クリスチャンになりたくて | THOUSAND WINDS

クリスチャンになりたくて

大昔の頃今思うと不思議な位、2ちゃんねるにこっていた。
書き込みはせず、ひたすら読むばっかりだったが、
ことに宗教板ばかり覗いていた。
ここのネタは水と油、教派の違い、宗教の違いで、絶対に
かみあう事のない、虚しい討論が常に炎上していたので、
楽しみだった。
するとたまに見かける言葉、あんたクリスチャンじゃないだろ、
クリスチャンでもないのに何が分かるみたいな。
まだ洗礼を受けていなかった頃だったから、
その記述はたびたび不快感を招いた。
でもってビット数とメモリの少ないマイCPUで考えたわけだ。
クリスチャンてなんや。
教会で洗礼受けた信者だけをそう指すのかと、
一般的な見解を目にして挫折もしたわけだ。
珍しく一つの教会に長く通い続け、こちらから洗礼希望申し上げた時、当時の司祭様と
長い「激論」の末、決裂して、
一時期は無期限に放蕩息子状態で、あちこち別の教会にうろついたものだ。
半年程宗教的にさすらった末、
なぜかまたもめた教会に舞い戻り、その年の年末、年始をかけて、洗礼、堅信と受けた。
もう5年以上も前の話。
だから今では堂々と俺はクリスチャンなんだと自信を持って
いいんだが、
結局の所このクリスチャンて何なの、ただ教会さんの事務手続き上の都合なのかみたいな気になり、
いかにふるまえば人からクリスチャンみたいに思ってもらえるんだろうか、
いまだ私なりにクリスチャン模索中。