2月11日は
建 国 記 念 の 日
建国をしのび国を愛する心を養う日です
(国民の祝日に関する法律 第2条)

日本建国の歴史
太古(縄文時代)の日本 「葦原中國」(あしはらのなかつくに)は、日本列島
が誕生(アジア大陸から分離)する前からの先住民族と、原始時代(新生代)
に列島が誕生(大陸から分離)した後に渡来した民族が、海原に囲まれた国
土の中で幾多にも分かれ、各々で生活を営んでいた民族・部族間の争いが
絶えませんでした。


九州の高千穂宮(たかちほのみや)を御所とされていた
神日本磐余彦尊(か
むやまといわれひこのみこと、後の神武天皇)は葦原中國の平定をめざされ、
その中央に位置し、葦原中國の平定にふさわしい大和国.(やまとのくに:現、
奈良県)へ彦五瀬命(ひこいつせのみこと)ら皇兄たちとともに向われました。

九州~畿内(瀬戸内海)の海上交通・交易航路の拠点作り、殖産(稲作・機織
り等)の奨励、教義に感化した部族とともに国家の地盤づくりを行いながら反
抗部族との衝突など幾多の困難を経て大和国へ到達
された磐余彦尊は、畝
傍山(うねびやま)の東南へ創建された御所 「橿原宮」(かしはらのみや:現、
奈良県橿原市橿原神宮)におかれ、「自然・祖先から授かったこの国に政(ま
つりごと)を広く行き渡らせ、民族が一つになった、一つの家のような国を築く
(口語訳)」と建国の詔 (みことのり:御言宣) を発せられ、初代天皇
(皇尊:す
めらみこと)に即位されました。(後述)


天皇の諡号.(しごう:御名)
飛鳥時代の674年以前は、
神日本磐余彦皇尊.(かむやまといわれひこの
すめらみこと)
.等、和風諡号(わふうしごう) で称されていました。
東アジア諸国との外交上の必要性から淡海三船
.(文人).が中心になり、古
事記・日本書紀などの記述を元に 「
神武天皇」 等の漢風諡号(かんぷうし
ごう)が奉呈され、奈良時代後期(700年代後半)から公式に称されるように
なりました。

日本建国の理念
海原に囲まれた国土の中で、いくつにも分かれた部族・豪族間の争いが絶え
なかった
太古.(縄文時代).の日本の平定をめざし、現在の橿原神宮(奈良県
橿原市)で御即位された初代 神武天皇が発せられた詔(みことのり)
橿原奠都.(かしはらてんと).の詔
(建国の詔)

橿原建都の令八紘爲宇の詔.(己未年三月七日)

「三月辛酉朔丁卯、下令曰「自我東征、於茲六年矣。(略)・・・
「「上則答乾靈授國之德、下則弘皇孫養正之心。然後、兼六合以開都、
「「掩八紘而爲宇、不亦可乎。(略)
「「辛酉年春正月庚辰朔、天皇即帝位於橿原宮、是歳爲天皇元年。」

(記述:日本書紀巻第三神日本磐余彦天皇神武天皇)
.(自然・祖先).から授かったこの国に政(まつりごと)広く行き
渡らせ
一つの家のような国家を築く。」.(口語訳、要約)
――.神武天皇、日本建国の理念.――
掩八紘而爲宇 (八紘を掩ひて宇と為さむ)
八紘(はっこう)を(おお)いて広く行き渡らせ
(いえ)と(な)さむ = 一つの家のようにする
.(まつりごと).を広く行きわたらせ、民族が
一つになった、一つの家のような国家を築く

【日本国家の起源
わが国最古の正史.(国家によって公式に編纂された歴史書)である日本書紀
の記述に基づき、神武天皇御即位の日(辛酉年春正月庚辰朔:旧暦
1月1日)
を日本国家の起源として、御歴代天皇が宮中で皇霊・天地の神々へ国家民衆
(国民)の繁栄・安泰を祈られる祭祀(親祭)にあわせ、全国各地の官社(朝廷・
国家が管理・保護していた神社)などで神武天皇陵・橿原宮を遙拝して建国の
偉業を偲ぶ祭祀「紀元祭」が執り行われていました。

