☆ワシの終活☆ -46ページ目

何が何でもやらにゃあいけんのです

今年もまたまた同じことを言います

 

NHK「ヒロシマ 復興を夢みた男たち」を見て(10年前)

浜井信三

自分は広島市出身の身ながら、この人の存在をよく知りませんでした

戦後、助役から、選挙によって広島の市長となった人、浜井信三氏

本「よみがえった都市 復興の軌跡 原爆市長 浜井信三

この本は、原爆によって破壊された広島を復興させた浜井信三氏の自叙伝です

東日本大震災によって破壊された人々に送られた本だそうです

中国新聞社(広島市本社)にその本のもとになった手記がありました

「広島市政秘話 付平和宣言」広島市長浜井信三

広島市長になって十年後に浜井信三市長が残した手記だそうです

浜井市長は原爆症を煩いながらも復興に尽力した人です

おのれに徹して人のために生きよう」浜井市長が手帳に残した言葉です

「夢を語ろうの会」

画家:福井芳郎、NHK広島中央放送局長:石島冶志、茶の宗匠:永田清次郎、建築士:河内義就など

浜井市長を囲む彼らが、純音楽茶房「ムシカ」で、夢を語り、広島の復興に貢献したそうです

100メートル幅の道路はこの時、話が出たと言うことです

あの原爆の惨状を詩に残していた峠三吉も復興案をだしていたそうです

 

浜井市長が選挙の時に出した「いかにしてもやらねばならない3つの約束事」

1,市政の民生化を図る事

2.市民生活の安定を図る事

3.復興事業を速やかに軌道に乗せる事

「何が何でもやらにゃあいけんのです」

まさに、今の日本もやらねばならない基本なこと

 

原爆資料館に浜井市長の銅像があるのは気づきませんでした(銅像があることは知ってました)

「広島の父」と言われた浜井信三さん

浜井氏が復興に尽力を尽くし、立ち直った今、日本自身はどこに行こうとしているのか?

浜井氏がいらっしゃったら、今の日本をどのように思っただろうか?

今一度、本「よみがえった都市 復興の軌跡 原爆市長 浜井信三」を読んでみたい

(去年の記事を引用しました)

放射性物資による人体への影響

何度でも、同じ記事を繰り返します

 

これは15年前の記事です↓

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被爆者のDNA、傷つきやすい=修復作用、通常より多く確認-長崎大 (時事通信より)

原爆による放射線の影響によって、被爆者は通常の生活をしていても、皮ふの細胞のDNAに傷が入りやすいことが分かった

長崎大大学院医歯薬学総合研究科の中島正洋准教授の研究グループが6月22日までに突き止めた

論文は米がん学会の専門誌「キャンサー」電子版に掲載された

研究グループが、被爆者の皮膚がん周辺の細胞を調査したところ、がん化しておらず、一見正常に見える細胞でも、DNA損傷の修復作用が通常より多く見られることが確認された

特に、爆心地から1.5キロ以内の近距離被爆者では、その反応が顕著に現れた

被爆者は、長い年月がたった後でもがんになりやすいことが分かっているが、放射線ががんを引き起こす仕組みはまだ不明な点が多い

中島准教授は「DNAが傷つきやすければ、それだけ修復の回数も多くなる。細胞ががん化する可能性も高くなるだろう」と話している 

[時事通信社][ 2009年6月22日]

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この記事が出たときは、そうだろうなと思いました

放射性物資による人体への影響はまだまだ不明な事が多いと言うのが現状なのだと思います

その後の研究はどこまで進んでいるのでしょう?

私の父は原爆の直爆を避けることはできましたが、原爆投下の翌日朝早く広島入りをしています

いわゆる二次被爆です

37歳に胃ガンで亡くなっているのですが、原爆(放射性物質)の影響がどの程度あったのかわかりません

そして、父の遺伝子(DNA)を継ぐ自分も、どの程度、その影響(遺伝)を受けいるかわかりません

広島・長崎の被爆者の長期調査では、被爆した親から生まれた子どもの健康状態は、被爆していない親から生まれた子どもと変わらなかったとはなっています

つまり、「遺伝への影響は無い」ということです

でも、本当だろうか?

