カメラマンの独り言 -6ページ目

カメラマンの独り言

「カメラマン」「経営者」としての独り言を
だらだらと、そしてつらつらと書いています。

リクエストにお応えします(笑)。

テーマに「エッセイ」というのを作ってみた。<一部爆笑

仕事やカメラマンの「松本」ではなく、個人の「松本」が思ったこと、感じたこと、言いたいことを「エッセイ」としてまとめていこうかなと…。

まぁ私も一人の人間と言う事でご勘弁下さい(笑)。

今回は15年前に書いたものの「書き起こし」です(笑)。

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「後悔」という言葉がある。

この後悔って辞書的には「自分がした事を、後になって失敗だったと悔やむ事」なんだけど、「じゃぁ、後悔するような状態になったらどうするか」というのは、なかなか触れられていない。

大体「後悔していて…」と誰かに相談すると「これから後悔するようなことをしなければよい」って片付けられ、今を「あきらめろ」「忘れろ」って言われちゃう。

以前この「後悔」という「感情」ついて徹底的に考えたことがある。

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人によっては「後悔」という言葉を聞くだけで嫌悪感を抱く事もある。

でも生きている限り、やっぱり「後悔」という感情に陥る時ってあるよね?

この感情が増すと、何をするにも気合いが入らない、いわゆる「無気力」状態に陥っちゃって全てを投げ出したくなる。

で、結論から言えば「後悔」とは「過去に2つ以上ある事柄から1つを選択し、今、別の事柄を選べばよかったという感情に陥ること」からくる感情だとわかったんだ。

結局その時の「決断」を悔やんでいるようなモンだよね。

その「決断」にも大きく2つある。

1・あの時、別の事柄を選べば今こんな事にならなかった。
2・その時、別の事柄を選ぶ「勇気」がなかった自分が許せない。

最終的に、この二つが同時に襲ってくると「後悔」は無限大に増えていく…。

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余談になるけど、後悔のまっただ中にいる人に向かって「これから後悔をするような行動をしなければいい。もっと前向きに生きればいい。」と言うのはかえって逆効果(体験者は語る)。

そんなことは言われなくとも本人が一番よく知っている。

それで前向きに生きれるんだったら、その人は「後悔」しちゃいないんだ。

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じゃぁ今現在「後悔の念」にかられている人は、どうすりゃ気持ちが「楽」になるんだろう?

実は「後悔」の呪縛から抜け出すためには、その原因となった「決断」が「その人にとって最善の判断で間違ってはいなかった」と理解してもらえればいい

つまり現在の状況が一番素晴らしいということに気付いてもらうこと。

で、自分が後悔に陥ったときはこう考えるようにしている。

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【その1】

何かの決断を迷ったときに「神さまや仏さまの言う通り」ってやったこと1度くらいはあるよね?

これって何かの判断を自分で決められないときに神さまに頼っているわけ。

で、その後悔の元になった「決断」は、すべて神さまが決めたことだと「責任転嫁」しちゃう。

そうするとね「後悔しているのはすべて神さまのせい」になるんだ。

誰かのせいにすると気持ちが楽になるでしょ?

後悔も「誰かのせいだ」と思えればちょっと気持ちが楽になるんだよね。

良い事が起こったときにだけ「神さまのお陰さま」って考えるんじゃなく、悪いことが起こったときこそ「神さまのせい」にしちゃえって(笑)。

たぶん罰はあたらんはず(笑)。

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【その2】

大失敗などをした時に「自分は神さまじゃないから…」と思ったことあるはず。

という事は、人間だから間違えたり失敗したりするけど、神さまなら「絶対に間違えたり失敗したりしない」って事を、実は知っているんだよね?

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さぁ、この二つをあわせて考えてみましょう!

 後悔の原因となった「決断」をすべて神さまのせいにする。
 その神さまは絶対に「失敗」や「間違い」をしないことを自分で知っている。

何か見えたかな?

