が乱れに乱れたローマをみて、憂いながらこう詩に残した。

「健全な肉体を持っている人が、健全な精神を持てば良いのにな…。」

つまりね、健康で体力がある人間ほど、病気や怪我、果ては身体に問題がある人を虐めたり、虐げやすいから気をつけなさいって言いたかったのだよ。

もし「造語」の通りだとすれば、「五体不満足」で有名な「乙武氏」は、どんなに頑張っても「不健全な精神の持ち主」って事になる。

ある意味この文章は「差別用語の最たる言葉」

風刺詩人「ユウェナリ」のこの詩を一番近い日本語訳にするとこうなる。

「健全なる精神が、健全なる肉体に宿れかし…。」

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どんなに有名でも、どんなに著名な人でも、こういう「繊細なこと」に気がつけない人が「心の病」なんか語るとは片腹痛い。

もうね、この方のブログを遡って読んでいても、この一文があるため「上っ面では良い事いうけど、どうせ聞きかじった自分の言葉じゃないよね(笑)?」って思った。

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蛇足だが、私は「気合いだぁ~」と叫ぶ某格闘家が大嫌い。

少なくとも、自分の気合いだけではどうにもならない状況を「心の病」と呼ぶわけ。

うつ病は単に「心が風邪を引いた状態」。

熱が高くて身体が言う事きかず、フラフラしている人間に「気合いだぁ~」って言って、何か解決するの?

もう、この格闘家、鬱陶しくて仕方がない。

ちなみに「新型うつ病」は、単純に「甘え」でしかありません。
というか「病」という名前をつけて欲しくありません。

その辺、お間違えなく。

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で、本題(笑)。

心の病の代表として「うつ病」がある。

このうつ病ってね、他人から見たら「甘えている」としか思えない「病気」。

でもね、本人は「死ぬ程頑張っている」んだよ。<ホントです

こういう病気の一番の治療法は「寝る」しかない。

基本、うつ病になるのは「不眠」から来ている。

夜、寝る事によって、脳が一日の情報を整理し、翌日の行動の準備をする。

これができないと、脳が情報を整理しきれず、こんがらがって「うつ病」になるんだよね。

やらなければならない、こなさなければならない事があるのに、身体が動かない。
何から手をつけて良いのか全くわからなくなる。
考えれば考える程、身体が動かなくなる。

これが「うつ病」。

だからうつ病の人に「頑張れ」と言うのは「酷なこと」。
経験したことがない人に「頑張れ」なんか言われたら「お前に何がわかるんだ」としか思えない。

だって本人は毎日が「格闘」状態。

やらなければならないことが出来ず、日が暮れて夜が来ると「その日一日を後悔」し、そして眠れなくなり、また朝を迎える。

苦しいよ。ホント。

で、治療として「睡眠薬」や「睡眠導入剤」を処方され、寝る事により「こんがらがった糸の先っぽ」が見えてきて、この部分をこうすると一つほどけて…、で、ここをこうすると…、と快方に向かっていく。

これが大体2ヶ月くらい。

快方に向かっていくと、ある日突然、本当に突然に「あれ?さっきまで頭おかしかったぞ?」って気付く瞬間が来る。

周りの人は迷惑かもしれないが、根気強く「待つ」しか無い病気なんだよね。

でも、この辺も「こじらせた風邪」と同じじゃないかな?

まぁ、この病、どんなに説明しても「わからない人には絶対に理解できない病気」(遠い目)。

うつ病って、結構「メジャーな病気」として扱われるようになったが、まだまだ「誤解されやすい病気」なので、対応には十分ご注意下さい。

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なんでお前にそんな事が分かるんだって…?

…そうです。

私は「うつ病」「パニック障害」から社会復帰した人間です。<カミングアウト

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なのであえて言います。

心配事で不眠が続くようなら、早めに病院に行って「寝る薬」だけでも「処方」をしてもらって下さい。

何でも無い時に、頻繁に「動悸」が起こるようになったら「パニック障害」の疑いもあるので、やっぱり早めに病院にいって下さい。

そこで無理して「気合いだぁ~」って踏ん張ると、最低2ヶ月は社会生活に適応できなくなります(笑)。

最悪、解決するために「死」を選択することも「よく」あります

だって、自分はその時、ウトウトして目覚める度に、笑顔で「さて、死ぬか(笑)」って呟いていたからね(笑)。<今は笑い話

いやぁ、よくあの地獄の様な日々から戻ってこられたもんだ(笑)。

くわばらくわばら(笑) <意味が違うって


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こんな時間に書いているので誤字脱字が酷いかもしれないがご勘弁を…。

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自分も、それなりの年齢になってきた。

ある程度の年齢になると「深い」と思う「名言」や「格言」に良く出会う。

というか、今までにも出会っていたんだろうけど、若い頃はその「奧深さ」に気づけなかったのかもしれない。

カテゴリを「つぶやき」とするので、今回は自分の好きな名言格言を書いておこうと思う。

多分「第二弾」も来ると思われるが、あまり期待してはいけない(笑)。

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今回は第一弾として「山本 五十六(やまもといそろく)」氏の言葉。