(最近、広島大学の研究グループが、白血病を発症した広島原爆の被爆2世のうち、父親が被爆し、戦後早い時期に生まれた人ほど、発症の危険性が高いとする研究結果をまとめています。これは遺伝でしょうか?また、自分の子供に障害を持った子供が生まれています。これはその影響かどうかはわかりません)

DNA研究は最近始まったばかりなので、その詳しい回答が出るのはまだまだ先でしょう

それは自分が生存しているときには出ないかもしれません

わからないままに、放射性物質を使用する核兵器はそのままになり、代替エネルギーへの変換が進まないままで、原発もそのままになり、喉元過ぎたころに再稼働に拍車がかかるようで恐ろしいです

放射性物質は、少なくとも人体に対して、長い年月、人類の世代を越えて、影響のあるものであることは間違いないでしょう(宇宙から降り注ぐ宇宙線だって、人体に影響があるのですから)

福島第一原発事故で、微弱ではありますが、放射性物質が洩れました

その影響調査のために福島県民の追跡調査も行われました

(これは福島県民だけでよいのでしょうか?)

体についた傷は治るかもしれません、でも、DNAについた傷はどうなるのでしょうか?

そして、本当に世代を越えてその傷が残ってしまう可能性は無いのでしょうか?

核兵器や原発に使用している放射性物質ですが、取り扱いを間違わなければといつも心配します

絶対に間違わないと言う保証はありません

核兵器を使用しなくても、その保存が絶対とは言えません

現にアメリカなどの核兵器の製造工場の放射性物質は、土地が汚染され、その除染が不可能であるためにそのまま放置されています

何度も言いますが、福島第一原発の事故により、放射性物質は洩れました

さらに、原発の再稼働が進めば、使用済み核燃料もドンドン溜まってきます

その処置ができない有様なのに…(フィンランドに続き、スウェーデンも放射性廃棄物の最終処分場建設について具体的な行動を起こしていますね)

原発の安全性を高めるために、ベント(排気)のフィルターを義務付けるようにしています

それだけでいいのでしょうか?

まごまごしていると耐用年数を過ぎた核兵器やその他原発から放射性物質が洩れだしてくるかもと心配するのは自分だけでしょうか?

(専門家は絶対そんなことは無いと言い張るでしょうが、絶対なんかあるのだろうか?)

「白血病:リスク、低線量被ばくでも増 欧米30万人調査(毎日新聞より、2015年7月)」

低線量の放射線を長期間にわたって浴びることで、白血病のリスクがごくわずかだが上昇するとの疫学調査結果を、国際がん研究機関(本部フランス)などのチームが英医学誌ランセット・ヘマトロジーに発表したようですね

欧米の原子力施設で働く30万人以上の被ばく線量と健康状態のデータを分析

低線量被ばくの健康影響を統計的に示した研究は少なく、東京電力福島第1原発などで働く作業員や、放射線機器を扱う医療従事者の健康管理に役立つ可能性があるようです

リスク上昇が非常に小さいため、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づいて政府などが定める被ばく線量限度の再検討は必要なさそうだが、ただ一定の線量を超えないと健康影響は出ないとする考え方は見直しを迫られそうです

結果は、被ばくがなくても白血病を発症する可能性を1とする「相対リスク」を考えた場合、1ミリシーベルトの被ばくごとに相対リスクが1000分の3程度上昇するという内容

100ミリシーベルト以下の低線量でもリスクはなくならないとしたそうです

「ただちに健康に影響はない」ではないではないか?

「1000分の3程度上昇」を少ないとみるか、多いとみるか?

でも、影響がないとは言えなくなった

自分の町は、1Fの事故後、15日に関東全域に放射性物質が拡散した後、放射線量が一時期高くなりました

当然、年間の積算放射線量が1ミリシーベルト以上(場合によっては倍)になっていました

街に申請して家の周りと家の中の放射線量を量ると、確かに高い

その後、町全体の除染は進みましたが、家は庭の草を刈ったぐらい

住宅地内の放射線量は減ったのだけど、家の線量は不明

線量が高いときはリスクが高かったということだろうか?