1872年(明治 5年)、それまで祭祀が執り行われていた日本書紀に基づく神武
天皇御即位の日
(前述)を西暦に換算した紀元前 660年 2月11日が建国の日
.
「紀元節」.に定められ、以後毎年2月11日に、天皇陛下・御皇室と国家・国民
が一体となって建国の偉業を偲び奉祝する国家祭祀.紀元祭.が執り行われ
ました。
西欧も感銘した【万世一系の皇統
国家として.「御即位日」【日本建国】.を紀元前660年 2月11日と換算したのは
西暦導入の明治初期ですが、元々は江戸時代の1615年(皇紀2275年)、長崎
へ25年間滞在していたスペインの貿易商人、アビラ・ヒロンが.紀元前660年
であることを換算しました。 
(暦の発祥・歴史 【暦いろいろ】 より)

祖国スペインへ「彼らのもろもろの文書や極めて古い書物は、最初の日本国王
である神武天皇がその治世を始めたのは2270年以上も昔と明言」 と報告。
著書 「日本王国記」(岩波書店、1965年刊)へ 「日本は2270年の間、同じ王家
の王族が108代も続いてきた」 と記しています。

16~17世紀、キリスト教徒の大迫害を経た皇帝の交代、教派・聖典により「紀
元の概念・歴史」 が異なっていた欧州、頻繁な王朝交代があった東洋の他国
と比べ、
他国に類ない日本の 「万世一系の皇統」 とその歴史に驚き、【王族
(天皇・御皇族)と民族が一体となった揺るぎない概念と信念】に感銘しました。

現行の祝日法で
.「建国をしのび、国を愛する心を養う日」.として制定された
建国記念の日.には、建国の地.橿原神宮.をはじめ、全国各地の神社で
建国創業の御神徳を景仰する祭典
.紀元祭.が執り行われ、奉祝団体主催
による奉祝記念行事が行われます。

ご参考: 橿原神宮 公式サイト
  日本の建国を祝う会  
  (旧、建国記念の日奉祝会・奉祝運営委員会)
 
  全国・岡山の奉祝行事は当日(当年)の奉祝記事にリンク
させて頂いています。
 
ご参考としてリンクしています紀元祭・奉祝行事への参加を促すものでは
ありません。
ご自宅で心の中で、建国をしのび祝う方がお一人でも増える
ことを願います。

【政祭の基本理念
海原に囲まれた太古の日本に政(まつりごと)を広く行き渡らせ、「民族が一
つになった、
一つの家のような国家を築く」という神武天皇の日本建国の基本
理念
は、自然の恩恵に感謝し、畏れ敬う日本古来の信仰の中で、御歴代天皇
が日本民族の
最高位の祭司として天地の神々を祀り(祭)、国家民族の繁栄
と安泰を祈りながら国を治めてこられた幾世紀にも亘る
,政(まつりごと)の基
本理念
になりました。

道徳国家の再生
民族どうし、骨肉を争った戦国時代を経た江戸幕府の廃絶、天皇親政の御宣
言(
明治維新)に際し、民主的・道徳的な近代国家建設を目指された第122代
明治天皇
は、「民族が一つになった、一つの家のような国家を築く」という建国
・政 (まつりごと)の基本理念を根源とした五箇条の御誓文(民主主義の原理)、
教育に関する勅語
.(総理大臣・文部大臣に対する道徳教育の規範).を発せら
れました。
教育に関する勅語
詳しくはこちらをご覧下さい。
(【五箇条の御誓文】・【教育に関する勅語】 原文・読み・意味)


