ニュースです:1850年5月23日ロンドン市長によるライへの公式訪問が行われました
手元にあるイラストレイテッド・ロンドン・ニュース、1850年6月1日号の1頁。
今日はその記事をご紹介いたしましょう。
メインタイトルは・・・
「STATE VISIT OF THE LOAD MAYOR OF LONDON TO RYE」
「ロンドン市長によるライへの公式訪問」です。
ライ/Ryeとは、イングランド南東部、イーストサセックス州にある町。
13世紀後半から16世紀頃まで港町として栄えていましたが、川からの沈泥によりいつの間にか海岸から遠くなってしまい、港町ではなくなってしまったライ。この街には古くからフランスからの侵攻を防ぐ要所として城や砦が建設されており、現在でも残っているライ城のイプラタワー/Ypres Tower(13-14世紀造)がシンボルとして有名です。
この記事はそんなライの街にロンドン市長が公式訪問を行った、ということが詳細に記載されています。
「On Thursday week(the 23rd ult.),the Load Mayor...」で始まる記事。
メインの挿絵はライのイプらタワーに沢山の旗がひらめき、多くの人々が集まる中を立派な馬車が門に入っていく様が描かれたもの。訪問日は「前月の23日/ult.は前の月、の意味)」つまり5月23日に訪問が行われたので、この挿絵は1週間もかからないで仕上げられたことになります!
記事にはロンドン市長が何時の列車で駅に着き、ライ市民にどんなに歓迎されたか、午後6時から始まった宴会で誰が隣に座ったか、等々詳細の描写が続きます。
また、こちらは今回の訪問の記念にライからロンドン市長に贈られた椅子。
椅子の説明文を原文と共にご紹介いたしましょう。
【原文】
In the course of the day,a handsomely-caved cahir,the work of an inhabitant of Rye,was presented to the Loar Mayor by the Corporation of Rye.The chair is caved from solid oak, and bears the arms of the City of London and Borough of Rye; underneath which is caved, in old English letters:-presented by the corporation of Rye to Thomas Farncomb, Esq,Load of Mayor of London May 23,1850
【訳】
その日のうちに、ライの住民の手による見事な彫刻がなされた椅子が、ライ議会よりロンドン市長に贈られた。
椅子は無垢のオーク材から削り出されたもので、シティ・オブ・ロンドン(ロンドン市)とバロー・オブ・ライ(ライ郡もしくは町)の紋章がのせられ、古英語で以下のように彫刻されていた。「1850年5月23日、ロンドン市長トーマス・ファーンクーム殿へライ議会から贈呈」
ライの記事の他には、こんな記事が散見されます。
・CALENDER FOR THE WEEK/今週のカレンダー
・TIMES OF HIGH WATER AT LONDON BRIDGE/ロンドンブリッジの満潮時刻
週間新聞らしい、生活に必要な情報ですね。
COURT AND HAUT TON / 宮廷とセレブ達(HAUT TONとはpeople of high fashonのこと)
・ヴィクトリア女王とプリンスアルバートが年若い王室メンバーと共にオズボーンハウスで静養中。
・マルコム夫人が素晴らしい宴会を火曜日に開催。
・ミント伯爵がスコットランドから街へ到着。
等々、王室はじめ上流階級のセレブ達の動向が事細かに紹介されています。
今から170年近く前、市井の人々が毎週楽しみにしていたであろう、挿絵新聞。
読むこむほどに、当時の風俗が鮮やかに浮かび上がってきます。
同時期に作られたと思われる見事なサロンチェアをご覧いただきながら、アーリーヴィクトリアンの人々の暮らしを想い描いてみてはいかがでしょうか。
http://pancada.net/item/chair/cat47/post_1395.html
by N
新しい元号の幕開けを、世紀を超えてきた新しい芸術と共に
明日から元号が変わる日。
昭和から平成に変わったときは、喪に服し、襟を正さなければならないという神妙な気持ちを、慌ただしさの中で感じていたように思います。
