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土曜日は、朝からいい天気だったのでちゃちゃっと家事を
済ませ、家からすぐの川べりを朝から歩いてみた。
桜の1番花を絶対見つけてやるんだ!と息巻いていたのに
あろうことか、1番どころかぽつぽつとあちこち桜は既に開花していて
500番花を見たという所。くーっ!悔しい。
ずっと続いている桜並木の淡い薄紅色のトンネルを1時間ばっかし走って&歩いた。
いい汗をかいた後、図書館へ行って、本を3冊ばかり借りた。
吉本ばなな「ハゴロモ」
内館牧子「食べるのが好き 飲むのも好き 料理は嫌い」(すごい題だよなー)
ナショナルジオグラフィック 3月号
この日はお昼近くに歩いたけれど、この桜並木が一番美しいのは明け方。
日の出前のひんやりとした空気の中で眠っているように見える桜達が
太陽が少しずつ顔を出し、徐々に光の量が増していく中で、花びらの薄紅色が
少しずつ濃くなって一斉に目覚めていくこの時間が最も美しいと思う。(人も少ないし)
しんと静まりかえった中、一人で歩いていると心が落ち着き、いつも以上に
五感が研ぎ澄まされる。
この冴え渡る感覚が大好きなので、少々の早起きもこの時ばかりはつらくないし、
桜が近くにあってよかったなと心から思う。
後、花の時期以外でも新緑、秋の紅葉、冬の葉が1枚もなく裸になった桜並木も
それぞれ違う趣があって美しい。
この桜並木のおかげで、花見のために出かけるって事はまず
やらないのだけれど、印象に残っている数少ない花見がある。
去年の春、友人と一緒に高校時代の恩師を訪ねた。
先生は定年退職後、居を大阪から奈良の榛原へ移され
悠悠自適の生活をされている。
友人の車にお弁当を積みこみ、先生ご夫婦と一緒に春うららかな
奈良の大宇陀地方をぐるぐると巡った。
その途中の小高い丘の上に1本の大きなしだれ桜が
見る人もいない中、満開の花をつけているのを発見。
私達はシートやら毛氈をひいて、醍醐の花見ならぬ
大宇陀の花見を心ゆくまで楽しんだ。
綺麗だったなぁ・・・ほんと。
さわさわと風がなって、静かに桜の花びらがはらはらと散っていくのを
みんなぼんやりと幸せな気持ちで眺めてたっけ。
みんなどうしてるのかな、いい機会だから連絡をとってみようっと。
本日のお茶: お薄(棚が旅箪笥に変わり、釣釜になったため)
旅箪笥の扉の開け閉めが難しい・・・
本日のお菓子: 仙太郎特製 桜餅(小さいけど、甘さがちょうどでおいしかった)
本日のお花: 土佐ミズキ、カーネーション(淡いレッドオレンジでふちが赤紫で大きい)
ヘリオス(だったかな?)傾ける形
土佐みずきは細い枝に萌黄色とレモン色の釣鐘型の小さな花を
枝いっぱいにつけてるので、難しい・・・・
評価 進歩はしつつある、なんとも造形的。75点
木曜の夜、図書館で借りた吉本ばななの
「なんくるない」を読み終えた。
3月は期末でてんてこまいだった事、中旬に韓国へ旅行した事
そしてその直前にばたばたと4月からの大学の入学手続きの準備をした事・・・
ほんと目が回るぐらい忙しかった。
それに加え、何かと弱気になりがちな心を奮いたたせるべく
読む本が自己啓発系の「どんどんいってまえ」型のアグレッシブな
本を多く読んでいた。
何だか気持ちがあっちこっちちょっととんがりすぎて、いびつになっていた。
肩に入った力をぬきたいな、と思っていた時に出会ったのが
「なんくるない」だった。
吉本ばななさんが、沖縄に旅行、取材し観光客の立場から書いた本。
彼女の本はどうしてこんなに表現が豊かなんだろう。
人の心の移り変わり、景色の描写がプリズムのようにきらめいている。
心のひだに沿って丁寧にすくいとられていつような、時々そのやさしい
言葉の海でたゆたうような、文字1つ1つに力があって読むのが
本当に楽しいし、すっと心に響いてくる。
この本は沖縄の不思議な力が働いているようで、ばななさんの感性が
いつも以上に鋭く研ぎ澄まされている。
話のストーリーはどれもが肩の力を抜きなさい、人生をそんなに追い詰めないで
人生って思っているより「なんくるない」んだよと語っている。
沖縄には2度行ったことがある。
どこまでも続くさんご礁、白い砂浜、透き通る青い青い海。
そしてさんさんと降り注ぐ太陽。
この本を読んですぐにでも飛んでいきたくなった。
ずっと会社にいて、PCや電話や人に囲まれてなんだか息苦しい。
海と空との自然にどっぷりと身も心も浸ってゆるゆると融けていけたらなぁ・・・
身体がもっと自然を!って悲鳴をあげている。
Ausで御世話になったガイドさんが沖縄へ移住した。
何というタイミング!これは偶然?それとも必然?
