テレビ朝日「マツコ&有吉 かりそめ天国」にパンカーダが登場します
テレビ朝日にて毎週水曜日夜に放送されている「マツコ&有吉 かりそめ天国」ご存知ですか?
視聴者からのメールや様々な話題に、当代きってのコメンテーターであるマツコさんと有吉さんが、鋭いツッコミをいれていくバラエティ番組。実は私は毎週楽しみにしております・・・。
さて、そのなかで、アンガールズの山根さんがお買い物をする企画があります。
今までは「盆栽」「掛け軸」「ペルシャ絨毯」「アンティーク食器」などをお買い上げ。数店舗を巡り、悩みながら決めていく様が、なかなか興味深いのです。
そして、次回は「ステンドグラス」をお買い物!
エナメルステンドグラス
1900年代
http://pancada.net/item/stainedglass/50000/post_1177.html
・・・ということで、山根さんが巡る数店舗の中に、アンティーク・ステンドグラスを扱うパンカーダも加わることとなりました。
エナメルステンドグラス(Le semeur)
1890年代
http://pancada.net/item/stainedglass/50000/le_semeur.html
はたして、どんなステンドグラスが登場するのでしょうか。
そして、山根さんのお買い物の結末は!?
エナメル絵付けステンドグラス(部分)
サイト未掲載
どうぞお愉しみにご覧ください。
放送日:6月26日水曜日 23:35~
オフィシャルサイト
https://www.tv-asahi.co.jp/matsuari/
by N
*画像のステンドグラスはパンカーダで販売中のお品物です。番組に登場するステンドグラスとは限りません。
オーク:ヘラクレスの棍棒
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パンカーダ夏の特別企画「A midsummer night's dream/夏の夜の夢」
シェイクスピアの名作にちなみ、植物のもつ伝説や神話、そこにこめられた意味をご紹介しております。
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オークがもつ沢山の象徴的意味の中に、圧倒的な「力」があります。
ヴィクトリアン ジャコビアンスタイル カーヴド ホールスタンド
抽斗前板の彫刻
http://pancada.net/particular/cat71/19/cat130/post_1625.html
例えば古代ギリシア神話の英雄、ヘラクレス。
全能の神ゼウスとアルクメーネー(ペルセウスの孫)の子であり、半神半人の英雄です。
このヘラクレスがいつも持っている武器に「棍棒」があります。ネメアーの獅子やレルネーのヒュドラー(水蛇)を倒してきた、まさに彼を象徴するようなアイテム。太くたくましいこの棍棒(club)はオークの木でできているといわれています。

Hercules and the Hydra (ca. 1475) by Antonio del Pollaiuolo
ヘラクレスの英雄譚は多くありますが、その中のひとつをご紹介いたしましょう。
アトラス山を横断しなければならなかったヘラクレスは、近道をしようと考え、その象徴ともいえる棍棒で、山を破壊します。
山を真っ二つにし、下の大地もヘラクレスの怪力に耐え切れずに吹き飛びます。その結果、大西洋と地中海がジブラルタル海峡で繋がった・・・といわれています。以降、分かれた2つの山をひとまとめにして、ヘラクレスの柱と呼ぶようになります。
この大西洋から地中海に入るジブラルタル海峡に、門のようにそびえる岩山「ヘラクレスの柱」は、異なる地域に通じる門あるいはゲートとして、象徴的な言葉として使用されるようになっています。
例えば、プラトンによれば、失われた王国アトランティスはヘラクレスの柱の向こうにあったということです。