今となっては、もっとやり方はなかったかと後悔しています

(以前のの記事を引用しました)

原発建設案のいろいろ

13年前の記事をひつこく今年も…

 

「広島に原発建設案 1953年、米政権内で検討(朝日新聞より、2011年)」

 

被爆地広島に原子力発電所を造る案が1953年時点で、米政権内で浮上していたことが、朝日新聞が入手した米公文書からわかったと言う記事でした

当時のアイゼンハワー米大統領は「(原爆投下への)罪悪感を示すことになる」という理由で反対したようです

広島に原発を造る案はビキニ事件(水爆実験)が起きた54年以降に米国で相次いだようですが、それ以前に政権内で検討されたことが明らかになっていたと言うのが驚きです

(アメリカは、ビキニの一件より、アジアでの反米状況を抑えるために、原子力の平和利用と言うことで、この後、原子力博覧会を日本で開いて、印象を好転しましたよね)

この件は、この記事が出る前に自分は知っていました

森瀧市郎著「核絶対否定への歩み」(渓水社より)の中の一文に書かれてあったからです

始め読んだ時は、「うそだろう」と思いましたが、1960年代に佐藤内閣で核武装の検討が極秘になされていたことを考えると、ありえないことでは無いと納得してしまいました

(この案も、アメリカに反対されました)

さらに

「東京に原発を!幻の報告書を独占入手! (FLASHより、 2011年6月)」

と言うことも検討されていたのには驚きました

"オフィスビルの地下室に超小型原子炉を設置"、"原子力を利用した水の浄化"、"ハウス栽培農業にも小型の原子力を"…

2000年9月、石原都知事の発言を受けた日本原子力産業会議が幹事となり、各専門家を集め、有識者懇談会をおこなった後、懇談会は「都市計画グループ」と「技術検討グループ」に分かれ、東京原発計画の検討会が複数回開かれたのです

まとめられた「大都市など需要地域における原子力利用可能性調査」と題された9枚綴りのその資料には、CO2排出や水不足などの問題を挙げたうえで、首都圏での原子力利用がいかに必要なものであるかが書かれていたようです

これが検討された前年には、東海村で日本の原子力産業で初めて死者を出したJCO臨界事故が起こったというのに…(原子炉での事故ではありませんが…)

結局この案も、原発の安全性の問題等あって、お蔵入りしたようです

つまり、安全性はこの頃から、はっきりしなかったということなのです!

原発は、政治と財界のおもちゃになり、暗黙のうちに話が進むものなのですね

もし、これらの案が実現されていたら、今の日本はどうなっていたのでしょうか?

考えるとちょっと恐ろしい感じがします

「知らぬは国民だけなり」、そして、「被害を受けるのは国民」か…

(以前の記事をそのまま引用しました)

「緒方貞子・戦争がおわらないこの世界で」

11年前(2013年)放映されたNHKスペシャル「緒方貞子・戦争がおわらないこの世界で」を見たときの手記

 

決断ありき

そこから出きることを探す

「小さな巨人」と呼ばれた決断力の裏には、太平洋戦争への怒りがあった

元国連難民弁務官・緒方貞子の人生を、ドラマとインタビューで描く

1991年に弁務官となった貞子(ドラマでは斉藤由貴)

直後、40万人のクルド人がイラクから命からがら逃げて国境地帯へ

前例ではイラク側にいるかぎり難民ではない

だが貞子は「守るのはルールではなく命」と決断する

曾祖父の犬養毅の死

そして直面した戦争…

戦後の学生時代、日本が戦争に突き進んだ理由をひたすら調べた貞子の結論は「トップの無責任」だった

ここまで一貫した生き方は難しい

でも誰かに頼り切りの人生は少し変えてみようと思う

(朝日新聞試写室より)

自分は、緒方貞子さんが11年前(2013年)放送されたNHKの大河ドラマ「八重の桜」の主演八重のようにハンサムウーマンだと思いました

「まず、決めてから、それからどうするかと決める」

貞子さんのお父様が言った言葉を実戦しているそうです

重大な決断は「かん」と言っている緒方さんだけど、その裏には、十分に聞き込んだ情報と自信があったのだと思ういます

十分な準備があるからこそ、「かん」が冴えるのでしょうね

今の日本には、緒方貞子さんや八重さんのようなハンサムウーマンが必要かもしれない…

今は、NHKの連続テレビ小説の「虎に翼」のモデルとなった日本初の女性弁護士でのちに裁判官になった三淵嘉子さんのようなハンサムウーマンが必要かな?