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後悔するような生き方はしないにこした事はない。

でもね、思いがけず「後悔」する事だってある。

後悔している人、くよくよしがちな人。

実は「今の瞬間」が「この先の自分」に必要な時なんだって思って欲しいな。

で、次から「後悔しない方向」を選ぶようにしましょう!

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えと…。

このままで行くと、多分次の「エッセイ」は「二元論」が主題になると思われる(笑)。


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たまにはこんなつぶやきでお茶を濁してみようかな…。

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徒然草116段

寺院の号、さらぬ万の物にも、名を付くる事、 昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。

この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。

人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。

何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ。

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訳)
お寺の名前や、その他の色々な物にも名前を付けるとき、昔の人は何も考えずに、ただありのままに、わかりやすく付けたものだ。

最近はあれこれ考え、自分の賢明さを見せつけようとしているようで嫌味なものだ。

人の名前にしても、見たことのない珍しい漢字を使っても、まったく意味のないことである。

どんなことでも、珍しいことを追求して、一般的じゃないものをありがたがるのは、薄っぺらな教養しかない人が必ずやりそうなことである。

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色んな箇所で唸ってしまうが、徒然草が書かれた時代と現代、時代は違えどみんなおんなじ事で悩んでるんだね。
d(^_^)



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職人
(しょくにん、英語:craftsman)

自ら身につけた熟練した技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人の事。
(Wikiより引用)

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プロカメラマン・プロフォトグラファーというと、何か「格好いい」響きがある。

自分は「当事者」なので良くわからないが「狩人的」なイメージがあるからなのかな?(笑)

この「プロ」という言葉、プロ野球選手、プロゴルファー、プロレーサーなどなどあるけど、特にカメラマンの場合、この「プロの定義」が非常に難しい。

お金をもらうから「プロ」なのか、求められたものを表現できるのが「プロ」なのか…、とにかく分野が広くて「何をもってプロなのか」というのが本当に曖昧。

まぁ、それはいいんだけど(おい)、自分は響きが格好いい「プロ」より、日本古来から使われている「職人」という言葉の方が好きだったりする。

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プロカメラマンって、結局のところ「撮影職人」なのではとずっと思っている。

与えられた仕事、求められた仕事の「更に上」を提供して、感動や満足をしてもらう。

皆さんの知っている「職人」と呼ばれる方々と、何ら変わりはないでしょ?

で、逆に言えば「撮影職人でなければプロカメラマンではない」という事も言える。

ここ重要ポイント(笑)。

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では「職人」とは何だろう?

はじめのWikiからの引用に戻るが、職人とは「自ら身につけた熟練した技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人の事」を指す。

でも、これは「辞書的」には合っているが、本当の職人に言わせるとニュアンスが違うらしい。

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弟子を取るような一流の職人に「職人とは何ですか?」を尋ねてみた。

帰ってきた答えがこれ。

「自分の成果物(作り出す物)を愛し、決して妥協せず道具の手入れを怠らない人の事」

この3つのうち、ひとつでも抜けていると、それは「職人にあらず」らしい。

唸ってしまった瞬間だった。

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カメラマンなら成果物は「写真(画像)」。
そして撮影について「妥協」をしない。
自分が使っているカメラなどの道具の手入れを怠らない。


最初の2つは結構みんな良く分かっているのだが、最後の「道具の手入れ」については意外におろそかにしている人が多い。

その職人さん曰く「道具の手入れもできねぇ人間が職人になれると思うなよ」だってさ。

今プロカメラマンと名乗っている、もしくはこれからプロカメラマンになりたいのであるなら、これをまず「キモ」に銘じておいて欲しい。

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前に書いたが、デジタルカメラの世界は日進月歩。

1ヶ月もすれば新しい機能を持ったカメラが出てくる。

壊れたら「買い替え」すればいいとか、所詮「消耗品」だからという感覚でカメラを扱っている限り、絶対に「職人」にはなれない。

毎日とは言わないが、撮影した後の手入れ、撮影前の準備などをきっちりしている限り、イザという時、その道具は「想像を超えた働きをする」場合がある。

自分はそういう意味では、何度も「カメラ」に助けられた事があるから本当です。

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もう一度言います。

プロカメラマンとは「撮影職人」。

職人であるならまず「カメラの手入れ」を絶対に怠ってはならない。

だってその「道具」がなければ、カメラマンはただの「お調子者」でしかありません(笑)。

その「道具」が自分の「手足」になるからこそ「撮影職人」になれるのです。

撮影が上手くなりたいと思うのなら、まず第一に使っているカメラの手入れをしっかりやってください。

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自分は「カメラの手入れを怠っている人間」を見ると、どんなに撮影技術があろうと「プロカメラマンではない」と判断している。

