原発建設案のいろいろ
13年前の記事をひつこく今年も…
「広島に原発建設案 1953年、米政権内で検討(朝日新聞より、2011年)」
被爆地広島に原子力発電所を造る案が1953年時点で、米政権内で浮上していたことが、朝日新聞が入手した米公文書からわかったと言う記事でした
当時のアイゼンハワー米大統領は「(原爆投下への)罪悪感を示すことになる」という理由で反対したようです
広島に原発を造る案はビキニ事件(水爆実験)が起きた54年以降に米国で相次いだようですが、それ以前に政権内で検討されたことが明らかになっていたと言うのが驚きです
(アメリカは、ビキニの一件より、アジアでの反米状況を抑えるために、原子力の平和利用と言うことで、この後、原子力博覧会を日本で開いて、印象を好転しましたよね)
この件は、この記事が出る前に自分は知っていました
森瀧市郎著「核絶対否定への歩み」(渓水社より)の中の一文に書かれてあったからです
始め読んだ時は、「うそだろう」と思いましたが、1960年代に佐藤内閣で核武装の検討が極秘になされていたことを考えると、ありえないことでは無いと納得してしまいました
(この案も、アメリカに反対されました)
さらに
「東京に原発を!幻の報告書を独占入手! (FLASHより、 2011年6月)」
と言うことも検討されていたのには驚きました
"オフィスビルの地下室に超小型原子炉を設置"、"原子力を利用した水の浄化"、"ハウス栽培農業にも小型の原子力を"…
2000年9月、石原都知事の発言を受けた日本原子力産業会議が幹事となり、各専門家を集め、有識者懇談会をおこなった後、懇談会は「都市計画グループ」と「技術検討グループ」に分かれ、東京原発計画の検討会が複数回開かれたのです
まとめられた「大都市など需要地域における原子力利用可能性調査」と題された9枚綴りのその資料には、CO2排出や水不足などの問題を挙げたうえで、首都圏での原子力利用がいかに必要なものであるかが書かれていたようです
これが検討された前年には、東海村で日本の原子力産業で初めて死者を出したJCO臨界事故が起こったというのに…(原子炉での事故ではありませんが…)
結局この案も、原発の安全性の問題等あって、お蔵入りしたようです
つまり、安全性はこの頃から、はっきりしなかったということなのです!
原発は、政治と財界のおもちゃになり、暗黙のうちに話が進むものなのですね
もし、これらの案が実現されていたら、今の日本はどうなっていたのでしょうか?
考えるとちょっと恐ろしい感じがします
「知らぬは国民だけなり」、そして、「被害を受けるのは国民」か…
(以前の記事をそのまま引用しました)