The title page of Sir Francis Bacon's Instauratio Magna, 1620.
また、ラテン語において「Quercus robur/クエルクス・ロブル」とは「ヨーロッパナラ」。
そして「Robur/ロブル」とは「強さ・力」を意味します。
オークサイドボード 扉
https://pancada-brisa.net/?pid=124086050
遥か過去から、力の象徴であったオーク。
家具に使われてもその意味は変わらず、さらに私たちの傍でなにかを支えてくれているようです。
貴方に力を添える、パンカーダのオーク・コレクション。
どうぞこちらからご覧ください。
Maple社 ジャコビアンスタイル サプライズテーブル
http://pancada.net/item/table/cat45/maple_7.html
by N
*神話およびその解釈には諸説ございますことをご了承ください。
パンカーダ夏の特別企画「夏の夜の夢/A Midsummer Night's Dream」
「夏の夜の夢/A Midsummer Night's Dream」。
内容は詳しくなくても、この響きをご存知の方は多いのではないでしょうか。
これは、ウィリアム・シェイクスピアにより1594-1596年頃に発表・上演された喜劇。
「Midsummer Night」とは「夏至」のこと。
The Quarrel of Oberon and Titania by Joseph Noel Paton 1849
(妖精王オーベロンと妖精の女王ターターニアのけんか)
アテネ近郊の森を舞台とし、人間と妖精が入り乱れるこの喜劇には、セリフに多くの植物が登場します。
例えば、パンジーの花の汁を目に塗られた妖精の女王タイターニアが、目覚めてロバ頭のボトムに言うセリフ。
「こんな風にヒルガオと美しいスイカズラとがやさしく絡み合い、このように蔦は、楡の木の荒々しい枝にまとわりつく。ああ、私はあなたを愛している。夢中になって愛している!」
まず、パンジーには恋薬の効能があるといわれてきました。
また、イングランドでは、男性を楡、女性を蔦にたとえる伝統的イメージがあり、そのなかでもスイカズラ/Honeysuckleは樹木にきつく絡みつき、その蜜と芳香で官能的なイメージを強く持っているため、堅く結ばれた不変の愛のシンボルとされています。

"Honeysuckle"by William Clarke Wontner/1857-1930
セリフひとつをとってみても、それぞれの植物に込められた意味が響き合い、知識があればそれだけ深く楽しめるような内容となっています。
ちなみに、アンティーク家具でお馴染みのオークも登場します。
6人の職人が芝居の稽古をするために、夜の森で待ち合わせる場所は「公爵のオーク。」
「The Duke's Oak」と表現された巨大なオークの木です。
「森の王」と呼ばれるオークは精霊が宿る神聖な樹木として特別な存在であり、ケルトのドルイドではオークの森は聖なる地とされていたといいます。
まさに象徴的な場所としてふさわしい貫禄をもつ木といえるでしょう。

The Duke's oak - A Midsummer-Night's Dream
by William Shakespeare, by Arthur Rackham 1908
草木をことのほか愛する英国文化。
偉大な詩人、ウィリアム・シェイクスピアが紡ぎだす言葉の魔術のベースには、幾世代もの間受け継がれてきた植物への深い想いが込められているようです。
The Chandos Portrait
of William Shakespeare
c.1600s
(作者不詳/もしくはJohn Taylor)
この夏、パンカーダでは、アンティーク家具に使われている木材やモチーフの草木について、持つ意味や伝説をより深く皆様にご紹介してゆきます。
妖精の世界と人間の世界が近づく、1年のうちで最も長い昼をもつ夏至の日。
雲の隙間から差し込む光の筋の中に
なかなか暮れない陽に照らされた長く伸びた蒼い木影に
どれだけの人が妖精の姿を感じたのでしょうか。
家具のもつ歴史と共に、材やモチーフにこめられた人々の想いをお届けいたします。
*記事は順次公開していきます。こちらからご覧ください。
by N
6月の蜜蜂の群れは銀のスプーン
マザーグース(ナーサリーライム)に、こんなものがあります。
A swarm in May is worth a load of hay;
a swarm in June is worth a silver spoon;
but a swarm in July is not worth a fly.
5月の蜜蜂の群は
干草いっぱいの価値がある
6月の蜜蜂の群は
銀のスプーンの価値がある
7月の蜜蜂の群は
ハエほどの価値もない
'Common humble bee', from The Naturalist's Library,
vol. 38 Entomology, edited by William Jardine
(Edinburgh, W.H. Lizars, 1840)
英国の田舎の女性達が歌った詩からきているものともいわれるこの詩。
蜜蜂が活躍するのは5月から6月、春から初夏にかけての花盛りに蜜を集めます。
蜂蜜を集める女性たちは、蜜蜂の群れをみて、甘い蜂蜜を作ってくれている蜂たちは大した価値がある、と歌っていたのでしょう。7月になり、蜜集めのピークを過ぎてしまえば、もう価値はない・・・と、かなり現実的な割り切り方となっているところが微笑ましく感じます。
さて、この詩で今回注目したいのは「銀のスプーン」。
干し草やハエなど現実的な例えに対し、この言葉だけは異質なように思えます。
「Born with a silver spoon in one’s mouth/銀のスプーンをくわえて生まれてきた」という言葉があるように、ヨーロッパにおいて銀のスプーンは特別なもの。
洗礼式のあとに親族からスプーンを贈る習慣があり、上流階級ではそれが銀のスプーンであることからうまれた言葉のようですが、はじめて食べ物を口にするときに銀のスプーンを用いると一生食べ物には困らないとも言われています。
Christening of Victoria, Princess Royal
BY Charles Robert Leslie 1841
from Royal Collection
こんなことから、「小さいけれどとても価値があるもの」ということを伝えるために、「銀のスプーン」という言葉が使われたのかもしれません。
パンカーダには、フランスから来た銀のスプーンがございます。
エレガントなデザインが美しいティースプーン。
プロヴァンスの街、アヴィニョンの紋章をもつスプーン。
小さいけれど、特別な、価値のあるもの。
6月に蜜蜂を見かけたら、ヨーロッパの言い伝えやマザーグースの詩と共に、銀のスプーンを思い出してみてください・・・。
*銀のスプーンはサイト未掲載です。詳細はお問い合わせください。
by N
スリッパと英国文化
素朴な疑問。
英国の人たちは、自宅で過ごすとき靴はどうしているのでしょう?
私の体験や人の話を統合してみると・・・。
清潔こだわり派:玄関マットのあたりで外出用の靴を脱ぎ、室内履きに履き替える
構わない派:特に履き替えず、ずっとそのまま過ごす。ソファやベッドに乗るのもあまり気にしない。
両極端を挙げてみました。
どちらの人たちも存在しており、この間で適当にやっているのが英国の屋内靴事情らしいようです。
ヨーロッパにおいても、似たような感じかと思われます。

