心の構造を再構築するRCメソッド認定カウンセラー -323ページ目

キャパは人それぞれ

体力にしても

精神力にしても

キャパは人それぞれ違います

 

それは産まれ持った容量は決まっているのだと思います。

体力が付きにくい人が、運動を頑張って体力を向上させる事はある程度は可能だと思いますが、運動神経や身体能力以外に、運動にかけられる体力や運動による疲労感を受け止められるかどうかなど、すべてを加味した上でのキャパは個人差が大きいと思います。

すべての人がアスリートと同じトレーニングを出来るかと言ったら無理です。

出来ない人には出来ません。

 

例えば、ダウン症の方は普通の人よりも筋肉が付きにくいという体質を持つ方が多いそうです。となると、同じ量のトレーニングをしても筋肉が他の人より付かず同じ所まで届くのに倍以上のトレーニングをしなければなりません。

そういったことも産まれ持ったものです。

 

【多忙】という事を考えても、一日中タイトにスケジュールが詰まっている方が淡々と動ける人も居れば、所々休憩が必要な人もいて、1日に予定は二つまで…という人もいます。

 

人間関係でも1対1は良いけど人の多いところは疲れてしまうという、人数のキャパに限界がある人も居ますが、一度に大勢で活動する方が楽しい人も居ます。

 

子育てにおいても、1人育てるだけで気力も体力もヘトヘトになってしまう人も居れば、子だくさんでもパワフルに動き回る人も居ます。

 

 

一人一人が、得意不得意があり、キャパの限界が違うのです。

 

 

私は子どもが4人居るので 「4人育ててるなんて…すごい、忙しいでしょう…、大変でしょう…」と言われることもありますが、基本的に私にとって子どもの人数が増えることはキャパが越えないようです。

子どものお友達をお招きしてお泊まり会をする事もありますが、2~3人くらい増えるのはまったく苦になりません。

 

しかし乳幼児(0歳~6歳くらい)の人数が増えるのはすぐにキャパがこえます。

2人が限界。

いや、本当は一人が限界。乳幼児のキャパは相当狭い。

 

しかし保育士さんがお仕事とはいえ一度に3人の0才児を担当するなど、私からみたらキャパ広い、すごい、と尊敬です。

 

 

時に人は、「え!こんなの全然平気だよ~!たいしたことないって!!」 と言いますが、相手はそれほどのキャパが無いのかも知れません。

 

どの分野がどの程度でキャパオーバーするのかは、人それぞれ違うのです。

 

「これくらいの仕事量できるよね?」というのは言ってる側の基準でありその人の基準ではありません。

キャパの広さは個性なのです。

広いから良いと言うことでもない。

体力が多くなくてもいいのです。体力がいっぱいあってもいいのです。

 

どのような個性があっても、そういう自分で良い、と、思えたらいいですね。

他者の体を傷つけても悪いとは限らない

他者の肉体を傷つけて痛みを与えるという行為

これは肉体的な境界線の侵害。

境界線の侵害をされたら、人は傷つきます。

 

そのため肉体的暴力や性的暴力、食事を与えられないとか眠らせてもらえないなどの行為を受けると人は傷つきます。

叩かれたり、押されたり。

 

痛い思いをさせられたときに心が傷つくのは当然のことで当たり前のことです。

しかし、痛いからと言って、肉体的な境界線を侵害されたときに100%心が傷つくのかというと、そんなこともありません。

 

 

病院で注射をされるとき

治療目的で手術をするとき

リハビリをするとき

治療のために痛いことをされる時

スポーツで厳しい特訓を受けるとき

筋トレできついトレーニングをするとき

 

などなど。

 

 

明確な線引きは、痛みを受ける本人がそれを容認しているかどうか。痛みを受ける事を許可しているかどうか。

 

 

注射は痛い。

痛いけど必要だから良いよ!やって!!と腕を差し出す訳です。

それでチクリと痛くても、心は傷つきません。

 

