THOUSAND WINDS -178ページ目

こんなもん紹介してもなあ


たとえば無限に広い
お屋敷みたいなのがあって
その中に占いの小部屋があったり
中庭には古風なチャペルがあったり
図書室があったり
なぜか弾薬庫があったりする。
そんな空想のお屋敷の中に
自由に想像を膨らませて
色んな小部屋を作って
勝手に居座ろう
そんな訳の分からないコンセプト
今思い付きました
今後参加して頂いた暁には
ご自由にどんな用途でもOK、
フリースペースとしての小部屋(スレッド)を提供致します。
外部参照可能となっておりますから、
色んな展示に利用出来るものと
思われます。
当初はルーン占いを専門で書くつもりでしたが
気が変わりました
何でもありです
しばらくしたらまた
キリスト教色に染まる模様
他の色で塗りたくったるわいと言う
アグレッシブな方、いかがなもんでしょうか。

宣伝もむなしく


なかなか時間がなくて。
ここんとこ寝るのが遅くて
もはや詩考える余裕なくて
更新さぼっています。
何か存亡の危機みたいです。
どなたか詩が好きな方お助け下さい。
一時は上向いていたんですが
何がいけなかったんでしょうか。
まあどこかのぐるっぽでやったみたいに
いらんお節介はもう出来ないみたいで。
なかなかこれも難しいですね。
自分とこも何かほったらしで
かなりやばい。

トランプだけでアルカナ

昼休みにタイトルだけ書いた下書きを用意しといて、
帰りしなのこのせわしない時間に書きまくっている。
あと一時間ばかし早く帰れるかも知れなかったのに、
つまらないミスで遅れる。
でも早く切り上げたからと、19時前には帰りづらい状況が続いている。
ようするに付き合い残業だの、サービス残業の類いなんだが
もはや残業代も出ない。愚痴はそれ位にして
昔本当にタロットカードにのめり込んだ時期があって、
違うブログにやたら占いネタを書きつづっていた。
ろくなタロットもしばらくなかったので、
小アルカナだけをトランプでまかなえないか?と
しょうもない事を考えついた。
聖杯がハート、剣がスペード、金貨がダイヤ、こんぼうがクラブに割り当てて、
あとページなる絵札がトランプになくて、ジャックを割り当てるべきか迷ったが、
むしろナイトのカードの方が、
JとQの中間に収まるらしく、
ページをJの代わりに用いた。
確かにトランプの元祖はこのタロットカードだし、
かつてタロットカードでゲームに使われていた経緯もあるから、
トランプで占っても問題ないはず。
そんな大アルカナなしのトランプでタロットみたいに占ってみると、
何か答えがばくぜんとして、
それが何意味するかよく分からなかった。
やはりタロットは本物じゃなきゃダメだな、ええ。

キキとララのタロット

かつて占いにこっていた頃の話。
夏の書店のフェアでタロット特集をやっていて、
その中に外国製の欲しいタロットデッキがあったのに、
お金をけちってしまった為に、
後々まで後悔する事になる。
それでもタロットカードの欲求はおさまらず、
ついに暫定的に、こんなキキとララのタロットカードを買ってしまう。
本とのセットだが、それ書いたのが鏡リュウジさんであるらしい。前から違う本で名前は知っていた。
本といいカードといい、カラーすりでいたる所、キキとララのイラストだらけ、
こんなので占い館で占ってもらえたらつい高額支払いにも気付かないかも(うそ)
大アルカナのカードだけ、しかもこの解説書によれば、
普通のタロットでよくある、
カードの正逆の向きを区別しないと言うのが書いてあった。
だから起こりうる可能性はたかだか22通りしかない。
色んな占い方が、こんな本なのにやたらと詳しく載っている。
ケルト十字法なんぞを展開しようものなら、カードの半分が場札に出てしまう。
そんなんで精度は大丈夫なのと思ってしまう。
でもこのキキとララのタロットカード、本に書かれてる占い方でやってみて、
異常な位あたる。
大アルカナだけだからやはりばっくりしか占えないけれども、
このカードで占うとなぜか無難な答えが得られやすいのはなぜ?
また冗談半分で「私の前世は何?」を占ってみると、
「悪魔(逆)」が出た。
正逆を見ないから、まんま悪魔確定、しかも悪魔のカードの絵柄、クロネコだったりするし。
まあね絵柄もこんなんじゃあてにゃなるまい、
自分で占ってるのも精度悪かろーし、
あくまでも
いいじゃん(良くないって)

仏教の声明

こないだのテゼ共同体の祈りの黙想会、何ヵ月かぶりに行く事が出来てうれしい。
その時に新しい歌が増えていて、
それは歌詞しかなくて、
メロディはただ司祭が歌うそれだけに依存して、
楽譜ないんですか、
たびたび間違いをつつかれるが、
初物の歌で楽譜もなしに
どうやって歌うんですか。
全部司祭の口真似に頼るしかない。
あんたたまに音程はずれてますけど、
あえてその通りに合わせると、
「ちゃう、ちゃうて」と
指摘が入る。簡単な曲なのに
楽譜無しでいきなり歌えっちゅうのも酷でっせ。
まなじ楽譜が読めるとついそれに頼ってしまう。
仏教の声明みたいな、宗教の歌は、かつては楽譜なしではなかったのか。
マスターの歌う声をそのまま聞いて、真似て歌う事で伝えられていったのではないか。
奇しくもそんな奇特な体験をさせて頂きました。
もっと極端な事言うと、
宗教の歌に楽譜なんかあるのか。
それは見本でしかないのではないか。
元の歌には楽譜なんかなかった。
バッハの平均律が普及するまで、
正確なドレミでおたまじゃくしが描かれてるような
楽譜はなかったに違いない。
だから讃美歌21みたいな、日本キリスト教団あたりが使ってる讃美歌集で、3世紀頃のチャントなんか、
今に伝わっているメロディであるとは限らない。
ちなみに私はそんな古い単音階の歌が好き。