それに対してみれば、今回は「令和」という新しい時代を迎える、どこか華やいだ気持ちをお持ちの方も多いのではないでしょうか。
そんな節目の今日、パンカーダからは皆様に特別なアンティークをご紹介いたします。
新たなる芸術の幕開けを告げるアールヌーヴォ―キャビネット。
http://pancada.net/particular/cat77/post_1657.html
19世紀末に花開いたアールヌーヴォ―/新しい芸術。
英国のウィリアム・モリスらが提唱したアーツ&クラフツ運動に端を発し、大陸で大きく結実した耽美な芸術は、再び英国において新たなる解釈のもとに多くの芸術作品を生み出しました。
パンカーダ・ミュージアムにおいて、その詳細をご紹介しております。
ミュージアムはこちらからご覧ください。
新しい元号の幕開けを、世紀を超えてきた新しい芸術と共に。
皆様の新しい時代が素晴らしいものとなりますことを、心より祈っております。
by N
ヴィクトリア時代のリアルな風俗を今に伝える”イラストレイテッド・ロンドン・ニュース”
今日は皆様にヴィクトリア時代の新聞をご紹介いたしましょう。
イラストレイテッド・ロンドン・ニュース/The Illustrated London News。
英国で本格的な挿絵新聞として1843年に創刊された週刊新聞です。
発刊はヴィクトリアが女王になってから5年後。
The Illustrated London News 創刊号/1842年5月14日
当初は2万6千部、1863年には毎週約30万部を売り上げていたという大人気の新聞でした。
ネットはもちろん、テレビもラジオもない時代。
印刷物、特に新聞は世の中の出来事を知るためになくてはならないツールでした。

Victorian gentlemen's club 1884
ヴィクトリア時代初期の1840年代、ロンドンでは大小80近い新聞が発刊されていたといいます。
お値段はタイムズ紙が5ペンス、ガーディアン紙が7ペンスに対し、イラストレイテッド・ロンドン・ニュースは6ペンス。
ただ、どの新聞もコストと時間がかかる挿絵には重点が置かれておらず、たまに掲載される程度。
(新聞に写真が網目製版で載るのは1880年のNew York Daily Graphicが最初といわれています)
そんななか、イラストレイテッド・ロンドン・ニュースが16ページに32枚もの“さし絵”をのせて、週刊とはいえ他紙とほぼ同じ価格の6ペンスで売り出したことは非常に画期的なことでした。
当時の挿絵は木版画。
もちろん元絵を描き、それに合わせて職人が木を彫らなければなりません。
そして、「ニュース」とあるからには、ニュース記事に合わせた挿絵を素早く完成させる必要があったのです。
そのために、原版木に貼られた元絵を6から12程度に分割し、それぞれ別の職人が彫り、最後に組み合わせるという高度な技術が使われていました。
上流階級が集う舞踏会の様子。
ロンドン万博の水晶宮の堂々たる様子。
ヴィクトリア女王の宮殿舞踏会の華やかな様子。
写真すら新聞にのらない時代、世の中の人々は緻密に再現された挿絵にどれほど心を奪われたことでしょう。
Hide & Seek
by James Jacques Joseph Tissot/1877
さらなる発展を遂げていくヴィクトリア時代とともにあった、イラストレイテッド・ロンドン・ニュース。
パンカーダにあるその原本と共に、次回はその記事の内容をご紹介いたします。
どうぞお楽しみに。
by N
【参考】
イラストレイテッド・ロンドン・ニュース
ブリティッシュ・ライブラリーによるオンライン版
オフィシャルページ(英語版)
https://www.britishnewspaperarchive.co.uk/titles/illustrated-london-news
*ページの詳細を見るにはアカウントを登録する必要があります。
*3ページまでのトライアルは無料。それ以上は諸条件がございますので、どうかご自身でご確認下さい。
64年近くもあったヴィクトリア時代
一口に「ヴィクトリア時代」といっても、1837年6月から1901年1月まで、63年間と半年あまりもあります。
日本でも昭和元年と昭和64年の物価や風俗が異なるように、ヴィクトリア時代の英国でも大きな変化がありました。
例えば通信手段。
St Valentine's Day in The Illustrated London News 15 February 1868
1840年5月1日に世界初の切手(ブラックペニー)が発売され、郵便全盛の時代が到来。
