フエフェスティバル開幕
今日からいよいよフエフェスティバル2008がはじまる。
開会式典は夜8時、王宮前の特設会場で開かれ、
私たちはその模様をテレビのライブ中継で観た。
司会者の挨拶の後、歌や踊りなど様々なパフォーマンスが行われた。
ベトナムはもちろん、韓国やフランスなど外国の人たちによるパフォーマンスもあり、
日本からも沖縄の舞踊が披露されていた。
華麗なパフォーマンスをテレビで観ているとあることに気付いた。
ショーの間、ところどころでスモークが焚かれるのだが、
その量が半端なく多いのである。
テレビで観ていると、まだ全体がわかるだけましだが、
生で観ている人はその間、おそらく煙で何も見えなかったはずだ。
スモークが焚かれるたびに、煙だらけになる舞台は
まるで火事でも起こっているかのようだった。(yo)
皇帝廟その後
ブルーな気持ちを引きづりつつもツアーは続く。
トゥドゥック帝廟を見終わった後、
ランチの時間になった。
ボートに着くとまだランチの準備中でしばらく時間がかかるとのこと。
川岸でしばらく待つことに。
「ここで待たされるのなら、もうちょっとゆっくりお墓を観たかったわ。」と
ニューヨーカーのおばちゃんはぼやいていた。同感である。
待つこと20分、用意された料理は、
ご飯に春雨、豆腐と野菜の炒め物の三品と簡素なものだった。
瞬く間になくなっていく。
でもニャチャンの時みたいに大量に余るよりはましだ。
15分もするとすっかり平らげられていた。
お腹も満たされたところで、ボートはミンマン帝廟に向かった。
到着するとまたもや自分達で観にいくのかと思いきや、
今回はガイドが同行するという。
理由は、川岸から歩いてすぐだから。。。らしい
だとしたら、ティエンムー寺の時はどうなんだ。
入り口で、やはり一人55000ドン払う。
ミンマン帝は第2代の皇帝で、廟内は赤に金色の中国式建築で彩られていた。
ガイドの話ではこの墓は皇帝の体を模しており、
丁度、頭にあたるところに皇帝が眠る墓所があるのだとか。
木々が生い茂り、鳥の鳴き声がこだまするのどかなところだった。
皇帝の眠る墓所へ続く橋。墓所の扉は年一回、新年の時のみ開くという
ミンマン帝廟の次は、いよいよ最後のカイディン帝廟である。
このお墓は少し高いところにあるらしく、
またもやバイクでの移動になるとのことだった。
ガイドはやはり、同行しない。
川岸に着くと、バイクが待っていた。
トゥドゥック帝の時とは違い、今度は全員おばちゃんだった。
5、6分ほどバイクで走る。途中山肌に黒く荘厳な建物が見えた。
緑の木々に混じってその建物はひときわ異彩を放っていた。
カイディン帝廟でもやはり55000ドン払う。そういえば、王宮も入場料55000ドンだった。
チケットのデザインもすべて同じで、場所の表記だけが違うのみだった。
カイディン帝は12代皇帝で今まで観てきたお墓の中で一番新しい。
そのせいか、家臣や馬、象の彫刻もすごくリアルに作られていた。
石で作られた廟の外観はパッと見、ゴシックの教会のようにも見え、荘厳だ。
他のお墓よりも大きくない変わりに、内装は随分凝っており、
タイルで飾られた室内はとても綺麗だった。
部屋の中央には写真も飾られ、その後ろには金の象まであり、
生前の皇帝の姿が良く分かるようになっている。
荘厳なゴシック建築を思わせるカイディン帝廟
私はこのお墓が一番気に入ったのだが、
ユリに聞くとミンマン帝のが一番良かったという。
じっくり見ていると、1時間はあっという間だった。
時間になるとやはりバイクのおばちゃんが迎えにきた。
また同じ道を戻る。
川岸に到着するとまたもやなんか買ってくれ攻撃がはじまった。
前ほど強引ではないが、どこでもやることは同じらしい。
バイクのおばちゃんもチップが欲しそうだったが、
この前ので懲りたので、ここは頑なに拒んだ。
ツアーのチラシではこの他にも、お香を作っている村などに行くと書いてあったのだが、
ボートはそんな場所には寄らず、カイディン帝廟の後はまっすぐもとの船着場へ向かった。
まぁ、皇帝廟さえ見れれば文句はないのだが、少し気になった。
船着場につくと、ホテルまで送ってくれるのかと思いきや、そこで現地解散。
炎天下の中、ホテルまで歩いて帰ることとなった。
個人的なトラブルもあったが、ツアー自体は満足のいくものだった。(yo)
ボート乗り場付近に設置されていた彫刻。何本もの手が不気味
皇帝廟とサノバビッチ
朝8時。ホテルのロビーでツアーの迎えを待つ。
てっきりバスが迎えにくるのだとばかり思っていたら、
ホテルに来たのはバイクだった。
