THOUSAND WINDS -180ページ目

ふろっぴーでぃすく

最近のノートパソコンじゃ標準でついてこなくなった。
まだメディアは売っているのだろうか。
USBメモリが会社で実質使用禁止となり、ザウルスとかみたいな
携帯端末も会社のPCと接続禁止となり、実質使用禁止となり、
やたらと情報漏洩には目くじらをたてている。こんなのはどこの会社でも同じだろう。
昔のデスクトップPCなんか、ちゃんとフロッピーディスクのスリットがあいているのに、
わざわざテープで封印したりしている。
ノートパソコンなんかもチェーンで机に縛り付けてたりして、
なんの為のノートPCか知れない。
だからほぼ他人とデータ共有するのは、LANを使うしかない。
でも社内のLANにつながらないPCなどと言うのも出て来る。
容量さえ小さければまだフロッピーの方がウィルス感染の可能性が低いせいか、
許可制でたまに使用される。
しかしもはや新品のFDが社内にもない。
今さら新たに買い足す事もしないからん十年前の代物を平気で使う。よくデータエラーを起こす。
もはやフロッピーディスクもお蔵入りに入ったかと思うと何かさびしくなる。
かつてはHDDすらついていないノートパソコンを持ち出して使っていたと言うのに。

ヘビーウェイトな素材

久しぶりに自主的にタブーにしてた、おもちゃの鉄砲ネタを書けたので、ついでながらその
素材について少々。
マルイの安物エアーソフトガンあたりは、ABS樹脂とか言う特殊な樹脂を使っていて、
きっと見た目はリアルなんだろうが、
重みがなくてどうもスカスカな感じがする。
しかもクラックが発生した時に、瞬間接着剤でも貼れないのが痛い。
ABS樹脂を接着する専用の「溶剤」があり、
接着と言うよりは溶接に近いような事をしないといけない。
エアーソフトガンはともかく、
私が好きなのはヘビーウェイトモデルで、
これでもきっと実銃には重さで叶わないだろうけれども
知らない分だけ何だか本物っぽい手触りなので
気に入っている。
つまりこのヘビーウェイトを使ったモデルガンを一丁持っているのだが、
ベレッタのM84、コンパクトで美しいモデル。
イタリアはベレッタ社の銃はどれも美術的に美しいので好き。
残念な事にモデルガンな為にあちこち改造防止が施されていて、リアルさをそこなう。
私は持っていないがエアーソフトガンでもそのヘビーウェイト素材が使われているらしい。
それのどこが音楽テーマなの?
って思われるかも知れない。
実はパールと言うフルートメーカーがあり、
そこが何年か前に、廉価版の手頃なピッコロを売り出した。
それがどうもこのヘビーウェイト素材で作られているっぽい。
メーカーはその特殊素材については明らかにしないが、
あのモデルガンと同じ原料で、
きれいな音色をかなでる、ピッコロが作られていると言うのが驚き。
試奏してみると確かにずっしり重く、つやのない感じがまさしくヘビーウェイトモデルだった。
値段が14万円程度と決して安くはないが、
たかがモデルガンの材料でこの値段は高くね?

狼少女は嘘だったわけだが

何かの本で読んだ。結局誰かのでっち上げた創作話に過ぎなかったと言う。
でももしもそんな、狼に育てられた子供、男でも女でもどっちだっていい、無事に大きく育ったとしたら。
人間の言葉は知らなかったはずだ。
つまり狼の群れと一緒に暮らし、動物を狩って、それを生のままでほふった。
狼に言葉みたいなのがあるか分からないが、少なくとも人間の言葉程複雑じゃない。ボキャブラリも欠けている、例えば「死」とか。
仮に彼女としておこう、獲物を殺して動かなくなったのに、
腹からかぶりついている内は、他者の死など意識もしないに違いない。
それが仲間の狼が天敵の動物に殺られたり、怪我で亡くなったり
人間どもにより銃で撃たれたりした時に、
言葉を持たない少女は何かを感じたはずだ。
それは悲しみ、それに加えて恐怖、そして怒り。
言葉としての死の概念を持たない狼少女でも、
きっとこの死と言う理不尽なものの存在に気付くに違いない。
しかもそれがあくまでも自分の身内の場合に限られるのは、
それがもしかしたら自分にもあてはまるのではないか、
今見たような事が自分にも起こるんじゃないかと、
言葉なしに感じるに違いない。
きっとその死に対する感じ方が、
原始時代の狩猟民族にもつきまとったに違いない。
つまり人は死を目前にすることで神を考え出す。
決して滅びない永遠のものを思い描く。
それがきっと宗教の始まり。
人の宗教の大半はこの死の定義から生まれた。
死と言う厄介な代物をどう解決するか。
そんな事は無駄な努力なんだが
たまたま偶然ではあれ、
画期的な方法を思い付いた天才がいたと言うお話