その後は電報も普及し、英国の総電報利用数は1869年には650万通、1887年には5000万通、1902年には9300万通まで増加し、その後は電話の普及により減ることとなります。
アメリカでアレクサンダー・グラハム・ベルが電気式電話機の特許を取得したのが1876年。
その後、アメリカでは電話が急速に広がりますが、英国においては電話の普及は20世紀に入ってからといえます。
切手が出来る前から、電話の普及までのスパンがまるまるヴィクトリア時代だった、という言い方もできるでしょう。
そんな長いヴィクトリア時代は、便宜的に3つに分けて語られることが多くあります。
(*区切りの年代に関しては諸説ございます)
パンカーダのヴィクトリア時代のチェア・コレクションとともにご紹介いたします。
【アーリーヴィクトリアン】
戴冠から、女王の夫、アルバート公が亡くなった1861年まで。
1851年にロンドン万博で成功をおさめ、世界中に国力を示した時代。
アーリーヴィクトリアン カーヴドアームチェア
推定製造年代:1840年代
http://pancada.net/item/chair/cat48/post_1568.html
【ミッドヴィクトリアン】
1861年から1880年まで。
1863年には世界初の地下鉄が開通し、1877年にヴィクトリア女王がインド帝国皇帝となり、全インドを支配下に入れた時代。
ミッドヴィクトリアン カーヴド サロンチェア
推定製造年代:1870年代
http://pancada.net/item/chair/cat47/post_1617.html
【レイトヴィクトリアン】
1880年から女王が81歳で亡くなる1901年まで。
爛熟期を迎え、ウィリアム・モリスらのアーツアンドクラフツ運動他社会主義の台頭、労働者のデモなども頻発。
スエズ運河を囲む地域を占領し、エジプトを保護領にするもやがてアメリカとドイツ、さらにアジアにおける日本という新興勢力が現れ、英国の相対的な地位が低下。どこの国とも同盟を結ばない「栄光ある孤立/Splendid Isolation」がくずれ、1902年の日英同盟へと繋がっていく時代となります。
ヴィクトリアン カメオバック サロンチェア
推定製造年代:1890年代
http://pancada.net/item/chair/cat47/post_1629.html
大英帝国のもつ様々な側面が溢れ出る、ヴィクトリア時代の趨勢。
それぞれの時代の特色を踏まえつつ、その時代の家具を鑑賞するのもまた一興なのではないでしょうか。
by N
テレフォンシートとは
テレフォンシートとは、電話をかけるときに使用されていたベンチのこと。片側に電話を乗せる小さなテーブル(ときに抽斗も)がついたものや、マガジンラックがついたものもあります。
ゴシップベンチ/gossip benchとも呼ばれていました。ゴシップは「おしゃべり」という意味があるので、その名もうなずけます。
1876年に発明家グラハム・ベルが電話の特許を取得すると、電話は一躍世界の通信手段となりました。ただ、発明されてから実際に普及するまでには試行錯誤が繰り返され、発明国であるアメリカでさえ1930年代の普及率は30%程度でした。英国ではアメリカと同時期に導入されましたが、電話局は政府が管理し国益を優先したことで、一般家庭への普及はかなり遅かったといいます。
一般の家庭に導入された当初は、電話は壁に固定するもので、玄関や廊下の壁に取り付けられることが多く、そこに普通の椅子を用意して通話していました。
独立した電話器の仕様になっても、当時の電話は重く持ち運びもできないためテーブルが必要でした。椅子とテーブルをひとつにしたテレフォンシートは、利便性とデザイン性を考慮した自然な結果といえるのでしょう。
テレフォンシートは国や地域によって違いがあり、北欧などではスマートなスタイルが多くみられますが、英国ではやはり装飾的なデザインが好まれたようです。
パンカーダにはヴィクトリアンの趣を漂わせるテレフォンシートがございます。シェーズロングのように優美なシルエットは、まさしく英国様式。
優雅なフォルムのコンパクトなチェアは、玄関に置いても優雅な印象で訪れる人々を迎えてくれることでしょう。
http://pancada.net/item/sofa/post_1652.html
時代の流れを感じさせてくれる、美しく貴重なひとしなです。
by A
英国君主の複雑な歴史・その一片を愉しむ
今年はヴィクトリア女王生誕200周年。
そのせいでしょうか、英国王室に関する映画の公開が続いています。
「ヴィクトリア女王 最期の秘密(原題:Victoria & Abdul)」19世紀後半高齢となったヴィクトリア女王の話