どちらにしろ、沖縄が間違いなくおいでおいでと私に手招きしている
そんな気がするな!
日曜日、かねてから行きたかった「ドレスデン国立美術館展」へ朝から出かける。
場所は安藤忠雄が建築に携わった兵庫県立美術館。
今回の美術展はドイツ東部の中心都市であるドレスデンが
16世紀のザクセン公国の首都であって以来東西の文明の交差点に
位置する一都市がいかにして各国の文化を映し出す世界の鏡と
なり得たかを知るというのがテーマ。
ザクセン公国の宮廷内に設けられた美術収集室の天文学や
測量の道具から始まり、対峙していたオスマン帝国の影響を受けた
武器、衣服、そして近隣のイタリアのベネチア絵画、フランスの
宮廷文化、東アジアの磁器、オランダ絵画など
ドレスデン地方が時代の流れの中で影響を受けた名品の数々が
一堂に揃えられていた。
美術品を通して16世紀からの歴史の流れをわかりやすく感じられる
有意義な満足度の高い美術展だった。
印象に残ったのは、ティツィアーノの「白いドレスの女性の肖像」
とフリードリッヒの「月を眺める2人の男」
そしてフェルメールの「窓辺で手紙を読む若い女」
自分が好感触を持った作品というのは、不思議なもので
遠く離れていても、作品から良さというかいい波動のようなものが
じわじわと感じられる。
そしてその「気」のようなものに吸い寄せられた作品は
まず間違い無く自分のお気に入りの作品となる。
お昼は芦屋へ移動し、ビゴの店でデジュネを頂く。
フランスのおふくろ料理に、おいしいビゴのパンが食べ放題。
帰りに山のように、パンを買い気分はアシャレーヌ。
芦屋には、道を歩いていると到る所でスィーツのお店に
ぶつかる。
もう買えないのに、と言いながら焼きたてのさくさくの木の実や
ブルーベリーのパイを買って食べ歩き。
やっぱり、芦屋。パイや焼き菓子がほっぺが落ちるぐらい
さくさくと香ばしく、ほんのり甘くておいしかった。
重いお腹を引きずりながら、芦屋の山手にあるヨドコウの
迎賓館へ向かう。
途中からは、思わず目を背けたくなるような急な坂にでくわす。
ほうほうの体で坂を登ると、そこにはかの有名な
フランクロイド・ライトが設計したヨドコウ迎賓館がそびえたっていた。
中では、ヨドコウの建築主である灘の酒造家が娘の誕生を祝って
京都の有名な名匠と言われた人形師に製作を依頼したお雛様が
飾られていた。
お雛様も勿論素晴らしかったけれど、何よりもわくわくしたのは
あのフランクロイド・ライトが設計に関わった建物を実際の自分の目で
見て歩き回れた事だった。
日本では東京の帝国ホテル、自由が丘学園などでその名を残している。
彼の設計した家は、大谷石と木がふんだんに使われていた。
石と木の家。
迎賓館は、滝の上に建っている事で有名なカウフマン邸、
ライトのオフィスでもあったタリアセンに共通する雰囲気を残しながらも
どこか親しみの感じられる、落ち着いた家だった。
身体を酷使した甲斐があり、4階のベランダから見下ろす
芦屋市街と大阪湾の眺めは最高!