「ドゥ ユー ノウ サダコ?」

これも以前、記事したものをもう一度

 

「サダコ」と聞いて、今の日本人は誰を想像するでしょうか?

大半の人が、映画「リング」の山村貞子を想像するのでしょうか?

それは、若い人の答えで、年輩の人にとって、「サダコ」は、大女優の沢村貞子を想像するのでしょうね

でも、海外の人に「サダコ」と訪ねると、違う答えが返ってきます

そこで、それは、難民援助で尽力を尽くした緒方貞子さんではないかと思う人が多いかもしれません

しかし、海外の人は「佐々木貞子」と答える人が多いようです

たぶん、「佐々木貞子」と聞いて、その人物の詳細を答えられる日本人は少ないのではないでしょうか?

広島市出身の自分でさえも、その詳細を詳しく知ってはいませんでした

佐々木貞子さんは、2歳の時に、広島の原子爆弾で被爆しました

ただ、その後、その影響はまったくなく、元気に小学校時代を送りました

中学を目前に突然、白血病を発病

原爆病と診断され、闘病生活の中、回復を願って千羽鶴折り続けたのですが、千羽も折ることも無く天国に召されました

彼女は、広島平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルになった少女なのです

そんな、佐々木貞子さんについて、海外で知る人が多いと言うのです

また、海外で出版される本も多いと言います

「サダコ」とネットで検索すると佐々木貞子さんの事が数多く出てきます

平和ボケしてしまった日本人

外国の人々に「それでも被爆国の人なのですか?」と不思議に思われないように、今一度、佐々木貞子さんを知って、核の無い世界を考える必要があるかもしれませんね

「サダコ」

それは核の無い世界のパスワードだと言います

 

カールブルックナー著「サダコ」

 

守屋敦子著「ドゥ ユー ノウ サダコ?」

 

映画「カリーナの林檎~チェルノブイリの森~」

毎年書いている記事をもう一度

 

13年前(2011年)、11月に公開された映画「カリーナの林檎~チェルノブイリの森~」

1986年にソビエト連邦(現・ウクライナ)で起こったチェルノブイリ原子力発電所事故を題材にした映画でした

残念ながら、この映画も自分は映画館で見ることができませんでした

同作品は、放射能汚染の危険がある村からベラルーシに越してきた少女カリーナの目線で、チェルノブイリ事故その後を描いたファンタジーだそうです

カリーナは、入院中の母に次のように聞かされる

「チェルノブイリには悪魔の城があり、悪魔が毒をまき散らしているのだ」と

やがて自分も病に倒れたカリーナは、悪魔の悪事を止めるべく、一人、チェルノブイリの森へと向かう

ベラルーシの美しい景色がより一層、運命の残酷さを際立たせる切ない物語になっているそうです

この話を聞いて、自分は、2歳の時、原爆によって被爆し、その後何事もなく無く12歳になったとき、突然白血病が発症し、この世を去った佐々木貞子さんの話を思い出しました

何故、こんな罪もない子供達が犠牲になるのだろうか?

いろいろ問題があった後、関あきよし監督のもとで作られた作品ですが、作品そのものに罪はありません

原発事故以来、いろいろな原発作品が紹介・公開されましたが、これもまた、人々にいろいろなことを教えてくれる一つだと思います

また、放射性廃棄物を題材にした映画「100000年後の安全」はレンタルして見た後、youtubeで無料配信されてました

この放射能が人体に与える影響の真実を描いた映画「チェルノブイリ・ハート」もyoutubeで無料配信されないものだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次世代への継承

毎年、この時期に繰り返し記事にしているものを再度、書きます

 

15年前の日テレの23時からのNEWS ZEROで、知花くららさんが、祖父の沖縄戦の話を取材したコーナーを拝見したことがありました

彼女は沖縄出身ですが、祖父母から沖縄戦がどうであったか聞いた事がなかったと言います

戦争体験者の高齢化が進んでいる今、その事実を話す人が少なくなっています

戦争を知らない自分たちはその事実を受け継いで、子ども達に継承していかないとならないでしょう

(事実を伝えるために)