この言葉と出会ったのは音楽の指導者としていた時。

今も「社員の育成」「カメラマンの育成」では良くこの言葉を思い出し噛みしめている。

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やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず

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これ、逆に考えるとわかりやすい。

「人を動かすためには、やってみせて、言って聞かせて、誉めてやる」
「人を育てるためには、話し合って耳を傾け、承認して任せてやる」
「人を実らせるためには、やっている姿を感謝で見守り、信頼してやる」

このうち、どっか一つでも欠けていると、人を動かすことも、育てることも、実らせる事も出来ない。

逆に相手が大人でも子どもでも、これをしっかり踏まえて対応すれば、動いてくれて育ち、実らせる事が出来る。

小さいお子さんがいらっしゃる方は一行目は何とか出来たとしても、2行目、3行目が正直「苦行」に近いんじゃないかと感じる。

育てるためには「任せてやる」。
実らせるためには「信頼してやる」。

果たしてご自分のお子さんに対して、これが出来るだろうか…?

任せるなら最後の最後まで、手を出したい所を我慢して…。
信頼するなら、誰が何を言っても最後まで疑わずにいる…。

相当難しいと思う。

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うちのような会社で言えば、新しいカメラマンを育てる時にこの言葉を良く思い出して対応する。

まず、撮影の仕方をやって見せ、そのやり方などを言って説明する。

失敗があったとしても「その失敗が次に繋がるから良い経験したんだよ」と誉めたり。

で、成長させるにはそのカメラマンと話し合い、こちらが耳を傾け、そのやり方を認めてやり、責任を持ってやらせてみる。

そこから学べることも多いからね。

最後は、弊社のために頑張ってくれている姿に感謝しつつ、信頼する…。

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社長や幹部ってね、胃がおかしくなる程つらい時がある。

この名言の中で「信頼して…」という部分が最も難しい。

疑っている方が、まだ気が楽なのかもしれない…。

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因果な商売に首を突っ込んじゃったなぁと思いつつ、今はこのスリリングな毎日を楽しんでいる。


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内容的には、とある場所で書いちゃった事だけど、せっかくだからブログでも…。

今回は「仕事に対する姿勢」なんかを書いてみる。

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一度くらいどっかで「正社員や上司が働かないのに、何で自分が頑張って働かなきゃなんねぇんだよ!」とかとか言ったり、聞いた事があると思う。

自分も若かりし頃、確かにそう思っておりました…。
m(_ _)m

確かにね、目上の人、上司の人がサボっているのに、なんで自分が頑張らなければならないのかなとか思いがち。

でもね、これを経営者視点から言わせてもらえればこういう事も言える。

「自分ら(正社員や上司)が本気出して働いたら、君らの仕事なんて無いんだよ。」とね。

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まぁ色んな意味に捉えられそうで怖いけど、自分の場合で言わせてもらう。

自分が「バイト」を雇う場合は「社員の負担を軽減させるため」という意味合いが強い。

社員が昼夜問わず納期に間に合わせるため必死になって働いている姿をみて、その負担を少しでも軽減できたらと言う思いがあり、初めて「バイト」を募集する。

それと、この先会社が大きくなって「社員募集」を始めた場合なら…。

入りたての社員が「自らの給料分」の利益を出せるはずがないのに、会社は「給料」を出さなければならない。

これはね「人財(人材ではない)に対する投資」なんだよ?

その「投資」を会社が回収するのに大体3年くらい。

その回収できない「3年間」、新入社員が給料をもらえているのは、上司や経営者の働きのお陰なのだと肝に銘じて欲しい。

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会社で上司が一月「1億円の取引先」を担当しているとする。

新入社員はまだ取引先を持っていない。

その上司が自分の「売り上げ」を全部「自分の給料」にしていたら、新入社員は「無給」となる。

結局ね、バイトだろうが新入社員だろうが、まず「お陰様」で仕事に取り組まなければダメなんだよ。

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何が言いたいかというと、正社員や上司がどうであれ「自分のやる事には手を抜くな」って事。

あいつがやらないから、こいつが怠けているのに…、って全部人のせいにしていたら人間として何も成長しない。

普段からそんな風に考えていたら、自分を小さくするだけ。

でかい人間になりたきゃ、他人がどうであれ、自分に最善を尽くせば良いのだ。

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「全力」では無く「最善」。

「全力」でやると「全力は尽くしたよな…」と自分に言い訳ができてしまう。

でも「最善」でやる時は自分に対して言い訳はできない。

毎日「今日は最善を尽くせただろうか?」を常に問いかけていて仕事に臨んで欲しい。

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え?
自分はどうなのかって?

