昨日は横浜で
塾の採点会議でした。
移動する前に
普段使いの銀行の
ATMでお金を下ろそうと思い
歩いていく途中
見かけたのがこちら。
(2026年4月28日撮影。以下同じ)
帰宅後
スマートフォンの
写真検索で調べてみると
「ウケザキクンシラン」と出て
これは一発で正解でした。
一般的には
君子蘭として
流通しているそうですが
いわゆる君子蘭の場合
花冠が下向きになるようで
今回のように
上向きになるものを
受咲き君子蘭というのだとか。
こちらの記事によれば
日本には
下向きのものが最初に渡来し
君子蘭と名付けられた後
そちらが入手が難しくなり
遅れて渡来した受咲きの方が
君子蘭と呼ばれるように
なったそうです。
そういうことであれば
明治期の小説で
「君子蘭」と出てきたら
どちらのイメージで書かれたのか
注意が必要かもしれませんね。
英名は
Wikipedia によれば
Bush Lily
Fire Lily
Kaffir Lily など。
kaffir は
南アフリカなどにおいて
黒人に対する侮蔑的な言葉だった
という来歴を持つ
人種差別用語であるため
現在は使用が
控えられているかも。
学名は
花冠が下向きの君子蘭は
Clivia nobilis で
受咲きと呼ばれるものは
Clivia miniata です。
属名の Clivia は
イギリスの
ノーサンバーランド公爵夫人
シャーロット・フロレンシア・クライヴ
Charlotte Florentia Clive
(1787〜1866)に
因むようです。
クライヴは旧姓で
結婚後は
ノーサンバーランド公爵夫人
シャーロット・フロレンシア・パーシー
Charlotte Percy,
Duchess of Northumberland
と呼ばれます。
娘時代の称号は
The Honourable(Hon.)で
これは子爵・男爵の子どもに
つけられるもののようですが
日本語に相当する言葉がなく
直訳が難しい。
あえて訳せば
クライヴ嬢かしらん。
上にリンクを貼った
日本語版 Wikipedia の
「クンシラン」の項目に
イギリスの女性詩人
クリヴィア侯爵夫人に因む
という説も載ってますが
クリヴィアは
属名 Clivia そのままですし
クライヴ公爵夫人の誤りでしょう。
そして
クライヴ公爵夫人ではなく
クライヴ家出身の
パーシー公爵夫人
というのが
より正確なのは
上に書いた通りです。
そのパーシー公爵夫人が
詩人かどうかまでは
調べがつきませんでした。
女性詩人だとする
Wikipedia の記述の根拠は
こちらの記事のようですが
この GKZ 植物事典の
記述の根拠は不詳です。
ちなみに
英語版 Wikipedia によれば
南部アフリカ産のクンシラン属を
イギリスで最初に咲かせ
栽培に成功したことから
1828年に植物学者
ジョン・リンドリー John Lindley
(1799〜1865)によって
命名されたようです。
1817年には
すでに結婚していたのに
パーシー公爵夫人という
正式名に基づいた学名ではなく
なぜ結婚前の姓を
学名にしたのか
よく分かりません。
これは想像ですけど
リンドリーが
パーシー公爵夫人を
クライブ家のお嬢さん
としてしか
認識してなかったから
かもしれませんね。
種小名の miniata は
ラテン語で「朱色」
「鉛丹色(赤橙色)」を
意味するそうです。
ちなみに
和名の「君子蘭」は
下向きに咲く方の種小名
nobilis に基づき
名付けられたものだとか。
nobilis はもちろん
ノーブルの基になった言葉で
「高貴な」「優雅な」「名高い」
という意味です。
本種は
「蘭」と呼ばれていても
ラン科ではなく
ヒガンバナ科になります。
花期は異なりますが
鮮やかな赤い色は
いかにも
彼岸花の仲間
という感じですね。













