本日は横浜で塾の会議でした。

 

帰宅したら地震で

特に採点をしている部屋が

ぐっちゃぐちゃに

なってました。

 

とりあえず

パソコンが打てるまでに

スペースを確保して

この記事を打ってます。

 

 

地震が起きた時は

ちょうど塾で会議の最中で

そろそろ終わろうか

という時に

「今揺れたね」

という話が出たんですけど

自分は全く気づかず。

 

さきほど検索したら

19時46分ごろ

茨城県南部を震源とする

マグニチュード5.5

最大震度5弱の

地震だったようですね。

 

 

横浜近辺は

大した揺れではなく

(さっき検索したら

 震度2だった模様)

電車も普通に動いてました。

 

自宅近辺は

検索したところ

震度2だったようですが

部屋を片付け終わって

ほんとに震度2かよ

と思ったくらいです。

 

片付けを優先させたので

写真を撮っている余裕もなく

本日は写真付きの記事は

お休みします。

 

 

ああ、食事をとるスペースも

確保しないといけない. . . Orz

 

今朝は起きるのが遅く

菓子パン1個とヨーグルトで

そそくさと食事を済ませ

横浜についてからも

食事をとったり

買ったりしている

余裕がありませんでした。

 

帰宅後に

最寄り駅そばの方の

ディスカウント・スーパー

OKで買った菓子パンで

空腹を軽く満たす予定が

全て狂ってしまった……。

 

 

もっと酷い被害に

遭われた方々も

いらっしゃるかと思います。

 

そうした方々に

お見舞い申しあげます。m(_ _)m

今回の記事は

先日の土曜日に訪れた

神奈川近代文学館の

来館拾遺編となります。

 

昆虫の写真を

アップしますので

虫が苦手な方は

ご注意ください。

 

 

先日の企画展が

土日に限って

入場日時指定制に

なっていることは

前回の記事にも

書いた通りです。

 

 

有志との待ち合わせは

12時半、文学館前でした。

 

少し早めに着いて歓談後

入場の列が作られ始め

移動しようとした時

頭に何かが落ちてきたような

違和感があったので

払い除けたところ

なんと、髪切虫でした。

 

ホシベニカミキリ

(2026年6月13日撮影)

 

スマートフォンの

写真検索をかけたら

てんとう虫を模したような

昆虫マークが出て

ちょっと感動。

 

それで確認してみたら

「テトラオプス」と表示され

ますます感動した次第です。

 

 

帰宅後、改めて

テトラオプス Tetraopes

で検索してみると

学名やらその由来やら英名など

いろいろ分かったんですが

日本での分布を追加質問したら

日本には分布しておらず

外来種としての侵入もない

とのことで

困ってしまったんですが

似た在来種を提示されました。

 

提示された在来種は

 ベニカミキリ

 ホシベニカミキリ

 アカハナカミキリ

の3種類。

 

同時に表示された

以下の記事により

 

 

星紅髪切[ホシベニカミキリ]

と同定することにした次第です。

 

 

星紅髪切虫の主な食草は

クス科の植物で

椨の木[タブノキ]だとか。

 

文学館近辺に

樟の木[クスノキ]や椨の木が

植えられているかどうか

知りませんけど

植えられててもおかしくなく

まず星紅髪切虫で

間違いないでしょう。

 

Yahoo! ニュースでも

その食害について

記事になってるくらいですが

 

 

おかげさまで

あまり珍しくないことも

分かりました(苦笑)

 

 

学名は Eupromus ruber

というんですけど

属名の由来は

AIによる概要でも分からず

以下のように説明されました。

学術的な命名の由来(語源)は、一般には明確には記録されておらず定かではありませんが、ギリシャ語の接頭辞である「eu(良い、真の)」などが用いられた分類学上の造語と考えられています。

命名者は

イギリスの昆虫学者

F・P・パスコー

Francis Polkinghorne Pascoe

(1813〜1893)だと

分かっているにも関わらず

属名の由来が分からないとは

びっくりですね

ギャバいです(笑)

 

ちなみに種小名は

「赤」を意味するラテン語

ruber に由来します。

 

 

唯一、気になるのは

体長が18mmから25mmくらい

という記事が多いことで

もう少し大きかった

という気もするんですが

上掲写真で一緒に写っている

葉書と比較すれば

そんなものかしら

とも思ったり。

 

ちなみに葉書は

受付で回収されて

手元にありません。

 

 

さて

企画展を観た後は

元町のカフェに入り

さらに中華街に移動した

ということは前回の記事でも

書いた通りです。

 

その中華街の

門の下あたりの植え込みに

咲いていたのが

捩花[ねじばな]です。

 

捩花(2026.6.13)

(2026年6月13日撮影)

 

おお、久しぶりに見たよ捩花

と思って撮ったところが

ブレブレ(苦笑)