毎日「最善を尽くせてない」と凹んでいるから、明日こそってあがきまくっているのです。


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今回「★」をつけて、且つカテゴリを「仕事」にした。

理由は是非「多くの人に知って欲しい情報だから」という意味を込めております。

ご自分のお子様のため、またご家族のためにも、是非、面倒くさがらずご一読お願いできればと存じます。

また「ツイート」や「いいね!」等で拡散して頂ければ幸いです。

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最近のデジタルカメラや携帯電話の写真には標準で「GPS記録機能」がつき始めた。

お分かりの方もいらっしゃるだろうが、これは「撮影した場所(位置)を写真データに記録しておく」というもの。

使い方次第では非常に便利な機能だし、思い出にもなるし、それこそ楽しい。

でもこの機能、写真データを「個人」で保管している分には問題ないんだけど、インターネット上に流出するとかなり厄介で面倒な情報となってしまう。

ここをお読みの方なら「ブログ」「mixi」「Twitter」「Facebook」をやられていて、一度くらい「写真(画像)」をアップロードした事があるのではないかと思う。

実はこの行為、良く考えてからじゃないと「犯罪を招く」という危険がある。

幼稚園関係の仕事をしていると、正直住所などの「個人情報」より「個人が特定できる画像」の方が「遙かに危険だ」と思う事が良くある。

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昔からあったとは思うが、昨今「ロリコン」「ショタコン」などで子どもたちが危険にさらされている。

それこそ街を歩いているだけでも「怪しい人物」に出会うことだってある。

これがワールドワイドな「インターネットの世界」で「位置情報」が付いている「画像」を上げると言う事がどれほど危険なことか。

想像しただけでも恐ろしいのではないだろうか?

また年頃の娘さん(すでに言い方がおやぢ(涙)…)なども、そういう所で簡単に自分の画像をアップロードしていたりする。

このご時世、そんな事をしていたら「どうぞ襲って下さい」と誘っているようなもの。

弊社はインターネットで写真を販売しているため、その画像1枚では(背景含め)できるだけ場所を特定できないように心がけている。

イベントの流れで「こういう公園に行ったよ」とか、必要な情報として「背景を入れる」という画像もあるが、その写真一枚では場所ができるだけ特定できないよう、それぞれのカメラマンに注意し、もちろん「GPS機能はオフに」と念を押している。

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私個人で言わせてもらえれば、スマートフォンのカメラに付いている「位置情報」はいつも「オフ」にしている。

mixi、Twitter、Facebookなどの「SNS」に写真をアップする時は、個人が特定されないよう注意している。

基本、自分や家族、友人知人が写っている写真はアップしない。

立場が立場だから、もしかしたら恨みを持たれている可能性だってある。

自分がやってしまった行為に対し襲われたり殺されたりするのはまぁ納得できるとしても、家族や友人を巻き込むわけにはいかない。

たまにうっかり「位置情報」をつけちゃってワールドワイドに「自分はここにいるぞ」って広めている場合もあるが、アップしている画像については極力「人物が特定できないよう」心がけている。

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お子さんが産まれて、大きくなって、可愛くて仕方なくてみんなに「見て!」という気持ちも十分に理解できる。

でも、心ない人物がその画像を見て、位置情報から「ここに良く来るな」なんて知られていたとしたら怖くてたまらないんじゃないだろうか…?

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ビデオについてもそう。

弊社は発表会や演奏会のビデオ撮影も行っている。

でも親御さん達の気持ちを考えて「撮影禁止」という手段に出たことはない。

ところが最近、親御さんが撮影した映像が「某巨大動画サイト(あえて書きません)」にアップされた。

団体側も弊社も、著作権云々、売り上げが云々言いません。

団体側も弊社も、まず「出演者の安全」を最優先にしているから、映像データは「門外不出」という対応をしているのです。

自分が「良かれ」と思ってやったその「行為」が、どれだけ「他人を巻き込む危険な行為なのか」を今一度考えて頂ければと思う次第です。

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弊社は写真をデータでも販売している。

販売した後の「使い方」は特に規制していない。

プリントしようが印刷しようが、ホームページに使おうが構いません。

でも、それを見ているのは「世界中の人たちなんだ」という事を十分ご理解下さい。

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何度も言います。

売り上げを伸ばしたいとか、保護者の撮影を禁止にして欲しいという意図は毛頭ありません。

今、あなたがやっている「行為」が「どれほどの危険を含んだ行為」なのかを知って欲しいだけです。

インターネット上に「画像」「映像」をアップするという事は、それだけで「被害者になる覚悟があるんだ」という意味にとらわれる場合もあります。

自分を見て欲しい、可愛い子どもを見てもらいたい…。

その気持ちは十分に解りますが、画像を送信する前に今一度「深呼吸」をして「公開範囲」など確認の上アップロードして頂ければと思います。

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蛇足になりますが、弊社はインターネットを利用して写真販売をし始め、かなりの期間が経ちます。