Illustration for "Cinderella" by Gustave Dore1832-1883
ただ、どの人たちにも共通して言えるのは、ゲストが来た時に「絶対靴を脱ぐように!」とは言わないということ。
清潔こだわり派でも、親しくなってくれば脱ぐようにはお願いするのですが、親しくないうちはゲスト自ら言い出さない限り、室内履きに履き替えるようには、まず言いません。
そんな事情ではありますが、さて、基本的には玄関に「土間」「たたき」はなく、せいぜいマットが敷いてあるくらい。
そして玄関周りに下駄箱もありません。
外出用の靴はクローゼットの中に納めるか、玄関ホールなどが広い場合は収納家具をおいてそこに入れておくか・・・
私がお伺いしたことのあるロンドンのフラットでは、リビングダイニングのコーナーにある、オープンな棚に靴を並べているお宅もありました。
そして、室内履きである「スリッパ」も普通に存在しています。
この場合の「スリッパ」は、スリップ/滑らすようにするっと履ける、簡単な履物を表し、室内履きは概してするっと履けるものが多い為、スリッパ、と呼ぶことが多いのです。(日本のスリッパの形は、開国で西洋の人が靴のまま室内に入ろうとしたため、靴の上から履けるものを、ということで考案されたものが原型といわれています)
シャーロックホームズがペルシャスリッパを煙草の葉入れにしているのは有名な話。
(本来の使い方とは異なりますが)

Sherlock Holmes by Sidney Paget 1904
現代では、英国の庶民的な百貨店、M&S(マークス&スペンサー)でも、こんなスリッパを売っています。