「女王陛下のお気に入り(原題:The Favourite)」18世紀イングランド王室が舞台
そしてもっとも最近公開されたのが・・・
「ふたりの女王 メアリーとエリザベス(原題:Mary Queen of Scots)」です。
良く晴れた春の日、日比谷の映画館に出かけてきました。(映画と言えば日比谷です・・・古い人間なので)
結論から言えば、約2時間、あっというまに感じました。
美しい映像、起伏に富んだストーリーをもつ素晴らしい映画だったと思います。
主人公は原題のとおり、スコットランド女王メアリー。
portrait of Mary Queen of Scots, seated
作者不明
1542年にスコットランドで生まれたメアリーは、わずか生後6日でスコットランド女王に即位。その後フランスにわたり、16歳でフランス王妃に即位。夫のアンリ二世が亡くなり、子供もいなかったため18歳でスコットランドに帰国。
・・・ここから映画は始まります。
荒涼としたスコットランドの山、ふきすさぶ風、蝋燭揺れる暗い城内。
そのなかで毅然としたメアリーの美しさがとても際立ちます。
かなり時代が古いせいか、あまり家具はでてきませんが、城内にポツンとおかれた大きなレフェクトリテーブル(きっとオークでしょう)が印象的。脚のデザインは見たことがないものでした。
そばにまたポツンと置かれた、カーヴィングが施されたアームチェアなどは、今なおそのスタイルをパンカーダのアンティーク家具にもみることができます。
残念ながらエンターティンメント性が少ないためか、公開館は減少気味。
もし他の媒体で見る機会がございましたら、是非ご覧になってみてください。
英国の複雑に絡まった歴史の一片を、出来ればその歴史を受け継ぐ家具と共に、お愉しみください。
http://pancada.net/item/chair/cat48/post_1607.html
by N
ヴィクトリア女王生誕200年を祝う特別企画「ヴィクトリアン~大英帝国の爛熟~」
今から遡ること200年。
1819年5月24日、ロンドン・ケンジントン宮殿にて「アレクサンドリナ・ヴィクトリア/Alexandrina Victoria」は生まれました。
Princess (1819-1901), later Queen Victoria Signed & dated 1819
Watercolour on ivory
from Royal Trust Collection
1837年、わずか18歳で彼女がハノーヴァー朝第6代女王に即位してから、1901年81歳で亡くなるまで、大英帝国は「ヴィクトリア時代」という名のもと、稀代の発展を遂げることとなります。
Coronation of Queen Victoria in Westminster Abbey 28 June 1838
by Sir George Hayter
彼女の生誕200年となる本年、バッキンガム宮殿の夏季の特別公開では、ヴィクトリア女王の生誕200周年を記念したエキビジションも行われる予定。
参考:英国政府観光庁オンラインショップ
「バッキンガム宮殿チケット」のページにリンクします(日本語)
https://www.visitbritainshop.com/japan/buckingham-palace-tickets-2018/
そして、パンカーダでは、ヴィクトリア女王生誕200年を記念し、特別企画「ヴィクトリアン~大英帝国の爛熟~」を開催いたします。
ヴィクトリア時代の豆知識やオリジナルの新聞記事などをブログで特集。
もちろん店頭では、ヴィクトリア時代の英国アンティーク家具を存分にご覧いただく事ができます。
詫びた通好みのジョージアンや、すっきりとしたフォルムのエドワーディアン家具とはまた異なり、17世紀、18世紀のリバイバル、ロココにバロック、そしてシノワズリと、贅沢に美しさの粋を盛り込んだヴィクトリアンの家具は、世紀を超えて今なお愛され続けています。
大英帝国の繁栄と爛熟のエッセンスをしみ込ませた、オリジナルならではの迫力をもつ、ヴィクトリアンの逸品を是非ご体感ください。
なお、4月21日(日)のイースターまで、イースターフェスティバルも引き続き開催中。
イースターフェスティバルの詳細はこちらからご覧ください。
皆様のお越しを心よりお待ちしております。
by N
六郷用水の桜
パンカーダ田園調布から少しだけ多摩川寄りに行った場所を流れる六郷用水。
美しく整備されたちいさなせせらぎの周りには、あちこちに桜の木がみられます。
大田区が桜の名所として紹介しているほど。
今は五分から八分くらいの咲き具合。