クリスチャンになりたくて

大昔の頃今思うと不思議な位、2ちゃんねるにこっていた。
書き込みはせず、ひたすら読むばっかりだったが、
ことに宗教板ばかり覗いていた。
ここのネタは水と油、教派の違い、宗教の違いで、絶対に
かみあう事のない、虚しい討論が常に炎上していたので、
楽しみだった。
するとたまに見かける言葉、あんたクリスチャンじゃないだろ、
クリスチャンでもないのに何が分かるみたいな。
まだ洗礼を受けていなかった頃だったから、
その記述はたびたび不快感を招いた。
でもってビット数とメモリの少ないマイCPUで考えたわけだ。
クリスチャンてなんや。
教会で洗礼受けた信者だけをそう指すのかと、
一般的な見解を目にして挫折もしたわけだ。
珍しく一つの教会に長く通い続け、こちらから洗礼希望申し上げた時、当時の司祭様と
長い「激論」の末、決裂して、
一時期は無期限に放蕩息子状態で、あちこち別の教会にうろついたものだ。
半年程宗教的にさすらった末、
なぜかまたもめた教会に舞い戻り、その年の年末、年始をかけて、洗礼、堅信と受けた。
もう5年以上も前の話。
だから今では堂々と俺はクリスチャンなんだと自信を持って
いいんだが、
結局の所このクリスチャンて何なの、ただ教会さんの事務手続き上の都合なのかみたいな気になり、
いかにふるまえば人からクリスチャンみたいに思ってもらえるんだろうか、
いまだ私なりにクリスチャン模索中。

昔は派手にBANG、BANGしていたもんだ

駄菓子屋みたいなのも小学校の近くに大概あり、学校の帰りしなは時おり友達と寄ったりしていた。
こう書くとかなりお年を召してるみたいだが、かなりお年を召している、ええ。あんまし公表したくないが。
その中にまあよくある、銀玉鉄砲みたいなのもあったんだが、
意外と好きだったのは、運動会なんかでスタートを切る時に鳴らす、空砲のピストル、
あれみたいにおもちゃのモデルガンみたいに、紙で巻いた火薬を挟んで、固い引き金を引くと、「BANG!」とでかい音がするだけのおもちゃのピストルが売っていた。
今でも駄菓子屋とかあって、そんなの売ってんのか知らない。
少なくとも公園とかでそうした火薬の破裂音をかなり前から聞かなくなった。
今じゃおもちゃのピストルも高級化して、フロンガス詰めて丸いBB弾打つようなのが売られてるが、
まだプラスチックのつづみ弾の頃で、
平気で人気のない川で離れて、
撃ち合いとかをやっていたらしい。
今で言うサバイバルゲームだが、
つづみ弾でも結構痛かったのを覚えている。
つまり何が言いたかったかと言うと
もはやいかな子供でも、公園とかでそんな火薬の音とにおいの出るようなおもちゃを、
むやみにバンバンしたら、
今では大騒ぎになるだけ、
だから誰もそんなのしない。
たまに家の前の大通りに、オレンジ色のBB弾が転がってると
かえって顔がほころんでしまう。
危ない遊びがかつて黙認され、今じゃ厳禁されている事は
世の中がそれだけ物騒で
危なくなってきてると
言う事だ。