知らない事は恐ろしいことです

また間違った受け取り方をしても良いとは言えません

広島出身の自分でさえ十数年前までは、あまり考えてもいませんでした

でも、今は危機感を感じる事があります

そして、13年前のNHKの教育番組にて、小学生・中学生が、今後、戦争が起こり、また、彼らが巻き込まれる不安を抱いているレポートを書いているのを見て驚きました

また、沖縄戦で、祖父が戦って亡くなった子どもが、祖父の亡くなった場所に行って、思いを告げるシーンを見て、胸が詰まる感じがしました

戦後60年であった19年前も、女優の綾瀬はるかさんが、広島で祖母に初めて、被爆の現状をレポートして、その惨劇を知った事がありました

(これは、「ヒロシマ あの時、原爆投下は止められた」と言う本になって発売されています)

13年前は、モデルの相沢紗世さんが、自身被爆三世ということを告白し、NHKの原爆関係の特番に出演されていました

12年前も8月6日のNHK放送で吉永小百合さんほか多数の歌手が集まり、平和の祈りを込めたコンサートを行っていました

吉永さんは、このほか、広島・長崎さらには沖縄の惨劇に対する詩の朗読を行っていらっしゃいますね

この活動は、もう毎年行われる恒例のこととなってきました

少しでも、それが、広がって、戦争に対する拒否の意識を持ってもらうためです

長崎の高校生たちは世界への働きかけをおこなっているようです

「微力だけど無力じゃない」

いい言葉ではありませんか

隣町で毎年行われていた原爆の朗読劇

残念ながら、これは最近終わっていました

タレントさんの活動ではないですが、市民の有志の活動でした

国民の戦争に対する意識はどんどん薄くなっているのではないでしょうか?

戦争経験者の口は堅いです

トラウマになっているからだと思います

いまこそ、戦争体験者にその事実やその目、耳、体で感じた事を聞いて、手遅れにならないように、私たち戦争を知らない世代が継承して行かねばならないでしょうね

でも、国民全体にそれを意識させるのは、凡人である自分たちより、メディアに影響力がある吉永さんや知花さんなどのタレントさん達の力も必要だと思います

そして、ネットワークが発達した現代では若い人たちの力も可能性を秘めていると思います

以下で、被爆者・戦争体験者のインタビューを見ることができます

Hiroshima Archive|ヒロシマ・アーカイブ

http://hiroshima.mapping.jp/

Nagasaki Archive|ナガサキ・アーカイブ

http://nagasaki.mapping.jp/

The Peace Learning Archive in OKINAWA  沖縄平和学習アーカイブ

http://peacelearning.jp/

(2007年8月9日の手記を引用しました)

 

 

第2の白血病(MDS)

9年前(2015年)の記事をもう一度

 

11年前(2013年)に放映されたNHKスペシャル「終わりなき闘い」を見ての手記

 

広島長崎の被爆者たち「第2の白血病(MDS)」増加

謎に迫る医師の執念、原爆放射線の脅威が明らかに

「原子爆弾が私の中にいる」

そう言い残して亡くなった被爆者がいた

原爆投下から68年(2013年のこと)

今、「第2の白血病」が増えている

72歳の女性は広島の爆心地から2.5キロ地点で被爆した

今まで病気はない

だが、今年、白血球に異常が見つかった

発症した被爆者はみな「来るものが来た」と話す

一度は助かった命が何故、再びむしばまれるのか?

原爆の放射線は1千万の1ミリに満たない傷を染色体につけた

位置や程度により、発症時期が変わるのだと言う

そのメカニズムに震えた

番組では「核兵器は最悪の疫病」と治療法を探し続ける医師の姿も紹介する

時限爆弾のようだ

終わることのない地獄

その脅威がなくなる世界は、まだ見えない

(朝日新聞、2013年8月6日より)

 

原爆の発する放射線は、人の体を貫通し、人の細胞を傷つけ、そして、染色体(DNA)をも傷つける

普通の傷なら、時間が経てば治るかもしれない

でも、細胞の傷、そして、DNAの傷はそうではない

時限爆弾のように、ある日突然病気のスイッチが入って、発症する

DNAの傷とはそんなにやっかいなものなのか?