Cable Knit Mule Slippers/ケーブルニット・ミュールスリッパ
こんなタイプも「スリッパ」といいます。

Suede Moccasin Slippers/スェードモカシン・スリッパ
このようなスリッパ(室内履き)を入れておく「スリッパボックス」も、古くからございます。
アンティークのものでは、木製や銅製のスリッパボックスをみることができます。
Copper Art Nouveau Box , Slipper Box C1880
パンカーダには、簡単に持ち運びできる小さめのオークのスリッパボックスが入荷しております。
http://pancada.net/item/cat54/post_1662.html
ただ、どれも「家具」というよりは、主役ではない「小家具」もしくは「雑貨」に近い扱いといえるでしょう。
ブレックファーストテーブルやブックケース、ディスプレイキャビネット等々、用途ごとに家具を造り出すのが得意な英国家具文化に、何故靴に関する家具が存在しないのか?
その答えは「紅茶にミルクをどのタイミングでいれるのか」という論争にも似て、とるに足らないようでありながら、風俗の根幹への問いかけのような気がします。
どうかご一緒に、悩んでみませんか?
by N
女王陛下のスケッチ・コレクション
18歳という若さで女王の座に就いたヴィクトリア女王は、どのような幼少期を送ってきたのでしょうか。
1819年にケンジントン宮殿で誕生したヴィクトリア女王は、洗礼式で「アレクサンドリナ・ヴィクトリア」と命名されました。ヴィクトリアが生まれたわずか8か月後に父ケント公エドワードが亡くなり、母であるケント公妃ヴィクトリアとともにケンジントン宮殿で生活していたヴィクトリアは、ドイツ人であるケント公妃から大切に、しかし厳しく育てられたといいます。
「暫定王位継承者」に認定されてからさらに教育は強化され、乗馬や音楽、絵画や舞踏なども身につけていきました。
そんな厳格な環境の幼少時代から、ヴィクトリアはスケッチを好んでいたといいます。
このスケッチはヴィクトリア直筆の自画像。1835年に描いたものなので、この時16歳ということになります。髪をカールさせ、前を見据えた印象的な表情をしています。
ヴィクトリアは女王になってからも絵を描き続けました。
こちらはヴィクトリア女王の第一子ヴィクトリアを描いたもの。ヴィッキーという愛称で呼ばれ、幼い頃から優れた知性と母親譲りの画の才能にも恵まれていたといいます。
後ろ姿ながら、なんとも愛くるしい一枚です。
The Prince of Wales with a parrot dated 1843 © The Royal Collection Trust
ロイヤルコレクション所蔵のこの絵は、後に王位を受け継ぐエドワード7世、長男アルバート・エドワードです。フリルの襟と金色のボタンがついた19世紀の子供用ドレスに身を包み、手にはボールが握られています。全体の淡い雰囲気に青い目とドレスのコントラストが美しい水彩画です。ちなみに、となりの鳥はヴィクトリア女王一家のペットのオウムとのこと。
こちらは愛犬Islay。動物の絵も多く残されています。
13歳の頃、ダッシュという名のキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルを譲り受けて以来、ヴィクトリア女王は大の愛犬家となりました。このスカイ・テリアのアイラを含め、10匹以上の犬のほか、ネコやポニー、オウムなど多くの動物が家族となっていました。ポメラニアンもお気に入りで、ヴィクトリア女王の犬好きは英国にペットブームを巻き起こしました。
そして最愛の夫アルバート公。
常に妻であるヴィクトリア女王の横にいたことを想像させる、横顔のアングルです。絵を描いているときは、女王の重責を忘れ、幸せを感じる大切な時間だったのではないでしょうか。
Queen Victoria, Prince Albert and their family by FX Winterhalter, painted in 1847 © The Royal Collection Trust
お気に入りのドイツ人画家フランツ・ヴィンターハルターが描くヴィクトリア家の肖像は家族に囲まれた幸せそうな姿です。
ヴィクトリア女王は家族の思い出を形に残せる絵が好きだったのでしょう。
パンカーダには、ヴィクトリア女王が築いた大英帝国の繁栄を象徴するようなサロンスイートがございます。
9点を完全に揃えた圧巻のセットは、家族や大切な人が集う場を優雅に満たします。ヴィクトリアンとサロンの歴史を受け継ぐ逸品を、どうぞご覧ください。
ヴィクトリアン ピアスドカーヴド サロンスィート9点セット
http://pancada.net/particular/cat77/_9_1.html
by A
Happy Birthday Queen Victoria
今日はヴィクトリア女王の誕生日。
ちょうど200年前、1819年5月24日午後4時15分頃にロンドンのケンジントン宮殿にて彼女は生をうけました。
1837年で王位につき、1901年に亡くなるまで、もちろん毎年のようにバースデーは祝われていたかと思いますが、彼女が大好きだったオズボーンハウスでのバースデーテーブルの様子を描いた絵をご紹介いたしましょう。
Queen Victoria's Birthday Table at Osborne in 1855.
from Royal Collection Trust
1855年、ヴィクトリア女王36歳の誕生日。
結婚して15年、既に8人の子に恵まれ、夫であるアルバートもまだ健在であった頃。
1853年から始まったクリミア戦争等、暗く厳しい面もありましたが、この年に1851年のロンドン万博に対抗したパリ万博がナポレオン三世の支持で開催され、ヴィクトリア女王は夫妻でパリを訪問しています。
3年後の1858年頃からアルバートは体調を崩し始めてしまいますので、女王にとっては、この頃が最も幸せだったのかもしれません。
中央の絵はおそらく女王と家族の肖像。
夫や親しい人たちからの贈り物が並べられているのでしょうか、手前にもたくさんの絵やセーブルと思われる陶器、そしてドレスをみることができます。
グリーンと花で飾られたコーナーはなんとも美しく優雅で、幸せが溢れ出てくるような可憐さです。