 

有志の連れも

あったことですし

ゆっくりピントを

合わせているわけにもいかず

ご容赦いただければ、と。(^^ゞ

 

ちなみに

門を通り抜けた時は

何という門か

気にしてませんでしたが

「中華街 熊猫飯店 近くの門」

で検索してみたところ

朱雀門(南門)だと分かりました。

 

朱雀門については

例えば以下の記事を

ご参照ください。

 

 

捩花については

地元でも2度ほど

見かけています。

 

 

 

和名の別名、英名

学名については

2回目の記事で

書いていることでもあり

本記事では省略します。

 

2回目の記事以来

すなわち

2024年の6月以降

地元では見かけておらず

まさか中華街で見かけるとは

思いもよりませんでした。

昨日

神奈川近代文学館に

行ってきたことは

前回、書いた通りです。

 

 

いつものように

改札を出てから

アメリカ山公園に出て

外国人墓地の脇を

通っていった際

目にとまったのが、こちら。

 

外国人墓地の芭蕉の花

(2026年6月13日撮影。以下同じ)

 

スマートフォンで

写真検索してみると

「バショウ」と出ました。

 

芭蕉の花(アップ)

 

蕾のようなものが花ではなく

花びらのようなものの下で

もじゃもじゃしているのが

花になります。

 

花びらのようなものは

苞[ほう]で

AIによる概要によれば

苞がめくれるたびに

内側に小さな花が

輪生状に現れるそうです。

 

庭木図鑑 植木ぺディアによれば

開花は稀であり、かつては仏教において3000年に一度咲き、最高におめでたいことを意味する「優曇華(うどんげ)」に擬えて珍重した

とのことですから

今回のは

3000年に一度の開花

ということになるのかしらん。

 

ほんとかなあ。

(途端に疑わしくなってくるw)

 

 

面白いのは

花柄になっている

バナナみたいなものが

実際に果実だということ。

 

芭蕉の実

 

上に書いたように

苞の内側のもじゃもじゃが

花であれば

それが全て結実したら

こんな景観にもなりますね。

 

Wikipedia によれば

英名は Japanese banana

だそうですけど

さもありなん。( ̄▽ ̄)

 

庭木図鑑 植木ぺディアによれば

中に大きめの黒い種子が入っていることや渋味が強いことから追熟しなければ食用にならない。

とのことですけど

ということは

食べられるわけですね。

 

びっくりです。

 

芭蕉の花(2つ)

 

ちなみに

木ではなく

草の仲間だそうです。

 

和名は

古名の発勢乎[はせお]ないし

発勢乎波[ハセオバ]が

転訛したものとされる

と庭木図鑑 庭木ぺディアに

書かれてますけど

「はせお」は旧仮名遣いでしょう。

 

別名は庭忌草[にわきぐさ]で

こちらについては

庭木図鑑 庭木ぺディアによれば

葉が風で破れやすいこと、寺院に多く縁起が悪いこと

に由来するのだとか。

 

なるほど

外人墓地に植えられているのが

腑に落ちました。

 

 

学名は

Musa basjoo

Siebold ex Y.Tanaka et Ono (1830)

 

属名の Musa は

ギリシャ神話に登場する

学芸の女神ミューズの

ラテン語表記です。

 

【追記(翌日23:10ごろの)】

 《季節の花300》

 というサイトによれば

 Musa(ムサ)は

 ローマ時代の

 アウグスト王の侍医

 Antonio Musa の名前に

 因むとのことです。

 

 日本野菜ソムリエ協会

 教務部の記事では

 ミューズとムサが

 併記されてましたから

 諸説あるようですね。

 

種小名はもちろん

和名に由来します。

 

 

命名者のうち

Siebold は

出島の医師として

日本人にはお馴染みの

フォン・シーボルトを示します。

 

ex 以下は

命名規約によって

正式に友好発表した人物を

意味するのだとか。

 

Y.Tanaka et Ono は

AIによる概要によれば

『草木図説』(1830)の増訂者

田中芳男と小野職愨[もとよし]を

指しているそうです。

 

ちなみに

『草木図説』の原著者は

飯沼慾斎[いいぬま よくさい]

(1783〜1865)で

こちらの記事によれば

 

 

全40巻のうち

前編の草部20巻が刊行され

木部10巻は1977年に

上梓されたのだとか。

 

それに基づいて

田中芳男(1838〜1916)と

小野職愨(1838〜1890)が

学名と科名を付して

1872(明治5)年に

刊行したようですね。

 

ちなみに

こちらによれば

 

 

芭蕉は原著の第3巻

冒頭に載ってるようです。

 

 

下の写真は

アメリカ山公園入口を

臨む視点からのもの。

 

芭蕉(アメリカ山公園入口方面から)

 

なんだか不思議な風景ですね。