今週のお茶:お濃茶
今週の御菓子:京都 「仙太郎」特製 さくら
(じょうよ饅頭の生地に小石を思わせる小豆が埋め込まれ
その上に桜の花びらの塩漬けがのっておる。ほどよい甘さ)
今週のお花:べラドンナ・薔薇・ゴットセイ 並ぶ形
べラドンナと聞いてどきっとしたけど、淡い菫色と水色を
かけあわせた春らしいお花。黄色の薔薇と緑と水色の対比
を見ていると「春の夜の夢」を思わせる。
我ながらいけるの上達したなー。85点。
朝から部屋の大掃除をした後、お昼まで時間があったので
習字の昇段試験が近くなって、きーっとなってる母を刺激しないように
こっそり図書館へと向かった。
今朝は寒かったけれど、お昼近くになるにつれぽかぽか陽気になり
川べりの木蓮の蕾ははちきれんばかりに膨らんでいて、
ぽん!と音立てて花が咲きそう・・・
桜の枝も茶色の蕾がすこぉし膨らんでいる。
今権勢を誇っている花は、椿。
梅が終わって、桜が咲くまでの2週間ばかりに一斉に花開く。
私の家の小さな庭でも、7、8種類の違った椿が
こぼれんばかりに咲き乱れている。
「曙」(これはもう咲き終わった)「腰蓑」「窓の雪」「黒椿」「西王母」「明石潟」「ト伴」「カメリア」「岩根絞」
「カメリア」(名前忘れたけどシャネルのカメリアそっくりの真っ白な椿)などなど。
昔は、何で家には椿やら何やら野に咲く花ばっかりで
薔薇とかチューリップがないのだろうと子供心に不満だったけれど、
この年になってようやく野に咲く花の美しさに気付いた。
確かに薔薇や百合といった花が持つゴージャスさはない、
どちらかと言えば地味。
でも何ていうか地に足がついている、すがすがしい、可憐
何時間見ていても飽きない、安心感がある。
素朴だけれど、時々どきっとする線の美しさ、たおやかさを見せてくれる。
私に野の花がいかに美しいのかを初めて気付かせてくれたのがこの本↓

著者: 白洲 正子
タイトル: 花
そう言えば、初めて手に取ってぱらぱらめくっている時に
思わず手を止めて見入ったのがクリスマスローズの花の写真。
別名 節分草ともいう。この花も庭で只今満開。
図書館で1時間ばかりうろついて借りた本
・芸術新潮 2005年1月号 「フィレンツェの秘密」
・「なんくるない」 吉本ばなな
・「ぼくの伯父さんさんの休暇」 ジャン・クロード・カリエール
・「大人の友情」 河合準雄
・「愛という字」向田邦子
こうして見ると、なんか全然脈絡がない。
習字の昇段試験が近くなって、きーっとなってる母を刺激しないように
こっそり図書館へと向かった。
今朝は寒かったけれど、お昼近くになるにつれぽかぽか陽気になり
川べりの木蓮の蕾ははちきれんばかりに膨らんでいて、
ぽん!と音立てて花が咲きそう・・・
桜の枝も茶色の蕾がすこぉし膨らんでいる。
今権勢を誇っている花は、椿。
梅が終わって、桜が咲くまでの2週間ばかりに一斉に花開く。
私の家の小さな庭でも、7、8種類の違った椿が
こぼれんばかりに咲き乱れている。
「曙」(これはもう咲き終わった)「腰蓑」「窓の雪」「黒椿」「西王母」「明石潟」「ト伴」「カメリア」「岩根絞」
「カメリア」(名前忘れたけどシャネルのカメリアそっくりの真っ白な椿)などなど。
昔は、何で家には椿やら何やら野に咲く花ばっかりで
薔薇とかチューリップがないのだろうと子供心に不満だったけれど、
この年になってようやく野に咲く花の美しさに気付いた。
確かに薔薇や百合といった花が持つゴージャスさはない、
どちらかと言えば地味。
でも何ていうか地に足がついている、すがすがしい、可憐
何時間見ていても飽きない、安心感がある。