暖かさにつられて、ゆっくり散歩をされている方々がたくさんいらっしゃいました。
途中には歴史ある真言宗のお寺、密蔵院があります。
境内にはソメイヨシノの巨木。
4月8日の花まつりにはピザがふるまわれるらしいです。
(ちょっと不思議な感じですが)
流れの途中には池が配され、見事な鯉がゆうゆうと泳いでおります。
歴史を感じさせる佇まいの庚申塚も。
住宅街のなかには、気の早い桜が既に散り頃。
河津桜でしょうか。
零れ落ちた花々が道路に見事な絵を描いていました。
思わずお店に少しだけお持ちかえり。
水を張ったガラスの器に浮かべて、ブラスギャラリー ジャルディニエールに乗せてみました。
今日だけのウェルカムフラワー。
・・・ご来店、お待ちしております。
ブラスギャラリー ジャルディニエール
http://pancada.net/newarrival/post_1639.html
by N
六郷用水の歴史については、以前にスタッフブログにてご紹介しております。
よろしければご覧ください。
https://ameblo.jp/pancada/entry-12130449085.html
サプライズテーブルとは
「サプライズテーブル/surprise table」とは、文字通り「驚きの」仕掛けがあるテーブルのこと。
The Toast (painted 1892), Talbot Hughes (1869–1942)
色々なタイプがありますが、仕掛けは大きくふたつにわかれます。
①天板が拡張するもの
天板が拡張するテーブルは沢山あります。
天板の左右から拡張板を引き出して広げる「ドローリーフテーブル」
クランク金物を取り付けて廻すと天板が割れてその合間に拡張天板をはめ込む「ウィンドアウトテーブル」
天板の左右がパタンと下に下がっていて、それぞれ上にあげて門のように脚を開いて支える「ゲートレッグテーブル」
ゲートレッグテーブルをよりエレガントに仕上げた「サザーランドテーブル」
ゲートレッグテーブルにフォルムが似ているけど天板の支え方が異なる「ドロップリーフテーブル」

左上は2段重ねのドロップリーフテーブル
1880年 Maple & Co 広告
・・・等々、あげればきりがありません。
そのなかでもサプライズテーブルは、開き方に仕掛けがあって、ちょっとアクロバティックな開き方をするものを呼ぶことが多いようです。
②天板を開くと中天板がせり上がってくるもの
これは天板の厚みが20-30cm程度あり、中に物を仕込んでおくことが可能なタイプ。
天板は観音開きになっていて、開くにつれ中天板がせりあがり、中にしまっていたものがドラマティックに登場する、という仕掛け。こちらの方がより「サプライズ」な感じがするような気がいたします。
パンカーダには、このタイプのサプライズテーブルが入荷しております。
http://pancada.net/item/table/cat45/maple_7.html
天板を開けば、中天板がせりあがってきて、セットされたグラスやワインなどが出現する「驚きの」仕掛け。
動く様子を是非動画でご確認下さい。
ゲストのおもてなしに最適の逸品。
英国アンティーク家具の奥深さを愉しめる、またとない機会を堪能してみてはいかがでしょうか。
有名キャビネットメーカー、メイプル社によるサプライズテーブルはこちらからご覧ください。
by N
パンカーダ・アンティークタイムズ 2019年3月号 発刊されました
パンカーダ・アンティークタイムズ 発刊されました。
今回はイースター・エッグの話題を中心に、新着の書棚付きブリタニカ百科事典全巻セットや、おもてなしのための仕掛け家具などをその歴史背景と共にご紹介。
いつもご好評をいただいているパズルも用意され、読み応えのある内容となっております。
アンティークタイムズは、今までパンカーダよりお買い物をしていただいたり、ご案内希望などでお名前をいただいた方に発送しております。
そのような方々には、順次にお手元に届いているかと思いますが、もし届かず、アンティークタイムズをご希望でしたら、恐れ入りますがその旨ご連絡ください。
アンティークタイムズはどなたにも無料でお送りしております。
ご希望の方は、メールもしくはお電話にて、お名前とお届け先を添えてお申し込みください。
メール
meguro-pancada@vivid.ocn.ne.jp
電話
03-5701-7380 (12-18時 水曜定休)
なお、こちらのアーカイヴでは、前号までの分をご覧いただく事ができます。
どうぞ覗いてみてください。
by N





















