建国理念「掩八紘而為宇科学的立証
「縄文時代の日本は、争いが少なく平穏だった」
岡山大学大学院教授ら、全国の縄文遺跡で出土した人骨を分析。
わが国の縄文時代(約14000年前~紀元前501年)における暴力による死亡
率は、石器時代(狩猟採集民時代)の大量虐殺を示唆する人骨が発掘された
欧米など他国のデータと比べ、
5分の1以下の約1.8%であると算出、英国の
科学雑誌に発表。(2016年 3月30日)


元々(日本列島誕生前)は、同じアジア大陸の旧石器人であった日本の先住
民族と、日本列島誕生(大陸から分離)後に大陸から渡来した民族が、海原に
囲まれた国土の中で幾多の部族に分かれていた太古の日本。


縄文時代、九州の高千穂宮から畿内までの海上交通・交易航路の拠点作り、
稲作などの殖産を奨励、国家の地盤づくりを行いながら到達された大和国の
橿原宮にて「
掩八紘而為宇」の詔を発せられた神武天皇の建国理念に基づ
いた
仁政と武力によらない教化で部族を統治、その教義に感化・帰化した部
族とともに古代国家を形成した
建国史の考古学的・科学的な立証です

<タイトル(大文字)をクリックして頂くと同一ウインドウで開きます。>
建国理念、屈折の歴史
日本建国の基本理念が「世界侵略思想」と称され、建国をしのび祝う心、
天皇・御皇室を仰ぐ心が
.「戦争につながる」.等と称される誤った認識
を生んだ歴史。
太平洋戦争終戦後、国民の生活を第一に案じられ、戦災の苦しみ、悲
しみを国民と共にされた昭和天皇の御心
御所の建て直しを断られ続け、1961年(昭和36年)まで送られた防空壕
生活。
昭和天皇の御心を受け継がれ、日本と世界の恒久和平・安泰を願われ
ながら皇后陛下、御皇族とともに常に国民を案じて下さり、
時代に即し
た御皇室
を築かれながら国民に寄り添い頂いている今上陛下の御心
現代に息づく建国理念
神武天皇建国の御世から世々御歴代天皇が 【民族(国民)が一つにな
った、一つの家の ような国家】 という深厚な理念のもと 【
日本民族の最
高位の祭司
】として天地の神々に国家民族(国民)の繁栄安泰をお祈り
頂く祭祀を大切に継承されながら、
時代に即した御皇室を築かれ、国民
に寄り添い頂いている
今上陛下の御心
幾世紀を経た日本に息づく建国理念
現代にふさわしい御皇室を仰ぐ心
日本人の心に息づく現代の愛国精神


個人的な記述で専門的な考証・見解を主張するものではなく、リンクさせて
頂きましたサイト・団体等とは一切関係ありません。
いずれの団体、その他の政治・思想・宗教団体にも属していません。

<参 照>
古事類苑全文データベース 日本書紀 全文検索
ひむか神話街道(著作:宮崎県)神武天皇東征 (アニメ)
和歌山県観光情報東征の道を行く:神武天皇
かしはら探訪ナビ(著作:橿原市)橿原神宮

<リンク>
昭和天皇と戦後日本
明治政府による神格化、太平洋戦争終戦と昭和天皇の御心、昭和天皇
の全国御巡幸と戦後復興、今上天皇の御心。
勤労感謝の日と新嘗祭
今上天皇、御皇族による宮中祭祀。
古代日本の民族信仰から発祥した新嘗祭。
建国神話.「吉備高嶋宮と古代児島」
建国神話.「古事記」、わが国最古の正史.「日本書紀」に記された吉備、
古代児島における国家建設の地盤づくりなど。
日本の古代祭祀と神社の起源
自然の恩恵に感謝し、畏れ敬う感情から発祥した日本古来の信仰。
神社建築の始まり。


岡山の風 サイト運用規程 (リンク・個人情報・著作権)
ホームページ版 「岡山の風」 閉鎖につきまして
読者登録・なう・Twitterフォロー等につきまして
ペタ帳閉鎖 (2016年 2月29日) 等につきまして
背骨の悪友(頚椎症性脊髄症、等)につきまして