モーリス・センダックの『かいじゅうたちのいるところ』(冨山房/1975年初版)の絵本をご存じの方は、大勢いらっしゃると思います。
現在刊行されている冨山房版の前、ウェザヒル出版から1966年に『いるいる おばけが すんでいる』という題名で出版されていました。(ウェザヒルのアメリカ新絵本シリーズ)
翻訳・編集委員と監修委員(三島由紀夫氏も名を連ねる)は各5名。チームを組んでの翻訳本です。
付録の解説本Mother's Bookに、あらすじ・原文と和訳・親のための原文研究・原作者について・書評・翻訳にあたって・編集座談会「アメリカ絵本について語る」などが載っています。
日本の文化に合わせるかのように、七五調に意訳していて、当時は"意訳し過ぎの翻訳"として、児童文学界で批判を浴びていたようです。
お店を営んでいるとき、お母さんが絵本を選んでいるのを待っている子どもたちに、このウェザヒル版を読んであげました。
七五調がリズミカルで、耳心地が良いせいか、帰る頃にはすっかり覚えてしまい、
♪ざんぶりこっこが いっしゅうかん
ざんぶりこっこが いちねんかん
おふねは やっと つきました
おばけの くにに つきました♪
と、子どもたちは大きな声で暗唱しながら、楽しそうに"WILD THING "な感じで、踊りながら帰って行きました。
意訳ではありますが、"別物"として楽しむには、日本的な語感がたいへん面白い訳なのです。
当時は原文から飛躍し過ぎた意訳、異なる訳?として批判されるのはごもっともなのですが、現代の子どもたちにはウケていました。
保育園や幼稚園の若い先生たちも面白がりました。
「絵本は貴重過ぎて借りられないので、全文書き写して欲しい」と言われ、
何人にも頼まれ、その度に何回書いたことか……。
今回、全文書いてみました。
皆さまは七五調の意訳を、どう思われるでしょう。
ストーリーと絵を覚えている方は、文章だけでも、場面を思い浮かべることができると思います。
『WHERE THE WILD THINGS ARE 』
1963年初版
『かいじゅうたちのいるところ』
モーリス・センダック作 神宮輝夫 訳
冨山房(1975年初版)
それでは、
『いるいる おばけが すんでいる』の
はじまり、はじまりー。
あたりが くらく なりました
マックスぼうやの せかいです
「こんやは なにを しようかな
おおかみごっこを してみよう」
「さぁどうだ!
おおかみ ぼうやの マックスだ!」
「まぁ こわい!」
おかあさんが ふるえます
びっくりぎょうてん ふるえます
「たべちゃうぞ!」
ぼうやが あまり さわぐので
とうとう ぼうやは ねどこべや
「ばんごはんも あげません!」
ぼうやは ひとりで おこります
おへやで ぷんぷん おこります
ぼうやの おへやが かわります
どんどん どんどん かわります
もりの きまでが はえました
そのきが どんどん そだちます
ぼうやの おへやは もりのなか
つるくさ するする のびだして
おへやは どこにも なくなった
とうとう おへやが なくなった
こんどは うみが ざんぶりこ
ぼうやも おふねで ざんぶりこ
あさから ばんまで ざんぶりこ
どこかの くにまで はしります
ざんぶりこっこが いっしゅうかん
ざんぶりこっこが いちねんかん
おふねは やっと つきました
おばけの くにに つきました
いるいる おばけが すんでいる
おばけが ぼうやに ほえました
きばを がちがち させながら
おそろしい こえで ほえました
おおきな めだまで にらみます
ぼうやを じっと にらみます
するどい つめが ひかります
ぼうやの まえで ひかります
「だまれ!うるさい おばけども!」
ぼうやは まほうを つかいます
ぼうやの まほうを つかいます
おばけは しずかに なりました
しょんぼり しずかに なりました
ぼうやの めだまで にらみます
おばけの めだまを にらみます
「ちいさな すごい かいぶつだ!」
おばけの ほうが ふるえます
「すごい おばけが やってきた!」
おばけの ほうが いいました
ぼうやは えらく なりました
おばけは みんな けらいです
マックスおうの けらいです
「こんやは みんなで ひとさわぎ
おばけさわぎを はじめよう」
マックスおうが いいました
おばけの けらいに いいました
「やめろ! うるさい! たくさんだ!」
おばけが ぼうやに しかられた
さわぎ すぎて しかられた
ばんごはんも もらえずに
おばけは しずかに なりました
しずかに しずかに なりました
ぼうやは さびしく なりました
だんだん さびしく なりました
だれかが こいしく なりました
どこかで なにかが においます
とおくで かすかに においます
ばんごはんの においです
おいしそうな においです
「かえっちゃ いやだよ マックスおう!」
「いっしょに いてよ マックスおう!」
「かえって いくなら たべちゃうぞ!」
おばけが みんなで どなります
ぼうやに みんなで どなります
おそろしい きばが ひかります
おそろしい つめが のびてます
おそろしい めだまで にらみます
それでも ぼうやは かえります
マックスごうで かえります
ぼうやの おふねは ざんぶりこ
あさから ばんまで ざんぶりこ
ざんぶりこっこが いっしゅうかん
ざんぶりこっこが いちねんかん
おふねは やっと つきました
とうとう おへやに つきました
あのひの よると おなじとき
ぼうやの おへやに つきました
おいしい においが してました
おへやに いっぱい してました
ばんごはんが ありました
ぼうやの おへやに ありました
ゆげが でたまま ありました
あたたかいまま ありました
もし、手元に『かいじゅうたちのいるところ』の絵本がありましたら、どうぞ、比べてみてください。