立ち上げ当初から、毎日上記のような「危険性」をいつも認識して仕事をさせて頂いています。

「位置情報があった方が、喜ばれるのではないか」と考えたこともありましたが、やはり「リスクの方が大きい」と判断し、今度も位置情報に関しては対応致しません。

またネット上の閲覧に関するセキュリティーは細心の注意を払い、問題がありそうだと判断した場合、最優先事項として対応しています。

ただ、弊社だけの「セキュリティー対処」だけではどうにもならない部分として、写真を見る時に必要な「パスワード管理」があります。

ご自分やお子様も含め「周りの人にも迷惑がかかる場合がある」と理解し、パスワード管理には十分注意を払っていただけれたらと存じます。


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カテゴリ分けは「つぶやき」にしておきます(笑)。

内容的には、某エッセイより抽出したもの(笑)。
古い友人の方々、どうかお許し下さい(笑)。

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自分はアップルのハードユーザーで、いわゆる「マカー」と呼ばれる人種。

「Apple」社の「Macintosh」というパソコンを使って20年は経つのではと思われる。

その間世間様では「DOS」「Windows」(これは商品名ではなくOSの名前ね)などガンガン発売されたが、未だメインで使っているのはMac。

えぇ、Windows全盛期にMacを使っているという事で「迫害」を受けたことは数知れず…(遠い目)。

まぁ、スティーブ・ジョブスがAppleに戻ってきて、スケルトンカラーの「iMac」が出てきてからは、居心地良くなりましたけどね(笑)。

補足だけど、「Mac」と言えば「Apple社」が出しているパソコンのことを指し、「Windows」と言えば、「Microsoft社」が作った「OS」が搭載されているパソコンの事を指す。

なので、一概に「Windows」いっても「東芝社」「NEC」「SONY」という機種があるのだ。

この辺、ちょっと解りづらいかもしれないが、まぁ基本的に小難しい事は書くつもり無いので、適当に付き合って下さい(笑)。

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良く「Mac」が良いか「Windows」が良いか(果てはLinuxまで)、激論が起こることがある。

今時「Mac」と「Windows」の性能に差はないのに、何で「Windows」を使わないんだとか、「Windows」ならもっと簡単に色んな処理ができるとかとか…。

えぇ、良く、それはよぉ~く解っていますよ。

確かに「処理速度」だけを簡単に比較すれば、そう大差はない。

また使えるソフトにしても、Windowsの方が沢山あるでしょうとも…。

でね、自分としてはここで「Macの優位性」とか話して買い換えろとか、「Windows」の問題点を羅列して、マカーを誇るつもりはまるで無い。

何を話したいかと言えば「自分がどうしてMacを使い続けているのか」なのだ。

性能比較やなんやらかんやらは、ググって調べて、自分で判断して下され。

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12年程前の話になるが、ある大きな団体から「パソコンやインターネットに詳しいから」という理由で「ホームページ」の製作依頼があった。

まだインターネット自体がそれ程浸透していない時代で、先駆け的な意味もあったんだろうと思う。

で、今のように「インターネット関連の本」というのも無く、ニフティーのコミュ(というのがあったのだ)で質問をしたり、英文のホームページを訳したりして、どうにかサーバを立ち上げ、ドメインを取得し、デザインを考え作り上げた。

それこそ、全く「まっさら」な状態から作り上げたと言っても過言ではない。

やっとの思いで作り、出来上がったホームページを「プレゼン」して協力してもらえることになった。

「今までの苦労が報われた」って、涙が出るほど嬉しかった。「ご苦労様」って握手まで求めてくれる人もいて「作って良かった」って本気で思っていた。

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ところがね、プレゼンの時に来ていた人達の中から自分の知らない所で「どうせあいつは儲けようと思っているんだ。そうじゃなければ頭がおかしいよ。」とか色んな誹謗・中傷が出始めた。

いわゆる「ねたみ・やっかみ」だと思う(というか思っている)。

みんなが求めていたホームページが立ち上がるんで、てっきり喜んでくれているもんだと思っていた。

それが陰ではめっちゃくっちゃ自分の事をこき下ろしていた。

あのデザインはこうした方が良いとか、私だったらこうしていたのにってね。

何にも無い所から作り上げた事を理解するより、それを「批評」する自分の方が優れているって言いたいんだろうと思う。

もう、それが耳に入ったとき、倒れそうなくらいショックでね。

怒りを通り越えて部屋でひとり、ずっと震えていた。

その後何日か「鬱状態」になった。

みんなの喜ぶ顔がみたくて、半年以上孤独と戦いながら作り上げた自分への評価が「頭がおかしい奴」「狂っている奴」と言われたんだもの。

もうやめちゃおうって自暴自棄になった。

何度もデータを「ゴミ箱」に入れて消去しようとしたんだけど、苦労していた頃を思い出して、それもできない。

辛かった…。

そんな時つけっぱなしにしていたテレビから重々しい曲が流れた(当時ひとり暮らしでった)。

振り返ってみると「エジソン」「アインシュタイン」「ヒッチコック」「ガンジー」達が次々に映っている。

数々の偉人達が映し出され、そこにこんなナレーションが入った。

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クレージーな人たちがいる

反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。

彼らは規則を嫌う、彼らは現状を肯定しない。

彼らの言葉に心をうたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。

しかし、彼らを無視することは誰にも出来ない。

なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。

彼らは発明した。創造した。
人の心をいやし、奮い立たせてくれた。
彼らは人間を前進させた。

彼らは人と違った発想をする。
そうでなければ、何もないキャンパスの上に
芸術作品は見えてくるだろうか?
静寂の中に、今までにない音楽が聞こえてくるだろうか?