いざという時のためにも、撮影の道具である「カメラ」の手入れはしっかりやって欲しい。

カメラが「きれい・汚い」のではなく「手入れをしっかりしているか」が重要なんだからね?


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前回のブログで「時間」について触れたので、ちょっと趣向を変えて…。

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人生の長さを70年とした場合。

「寝ている時間」は23年。
「食事している時間」は6年。
「トイレにいる時間」は8ヶ月。

と試算されている。

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という事は、逆に考えると、70年の人生でも自分の意志で行動できるのは「30年」。

まぁ食事も自分の意志で行動していると考えても「36年」。

短い…。
短すぎる…。

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時間の長さを変えることはできない。
進み方を遅くすることもできない。

でも「密度」は自分の意志で「濃く」できるんだろう。

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同じ時間の中で生きている限りその「濃さ」の違いで、人の「密度」がかわるんだろうね。


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完全なつぶやきです。

ちょっと小難しい話しになるけどご勘弁を…。

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時間って「時刻」の連続のことを言う。

今この瞬間を「時刻」。

「時刻」が積み重なって「時間」になる。

そしてその「時刻」は、二度と戻ってはこない。

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「あの時に戻ってやり直したいな…」なんて、生きていれば一度くらい思ったりする。

で、例えばその「あの時に戻って…」が「10年前」だとする。

その「10年前」の自分から今の自分を見ると「10年後」自分

じゃあ「今の自分」って何だろう?

よくよく考えれば、今の自分って「10年後」か「20年後」「50年後」から戻ってきた自分だという答えにたどり着くことができる。

だからね、10年後の自分に「10年前に戻ってやり直したいな」って思われないように、今「何かをやり直す」のが大事なんじゃないかと最近痛烈に感じるようになった。

まぁ「やり直す」というより「今やるべき事をやっておく」という方が近いかな?

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カメラマンなんて言う商売をしていると、時間の流れの中の「何分の1秒」を切り取って残しているんだなって感じる事が良くある。

ビデオが「時間」を残すものなら、写真は「時刻」を残すもの。

その切り取った一瞬という「時刻」の積み重ねが「時間」であるならば…。

やっぱり、全てにおいて一瞬一瞬を大切にしなければと思う。

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以下、拾い物のコピペ。

 1年の価値を理解するには、落第や浪人した学生に聞いてみるといいでしょう。
 1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。
 1週間の価値を理解するには、週刊誌の編集者に聞いてみるといいでしょう。
 1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人達に聞いてみるといいでしょう。
 1分の価値を理解するには、ちょうど電車に乗り遅れた人に聞いてみるといいでしょう。
 1秒の価値を理解するには、たった今事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。
 10分の1秒の価値を理解するには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。


だからあなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。

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10年後の自分に「10年前の自分は本当にすごかったなぁ」って言わせるためにも、今日できることを精一杯やろうね?