Queen Victoria's Sitting Room, by James Roberts 1855
同年に描かれた女王のシッティング・ルーム。
落ち着いたベージュ系のインテリア。手前の二人掛けの長椅子「カンバセーション・ソファ/conversation sofa」とよばれるもの。二人で座ったときに会話が自然とはずむように作られています。
女王とアルバート公が仲睦まじく座って会話する様が浮かんでくるようです。
彼女が生まれてから200年。
英国、日本、そして世界は大きく変わり、動き続けています。
具体的に今日で何が変わるわけではないけれど、節目のひとつとして過去を想ってみる。
そして、未来を考えてみる。
ヴィクトリア女王が生まれた頃に作られた、美しいニーホールデスクの見事な天板を撫でながら、ゆっくり考えるのもよいかもしれません。
ジョージアンニーホールデスク
1820年代マホガニー
http://pancada.net/item/desk/post_694.html
by N
1862年2月15日号-女王の離宮おそばの教会のご紹介、そして知識税廃止の功労を讃えて・・・。
今日はイラストレイテッド・ロンドン・ニュース、1862年2月15日号のご紹介です。
中心にある挿絵はWHIPPINGHAM CHURCH/ウィッピンガム・チャーチの挿絵。
ブリテン島南部にあるワイト島にあります。
ワイト島といえば、ヴィクトリア女王お気に入りのオズボーンハウスがあることで有名です。