素朴だけれど、時々どきっとする線の美しさ、たおやかさを見せてくれる。
私に野の花がいかに美しいのかを初めて気付かせてくれたのがこの本↓

著者: 白洲 正子
タイトル: 花
そう言えば、初めて手に取ってぱらぱらめくっている時に
思わず手を止めて見入ったのがクリスマスローズの花の写真。
別名 節分草ともいう。この花も庭で只今満開。
図書館で1時間ばかりうろついて借りた本
・芸術新潮 2005年1月号 「フィレンツェの秘密」
・「なんくるない」 吉本ばなな
・「ぼくの伯父さんさんの休暇」 ジャン・クロード・カリエール
・「大人の友情」 河合準雄
・「愛という字」向田邦子
こうして見ると、なんか全然脈絡がない。
3月はライオンのようにやってきて立ち去るという
諺があるけれど、今日は文字通りライオンが到来して
大暴れしている一日だ。
あんなに午前中天気がよかったのに・・・
まもなく背を見せて去って行こうとする3月と入れ替わりに
昨日新潟から弟が帰ってきて、我が家は別の意味で大荒れ中。
それまでもGWやお正月には帰ってきていたけれど
今回は3年間新潟での酒造りの修行を終えてのご帰還。
来週末には再び広島へ半年の修行へ出かけるが
今年の末には7年間の一人暮しを終えて戻って来る。
弟は高校に入学すると同時に将来酒造りに携わりたいと
希望し、大学もその道へと直結する所を選んだ。
その目標へ向かってずんずん進んでいく姿は、
未だに将来どうなりたいのか、まだはっきり定まっていない
私には眩しく映り、そして同時に羨ましく思う。
慣れない地方での一人暮しは本当に大変だったのだろう、
彼は本当にたくましくなった。(頭の中身はどうだかね、マッタク)
小さい頃はお互い顔を合わせるやいなや、闘鶏場の鶏
のようにすぐ丁丁発止の火花飛び散る喧嘩をしていた。
でも今はお互い譲り合うって事を覚えたし、兄弟と言えども
それぞれ違う世界に身を置いているのでむやみに干渉もしなくなった。
それどころか、「どう思う?」、「どうすればいい?」って何かと頼られるようになった。
姉としては年上の冥利につきると思うけれど、あぁ私達の間にも幾星霜が流れたんだなぁ
と思わずにはいられなかった。
昔あまりにも私達がよく喧嘩をするので、その当時一緒に住んでいた従姉が
誕生日に「花咲き山のものがたり」という絵本を贈ってくれた。
本の詳しい内容はよく覚えていないけれど、一緒に添えられていたメッセージの
一文は今でも覚えている。
「○○ちゃんも、花咲き山に出てくる綾(主人公の少女)のように
弟を思いやるやさしい素直な心の持ち主になってね」という内容だった。
今なら少しは従姉の気持ちに応える事が出来るけれど
当時は本当にワガママではねっかえりだったので
ぷーっとふくれっつらをしていたっけ。
けれど、人にやさしくする、人を思いやるという事の私にとっての1番最初の
対象(サンドバックというべきか)がまぎれもなく弟だった。
身を張って教えてくれた私の幼い記憶の中の最初の人が弟だった。
白状してしまうが、今まで人に優しく自分ではしているつもりだったけれど
実はそうでもなかったらしい。(認めたくないけど)
けれどここ数年の間、仲間と呼べる友達に巡りあえてようやく人への優しさ、
思いやりということの本質がわかった。
もちろんこの仲間以外にも永年の親友、そして何よりも私を育ててくれた両親から
も両手で抱えきれないぐらいたくさんの事例を身をもって教えてもらった。
弟よ、長い道のりだったけれどようやくあなたのお姉さんはここまで
成長できたよ。
綾にほんの少しずつだけれど、近づけたよ。
これからも改めてよろしく、そして半年間がんばって修行して
くるんやで!