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2011年6月くらいにネット上で話題になったので知っている方も多いと思う。

今更その話しか?と思う人もいらっしゃろうが、まぁ、初めて知る人もいると思うのでご了承下さい。

ちょい前のブログ「存在しない存在」で、プロなら…と書いたけど、こういう「気持ち」が本当の「プロ意識」なんじゃないかなって思うので改めて紹介します。

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2011年の3月、東日本を震災が襲った。

その後私たちの知らない所で、私たちの知らない人が色んな面で協力してくれたり祈っていたのは記憶に新しいと思う。

そんな中、もう一つ「知らない所でひっそり」と日本のために「祈り」が捧げられていた。

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みんなが今使っているパソコンもスマホも「マザーボード」という基盤がある。

そこに処理装置やら記憶装置やらを組み込んでパソコンが動く。<すごい略し方(笑)

このマザーボードって「自作」しない人は殆ど目にしない。目にしたとしても詳しく見る人なんて殆どいないんじゃないかなって思う。

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台湾のマザーボードメーカーに「ASUS(アスース)」という会社がある。

このメーカー、パソコンを自作する人には有名なんだけど、殆どの人は知らない。

さて震災以降、このASUS社がマザーボードを作り日本に輸出した。

$カメラマンの独り言

一見するとそれまでと何も変わらないのだが、一部分を拡大すると…。

$カメラマンの独り言

見ての通り「GOD BLESS JAPAN(日本に神のご加護を)」と印刷されていたんです。

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普段は「全く」ユーザーの目に触れることのない部分に「日本への思いやりのメッセージ」が印刷されていた。

調べてみると、日本から問い合わせがあるまで、ASUS社は全くこれを把握していなかったそうな。

印字はASUS社の技術者が勝手にやったようで、誰がやったのかまではわからなかった。

社としては「日本の一日も早い復興をという気持ちを大事にしたい」という事で、黙認。

ちなみに「神のご加護を」というのは日本人にとってなじみが薄い言葉なんだけど、英語圏では一般的に使われる言葉です。

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技術者が独断でやった事とはいえ、当時これを知った日本人は心をゆさぶられた。

Twitter、Facebookなどで猛烈な勢いで拡散された。

誰がやったのかもわからないこの「GOD BLESS JAPAN」の印字。

ほんのちょっとの「思いやり」で、ここまで魂が震えることなんて少ないと思う。

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この技術者は「売名」「売上を伸ばすため」にやったわけでもない。

本当に「日本のことを思って」やったんじゃないかと思う。

誰にも気付かれずにいたかもしれない。

それでも「彼」は印字せずにはいられなかった。

なんかね、この話しを知った時に「昔の日本って、こういう商道が普通だった」んじゃないかって感じた。

それが(悪い事じゃないんだけど)、今では「売上」「儲け」が先に来るようになって、本当の部分での「商道」が忘れられてしまったんじゃないかって…。

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多分この技術者、見つかった時に「やば、ばれちゃった(汗)」程度だったんじゃないかなって。

この印字を見つけてもらおうなんて、毛頭思わなかったと思う。

話しを戻すけど、本当のプロって「存在しない存在」でなければならないと思う。

でも「魂の存在」だけは決して消してはならないと思う。


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思ったことをつぶやくだけなので、言いっぱなし、賛否両論あると思うが、お許し下さい。
m(_ _)m

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自宅のすぐそばに「小さな公園」がある。

ちょっと大きな声を出せばすぐに聞こえちゃうくらいの距離。

夏場だったかな?
ボール遊びとかしていて楽しく遊んでいる子どもたちがいた。

そこに「じい様」がつかつかと寄ってきて一言。

「やかましい!公園で騒ぐな!」

一瞬耳を疑った。

頭の中は「?」で一杯になった。

確かにね、大きな声出して遊んでいるんだから部屋の中にいても聞こえるよ。

でもさ「公園」だよ?
それも「日中」だよ?

もう、良くわからないなって…。

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自分が小さい頃はテレビゲームも携帯ゲームも無くて「遊ぶ」といえば、友達と空き地や広場で「何か」をしていた気がする。

そこにはやっと走れる位の小さな子から、小学校高学年まで一緒になってね。

基本その頃の遊びは「人数」がいなければ出来なかった(成り立たなかった)ので、年齢性別関係なく遊び、小さい子は必死に、大きな子は小さい子を気遣いながら遊んでいたように思う。

たまに鬼ごっこなんかで小さい子ばっかり鬼になり、ふてくされて泣き出しちゃう事もあったが、翌日には何もなかったように、またみんなで遊ぶ。

大体「一人で遊ぶ」なんて、トランプの一人遊びくらいしか無かったんじゃないかな…?

