評価の世界に自分たちは生きている。
その評価が下がればダメ、上がれば良いのだと。
ところが、これは非常に息苦しい。
というのも、何かを証明しつづけることにずっと振り回されるから。
学生時代では学業やスポーツでの成績。
社会人になれば仕事上での評価。
そうした比較の中にいれば、ナメられたくない、バカにされたくないと思うのも、ごく自然。
もちろん、学業、仕事といった現実に即して生きていくことも大事。
だが、ナメられても、バカにされても平然としていられることにより大きな価値があるように思う。
自分の人生は自分でしか描けない。
そこに本来は、評価も比較もないし、何かを外的に証明する必要もない。
ただ、自分自身を生きるのみ。
そうしたある意味、泰然とした立ち位置に自分を置こうとすれば、自ずと比較、評価の世界から降りられるのではないか?
もちろん、評価、比較から完全に自由になれるわけではない。
しかし、心の整理、静けさが根底にあれば、本来の自己の世界にまたすぐに戻れる。
脱比較ではなく、観比較。
脱評価ではなく、観評価。
比較している自分を責めずとも、ただそれを観ればいい。
評価に右往左往する自分を責めずとも、ただそれを観るだけでいい。
脱に向かえば苦しくなるが、観に向かえばいずれ静けさがやってくる。