著者: 斎藤 隆介, 滝平 二郎
タイトル: 花咲き山ものがたり
諺があるけれど、今日は文字通りライオンが到来して
大暴れしている一日だ。
あんなに午前中天気がよかったのに・・・
まもなく背を見せて去って行こうとする3月と入れ替わりに
昨日新潟から弟が帰ってきて、我が家は別の意味で大荒れ中。
それまでもGWやお正月には帰ってきていたけれど
今回は3年間新潟での酒造りの修行を終えてのご帰還。
来週末には再び広島へ半年の修行へ出かけるが
今年の末には7年間の一人暮しを終えて戻って来る。
弟は高校に入学すると同時に将来酒造りに携わりたいと
希望し、大学もその道へと直結する所を選んだ。
その目標へ向かってずんずん進んでいく姿は、
未だに将来どうなりたいのか、まだはっきり定まっていない
私には眩しく映り、そして同時に羨ましく思う。
慣れない地方での一人暮しは本当に大変だったのだろう、
彼は本当にたくましくなった。(頭の中身はどうだかね、マッタク)
小さい頃はお互い顔を合わせるやいなや、闘鶏場の鶏
のようにすぐ丁丁発止の火花飛び散る喧嘩をしていた。
でも今はお互い譲り合うって事を覚えたし、兄弟と言えども
それぞれ違う世界に身を置いているのでむやみに干渉もしなくなった。
それどころか、「どう思う?」、「どうすればいい?」って何かと頼られるようになった。
姉としては年上の冥利につきると思うけれど、あぁ私達の間にも幾星霜が流れたんだなぁ
と思わずにはいられなかった。
昔あまりにも私達がよく喧嘩をするので、その当時一緒に住んでいた従姉が
誕生日に「花咲き山のものがたり」という絵本を贈ってくれた。
本の詳しい内容はよく覚えていないけれど、一緒に添えられていたメッセージの
一文は今でも覚えている。
「○○ちゃんも、花咲き山に出てくる綾(主人公の少女)のように
弟を思いやるやさしい素直な心の持ち主になってね」という内容だった。
今なら少しは従姉の気持ちに応える事が出来るけれど
当時は本当にワガママではねっかえりだったので
ぷーっとふくれっつらをしていたっけ。
けれど、人にやさしくする、人を思いやるという事の私にとっての1番最初の
対象(サンドバックというべきか)がまぎれもなく弟だった。
身を張って教えてくれた私の幼い記憶の中の最初の人が弟だった。
白状してしまうが、今まで人に優しく自分ではしているつもりだったけれど
実はそうでもなかったらしい。(認めたくないけど)
けれどここ数年の間、仲間と呼べる友達に巡りあえてようやく人への優しさ、
思いやりということの本質がわかった。
もちろんこの仲間以外にも永年の親友、そして何よりも私を育ててくれた両親から
も両手で抱えきれないぐらいたくさんの事例を身をもって教えてもらった。
弟よ、長い道のりだったけれどようやくあなたのお姉さんはここまで
成長できたよ。
綾にほんの少しずつだけれど、近づけたよ。
これからも改めてよろしく、そして半年間がんばって修行して
くるんやで!

著者: 斎藤 隆介, 滝平 二郎
タイトル: 花咲き山ものがたり
金曜日から3泊4日の釜山グルメ&行き当たりばったり
旅にいってきました。
大阪から飛行機で2時間。
徐々に高度を下げる機体の窓から初めて釜山の街を
見た時、「うわぁ・・・」と思わず絶句。
過去に訪れたことのあるどの街よりもぐしゃぐしゃとしており、
本当に来たかったんだっけ?と自問自答していた。
入国審査を終え、空港の外に出るとそこはありとあらゆる
色彩のハングルの洪水。その大きな渦にのみこまれそうな気がした。
そして独特の、もやっとしたキムチやニンニクのあのかぐわしい(?)