だから(どっかで書いたけど)「年末年始」は、本当に「つまらなかった」覚えがある。

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ここ何年か、子どもたち「だけ」が大勢で遊んでいる姿って、本当に見なくなった。

見かけても少人数、多分同学年だと思われる子どもたちで遊んでいる。

あと、今の子どもは、どこに行っても携帯ゲームで遊んでいるよ。

キッズランドみたいな「遊び場」でさえ、ベンチに座って携帯ゲームをしている「強者」までいるし…。

そこまでして携帯ゲーム機で「ひとりぼっち」になりたいのかなと。

まぁ、みんなと遊びたくても、物に溢れかえっている今は、すでに環境が「ひとりぼっち」しか認めていないのかな…?

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この時代、大きい子は、小さい子が一緒に遊ぶ時「邪魔」。

小さい子は大きい子が「怖くて」遊べない。

一概に「昔が良かった」とは思わないけど、だからといって「今が良い」とは思えないって感じがする。

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今年の正月も、子どもたちだけで遊んでいる「凧揚げ」を見かけませんでした…。

ゲームで十字キーやAボタンをどんなに上手に扱えたとしても、大きくなった時「ネタ」としては使えるが「人」として使える様になるかは良くわからない。


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仕事で追い詰められているせいか、ブログに書きたいことがポコポコ浮かんでくる(笑)。

まぁ、気分転換の意味も込めて連日の投稿をしてみようかと思います。
(^_-)-☆

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さてさて、ありがたい事に今月「写真講座」の講師として、ある所からお声が掛かりました。

実はこういう講座、何度か講師としてお招きいただいた事がある。

現在資料づくりなどで、改めてデジタルカメラについて色々調べたりしているんだけど、その作業中一番感じたのは「時代の流れが早すぎる」という点。

日進月歩のデジタルカメラ業界においては、ひと昔前が、今や1年。

1ヶ月もウダウダしていると、もうわけわからない機能やら専門用語が出てきて、実際毎日現場で仕事していても「なんのこっちゃ」という事も本当に多い。

そんな中、カメラについて調べれば調べる程「何で自分は重くて大きな『一眼レフカメラ』を使っているんだろう」という疑問が湧いてきてしまった。

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まず、基礎講座としてデジタルカメラは以下の分類がある。

1)コンパクトデジタルカメラ(以下コンデジ)

2)携帯やスマートフォンに付いているデジカメ(以下携帯カメラ)

3)ミラーレスの一眼レフ(最近主流になりつつあるレンズが交換できるコンパクトなカメラ)

4)デジタル一眼レフカメラ(いわゆるプロが使うようなカメラ。以下デジイチ)

もうね、この時点でついていくのが厳しくなる(汗)。

…まぁ、この辺の違いや詳細はご自分で調べて下さいませ。

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以前のブログにも書いたんだけど、搭載されている「機能」としては、プロが使う「デジイチ」より「コンデジ」の方が優れている場合も多くなってきた。

風景モード、スポーツモード、ポートレートモード、逆光モード、目つぶり感知、スマイル感知等々…。

もうね、それを「デジイチ」でやろうとすると、正直てんてこ舞いになる(涙)。

もちろんデジイチでも入門機種では同じような「モード設定」がある。

ただカメラって不思議な事に、値段が高くなって重く大きくなればなる程、こういう「便利機能」が無くなっていく。

フィルム時代なんて、ただのジャバラの「箱カメラ」が最も高かったりしたし。<ホントです

自分が使っているデジイチなんて、ニコンのフラッグシップカメラであるにも関わらず、物理的なボタンなどで「絞り」「シャッタースピード」「感度」「ホワイトバランス」程度しかない(涙)。

正直、何度「スポーツモードがあったら…」とか「目つぶり感知がついていたら…」と思ったことか…(涙)。

(もちろん大前提が「その機能をマニュアルで設定できるから」で、値段がお高いのは耐久性や信頼性のためだけどね(汗))