8時半にやってきたそのバイク2台は、遅れてヤバイと思ったのか、
朝の混雑した道を猛スピードで飛ばした。
着いたのは川岸、ボート乗り場。
バイクの少年たちは私たちを降ろすと、何も言わずにまた引き返していった。
どのボートに乗ればいいのか分からず、しばし呆然。
と、あるボートのおばちゃんが手招きしてきた。
ようやくボートに乗り込むと、どうやら私たちが最後のようだった。
ドラゴンボートと呼ばれるこのボートは、
大体15、6人程が乗れる位の小さいもので、先頭に龍の頭がついている。
ガイドは女性だった。なかなかかんじの良い人だった。
船が出発すると、ほどなくしておばちゃんが、ランチメニューを聞きにまわり始めた。
「確か昼食は含まれているんじゃなかったか」と疑問に思ったが、
他の客もそうだったようで、おばちゃんに確認しつつ断っていたようだった。
しかしそんな中、注文した人もいるようだった。
一通り注文が一巡すると、
なにやら後ろの方で「サノバビッチ!」「アンビリーバボー!」と怒鳴り声が聞こえてきた。
サノバビッチなんて言葉、はじめて生で聞いたなぁ。とやや興奮気味に振り返ると、
ある客のおばちゃんが私の隣に座っていた女の人に向かって英語で何か言っている。
どうやら、その女の人はランチを注文したらしく、おばちゃんはその事について、
「なんで昼食がついてるのにわざわざ注文するのか信じられない」と言っており、
「英語理解できてんのか」的なことまで言っていた。
最初は家族なのかなと思っていたが、どうやらまったくの他人らしい。
後から分かった事だが、このニューヨーカーのおばちゃんはお節介をやいていたようである。
おばちゃん曰く、ニューヨーカーは思ったことをついつい口にしてしまうんだとか。
この女の人にも親切で教えてあげていたみたいである。
実は良いおばちゃんだった。少々口が悪いが。。
ボートはまずはじめに、ティエンムー寺に止まった。
到着するとガイドは帰りの時間だけ告げるとボートに残った。
「自分達で勝手に見て来い」という。どうやらそういうシステムのようだ。
仏教寺院であるこの寺は八角形の塔がシンボルでなかなか美しい。
奥のお堂には仏像が奉ってあり、線香の香りに心が落ち着いた。
次にボートが向かったのは、トゥドゥック帝廟。
阮朝でもっとも在位が長かったというこの皇帝のお墓は川から少し離れており、
バイクに乗り換えて向かうという。
帰りの時間だけ告げられ、ここでもガイドは同行せず。
船から降り、川岸を登るとバイクが待っていた。
バイクで走ること2、3分。お墓の前にはみやげ物屋が並んでいた。
入場料一人55000ドンは別途払わなければならない。
トゥドゥック帝廟はお墓というより、広大な庭園がある別荘といった風だった。
日本人の団体客の日本語ガイドを盗み聞きしたところによると、
この皇帝は100人以上のたくさんの妻が居ながら、子供が一人も出来ず孤独だったらしい。
広い敷地を歩き回っていると、あっという間に時間が過ぎる。
指定された1時間はすぐにやってきた。
名残惜しみながら後にする。
入り口を出るとほどなくして、バイクが迎えにやってきた。
バイクにまたがり同じように船着場まで戻る。
到着した時、事件はおきた。
バイク乗り場にはちょうど商店があり、
おばちゃんたちが水とか飲み物とかを観光客相手に売っているのだが、
そのおばちゃんの一人が私を乗せてくれたバイクのおっさんにビールを手渡し、
私に向かって「フォーヒム」と言って来た。どうやら、おごったれと言っているようだった。
いくらだと聞くと、20000ドンと言う。相場では大体、8000~10000ドンである。
明らかにぼったくっている。
しかし、この時なぜか私はオッケーと言ってしまった。
ビールを手にしたおっさんの笑顔に負けたのか、
ちょっとくらいチップ代わりにあげてもいいかなと思ってしまったのである。
立て続けに、おばちゃんは水を売りつけようとしてきた。15000ドンだった。
これも相場では5000ドンほど、3倍ものぼったくりである。
さすがに高い。と渋っていると、
(別に買わなくても良いのに、この時なぜか自分の中で買う前提になっていた)
別のおばちゃんが小声で、さも特別だといわんばかりに10000ドンと言って来た。
それでも全然安くないのに、そのときの私はなぜか水を買うことにした。
おっさんのビールと合わせて30000ドン。
50000ドン渡して、お釣りをもらおうとしたら、中々渡してくれない。
すると、ユリの乗ったバイクが到着した。