芳香で満ちていた。
私は大阪に住んでいるけど、かの有名な鶴橋、玉造、桃谷にまたがる
Korean Townに一度たりとも足を踏み入れた事がない。
あの強烈な匂いで、電車から外に出るだけでノックアウトされ
倒れそうになる。
ただ不思議なもので、釜山に数日も居れば、この匂いもさほど
気にならなくなった。
毎回楽しみだった食事、ひたすら歩き回った市場や、観光スポット
ほぼ毎日のように受けていたエステ、マッサージそして圧巻だった
巨大温泉ランド。
たった4日間の釜山滞在で旅行者が感じられる街の魅力はしれている。
けれど私が一番心に残ったのは、釜山で生きる人々の眼差しの強さ、
タフさ、そして懐の深さ。
毎日を生きぬくという気合の入った眼差しの強さ、多少の事ではへこたれ
そうにないタフさは港で働くおじちゃん、おばちゃん、そして
PIFF広場の屋台で働くおばちゃんたち中年世代から感じた。
そして一見こわそうだけれど、話しはじめるとものすごく親身になり
まるで我が事のように相談にのってくれた宿のおばちゃんや尋ねたお店の人達の
懐の広さ。
今やあまりにも清潔で画一的になってしまった日本の都市
ではほとんど残っていないであろうたくましさを肌で感じた。
風光明媚な景色に出会ったわけでもない、美しいものを見たわけでもない。
私にとってはこれまでと全く違う切り口の旅だったけれど
釜山の人達の強い眼差し、タフさ、懐の広さを思う存分味わえた旅だった。
旅にいってきました。
大阪から飛行機で2時間。
徐々に高度を下げる機体の窓から初めて釜山の街を
見た時、「うわぁ・・・」と思わず絶句。
過去に訪れたことのあるどの街よりもぐしゃぐしゃとしており、
本当に来たかったんだっけ?と自問自答していた。
入国審査を終え、空港の外に出るとそこはありとあらゆる
色彩のハングルの洪水。その大きな渦にのみこまれそうな気がした。
そして独特の、もやっとしたキムチやニンニクのあのかぐわしい(?)
芳香で満ちていた。
私は大阪に住んでいるけど、かの有名な鶴橋、玉造、桃谷にまたがる
Korean Townに一度たりとも足を踏み入れた事がない。
あの強烈な匂いで、電車から外に出るだけでノックアウトされ
倒れそうになる。
ただ不思議なもので、釜山に数日も居れば、この匂いもさほど
気にならなくなった。
毎回楽しみだった食事、ひたすら歩き回った市場や、観光スポット
ほぼ毎日のように受けていたエステ、マッサージそして圧巻だった
巨大温泉ランド。
たった4日間の釜山滞在で旅行者が感じられる街の魅力はしれている。
けれど私が一番心に残ったのは、釜山で生きる人々の眼差しの強さ、
タフさ、そして懐の深さ。
毎日を生きぬくという気合の入った眼差しの強さ、多少の事ではへこたれ
そうにないタフさは港で働くおじちゃん、おばちゃん、そして
PIFF広場の屋台で働くおばちゃんたち中年世代から感じた。
そして一見こわそうだけれど、話しはじめるとものすごく親身になり
まるで我が事のように相談にのってくれた宿のおばちゃんや尋ねたお店の人達の
懐の広さ。
今やあまりにも清潔で画一的になってしまった日本の都市
ではほとんど残っていないであろうたくましさを肌で感じた。
風光明媚な景色に出会ったわけでもない、美しいものを見たわけでもない。
私にとってはこれまでと全く違う切り口の旅だったけれど
釜山の人達の強い眼差し、タフさ、懐の広さを思う存分味わえた旅だった。
しとしと雨の降る今朝、銀行、郵便局へ行ってきました。
午前9時30分入学願書を速達で送りました。
銀行で1年間の授業料を引き出した時、さすがに
お札の重みで手が震えた。
今まで直接お金に触れることなく振込をしていたから
お札が重いなんて、あまり実感した事なかった。
終わった時はこれから起こる事への期待と不安で
胸がいっぱいになったけど、不思議と落ちついている自分がいた。
不安も大きかったけど、先のほうに少しだけ姿を見せ始めた
道への希望と期待そして静かな闘志、情熱がふつふつと沸いてくるのを
