O.S.D.さり オフィシャルブログ powered by Ameba -17ページ目

ブルガリア1 ソフィア1日目。

早朝、テッサロニキを出て、
ブルガリアの首都ソフィアまで7時間の電車旅。
これで17ユーロなので安い。
あとインドで鉄道乗り過ぎて7時間ぐらい全くびびらない。
大阪市営地下鉄御堂筋線のあびこ、とかのがよっぽど遠く感じる、ことはない。

予定が全然決まらないしそもそも私は、
チャンスがあれば1日でも早く日本に帰りたいと思っているから、
ユーレイルパスなんて使わない。
全部現地調達だ。

コンパートメントには私だけでガラガラの車内。


鉄道で国境を越えるのは、
あの終戦直後、満州から引き揚げてきた以来だから
半世紀以上ぶりとなります。

途中、車両が切り離され進行方向が逆になって
3時間ほどでKulataと言う駅に。
パスポートコントロールに警察が来て、
どこに行くんだとか色々聞かれて、
ホテルの予約確認が日本語だったのだけれど、
へらへらしてたらスルーしてくれた。

しばらく停まっていたので美保純みたいなお姉さんのカフェで、
エスプレッソを買って飲んだ。
ユーロが辛うじて使えた。
コーヒーがどこでも美味しいのでついつい飲んでしまう。

ブルガリア入国!
ヨーグルト!(全然好きじゃないけど!)
そして...


ヨーグルト!!!(アロエのやつを年に数回食べるかどうかだけど!)

そしてブルガリアと言えば何と言っても




ヨーグルト!!!!!
(腐った牛乳)




ヨーグルトしか知らない...!
どうしようこわいこわいこわい。



さすがに電車に飽きてきた頃、
ずっと続いていた山が途切れて急に街が広がる。

元共産主義国家、で間違いないですか。
その香りがぷんぷんする。
老朽化した個性のない集合住宅。

そして街が


空っぽ。

首都のメインの駅のメインの待合室がこれだ。
東京駅みたいなもんがこれだ。
デリーには確か6億人ぐらいがいた。
そしてソフィアには20人ぐらいしかいない。

イースターにしてもこれは完全にやばい。
そして全然英語が通じない。
そしてユーロが使えない。

ここの通貨、レフを手に入れる。




早速トラムの運転手にボッタクられる。
3レヴァ(190円ぐらい)ほどボッタクられる。

いーさいーさ
イーサンホーク
って稲中の誰かが言っていた。


チェックイン後、18時からソフィアのフリーツアーに参加した。

Court of Justiceつまり裁判所のライオンのお口からひこうき雲。

ネイティブじゃないガイドの説明が8割もわからん。


地下に佇むSt.Petkaの教会。

旧共産党本部。
今は国旗が掲げられているその先端、
かつては共産主義のシンボルの星マークだったそう。

Serdicaの遺跡。

ざーっと回ってたっぷり2時間。

すでに陽も傾いて、ツアーは終了。
歴史背景も説明してくれてとても面白かったです。

解散場所のAleksandar Nevski寺院から、
安定の迷子。

もう陽も落ちているし、
そもそも人が全然いないし、
数年前に恐ろしい思いをしたロシアを彷彿とさせる様な。

半泣きですごい早足で進んで、迷って迷って、
ホテルの入り口でまた迷って、
汗だくになってやっと戻った。

自分の方向感覚を信じてはいけない。
下北沢ですらまだ迷うくせに。





14歳からの仕事道/玄田有史

引き続き玄田先生の本。
お会いした際にサインまで頂いて贈呈を賜りました。

ウィークタイズ。
それほど親密で強固ではない関係、
例えば年賀状だけやり取りする様な。
そう言う弱い人間関係が時に人生を変えてしまうほど大切なつながりになったりする。
そう言う細い関係性をたくさん持っていることは、強みである。

目からうろこだ。

しっかりふらふらして下さい、と著者は言う。
この一見矛盾する言葉が真理を捉える。

しっかりフラフラ、東欧をさまよっている。

できれば帰りたいんだけど。

ギリシャ5 テッサロニキ

ギリシャあるある。
電車の進行方向と座席の向きがだいたい逆。
誰も気にしない。

あとだいたいトイレにはトイレットペーパーは付いてるのに、
鍵が付いてない。

店員がみんなサンキューベリーマッチって言ってくれる。
ベリーマッチってインドでもなかなか言ってもらえないのに、
コーヒー買っただけで本当にありがとうと言われる。

カランバカを出て、また都島よりしょぼいことで有名な名前が読めない駅へ。

乗り換えに1時間ほどあったので唯一のカフェで待っていたら、
コーヒーを飲んでいるのに確実に酔っ払ったおじさんにロックオンされた。
色々お互い不自由な英語で、
ギリシャの自慢話とかイースターについて聞いて、
最後ファンタをおごってくれた。
おじさんはコーラを飲んでいたけれども確実にあれは酔っていたはずだ。
酔ってないのにあんなご機嫌なわけない。
あれでアルコール無しだとしたら彼もきっとメテオラでキマっているだけだ。