私たちは、そんな人たちのために道具を作る。
クレージーと言われる人たちを、私たちは天才だと思う。

自分が世界を変えられると
本気で信じる人たちこそが

本当に世界を変えているのだから・・・

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これを見終わった後、あまりにもタイムリーな状況だったんで、いい年だったけどしばらく声を出してぼろぼろ泣いちゃったんだよ。

あ、別に自分が「天才」だと言うつもりはないからね(笑)。

おまえは狂っているのではない。
物事の見方が人とは違うだけだ。
そうじゃなければ、何もないところから何かを作り出せるはずがないじゃないか。
だれも分かってくれなくても、私は分かっている。

って励まされているように感じたからだと思う。

CMの最後に初めてどこの会社のものかが解った。

それまでは何のCMだか分からない作り。

「Think different.」そして「6色リンゴ」が大写し。

「Think different.」って「発想を変える」「物事の見方を変える」って意味。

この時にね、「自分のようなクレージーな人間のために物を作ってくれているのはAppleだけなんだな…。」と理解できた。

逆に言えば「Appleを使い続けられるのはクレージーだからなんだ」ってね(笑)。

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会社で言えば「企業理念」みたいなものかな?

今考えれば「商品を売る」というより「理念を伝えたい」というCMだったんだろう。

その理念であるApple社の「Think different.」精神を、自分は死ぬまでずっと持っていたい。

クリエーターを自負しているのなら、いつでも「Think different.」を忘れてはならないと思う。

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なので、この先どんなに「Windows」の性能が上がろうが、便利な機能が付こうが、自分は「Mac」を使い続けるよん(笑)。

罵倒されても、迫害を受けても(笑)、自分の中での「パソコン」は「Mac」しかありえない。

だって、自分みたいな「クレージーな奴」のためにパソコンを作ってくれるメーカーは、Apple社以外に無いからね(笑)。

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その時のCMが今「YouTube」にあるので、見たい人はどうぞ(笑)。

クレージーな人たちがいる

だめだ…。
今見ても泣ける…(涙)。

さぁ、今日からあなたもクレージー…(笑)。


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「クリエーター」とは「創作家」を意味し、普段何気なく接している「自然物以外の物全て」には、絶対何かで「クリエーター」が関わっています。

デザイナー、画家、小説家、作曲家、作詞家等々…。

世の中には数々の「クリエーター」と呼ばれる人たちがいます。

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さてさて、自分は人から「お仕事は何をなさっているのですか?」と聞かれると、基本「カメラマン・フォトグラファー」とは言わない(あ、自営業とはいうかな(笑)?)。

聞かれたら「自分はクリエーターをしています」と言う。

で、「何の?」と聞かれて初めて「カメラマン(フォトグラファー)です」と応える。

これね、格好つけているわけじゃなくて、ある意味自分自身を律するためそう応えるようにしている。

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今時「カメラマン(フォトグラファー)」を名乗る人はあちこちにいる。石を投げたらカメラマンに当たるんじゃないかって言うくらいいる。

大体「カメラマン」って、「写真を撮る人」だから、携帯やコンデジを持って写真を撮っていたら「カメラマンなんだ」と言えちゃう。

もちろんここに「プロ」がつくかどうかで話は違ってくるんだけど、自分はカメラという道具を使って、自分の中にある表現したい何かを『創り上げている』」という意識がものすごく強い。

もしかしたらその「道具」はカメラ以外でも良かったかもしれない。

筆を持ってキャンバスに向かう方が、より明確に表現できるのかもしれない。<ヘタだけど
ピアノの前に座って、新しいハーモニーを紡ぎ出した方が良いのかもしれない。<無理だけど

でも自分は今「カメラ」という道具を使って「何か」を表現し、創ろうとしている。

結果「自分はカメラマンだよ」というより「クリエーターの自分がカメラを使っている」という意識になっている。

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さてさて、かっちょいい事ばっかり言っているが、このクリエーターと呼ばれる人たちは、往々にして「狂人」。<誉め言葉(笑)

この言葉の「狂」は、意味合いとして「他人と違うから狂なんだ」という意味。

良く、いろんなデザイナーの人と話をするが、いつも「自分たちのやっていることって、全人口の95%の人には全く理解されないよね(涙)。」としんみり締めくくられる(笑)。

だってね、ちょっと考えて見てもらえたら解ると思うが、例えば「この商品を売りたいからチラシを創って」と言われたら、まず「真っ白い紙」の前で「文字の形、色、大きさ、写真の配置、全体のバランス」などを考え、それを形にしつつ「これなら売れるかどうか」を考えていかなければならないわけだよ。

それこそ「あなたが今見ているこの画面」全体の「配置」「配色」「文字の大きさ」「バランス」にも、こういう「デザイナー」が携わっている。

果たしてそういう「漠然とした思い」を言われて、どれだけの人が「形」に出来るだろうか?