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さてさてプロカメラマン同士でも、この先自分達の使う機材も主流が「いずれミラーレスカメラになっていくかもね」と話す事がある。

だって「軽い」し「安い」し「反応も早い」し…。

遠足撮影とか行くたび「重歩兵(笑)」の様な状態にならないで済むなら、ミラーレスで撮影したいなと思うこともしばしば…。

あ、もちろんね「わけあってデジイチを使っている」のはお分かりだろうけど、それをお話するのはまた別の機会にという事で(汗)。

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でね、先日「スマホ」や「コンデジ」で撮影している時、最初の疑問である「なんで自分は重くて大きなデジイチを使っているのだろう」という事に対する「ひとつの答え」が出た。

もちろん全ての人に当てはまるわけじゃな無いので誤解もあるだろうけど、どうやら自分はデジイチを写真を撮影するため使っている」様なのだ。

言い換えれば記録を撮影するためではない」って事。

ちょっと振り返って欲しいんだけど、皆さんは携帯カメラやスマホ、コンデジで「写真を撮ろう」と思って撮影した事が果たしてあるだろうか?

どちらかというと「記録を残したいから撮影した」が多いのではと思う。

子供の成長記録、遊びに行った記録、思い出としての記録を撮影していたんじゃないかなって。

でもね、自分は「子供の成長写真、遊びに行った写真、思い出としての写真」を撮るために、デジイチで撮影しているんだって…。

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どちらも「何かを撮影している」という点では違いはない。

ただ意識としてその撮影は「記録」なのか「写真」なのか。

この「記録」と「写真」って自分の中では全く「別物」。

記録を残すだけなら、自分もコンデジやスマホで撮影しているのかもしれない。

でも自分は「写真を撮りたい」から「デジイチ」を使っているんだと理解できた。

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何か「哲学的」な話で恐縮だが、自分は「プロカメラマン」として、デジイチでは「写真」を撮影していきたい。

もちろん「記録写真」を依頼される事もあるが、それでも「写真を記録として残して欲しい」と思って対応する。

「記録写真を残して欲しい」のではない。

「写真を記録として残して欲しい」のだ。

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機材を詰め込んだリュックの重さが20kgを超える場合もある。

思い返せばその重い機材を担いで現場に向かうとき、自分は「さて、これから写真を撮影しに行くぞ」と気合を入れていた。

ポケットに入るようなカメラなら、こんな気合はいらないはず…。

今回、講師をするにあたりデジタルカメラを調べていく過程で、今自分の使っているカメラの大きさ重さが「写真を撮影する意気込みの証なんだ」って思えるようになった。

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「写真」と「記録」。

確かに出来上がりは同じなのかもしれないが、プロカメラマンならどんな場合でも「写真」を撮影しなければならないと思う。


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新年明けましておめでとうございます。

本年も変わらぬご愛顧の程、よろしくお願いいたします。

あわせて、つらつら書いているこのブログも可愛がってください(笑)。

新年一発目は何を書こうかと考えていたんだけど、先日ある方と話していたときにふと思ったことを書いておこうかと思います(笑)。

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その方との話はたわいないものだったんだけど、なぜか流れ的に「カメラマンって切ない商売なんだよね」っていう方向になった(笑)。

何が切ないかというと…。

例えばファミレスとかに行くでしょ?

当たり前だがまずメニューを見る。

そこには美味しそうな料理の写真と共に名前と金額が書かれている。

で、食べたい物を注文するという流れになる。

さて、ここで気がついて欲しいんだけど、メニューに載っている「写真」って、必ずどこかの「プロカメラマン」が撮影しているんだよね。

写真について細かい事を言えば、食品の写真って必ず「影が手前に来る」ように撮影されているのだよ。<今度見てね?

