こんなことは他人に話すことではないかもしれませんが、これまで出会った人の中で、顔を見ただけで虫唾が走る人が1人います。

20歳年上の親戚の叔父です。

 

最初にこの人を許せないと思ったのは、私が高校を卒業した直後(大学受験に失敗した直後)です。

叔母に会いに初めて家に遊びに行ったのですが、叔父とはほとんど面識がなく、それまで会話をしたことがありませんでした。

妻である叔母とは赤ちゃんの時からの付き合いで、私はとても懐いていて、5~6年ぶりに会いました。

 

その時、叔母に「大学受験について(叔父に)アドバイスしてもらい」と言われて、帰宅した叔父に叔母が、私が関西学院大学と関西大学を受験したと話したら、「そんなん(そんな大学)あかんあかん」と言われ、駿台予備校に行くと話したら、「予備校に行ったからって就職を世話してくれる訳じゃないのに行っても一緒一緒」と鼻であしらわれました。
当時18歳の私からしたら、ものすごい精神的打撃でした。

それまでまともに会話したことがない人(信頼関係が全くない人)にそんなことを言われ内心、本当に頭にきて、同志社大学出身のその叔父より上の大学に行きたいと強く思い、浪人時代は早稲田大学を第1志望にしました。現役の時は関西学院大学が第1志望でしたが…。

これは言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、あの時叔父と会っていなかったら、第1志望は関西学院大学のままで、関関同立より1ランク下の大学も受けていたと思います。
1浪目で受験勉強していた時、「大学に合格したら、叔父に言われたことは平気になるのかな?」と思いながら、模試で関関同立はA判定を出しながら受験生活を送りました。
それもあって、新聞奨学生で大学受験を諦めたことの悔しさがハンパではありません。
新聞奨学生で大学受験を諦めたことと、その時の叔父の言動がトラウマになっています。

 

叔父は和光証券の営業で中間管理職をしていましたが、中途退職するまでよく管理職が務まったなと不思議に思います。

最後は部下が1人もいない部署(課長待遇だが部下無しの部署?)になったと当時、息子が言っていましたが…。

 

 

あれから31年。

 

7月1日の母のお通夜にその叔父と叔母と息子2人と5歳になる息子の子供1人(叔父の孫)が来てくれたので、足を運んでくれたお礼を言ったのですが、

叔父の第一声は「太ったな。メタボやな。糖尿病に気をつけないと」といった内容でした。

その時の叔父の顔を見たら悪気なく言っている感じでしたが、会ったのは数年ぶりで、しかも甥の親のお通夜の時に、第一声が私の体形いじりだったので、他に言うことがあるだろうにと思いました。
体形について言われたこと自体はもっともですし、特に腹を立てた訳ではありませんが、孫もいる70歳になるいい大人が、親を亡くした甥に数年ぶりに会って、第一声でそれを言うのは常識がないというか、空気が読めないというか、無神経というか、私の中では全く考えられません。

 

叔父の人間性を疑うような言動はこれまでにも何度かありましたが、これほどまでにあっけらかんと無神経な人を見ると、不思議な気持ちにさえなります。

高校卒業直後に「こんな大人にだけはなりたくない」と思いましたが、年月が経っても同じで、知性や思いやりを感じられない人でした。

学歴や出身大学とその人の知性は必ずしも比例しないというのが、その叔父を見ていてよく分かります。

叔父にはかわいい孫もいて、大好きな競馬に熱中して、幸せそうな顔をしていましたが、そんな叔父を見ると、人格と幸福度は比例しないのだと痛感します。

 

江原啓之さんによれば、人との出会いは宿命だそうです。

私の人生で、これほどまでに、好きという感情が1ミリもなく、恨みすらあり、人格を疑う人は他にはいません。

親に対する怒りの感情とは全く異質のものです。

 

31年前のことも赤の他人なら忘れられたでしょうが、親戚は全く会わないという訳にはいきません。叔父の顔を見ると、この世の終わりというぐらいの嫌な気持ちになります。

この人と出会っていなければ…と、心から思います。

 

恨みの念を持ち続けると自分自身を傷つけ、苦しみ続けるので、無くしてしまいたいと思ってはいます。

叔母や息子は人柄が良いですし、出来ることならそうしたいですが…。

親との死別

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6月30日の午前に母が亡くなりました。80歳でした。


息を引き取る瞬間は誰も見ていません。

看護師さんが9時半頃に病室に行った時は既に呼吸が止まっていたそうです。
7時半の時点では息をしていたそうなので、この2時間の間に亡くなったようです。
おそらく眠ったまま、苦しまずに逝けたのではないかと思います。

遺体を見ると眠っているようで、亡くなっているというのが「本当かな?」と、まだ信じられない気持ちが一瞬、よぎります。

1日にお通夜で、2日が告別式です。
告別式は家族とごくごく一部の親戚とでひっそりと執り行います。