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ミケランジェロという有名な人がいるよね?

有名な話しかもしれないけど、その人が「ダビデ像」を掘る時に「この石の中にいるダビデを、早く出してやらなければ!」と思って掘ったらしい。

石からダビデ像を創るのではなく、石の中にいるダビデを出してやりたい。

この違い。

でね、この「違い」って、解らない人には一生解らない。
逆に解る人には、胸が張り裂けそうになるくらい解ってしまう。

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先日、ある会社に撮影に行った。

「ホームページや会社案内に使いたいので良い写真を撮ってね!」と言われた。

指示はこれだけ。

多分、単なる「カメラマン」だったら、その裏側にある「思い」まで読み取った「写真撮影」は出来ないんじゃないかと思う。

「クリエーター」が「カメラ」を使っているからこそ、指示された「良い写真」を写真に収めていくことができるんだと思う。

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学校・幼稚園での写真撮影もそう。

ただ撮影しているだけなら「カメラマン」で良いと思う。

でも自分が「クリエーター」だと思っているなら、それぞれのイベントで「ドラマを創らなければ」と思いながら撮影している(やらせとか変な意味じゃなくてね(笑))。

一枚一枚は間違いなく「瞬間」。
その一枚にも「ドラマ」を創りたい。

その一枚一枚のドラマを紡ぎ出し、「感動的なドラマ」を創りたいってね。

まぁ、難しいんだけど(笑)。

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なんでこんな「歯の浮くような事(笑)」を書いているかというと、最近どうも「自分の撮影はこのままで良いのだろうか…」と考えちゃったから。

チャレンジし続けなければならない状況に於いて、何年も「同じ事を繰り返しているだけなのでは?」と思い始めたから。

独立してがむしゃらに撮影をしていた当初は、間違いなく「クリエーター」だった。

でも、今は胸を張って「自分はクリエーターなんだ」と言えるだろうか…。
惰性でだらだら写真を撮り続けているのではないか…。

もう一度「原点」に立ち返らないとならない時期に来たのかもしれない…。


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なんかこんな時間になり、お腹が減りつつ作業をしていると、現実からどんどん逃避していく(笑)。

で、そんな状態の中で思ったことを書いちゃおうと思う(笑)。

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ここ最近、弊社の撮影をお手伝いして下さるカメラマンが増えてきた。

自分の技術を向上させたい、新しい分野を勉強したい、撮影そのものを勉強したい…、理由はそれぞれだが、みんな「熱い思い」をもって手伝って下さいます。

当然、自分もその思いに答えるべく、みんなが撮影した膨大な写真の全て目を通し、感じたことや思ったことを徹底的に伝え、今後に活かせてもらえればと対応。

まぁ、プライド傷つけることもあるが思ったり感じたことなんだから仕方ない(笑)。

ここでいなくなるカメラマンは、もう知りません(ぷん)。

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当然だが、そういう熱い思いを持ったカメラマンと「撮影談義」「カメラ談義」をよくする。

カメラがどうこう、レンズがどうこう…。

で、そう言う時、いつもいつも「自分はカメラに関する基礎知識が無いなぁ~」と凹んでしまったりする(笑)。

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例えば、フラッシュ(ストロボは「商標」だよん)について、ガイドナンバーがいくつで、なんたらかんたらと話す。

この「ガイドナンバー」というのは、そのフラッシュが出せる「光量」を意味するんだけど、なんか遙か大昔に聞いたような気がするが、今は思い出すだけでも一苦労(笑)。

レンズについても、デジタルカメラの処理速度、画素数、映像を受け止める「CMOS」についても、トンと知識が抜け落ちている。

話の途中「それで良くプロカメラマンを名乗れますね」と怒られるんじゃないかとひやひや(笑)。

えぇ、そんな知識が無くても、自分は「良い写真」を撮る自信がありますけ・ど・ね(笑)。

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もちろんそういう知識があった方が良いというのも解っている。

でもね、ちょっと気付いて欲しいんだけど、そういうマニアックな知識って、今はもう「知らなくても困らない知識」になっているんだよ。

例えば「車」というのがある。

今現在、この「車」を使うために必要な知識って、エンジンをかけて、アクセルを踏んで走り、ハンドルを切って曲がる。止まりたければブレーキを踏めばよい。

で、行きたい所に行けて、用事が足せてしまうわけ。

これが昔なら「エンジンの構造」「動力伝達装置とは」「デファレンシャルギアの意味」「キャブレターでの混合比」とか知らなければ、運転できない時代があったわけだよ。

でも、今や「工具」さえ「オプション」になっている時代。

ボンネットの開け方さえ知らない人がいる。

それでも「ドライブが好き」で運転できちゃう。

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カメラの世界もそう。

フィルムの時代だったら間違いなく必要だった知識がある。

でも今やデジタルカメラで、撮影したその場で「写り」を確認できたりしちゃう。

フィルムの時には「感度」を変えることが出来なかったから、フラッシュをガンガンあてて明るくして撮影しなければならなかった。

でも今や、暗ければ感度を上げて対応すると言うのも現場で出来ちゃう。

そうするとね、もう「使わなくても良い知識」というのがでてきた。

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弊社で一緒に働いている人は、殆どフィルム時代を知らない。