とどめにその「影」も「ぼやぁ」っと。

つまり何気なく見ている「メニューの写真」を撮影するためには、照明(フラッシュ)を向こう側から光らせて、手前からカメラで撮影するという大掛かりな方法になるわけです。

で、影をぼやかすため、トレーシングペーパーなどをフラッシュの前に垂らしたりして。

…という「ものすごい苦労」を全くわからないように「1枚の写真」を作り上げる。

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でもこの「苦労」「努力」が写真を見ている人に気がつかれたら「プロカメラマン」として失格なんだと思う。

よくね「こんなに大変な思いをして、高いレンズで大量の機材を設置して撮影したんだ!」と言葉に出す人もいるが、こういう人は正直「ハイ・アマチュア」以上にはなれないんだと思う。

本当のプロならその「苦労や努力が見ている人に絶対に知られてはならない」んじゃないかなってね。

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あとね、貴方に好きな芸能人やアイドルがいたとする。

その人が写っている写真集やポスターを見て「私を見ている…(うっとり)」って思う時もあろうかと…(笑)。

でもね、その好きな芸能人やアイドルが見ているのは実は「カメラマン」。

芸能人やアイドルと、それを見ている貴方の「間」には、実際「カメラマン」という人物がいるんだよ。

当たり前の事なんだけど、案外それに気がついている人って少ないんじゃないかな?

まぁそういう事に「気づかれている」ようじゃ、プロカメラマンとしては失格なんだろうと思う。

その芸能人やアイドルが、カメラマンを「透かして」ファンの人を見つめていなければいけないわけだからね。

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どんなに素晴らしく、美しく、感動するような写真であっても、そこに「カメラマンという人物」が存在してはならない

プロなら完全な「黒子」として「存在していない存在」に徹しなければならない。

もちろん時と場合によるんだろうけど、プロカメラマンである限り、やっぱり写真を見て「自分の存在は知られてはならない」のでないかと思う。

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どんな仕事でも「評価」されることによってモチベーションが保てるんだと思う。

でも、プロカメラマンやプロエディター(編集者)、デザイナー、クリエーターの場合「評価がないことが最大の賛辞なんだ」という事も知っておいて欲しい。

どんなに上手く写真を撮影しても、撮影自体を「上手だね」と言う人は殆どいない。

写されている人を見て「いい表情だね」とか、風景なら「綺麗なシーンだね」とか言うことはあっても「撮り方が上手ですね」と褒められることは殆どない。

というか、プロなら上手く撮れて当たり前なんだから「上手だね」は褒め言葉じゃないんだという事にも気がついて欲しい。

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…。

ということを年始早々話しているうちに、だんだん「プロカメラマンって切ないなぁ」と思ってしまった(涙)。

正直、かなりモチベーションが下がってしまったが、それでもやっぱりみんなの「笑顔」が見たいから、自分はカメラマンをやっているんだと思う。

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何度も言うけど、カメラマンって格好のいい商売ではない。

どちらかというと「3Kの仕事」なんじゃないかなって思う時もある。

でも、たとえ自分の存在が前面に出ていなくても、その人の「宝物」として一生大事に持っていてもらえる仕事なんてそうないんじゃないかなって思う。

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今までどれだけ多くの宝物をご提供できたんだろうか…?

自分は今年も「存在を極力消し」つつ、たくさんの宝物を作って行きたいと思う。

改めまして、今年もよろしくお願いいたします。

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年末も押し迫り、締切に追われつつ現実逃避をしていたり…(涙)。

さてさて、幼稚園、保育園、学校関係に出入りしている弊社としては写真整理をしている時、非常に困る事がある。

思い当たる方がいらっしゃいましたら、是非この「切なる願い」を聞き入れて頂ければと存じます…。
m(_ _)m

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ここ何年かで「不審者対策」として写真撮影に「かなり」気を使うようになった。