Pictures in Colour of the Isle of Wight,Printed London Jarrold and Sons c. 1910
オズボーンハウスは1845-1851年ヴィクトリアと夫のアルバート公のために建てられました。設計はアルバート公自らによるものだったといいます。
オズボーン・ハウスはヴィクトリアの気に入りの離宮となり、毎夏の数か月をここで家族と過ごすことが恒例となっていました。
後にアルバート公亡きあと、オズボーン・ハウスは公務から離れ喪に服しているヴィクトリアが長く滞在する場所のひとつでもありました。
Group portrait of the Royal Family, posing outside Osborne House;
Queen Victoria seated, holding baby;
Prince Albert standing leaning on balcony to left;
the eight remaining children grouped around their parents;
statue in niche behind them; trellis to left, lawn to right. 1858
実は、この新聞が発刊された1862年2月は、アルバートが1861年12月に亡くなってからまだほんの数か月しかたっていません。
記事の書き出しを原文と共にご紹介いたしましょう。
【原文】
WHIPPINGHAM CHURCH, ISLE OF WIGHT.
Since the adoption of Osborn House as a marine residence by the Queen her Majesty has been accustomed to attend Divine service in the parish church of Whippingham, the nearest place of worship.
【訳文】
ワイト島 ウィッピンガム・チャーチ
女王陛下の夏の住居としてオズボーンハウスが選ばれたことから、一番近い礼拝場所としてウィッピンガム・チャーチの礼拝にいつも出席している。
この記事からも、ヴィクトリアはオズボーンハウスの近隣住民にとても親しみを感じていたことがわかります。
このウィッピンガム・チャーチはもともとは12世紀に由来をもつものでしたが、アルバート公の助言も踏まえ、大がかりな改修が行われた教会でした。1854年から1855年に初めの改修が行われ、残りは1861年から1862年に完成します。その改修後の様子を、記事は事細かに伝えて、最後はこのような文章で結ばれています。
【原文】
The pulpit, reading desk,pews,and other fittings are of oak.The expense of rebuilding the church was borne principally by the Queen and the late Prince Consort,but liberal contributions have been made by several ladies and gentlemen who take an interest in the work.
【訳文】
説教壇、リーディングデスク、信徒席、そして他の備品はオーク材。改修費用は主に女王と亡き王配(アルバート公)によるものだったが、この仕事に関心をもった多くの紳士淑女からも、沢山の寄付が集まった。
Queen Victoria and Prince Albert 1861
挿絵に描かれた、寄り添って教会へと歩いていく二人は、ひょっとしてヴィクトリアとアルバート公のイメージなのではないでしょうか。
夫妻ゆかりの教会を紹介することで、少しでも女王の嘆きに寄り添うような記事としたのかもしれません。
さて、もうひとつの挿絵。
豪華な3点セットのセンターピースには以下のキャプションがみられます。
【原文】
TESTIMONIALS PRESENTED TO THE RIGHT HON. THOMAS MILNER GIBSON,M.P., BY THE ASSOCIATION FOR THE ABOLITION TAXES ON KNOWLEDGE-SEE PAGE 170
【訳文】
知識税(印紙税)廃止協会から、トーマス・ミルナー・ギブソン殿へ功労賞としての贈り物-170ページ参照
TAXES ON KNOWLEDGE/知識税(印紙税)とは、英国で18世紀から施行されていた税の一種。
新聞や雑誌などの表現手法に強い制約を科したものでありましたが、1862年、政治家トーマス・ミルナー・ギブソン(1806-1884)がリーダーとなって廃止され、その後のジャーナリズムに大きく影響を与えました。
この立派なセンターピースはその功労を讃え、トーマス・ミルナー・ギブソンに贈られたもの。
物自体の豪華さも出色ですが、この挿絵の表現力もまた見事であり、版画としてフレームにいれて飾ってもおかしくないくらいの出来となっています。
1862年、ミッドヴィクトリアンの初頭。
繁栄を極めている大英帝国の庶民が読む新聞は、君主の喪に服する気持ちを分かち合うような記事から、ジャーナリズムの画期的トピックに合わせた記事まで幅広く、各方面に興味をもつことができる心の豊かさを感じられるものとなっています。
同時期に作られた美しい天板をもつテーブルと共に、お愉しみください。
by N
沼部で本場のイタリアン ダ マッサ/DA MASSA
パンカーダ田園調布のご近所に、小さいながらも評判のイタリアンレストランがあるとのこと。
早速おうかがいしてみました。
最寄りの駅は東急多摩川線沼部駅。
とっても小さい駅ですが、そこからは徒歩30秒。
可愛らしいファサードが目を惹きます。
ドア幅=店内の幅というコンパクトな店内。
ランチの平日限定ショートコースを試してみました。
前菜とサラダの盛り合わせ。
ポモドーロと自家製リコッタチーズのニョッキ。
そしてエスプレッソ。
(コーヒーや紅茶もあります)
・・・だいぶ、いえ、かなり美味しい・・・。
イタリアは大好きで、都市から田舎までかなり廻りましたが、このお店はイタリアの地方の街で「これはアタリ!」と喜んだレストランのような美味しさ。
飾り気のないぽってりしたオーバルのお皿もイタリアっぽい。
そしてきっとお店のテーブルはアンティーク。
なによりも、このクオリティでこのお値段は素晴らしいの一言です。
次はぜひ、ディナータイムにお邪魔したいと思いました。
パンカーダ田園調布からは約1km。
六郷用水の遊歩道をお散歩しながら行くことができます。
パンカーダ田園調布にいらした際に、脚を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
ダ マッサ/DA MASSA
東京都大田区田園調布本町28-5
TEL:03-6875-4582
12:00~14:30(ご入店13:30まで)
18:00~22:00(ご入店21:00まで)
席数が少ないので予約がおすすめです。
メニューなど詳細が変更になっている可能性がございます。
詳細は公式アカウント(フェイスブック)でご確認下さい。
https://www.facebook.com/https://www.facebook.com/DA-MASSA-891333214356344/
by N
Welcome to the world, baby boy !
5月6日、ハリー王子とメーガン妃の間に初めてのベビーが誕生しました!
Just Arrived New Baby Card, c.1911
産まれたプリンスの王位継承権は父親であるハリー王子についで7位。
これは女の子でも男の子でも変わりません。
英国においては2013年に改訂された王位継承法により、王位継承順位の決定にあたり、性別は優先されないこととなりました。
そのため、例えばウィリアム王子の第二子、シャーロット王女は弟ルイ王子が生まれても、順位は変わらなかったのです。
シャーロット王女は歴史上はじめて王位継承権が弟よりも高い王女にとなりました。
・・・そんな大人の事情はさておき、何よりも母子ともに健やかでいらっしゃることに、心からお祝いをさせていただきたいと思います。

First Born by Gustave Leonard de Jonghe 1863
メーガン妃もこの絵のように、ゆったり低めのナーシングチェアに腰掛け、フットスツールに脚を乗せながら、ベビーを膝に乗せていらっしゃるのかもしれません・・・。
今回生まれたプリンスのおばあさまの高祖母(ひいひいおばあさま)、ヴィクトリア女王の時代のナーシングチェアをご紹介しましょう。
http://pancada.net/item/chair/cat50/post_744.html
もう少し時代は新しいですが、90年ほど前のフットスツールもございます。
http://pancada.net/item/subcategory_a/post_1565.html
先行きの見えないEU離脱問題で、混迷を深めている英国ではありますが、この明るいニュースで多くの人々が前向きに進んでくれることを願っています。
by N














