そうすると、フィルム時代の話しをしても「なんのこっちゃ」となるが、撮影に関してはかっちり押さえてくる。

昔なら「マニュアル(自分で設定する方法)」で苦労していた事が、今やカメラが賢く対応してくれる。

それもマニュアル設定よりシビアにやってくれたりしてね。

だとすれば、カメラや機材に関する「マニアックな知識」ってそんなにいらないんじゃないかと思う。

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あるカメラは「0.1秒」でピントが合う。
このカメラは「0.5秒」じゃないとピントが合わない。

こういうマニアックな知識は確かにあっても良いと思うが、自分は実際に使って「数ショット」撮影すればその「ズレ」を把握し、それに対応した「撮り方」に変更していく。

フラッシュも「光量」が足りないなら近づけばよい。

チャージ(充電)が遅いなら、早くチャージされる撮り方をすればよい。<この前チャレンジしたが難しかった(笑)。

無い物ねだりしている限り「終わり」はない。

だったら今与えられた「機材」でどうすれば一番良く撮れるかに重点を置けばいいんじゃないかと…。

で、気がついたら「普通のプロカメラマン」が持っていなければならない知識を、どっかに置き忘れてきたようです(笑)。

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まぁ、知識があるから「良い写真」が撮れる訳じゃない。<負け惜しみ(笑)

良い機材使ってるから「良い写真」が撮れる訳でもない。<ここもね(笑)

マニアックな知識を持っていることも否定はしない。

一番言いたいのは「その全てを使って良い写真を撮影できるのか」という事なのだ。

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何度か書いているが、良い写真を撮りたければ「良い写真のイメージ」を持っていなければならない。

どんなに良い機材、沢山の知識があったとしても「撮りたいイメージ」が抜け落ちていれば良い写真なんか撮れるわけがない。

順番としてはね、今手元にある「機材」で撮りたいイメージに少しでも近づけられるよう、あがいてみる。

それでも上手く行かないなら、何が問題なのかを調べてみる。

結果「機材」なのか「レンズ」なのか…、で、先に進めばいい。

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毎回、手伝って下さるカメラマン達と、時間が許す限りカメラ談義をして、ワイワイ楽しく仕事させて頂いている。

ニコンがどうの、キャノンがどうの、レンズが、フラッシュが…などぎゃぁぎゃぁ騒ぎながら、それはそれは楽しくね。

自分はそんな話しの中にいながら、携わってくれているカメラマン達へ「頭でっかち」にだけはなって欲しくないなぁと常々思っている。

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コンパクトデジカメ(コンデジ)とか、入門機種のデジタル一眼カメラには色んな「シーンモード」というのがある。

逆光モード、風景モード、スポーツモード…、果てはパーティーモード、スマイルモード、目つぶり検知なんていうとんでもない機能まである。

ある時コンデジの「花火モード」というのを見つけた。

自分の知識では「花火を撮るのは本当に難しい」というイメージだったのだが、マニュアルで設定し、必死になって撮影してもうまく撮れないその横で、ふと見ると浴衣を着た女子高生がこの設定で綺麗に花火を撮影していた…(涙)。

「あぁ、自分の撮影知識なんて、もう過去の遺物なんだな…」って感じた瞬間だった。


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幼稚園系の撮影を行っている業者は、10月が最も撮影が多い。

運動会、遠足、いもほり…、もうてんやわんや(涙)。

それぞれ色々書きたいことがあるのだが、ビビっときた事をまず書こうと思う。

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幼稚園や保育園の撮影全部がそうだけど、園児一人ひとりを出来るだけ「均等」に撮影しなければならない。誰かが多くて、誰かが少ない(もしくは写っていない)ということになると、やっぱり問題になる。

で、遠足の場合、最低でも「ひとり1枚」写すため「お弁当の時間」を使い全員を網羅するのだ。

その際いつも「保護者が早起きして作ったお弁当を、自分がいない場所で美味しそうに食べている姿を見せてあげたいな」と思って撮影している。

だってね、保護者は家で待ち、時計を見ながら「今頃みんなで楽しくお弁当食べているんだろうな」って想像したりするわけじゃん?