人は、体の中の異常を自分で修復する機能を太古の昔から持っているはずなのに…

DNAの傷までは治すことはできない

DNAは体の設計図だから?

設計図が傷ついたら修復は不可能なのか?

放射線がDNAを傷つけるということは、それほど恐ろしいことだということだろうか?

(実際、宇宙から飛来する宇宙線によってもDNAは傷つけられているはず)

現在、医学では放射能による障害は遺伝しないと言っている

でも、被爆者が68年も経って、白血病を発症させるぐらいDNAの傷はデリケートなら、「遺伝はない」とも言い切れないように感じてしまう

時間が経てば経つほど、放射線による人体の影響の恐ろしさがわかってくる

福島第1原発の作業員の積算放射量の管理のずさんさが問題になっている

もしかしたら、かれらに時限爆弾が仕掛けられたかもしれない

かれら全てのDNA調査は行っておく必要があるのではないか?(いやそんな途方もないことは不可能か?)

甲状腺がんの恐れがある子供達

DNA調査は行われたのだろうか?

時限爆弾のスイッチが入ってからでは遅いように思える

そして、原発事故により放射線にされされた関東一円

たとえ放射線量が低い状態であっても、みんなDNAに傷はないだろうか?

自分の息子が口蓋裂(障害)を持って生まれたその時は、その原因がわからりませんでした

DNAの傷が遺伝するなら、考えられる原因の一つだろう

なぜなら、自分は被爆二世だから

(広島に住んでいるとき、口唇口蓋裂の子供達は周りにたしかにいた)

この番組を見て、改めて放射線への人体の影響が心配になった

これが現実

毎年思うこと

8月6日

広島に原爆が落とされた日

それを意識した人は?

どれぐらいいたでしょう

みんな身近に起こらねば関心はないのでしょうね

さらに、79年たてば、ニュースで式典が放送されたり、報道されても、スル―になる

これが風化というのです

たぶん、8月9日も、8月15日も、さらにお盆さえもそうなるのでしょうね

祖先たちを敬わない現代日本人たち

(特に男性)

これでいいのでしょうか?

心配になります

いいのだろうか?これで…

日本人男性の平和に対する意識改革を行わないと日本の将来が危ないように感じてしまう

八月九日のサンタクロース

8月9日は、長崎に原爆が落とされた日です(8月9日11時2分)

広島の8月6日は知っていても長崎の8月9日は知らない人がいるのではないでしょうか?

そんな方に読んでもらいたい本を、今年もまた紹介します

 

八月九日のサンタクロース 長崎原爆と被爆者  西岡由香著

出版:凱風社   発行日:2010年2月

ISBN:978-4-7736-3403-7  価格:1365円(税込)(当時)

この本は、現在の長崎を舞台に、転校してきた女子中学生が、原爆について何も知らないまま新聞部員として被爆者の取材をするうちに、被爆者の思いに触れていくお話です

物語に加えて長崎原爆について、丁寧な説明文がつけられており、一見漫画の本には見えない装丁で、ナガサキの入門書としておススメです

 

 

また、広島では、漫画家こうの史代さんが「夕凪の街 桜の国」で被爆した家族の戦後から現在につづく物語を漫画に描いています

これは、映画にもなっていますね

これ以外にも、テレビドラマとして放送された作品の原作漫画「この世界の片隅に」も高く評価されています(映画化もされました)

 

 この世界の片隅に 上・中・下(3巻)  こうの史代著

 出版:双葉社   発行日:2008年2月-2009年4月

 ISBN:978-4-575-94146-3(上) 978-4-575-94179-1(中)  

 978-4-575-94223-1(下)   価格:各680円(税込)(当時)

 戦前の呉が舞台で、広島から呉にとついだ女性が主人公です。

広島の様子も描かれています。

 

 

 

 

 

「夕凪の街 桜の国」とあわせて読むことで、戦前・戦後の広島をつないでみてはいかがでしょうか?

(広島平和記念資料館メールマガジンより抜粋しました)

 

 

(以前の記事を引用しました)