すかさず、おばちゃんはその運転手にも飲み物を渡して、「彼にもあげて」と言い、
飲み物代として20000ドンを要求し、私はまたしてもなぜかオーケーしてしまった。
(因みにおばちゃんが手渡した飲み物はコーラだった。コーラは普通6000~8000ドンほどである。)
この後、当然の如く、ユリに怒られた。
バイクのおっさんの賃金もちゃんとツアー代金に含まれているはずで、
別にチップをあげる必要なんてないし、あげるにしても高すぎる。
普段、出来るだけ安くあげようとしているのになぜそんな事をしたのか。
自分でも分からない。ちょっと良いカッコしたかったのだと思う。
その後良く考えてみると、
おばちゃんに言われるままに払っていた自分が、急に情けなく思えてきた。
自己嫌悪。
せっかくツアーにきているのに、その後の気分は最悪である。
ユリにも悪い事をした。
この日、本当のサノバビッチは私だった。
まぁ。日本円にしてたかだか320円くらいなんですが。。。。(yo)
店員いろいろ
体調も回復したので、しばらくぶりに観光に行くことに。
目的地はフエ郊外南部に点在している阮朝皇帝のお墓。
はじめはバイクをレンタルして回ろうと思っていたが、
フエを流れるフォーン川をボートに揺られながら行くツアーが、
一人3ドルであったので、そちらを利用することにした。
ツアーだと出発は明日の早朝になる。
私達はツアーの申し込みのため、
フエ到着時にもらったチラシを手にアンフートラベルへ行った。
外の明るさに比べ店内は薄暗かった。
普通大抵の場合、客が店にやってくると笑顔の一つでも浮かべて、
応対してくれそうなもんだが、このオフィスは違った。
店に入っても店員は何も言わず、無表情なまま黙っている。
カウンターに座り、チラシを見せながら「このツアーに参加したいんですけど、、、」
店員は、いつ?何人?ホテルは?と淡々と作業をこなしていく。
その間ずっと無表情。あいその一つもない。
お金を払って出て行こうとする時でさえ、一言もなかった。
「thank you」とか「see you」とか言ってくれても良いではないか。
丁度お昼時で、観てたテレビドラマを邪魔されて機嫌が悪かったのかなんなのか、
それが客に対する態度か?というくらい無愛想で高圧的な態度に、腹が立った。
帰り道、一人腹を立てていると、ユリはなぜか笑ってた。
あまりにもありえない態度が逆に可笑しかったらしい。
なんだかんだで、ツアーの申し込みも済ませ、
私たちは次に、水やお菓子などを買うためいつものスーパーへ行った。
相変わらずこのスーパーは混んでいる。
夕方ともなると休日の新宿駅いや東京駅ぐらいの混雑ぶりだ。
スーパーにはパン屋がある。
このパン屋は以前購入してなかなかおいしく、値段も手頃だったので、
今日もまた何か買ってみる事にした。
「これとこれと。。」パンを指差しながら、注文していく。
と突然、店員の女の子が袋にパンを入れるのに失敗し、床に落としてしまった。
どうしようとしばらく考えた後、その子は落ちたそのパンをまた袋に詰めた。
私たちは一部始終を見ていたのだが、
その行為を見られていたことに気づいた店員の女の子は、
「あ、みられてた!」とばかりに爆笑しだした。
日本では考えられないこのアバウトさに、思わずこちらも笑ってしまった。
特にユリは爆笑していた。この前のツアーオフィスに続き、
やはりこのありえない態度がツボに入ったらしい。
結局、私たちはその落ちたパンを受け取りお会計を済ませた。
「少しは値切れば良かったなぁ。」と後になって思った。(yo)
交差点上の馬。明日から始まるフエフェスティバルのため、街のいたるところに装飾が
夕食は川辺のレストラン内の屋台(フエフェスティバル使用)で。
米皮に肉や野菜を巻いて食べるネムロイ30000ドンと、
掻き揚げみたいな食感のベトナムお好み焼き、バンクーハイ右下15000ドン
ゲリバラ明け
ようやく解放された。
29日夜から始まった腹痛及び下痢地獄。
私に関しては30日昼には良くなったのだが、
その後、今度はそれまで大丈夫だったユリが、苦しみだした。
ユリは二晩腹痛に苦しんでいた。
今日も痛みが続くなら病院に行こうと思っていたところだったが、
日本から持参した薬が効いたようで、昼にはすっかり良くなった。
旅の疲れでお腹が弱っていたのだろうか。
二人とも同じものを食べているので、食べ物がどうも怪しい。
犯人はケンタッキーだろうか。
いやその後に食べたカエルの丸焼きか。
冷たい水もガバガバ飲んでたからなぁ。
あまり、調子に乗って食べないようにしないと。(yo)