テッサロニキに着いたのは夜。

ホテルまでものすごい形相で、
誰も話しかけてくれるな、
って顔に書いたまま、
競歩みたいなスピードで大通りを東へ。

そして私はとうとう先進国に負けた。

インドではお腹を壊さない様に
毎日栄養価の高い自炊の和食だけを食べて、
街中が臭いから毎日ずっとマスクをしていた。

それが、毎日外食で空気が良いからマスクを外していたら、
余裕で体調を崩した。

どうしたら良いの何とかして、とLINEをした相手には、
お前はもう先進国が肌に合わなくなっているんだ、と言われた。
その暴言を覚えてらっしゃい、
帰ったらとんでもない迷惑を掛けますからね。

もう疲れた。
帰りたい。

日本かせめてインドに帰りたい。

のに翌日重い足を引きずってテッサロニキの街へと。

ギリシャ第二の都市でビザンティン時代の建物が並ぶ。

世界遺産、Charch of Panagia Chalkeon

中ではイースターだからかミサが大盛況。


トルコ時代のBei Hamam


彫刻が何か怖い凱旋門。

ここをくぐったかつての闘いで傷付いた戦士たちは、
こんな風に大きい野良犬が優雅に日向ぼっこをする時代が来る事を想像し得たものだろうか。



体調の回復のため、フルーツジュースでビタミンを摂る。
インドで飲むやつの10倍のお金を払わされた。



同じく世界遺産、Rotonda


古代ギリシャとキリスト教とイスラム教の混在。
足音がドーム型の天井に厳かに響く。



The Palace of Galerius

さっきのロトンダは彼の霊廟。
誰ですか、ガレリウス。
私のとこまでは名前が届いてないみたいですが。
オタクどちらさまですか。


ホワイトタワーからテルマイコス湾をのぞむ。

本当はまだ行きたかったのだけれど、
いかんせん体が重いのでここで涙をのんで終了。



バスが主な移動手段。
平和な街でした。


もう一生来ることはないと思うけど。

テッサロニキdone





1Q84/村上春樹

ギリシャで読み始めてギリシャで読み終わった。

ずっと読まなきゃって思ったままその長さにヒヨって、
後回しにしてきたものをギリシャに持ってきてやっと読めた。

それはこれは売れて当然だ。
こんなにおもしろくて、読み進めるのを止められない本なんてなかなか無い。
世界中で読まれているとか何とか言うけれど、
私はこれを原文で読めたことが本当に幸せ。
繰り返しがあっても無駄な言葉は一切無い。
洗練と計算が完璧にされた完璧な本だった。
私なんかには伏線の一本も回収できなかったけれど、
メタファーと美しい日本語のお陰で、
この異世界に心を持っていかれた。
毎晩この本を読んで寝るから毎晩この本の中の夢を見た。
あまり歓迎できたものではない類だったけれども。

私だってリトルピープルだ。
このどうしようもなく大きな闇にとっくに飲み込まれてしまった。

荷物になるから読み終わる度に置いてきた。
パロス島に3冊、
アテネに2冊、
そしてテッサロニキで最後の1冊も。

村上春樹、わけわからんなんて言ってすいませんでした。
超面白かったです。

ギリシャ4 メテオラ

アテネの駅で、電車のチケットは売り切れてるから、
お前は当日買いに来い、それで立って行け。
と言われて震え上がる。
私の体は5時間立ちっぱなしで電車に乗らない仕組みになっている。
Wi-Fiのある場所でとにかく調べ倒して、
(インターネットの無い時代の旅行とはいかに不便だったのか想像すら難い)
10ユーロばかり多く払って乗り換えをすれば座って行けることがわかった。
アテネの鉄道関係者はこぞって余分に支払うことや乗り換えの必要な道程を
最初から無い物として教えてもくれない。