撮影と言うより「掲載」「販売」の時に気を使うようになったという事の方が正しいのかもしれない。

どこかのブログで書いたかもしれないが、今の世の中、何がどう「性的対象」になるかわかったもんじゃない。

ロリコン、ショタコン、幼女趣味等々…。

それはもうご迷惑を掛けないよう、かなり気を使います(汗)。

昔ならお泊まり保育で男女問わず「全裸写真」を撮影しても全く問題がなかった。

それがいつからか「女の子はやめて」になり、気がつけば「男の子も…」と。

なのでカメラを守りつつ、湯気がもうもうと上がっている「風呂場」で「肩まで浸かっている写真」しか撮れなくなった(涙)。

それでも最近では「大丈夫なのかな…」と思うようになった。

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もう一つ…。

ここからが「お願い」になるんだけど…。

女の子がスカートで「三角すわり(お山座り・体操座りとも言う)」をしていると、もろに「下着」が写ってしまうことがある。

撮影している時、気付けばできるだけ「上半身」を写したりするんだけど、何人かをまとめて撮影すると「避けられない」時がある。

その場合「写真整理」の時点で気がつけば「はじく」んだけど、それでもうっかり残ってしまい、ネットに立ち上げてしまう時がある。

更にネットにちゃんと立ち上がっているか最終確認時に気づけば良いのだが、それでも残る場合がある。

こうね…。
変な意味じゃなく…。

白い下着で「座った時点で下着が写る」と言う事は、既に「床の汚れがガッチリついている」という場合もある…。

またスカートが「黒」とか「紺」だった場合、下着が目立って撮影時や写真整理時に判断しやすいのだが、同じような色だったりすると見逃してしまいがち…(汗)。

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これ、写真を撮影販売している業者としては、かなり「頭の痛い問題」だったりする。

だってね、上手から順番に3人ずつ撮影していて「次の写真で我が子!」と期待していたら、その部分が飛んで次のお友達になったりする。

そうすると「うちの子が飛ばされた!」って思われる場合もある。

最悪イベント中、ずっとこの座り方をされていたりしたら、下着が見えている子の「周辺」は、ほぼ販売することが出来なくなる。

そして苦情…。

泣ける…。
涙無くしては語れない…(涙)。

-----

さてさて…。

女の子のお子さんを持つ皆様…。

小さいお子さんに「下着が見えないように」と指導するのは難しいと思われるので、せめてせめて見られても大丈夫なような「黒パン」などをはかせて下さい…。

もし、前後の写真で「そういう座り方」をしていて、ご自分のお子さんが「飛ばされてしまった場合」は、間違いなく「下着が見える座り方をしていた」と判断して下さい…。

男の子のお子さんを持つ皆様…。

極々たまに「半ズボン」で脇から・・・という事も本当にあります。

何とぞブリーフのゴムの「再確認」をお願い致します…。
m(_ _)m

いや…。
笑い事じゃないんです…(涙)。

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プール活動では、着替えが当たり前のように「全裸」というのもあります。

わかっていれば初めから「撮影」はしていませんが、後ろで写り込んでいる場合もあります。

相当気を使っているつもりですが、お子さんの写真についてお気づきの点等ありましたらご連絡下さい…。

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こういう部分、昔では考えられない位「気を使う」様になりました。

以前は男の子が全裸で見せびらかしている(?)姿もしっかり撮影し、先生も保護者も「いい記念ですよぉ(笑)」って笑ってくれた…。

今では…(遠い目)。

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整理する前の元々のデータは大体2年くらい保存しておく。

実際「幼児ポルノ規制法」に引っかかる写真も無いとは言い切れない。

あ、もちろんこの元データに関しての「管理」はしっかりしておりますのでご安心下さい(汗)。

正直、警察に踏み込まれて「全写真データ」を確認されたら、問答無用で「2泊3日」コースになるのではと…(汗)。

もちろん「よこしま」な気持ちで撮影しているのではないので、すぐに帰ってこられるはずなんだけど…(滝汗)。

にしても、なんでここまで「スリル」を味わいながら仕事しなければならないのかと、寒空を見上げつつ写真整理を行っております…。

あぁ…。
サンタさん…。
今年良い子だったはずの私の願いを叶えて下さい…(ゲシュタルト崩壊)。

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何とぞ、何とぞ、保護者の皆様には「この辺の苦労」もご理解頂ければ幸いです!
([P] < [ff])<音楽用語

というか、どうぞ「ご理解」下さいませ!


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