なにか
沢山の大変な思いの後それは大きいことも小さい事も(おこっている事にはこころの気付きを促す事柄がふくまれていると言われていますけれど)何かをきっかけに目のまえの景色が変わったと感じるくらい状況が好転していく機会があった時こういう時は「気づき」が胸の奥に届きやすいですよね。でも「たまたまだよね」ととらえてしまうと響かない事もありますけれど。(*´▽`*)たとえばしんどい事が続く時なんかしんどいし、もうやだなととらえてたちどまるか「この事から自分は今ここからなにを学ぼうとしてるんかな」とこころでしっかりつかんで色んな意味で前へすすむ転機にするときめるという二つの道で未来が随分かわっていくような気がします。そして物事をとらえる見方も変わっていく気がします。後者の場合は物事の受け取り方をいつのまにかせばめてしまっている考えを柔軟にしてつらいだけじゃない、かならず訪れているはずのふとやすらぎをもらう瞬間がささいな当たり前の事じゃなかった事に気づいたりひとりじゃない「今あること」に感謝出来たりずっと広い枠組みを知ったりそれは誰か特別な人が、ではなくて一人ひとりが大地におりたち本当はうちに持つ同じ光をお互いが感じ、(一進一退しながらでも)それを輝かせ広げていこうとする存在であるという事。(その事を胸の奥の奥にしまいこんだままいつのまにか忘れてしまっている方もいらっしゃいますけれど)色んな立ち位置から、物を見ているから一見価値観や考え方の違いから合い入れない事柄や状況を感じる事もあるけれどとても大切な「現れだけにとらわれない視点」をいくんでいく事も出来るような気がします。なにかにゆれている所からふとゆっくりぬけて俯瞰する目線を持つ事もとても大事なんだなとそんな事を考えていました。ちょうど一年前に書いたブログです。もしお時間ございましたらのぞいてみたください。( *´艸`)『月』心が傷ついたら笑う事だって忘れてしまうだけど「笑い方」なんてきっといらないただ心がぽわっとあったかくなったらそれで大丈夫なんか…ameblo.jp皆様どうぞ元気に一日をお過ごし下さい。(*^-^*)