感じた。
両親へは今朝4月から大学の通信教育に入学する事を話した。
社会人になって大学へ再び通うという話はTVなどのマスメディアで
取り上げられているので、知ってはいたけれどまさか自分の娘が
同じ事をするなんて夢にも思わなかったらしい。
しかも入学する先が芸術大学と聞いて、椅子をひっくり返しそうになってた。
(画家になりたいんじゃありませんよ、念のために)
結果、やるならとことんやりなさい、その代わり自分で責任は取る事と
念押しされた。
今回私は何回も応募するのをやめようとした。
専攻する分野は社会において実用性がなく、それでいて時間も取られ、高い授業料を
3年間(最低で)は支払わないといけない。
それでもやってやると押しきった理由は、今年投げ出したとしたら
来年の今と同じ時期きっと後悔すると確信しているから。
去年から考えに考えぬいて、芸術(美術)こそ一番好きな事の1つだと確信しているから。
実は去年の3月も入学をしようかどうか迷って、事を先送りした。
その結果、「何で申し込まなかったのか」と何度も去年悔やんだ。
もう二度と同じ轍は踏みたくないと思った。
例え実用性があろうとなかろうと、長い人生から見たら
たった3年間。そして恐らく、人生の中で自由でいられるわずかな時期。
失敗してもいい、やれるだけやってみよう!と思って一歩踏み始めた。
私の周りでもこの春から新たな第一歩を踏み始めた友達がいる。
彼、彼女達も時に悩み、自問自答したことだろう。
同じ時期により豊かな実り多い人生を求めて、新たな道を歩み始めた友人達へ
私は心からエールを送りたい。
いつも励ましてくれて有難う。
そしてお互いがんばろう!
よりよい人生のために、より深みのある人生のために。
午前9時30分入学願書を速達で送りました。
銀行で1年間の授業料を引き出した時、さすがに
お札の重みで手が震えた。
今まで直接お金に触れることなく振込をしていたから
お札が重いなんて、あまり実感した事なかった。
終わった時はこれから起こる事への期待と不安で
胸がいっぱいになったけど、不思議と落ちついている自分がいた。
不安も大きかったけど、先のほうに少しだけ姿を見せ始めた
道への希望と期待そして静かな闘志、情熱がふつふつと沸いてくるのを
感じた。
両親へは今朝4月から大学の通信教育に入学する事を話した。
社会人になって大学へ再び通うという話はTVなどのマスメディアで
取り上げられているので、知ってはいたけれどまさか自分の娘が
同じ事をするなんて夢にも思わなかったらしい。
しかも入学する先が芸術大学と聞いて、椅子をひっくり返しそうになってた。
(画家になりたいんじゃありませんよ、念のために)
結果、やるならとことんやりなさい、その代わり自分で責任は取る事と
念押しされた。
今回私は何回も応募するのをやめようとした。
専攻する分野は社会において実用性がなく、それでいて時間も取られ、高い授業料を
3年間(最低で)は支払わないといけない。
それでもやってやると押しきった理由は、今年投げ出したとしたら
来年の今と同じ時期きっと後悔すると確信しているから。
去年から考えに考えぬいて、芸術(美術)こそ一番好きな事の1つだと確信しているから。
実は去年の3月も入学をしようかどうか迷って、事を先送りした。
その結果、「何で申し込まなかったのか」と何度も去年悔やんだ。
もう二度と同じ轍は踏みたくないと思った。
例え実用性があろうとなかろうと、長い人生から見たら
たった3年間。そして恐らく、人生の中で自由でいられるわずかな時期。
失敗してもいい、やれるだけやってみよう!と思って一歩踏み始めた。
私の周りでもこの春から新たな第一歩を踏み始めた友達がいる。
彼、彼女達も時に悩み、自問自答したことだろう。
同じ時期により豊かな実り多い人生を求めて、新たな道を歩み始めた友人達へ
私は心からエールを送りたい。
いつも励ましてくれて有難う。
そしてお互いがんばろう!
よりよい人生のために、より深みのある人生のために。