カランバカへと電車の旅。


鉄道って縦3列じゃなかったんだ。
チャイとかお水要らん言うてるのに何回も買えって言われないんだ。

そして、

ドアが閉まるんだね。
そうだよね、知ってた。

電車の扉は、閉まるべきだ。
絶対にそうだ。

途中の景色も美しかった。


山にはまだ雪が残っていた。
アテネを出る早朝は小雨が降っていたけれど、
北へ1時間ほど走ったあたりで雲が線で引かれたみたいに途切れて、
眼前には晴れ間と緑が広がる。

外の景色に見とれて時間なんてすぐに経ってしまった。

乗換駅のPalaeofarsalos。


何も無い。
余裕で大阪市営地下鉄谷町線の都島駅の方が栄えている。
あそこにはミスドもTSUTAYAもある。
この読み方もわからん駅には吉野家もUFJも無い。
ここで1時間ほどひたすら電車を待つ。
ドアの閉まる電車を。

そしてデフォルトなのかまた20分遅れてカランバカ到着。

街は小さくて、予約してあったホテルもすぐに見つけた。
ホテルはとてもかわいくて、受付のとっつぁん坊やみたいなのが、
何で日本人は国旗を持ち歩かないんだ?誇りはないのか?
みたいなことを言うので、
違うよすぐ描けるから持ち歩く必要がないんだよ、
って説明したところ妙に納得していた。


またバイクを借りる。
24時間で18ユーロだったんだけれど、
ここは普通タクシーで廻るところで、
そうすると1時間20ユーロらしいので、
これで浮いた分はイオンのゲーセンでコインゲームができる。

メテオラ。
世界遺産。

あなたが死ぬまでには絶対行くべき場所。



地中から天へ向かって伸びて行く様な断崖、
多分神様が隆起させたんじゃないか、これは。
そこに佇む修道院たち。




ああもうだめだ、鼻血出そう。

それぞれの修道院は気まぐれとも取れるそれぞれの休館日と開館時間があるので、
綿密に計画を立てて、
効率的にバイクで回る。

メテオラの頭文字D、私のことです。

Agios  Stefanos修道院、
Varlaam修道院、
1番大きなMegalo Meteoro。








教会内は写真禁止なので写っていないのだけれど、
あまりにも美しい天井や壁を覆う絵画にちょっとラリる。

日本人ツアーの説明を盗み聞きする。

神様はここにいたのか。

言っておきますが写真の600000倍美しかった。
このお気に入りのサムスン携帯では何も写せない。

ハンピに並ぶかも知れない。
この世のものではない何かが当たり前の場所。

本当は翌日朝の電車が目的地まで直行で楽なのだけれど、
午前中のメテオラもどうしても見たくて、
夕方の高くて面倒くさいチケットを予約した。

好きなだけ景色にラリる。

翌日も朝からバイクを乗り回す。


道なき道を進んでみたり、
西側のKastraki地区でミサに紛れ込んだり、
本当はお休みなのにイースターだかなんだかで特別に開いていたsaint Nikolas修道院、
前日に行けなかったRonssanou修道院とAgia Trias修道院。
その度に岩山を登っていくものだから暑くて仕方ない。

もう、私、寒くない。

バイクを返却して、
超おいしいギロスとか言う変な名前のものを食べて、
断崖のふもとに佇むByzantic Charchとその周りをうろうろしていたら夕方だった。

あーメテオラ大好き。
生きてるうちに来れて本当に良かった。
あとちょっとラリったかもしれない、景色に。

ラリってるけど帰巣本能だけは衰えない。
やっぱり日本に帰りたい。





メテオラdone





孤立無業(SNEP)/玄田有史


SNEPとは。
20歳以上59歳以下の未婚の無業者(いわゆるニート)のうち、普段ずっと一人でいるか、一緒にいる人が家族以外にはいない人々を指す用語。

私のことです。

縁あって、この東大教授の先生から直接お話を伺う機会があった。
本当に知識があって地位もあって熱意がある人と言うのは、
まず間違いなく横柄などではない。
しょうもないコモノの医者なんかがぴーちくぱーちく吠える。
オレは偉いんだぞ、と。
それに比べてこの人のフランクさ、
誰に対しても目を見て話す真っ直ぐさ、
ちなみに「ニート」という言葉を作った人です。
余裕が、余白がすごい。
仕事をせず、社会から孤立してしまった、
誰もが目を背ける問題に愛を以って挑む。
数字や統計を並べて、その現実を叩きつける。
だけではなくて、じゃあどうすればいいのかを一緒に考えようと向き合っている。
私みたいな社会不適合者でも、
何とかなるんじゃないかって本当に思わせてくれる。
かっこいい。
本当の大物、かっこいい。