心の傷を治すカウンセリング&IDDM・byhanae

心の傷を治療し、心の整理をお手伝いするRCメソッド認定カウンセラーです。

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2018年07月22日(日) 09時21分28秒

異端かどうかの見分け方

テーマ:イエスキリスト

心理カウンセラーハナエ、クリスチャンです。

 

 

私がRCMのカウンセリングを受けるまで2年ほど悩みました。

師匠のブログ開始当初からずっと記事は読んでいたのですが、なんとなくカウンセリングを受けるに至らなかった理由の一つに

 

「このカウンセラーの人はクリスチャンだって言ってるけど、大丈夫だろうか」

 

だったんです。

クリスチャンの人なら結構考える人多いと思うのが

 

「異端かも知れない」

ですね。

 

知らないと警戒するんです。

クリスチャンだって言いながらキリスト教系の別の宗教って事は全然あるんです。

 

ここがクリスチャンの悩ましいところなんですよ。

クリスチャンの人は聖書的な価値観を持ちつつもお悩みがあったりする。

心理カウンセリングを受けたいけど、ニューエイジ系や異端系、宇宙系や子宮系だと行けないんです。

効果があるとしてもそれが芯のところからずれていることを知っているから。

また、聖書的なこと、信仰生活から見える悩みや問題点を、クリスチャンでは無いカウンセラーに相談しても、理解できないであろうと考える。

きちんと治療の出来るクリスチャンカウンセラーがろくに世の中に居ない から(医師不足みたいなもんだよ!)キリスト教界のお悩みが無くならないのだと思いますよ。

 

体の病気だって神様だけじゃ無くて病院に頼ることもあるのに。

病院は、人の体を研究して治療する方法を確立した物。

心理だって人の心を研究して治療するようにできたものなんだけど。

どうも心の問題は神様お願いしますってだけで受け身になっちゃうんだよね。

骨折れたら病院でギプスするのに、心の傷だけは治してもらうの待ってるってそれでいいのかしら。

治らない治らないっていうけれど、治し方だって聖書にちゃんとあって、それに則して治すのがRCMのカウンセリングでもあるなと思います。

なのでRCMのカウンセリングが気になっているクリスチャンの方、癒やしを祈り続けるよりも積極的に治しません?

そもそも、実は治していただくために手放すものを手放せていない可能性があります。それだと、神様も癒やしたくても癒やせないのですよ、本人が望んでいないことを知っているからそこには介入しないのです。

クリスチャンの皆さんは知ってますよね、神様がノックするドアには、内側にしかドアノブがついていないと。

 

 

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私自身はカウンセリングを受けるに至ったのは、最終的に知っている超有名先生の教会で師匠である万紀子さんがセミナーしているのがブログにアップされているのを見て、大丈夫だ-!って確信持ちました。

 

理由

●異端は他の教団教派と仲良くしない。

 

これ、見分け方の一つの目安。

閉鎖的

自分の教会・自分のところの枝教会としか交流しない

ほかの教会の人と交流させない

 

 

たいていね、教会関係はめぐりめぐってつながりあるのが普通です。

キリスト教界狭いんですよ。

そのため教会や教団が違ってても、同じ神を信じる同士、仲は悪くありませんし、セミナーとか聖会とかキャンプとかそういったもので顔を合わせることもすごく良くあります。教会同士でつながっていなくても個人的に交友関係を持っていることも多々あります。

 

自分の教会を良く言ってほかの教会は良くない、と言ったことを公然と言って関係をやんわりと持たせようとしないというのは閉鎖的かな。

 

 

●信徒のプライベートに境界線侵害をする

ほかの教会と仲良くさせないっていうのと同じなんですけど、まぁ明らかにキリスト教系でも別の宗教(エホバ・モルモン)だなっていうところと交流を控えるようアドバイスすることはありますが、誰と交友関係を持つかというプライベートに口出しするのはおかしい。(互いに別宗教であると言うことは理解しつつ交友関係を持つこともある。親兄弟や親戚って言う身内がそうだってこともあるんだから)

 

アドバイスでは無く私生活に対しての過度な指示は境界線の侵害ですね。

信徒→悩み相談→アドバイス

っていうのは健全ですが。

アドバイスって言うのは聞く側が言うこと聞くも聞かないも自由だからです。

 

献金も、本来は自由に捧げるべき物。

献金をしたかどうか、するべきであるかどうかということに口出しするのも境界線の侵害です。経済的事情はプライベートなことです。信仰を持って献金するかどうかも本人の判断にゆだねられます。

 

※一応教会も集団であるので、そのなかでの普通の集団のルールはあります。各家庭にルールがあるみたいにね。

 

 

----------

 

で、そういう私自身は異端じゃ無いの?