嫌だけど点滴が必要なら良いよ!やって!!でもやだ!!って思いながら腕を差し出します。でもなかなか入らなくてグリグリと血管を探されて10回くらい刺されたあげくに、超ベテランを呼ばれた。

「最初からベテラン呼んでよ-!!」ちょっと傷つきます。(この程度なら自己治癒すると思いますけど、ゆがみが入る場合もある。ケースバイケース)

 

グリグリやられたあげくに 「もういいわ入らないから!!」ってされたことありますけど…それはそれでガーン…でした(笑)点滴嫌いになりました。

元々好きではないけど、この経験で嫌いになったというのはやや小さな傷が入っているでしょうね。

 

このように、体を傷つけられる行為一つにしても、境界線の内側に招き入れた場合、許可した場合は傷つきませんが、自分が思っていた境界線をさらに越えられたら(グリグリされたら)傷ついているわけです。

 

なので必ずしも、他者の身体に痛みを与えたからと言って、相手が心まで傷つくわけではないのです。

 

 

許可無く踏み込めば(踏み込まれれば)傷つきます。

DVなどはもちろん、許可のない行為です。

 

 

映画SINGから見る夫婦の関係

最近子ども達とよく見てるのがSINGです(*´∀`*)

ノリの良い曲が多数出てくるので楽しく見れます。

 

 

 

 

さて、登場人物は動物たちなのですが

なかなか多様な人間模様(動物模様?)を繰り広げております。

 

夫婦

親子

自己否定

失恋

 

様々な問題を乗り越えて輝くメインキャラクターたちがいます。

 

 

動画にある、ぶたちゃん。

歌っているのはグンターとロジータ

(ちなみにグンターの吹き替えは、齋藤さんだぞ!の齋藤さん。)

 

この2人は夫婦ではありません。

ショーで歌うための相棒です。

 

 

本当の旦那さんは、観客席で25匹の子ども達に囲まれながら、口をポッカリ開けてる、パッとしない普通のぶたさん、ノーマン。

 

 

このステージに上がる前のロジータとノーマンは、ごく普通の家庭。

25匹の子育てに家事にと忙しいロジータ、そしてノーマンは毎日疲れ果てるまで働くサラリーマン。

 

ノーマンは、いつもロジータに肯定的な言葉は言います

「君の作ったパイは最高だよ」

「今日も家事や子育てにたくさん頑張ってたね」

 

でもいつも覇気が無くぼんやりしていて

ロジータの顔も見ません。

ロジータが「私の歌、上手でしょ?」と言っても、取り合うこともしません。

なんと彼はロジータが留守にしている事さえ気付かないのです。

彼女が自分で作った家事を自動で行う装置がお世話してくれたから。

 

ノーマンは彼女を見ようとしていませんでした。

昨日、ホステスの元へ行く、という記事を書きましたが、ノーマンはまさに関係性を作れない男性かなと思います。

 

ノーマン自身が、妻であるロジータの良さを引き出すことが出来なかった。

しかしロジータは自分の力で輝いた。

その輝きを見てはっとして駆け寄りステージの上でキスをしたわけですね。

 

 

しかしその輝きは、本来毎日の家の中でも見ることが出来たでしょうね。

ノーマン次第で。

 

誰でも、自分の力で輝くことは出来ます。

パートナーに頼る必要は無い。

 

しかし、頼る必要が無くても、相手を輝かせる事が出来る存在なのです。

相手を成長させ、大きく伸ばし可能性を広げることが出来る。

 

自分の働きかけで、夫が、妻が、1人の力よりももっとずっと輝くとしたら、それを見るのはとても喜びを感じると思います。

 

 

さて、ショーの後、ノーマンはどうなったかというと…

ショートムービーでは相変わらず覇気のない顔で他人をほめてましたね。

「グンター君はすばらしい相棒だよ」って棒読みで。

 

ノーマンが変わる日も来るのかしら?(笑)