でもその場に行けるわけじゃないから、親の目の代わりに写真に納めて見せてあげたいなって。

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「いただきます」という挨拶があると、まずお弁当を開けるのをしばし待つ。

大体みんなが食べ始めたら、お弁当を食べている所で声を掛けひとりずつ写してあげる。

で、誰と一緒に食べているかも見てもらいたいので、近くにいる何人かに声を掛け、一緒に撮る。

一通りそれが終わると、今度は「盗撮」が始まる(笑)。

気づかれないよう、食べている自然な姿を撮影。

この3種類をセットにして(買う買わないは別にして)保護者に見せてあげたいと思って撮影しているのだ。

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実は何年か前まで「お弁当」を写真に写らないように気をつけていたことがある。

いろんな事情で「簡素」なものもあれば、重箱のように「豪華」なものもあって、あまり写さない方がいいなって気を使っていた。

ところがここ最近、やたらカラフルなお弁当が増えた。

そうです。「キャラ弁」です(笑)。

特に「カメラマンが一緒に行く遠足」となると、キャラ弁率が増える増える(笑)。

サンリオの回し者かと思うようなお弁当。

ディズニー社から何か言われないかと思われる程見事なお弁当。

えぇ、本当にお母さんたちの意気込みが違います(笑)。

ただ、こういうキャラ弁に関しては撮影する時本当に気を使う。

だって食べ始めちゃったら「キャラ」が崩れちゃう。

キティーの顔が綺麗に作られていても、撮影しようとしたらすでに食べ始めちゃって顔半分無くなっていると、ホラーにしかならない(笑)。

なので今では「いただきます」の挨拶があった瞬間から動き出し、お弁当を一通り見て撮影するように心がけている。

で、綺麗なキャラ弁を見つけると「ママ、早起きして頑張ったんだから、お弁当と一緒に写真撮ろうね?」って手に持たせたりする。

えぇ、殆どやらせなのだが、キャラ弁を作った保護者の気持ちを考えると、やっぱり「食べてくれる人頑張って作ったお弁当、それを食べている場所の3点セット」が写っている写真が「見たい」んじゃないかって思うんだよ。

「恥ずかしいから写さないで下さい!」という保護者もいると思う。

でもね、小さい時を思い返して欲しいけど、お母さん(もしくはおばあちゃん、お父さん)が作ったお弁当って、その時はキラキラしている「宝石箱」だったんじゃないかと思うんだ。

だって、たとえ手を抜いて作ったお弁当だったとしても、子どもにとって嫌いな物は入れていないでしょ?

キャラじゃなくても「大好きな食べ物」がぎっしり詰まっているお弁当って、子どもにとっては本当に宝石箱なんだよね。

だから、遠足なんかでお弁当を開ける瞬間の子どもたち、本当に良い笑顔なんだ。

で、笑顔とお弁当、両方の「宝石」を何とか写真に残してあげたいのだ。

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そりゃ、苦労しますよ(笑)。

親子遠足なんかで私(もしくは弊社のカメラマン)をお弁当時に直接見た方ならお分かり頂けると思うが、食べ終わる前に全員回るため、吐き気がする程走り回り、声を掛け、時間を掛けずに全員の所を廻る。

みんなが一番くつろいでいる時が、一番過酷な時なのだ(笑)。

でもね、フラフラになりながらも撮影した写真について、保護者から「ありがとうございます!」って言われると「頑張った甲斐があったな…」って嬉しくなっちゃう(笑)。

で、また調子に乗って足腰立たなくなるんですけどね(笑)。

何度も言いますが、カメラマンって決して「格好いい商売」ではありません(笑)。

自分が格好悪ければ悪い程、いい写真が撮れるんだなって最近感じております…。

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さてさて、ある時ものすごい綺麗な「キャラ弁」に出会った。

お弁当箱の中に、まっかな「ポニョ」がいて、おかずで「海」「お家」「船」が作られている。

あまりの出来の良さにびっくりしつつ「ポニョ好きなの?」と聞いた。

その子は満面の笑顔で「ポニョ、だぁいすき!」って答えてくれた。

当然、お弁当を持ってもらい、一緒に撮影。

で、その後全員を撮影し戻ってきた。

その子の所に行くと、綺麗に食べ終わっていた。

まつもと:「ポニョ、全部食べたんだね?」
えんじ:「うん!」
ま:「ポニョ、美味しかった?」<ここで自分の質問に何かしら疑問を感じた
え:「おいしかったよ!」
ま:「そうなんだぁ。ねぇ、ポニョってどんな味がするの?」
え:「えっとねぇ…、ケチャップの味がした!」
ま:「そっかぁ、ポニョってケチャップ味だったんだぁ」
え:「そうだよ?おじちゃん、知らなかったの?」

えぇ、本当に知りませんでした…。

まず「ポニョ」を食べるという事を考えたこともありませんでした…。

そして宮崎 駿氏さえ、ポニョを食べるとケチャップの味がするなんて、想像さえしていなかっただろうと思います…。

この先「キャラ弁」を作ろうと思っている皆さん!

あまりリアルなキャラ弁にすると「ミッキーはノリの味」「キティーはしょっぱい」など、そのキャラを見ると「味」が浮かんでくると思われますので、十分ご注意下さい…(笑)。


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