って思われるクリスチャンの方もいるかもしれないー

かといって教会名出すのもちょっと(他の人に迷惑かかったら嫌だし)

母教会は外国にアリ日本では一応単立扱いなのかな?

 

札幌にある数多くの教会と教会同士のつながりがあります。

私自身も、別教会のクリスチャン友達は多く居ます。

ザックリと教団名でいうと

日基にも知り合いや友達やお世話になってる人や同僚が居ますし

JECAにも知り合いやお友達やら居ますし

好きなクリスチャンバンドはナイトdeライトです。

 

 

そんなわけで、怪しさを解消できるかどうかはわかりませんけど

怪しくないよ(笑)

2018年07月21日(土) 19時06分48秒

親の本音に応える子ども

テーマ:子育て

やっと4日間ほど寝込んでおりましたが、ようやく回復を感じてきました。

脳みそ使わず休んでゴールデンカムイ読んでいたのでブログに何を書こうかとぼんやりしております…。

 

 

あ、そうですね

”手のかかる子”について。

 

本当に手のかかる子は、家でも外でも手がかかります。

家でも外でも同じように同じ事で手がかかります。

それは本人の特性だから変えようが無いからです。

 

たとえば家でお片付けの出来ない子は学校でも道具箱や自分の棚やノートの中身やふでばこはグチャグチャです。

家でグチャグチャだけど、学校ではきちんとしてますって事はありません。

 

 

家ではグチャグチャだけど、学校ではきちんとしてる子っていうのは

必要な役目を演じています。

演じようと思って演じては居ませんけど。

 

互いに認識していない部分で親の必要を満たそうとしているのですよ。

 

 

親が自己肯定出来ていないと、自分を必要として欲しいと思い、子どもに依存していて欲しいというのを潜在的に抱えていて、そのため子どもが依存的になり、共依存関係を作り、出来ない子を作ります。

 

出来ない子で居てくれる方が、自分が居ないとあなたはダメなのよ、ということで自分の存在価値を発生させることが出来ます。

 

子どもは親が居ないと生きていけない弱者ですから、本能的に自己保身のために親の望むような自分を作っていきます。

そのため家と学校でズレが出るんですね。

 

 

親はそれで満足かというとそんなこと無くて、本当にどうしたらいいのかしら、って困っています。

でも困っていることが必要だから困っているんです。

がみがみ言ったり叱ったりする日常が必要なんです。

その困っていることが無くなったら、自分の存在意義がわからなくなるじゃないですか。

もちろんそんなこと認識は出来ませんが。

あ、誤解していただきたくはありませんが、困った子が全部共依存という事を言いたいのでは無くて、時にはそういう事例もありますよという話です。

まぁ…でも共依存とかそこまで言わずとも誰だってそういう面はあるのだろうなと思っておりますが。

 

 

親の期待(?)にこたえるというのはうちも昔はありまして…

家ではよい子、外では我が強いマイペースな子。

本当は自分の考えがとても大事な子だったのですが、私のくそまじめな性格が枠に入れという要求をしてました。

そのため家ではよい子だったのですね。

今はそういった表裏は無くなりました。

 

 

第三者の目が客観的に見てこそわかることっていうのもありますよ。

2018年07月20日(金) 17時24分28秒

いつものジェラボ

テーマ:豊平区グルメ
熱を出す前日



ジェラート食べてました。
南区のお店目指してたんだけど定休日とかで全滅でした(TOT)
そしていつものジェラボ



ヘーゼルナッツ
チョコチップ






今日もまだ、熱が下がりませーん(^^;)
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