続・続・受かっても落ちても「価値」は変わらない。 | 「自分のままで“養護教諭”になる」YOUKYOUカフェ・柏木むつき

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【保存版】養護教諭シリーズ

 

今年もこの季節が始まっています。

そう、教員採用試験の夏。

 

以前からこんな記事を定期的に書いているのですが…

 

 

 

今日も短いけれど「続・続」を書きたいな、と思って。

 

 

今は一次選考の時期だから、

多くの人が主に筆記試験を受けている時期。

過去問を解いて一喜一憂したり

当日の試験後に自己採点して一喜一憂したり、

きっと色々な「気持ち」を感じていると思います。

 

私も1回で受かったわけではないから、

「手応え」に関してはある程度実体験として思うことがあります。

「受かった」と思った年には受からなくて(苦笑)、

「落ちた」と思った年に受かったから(笑)、

本当に何が起こるか分からないなって思う部分もある。

 

私は以前の記事に書いたように、

もしも1回で受かっていたら相当嫌なヤツになってたと思います。

きっともしも神さまがいるんだったら、

「目を覚ましなさい」というお告げだったんだと思います。苦笑

1回目で落ちた時に抱いた感情は、

決して「キレイ」なものではなかったから。

だからといって、それを感じたこと自体を「否定」するのではなくて、

そういう感情とも向き合わざるを得なかったから、

今の「私」もいるんだろうし。

今となっては落ちて良かったと心の底から思います

(絶対に今の私はいないだろうから)。

 

だから、たとえば

「こんなに勉強したのに悔しい」

と思えたことも、大事な経験だと思うし、

むしろそう思える自分の「今後」に期待していいと思います。

そりゃ「結果」が出た時には、

喜んだり落ち込んだりして当然だろうし、

それでも、

そういうのも丸ごとひっくるめて大事にしてほしいなって思うんです。

 

2年ぶりに続編を書いてみましたが、

やっぱり数年経っても、

「受かっても落ちてもあなたがあなたであることの「価値」は変わらないよ」

という言葉しか出てこないな。

全国の教員採用試験に臨まれている皆さん、おつかれさまです^^




 

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