30th anniversary
of 晴れの国おかやま
岡山空港開港30周年.(3月)




岡山市北区日応寺1277

(2011年03月31日.撮影)


沿革概略 (一部抜粋)
1988年 (昭和63年) 3月11日、岡山市南部の旧、岡山空港 (現、岡南飛行場
 から移転し開港、晴れの国おかやまの空の玄関として運用が開始さ
 れました。
1993年 (平成05年) 開港時、2,000mだった滑走路が2,500mに延長、エプロ
 ンが拡張されるとともに、国際線ターミナルが供用開始されました。
1995年 (平成07年) 1月17日、阪神淡路大震災発生。
 神戸を中心に寸断された陸上交通の大動脈に代わる近畿以東と西
 日本の交通手段、人員・物資の緊急輸送の拠点として、岡南飛行場
 とともに県・自治体・民間企業・団体等、官民一体となった被災地支
 援に役立てられました。
2001年 (平成13年) 滑走路が3,000mに延長されました。
2002年 (平成14年) 従来の全日本空輸(ANA ) に加え、日本航空(JAL) も
 就航し、東京便の2社運行 (ダブルトラック) が開始されました。


2011年 (平成23年) 3月11日
 23年後の開港日に発生しました東日本大震災。
 当時、岡南飛行場を基地としていた岡山県消防防災ヘリ 「きび」 及
 び、阪神淡路大震災を教訓・契機に編成された 「緊急消防援助隊」
 派遣の他、日本赤十字社岡山県支部の赤十字飛行隊・輸送機 (セ
 スナ)による職員(救護班)・物資の輸送など、阪神淡路大震災の際
 と同様、人員・物資の緊急輸送の拠点として岡南飛行場とともに県・
 自治体・民間企業・団体等、官民一体の被災地支援に役立てられま
 した。
2016年 (平成28年) 8月17日、岡南飛行場より 「岡山県消防防災航空隊」が
 移転。(ターミナルビル東側)
 同月31日、岡山県消防防災航空センターとして開所、岡山県の消防
 防災基地として運用開始されました。


岡山空港 公式サイト
岡山空港 開港30周年記念式典
 
式  典: 平成30年 3月10日 (土) 11:00~11:00
 (岡山空港2F 国際線出発ロビー)
その他: 岡山空港開港30周年記念グッズ配付 (先着2000名)
 (記念式典終了後、2F国際線出発ロビー等にて)
消防車放水アーチ
 (岡山12:05着 ANA653便、12:10着 JAL233便)
町内餅つき大会、など

  詳しくは、上記リンク (公式サイト) でご確認下さい。
    イベント内容は天候等により変更・中止の場合があります。

  リンクさせて頂いたページは、本記事作成時のURLです。
    イベント終了後は、リンク切れになる可能性があります。



空港ターミナルビル北側
岡山後楽園 模式庭園

 
江戸時代初期に岡山藩主、池田綱政により14年の歳月をかけて造営された
わが国の元禄文化を代表する大名庭園、「岡山後楽園」 の縮景がひろがり
ます。

後楽園中心部の 「沢の池」 を形どった池には三つの島、「唯心山」 を形ど
った築山には大石、アカマツをはじめ、ツツジなどの樹木が植栽され、日本
三名園のひとつ、国指定の特別名勝 「
岡山後楽園の魅力が凝縮されて
います。

曲水」 に架かるレトロなアーチ橋を渡ると・・・

時季にはツツジが美しく咲き誇る模式 「唯心山



庭石ももも!!

外灯ももも!!

そして、ももの庭石の間には・・・

昔話 「桃太郎」 のモニュメント
 
ももづくし、桃太郎づくしの日応寺、岡山空港・・・
桃の名産地、昔話 「桃太郎」の発祥地 「晴れの国おかやま」ではありますが、
ここ日応寺こそ 昔話 「桃太郎」の冒頭に登場する 「大きな桃が流れ
てきた」 とされる笹ヶ瀬川の源
! 空港北側のほど近く(日応寺 字寺谷)に
水源があります。
(笹ヶ瀬川の概要・河川データは、こちら (記事下段) をご覧下さい。)
桃太郎伝説
桃太郎伝説は、紀元前88年に 「民を導く本は教化にある」 を理念とされた
第10代崇神天皇の勅命により、吉備国の平定に派遣された古代の御皇族
(第7代孝霊天皇の第三皇子) 大吉備津彦命が、古代朝鮮(百済) から渡
来し、この地方を支配、大陸伝来の製鉄技術で繁栄させながら教化・統治を
受け入れなかった温羅(うら ) を家来の犬飼健(いぬかいたける)・楽々森
彦(ささもりひこ)・留玉臣(とめたまおみ)とともに討伐した古事が基になっ
たとされています。(古事記・日本書紀・吉備津神社縁起)

昔話の犬(犬飼健:いぬかいたける)、猿(楽々森彦:ささもりひこ)、雉(留玉
臣:とめたまおみ)は吉備国平定に協力した地元豪族の祖先とされ、犬飼健
(犬)が後の首相、犬養毅 (現、岡山市北区川入出身、旧姓:犬飼) の祖先、

楽々森彦(猿)は、日応寺の北に位置する現在の吉備中央町辺りの豪族で
あったと伝えられています。(吉備郡神社誌)

温羅は反乱の首謀者として成敗されましたが、大吉備津彦命が吉備国平定
後に政事を行った御所 「茅葺宮」 近くに祀られ、温羅ゆかりの神社の巫女と
ともに神事を行い、後に大吉備津彦命を主祭神に祀った吉備津神社の神官
とともに古代から神事・祭祀を執り行い続けられ、農作などの吉凶を占いなが
ら吉備国の安泰・繁栄を祈りました。

また、教化を受け入れた他の (温羅に従属していた) 部族、支配されていた
人々は大吉備津彦命の仁政の下で古代製鉄などの殖産をひろめ、地元 (先
住) 氏族・豪族とともに吉備文化の発展に貢献しました。

後世、政府・軍部の独走・暴走により軍国主義に突き進む中、幼少から戦意を
抱かせる歌詞を用いた尋常小学唱歌として童謡 「桃太郎」 が作られるととも
に太平洋戦争に至るまで軍国主義を背景に昔話 「桃太郎」 を、敵と戦う勇敢
さの象徴として教え語られるようになるなど、「桃太郎」自身も古事とかけ離れ
た波乱万丈の
???不孝な歴史を歩みました。

昔話と童謡ですっかり悪者にされた温羅 (うら) ・・・
1994年(平成06年)より、吉備国を繁栄させた 「温羅伝承」 を基にした市民
参加型の祭り、うらじゃ実行委員会・うらじゃ振興会による踊り 「うらじゃ」 が
毎年夏の 「おかやま桃太郎まつり」 の中で盛大に繰りひろげられています。

そして2010年 (平成22年) の春に、
可愛い女の子うらっち」に変身
桃太郎がモデルになった 「ももっち」 たちとともに仲良く、岡山県マスコット
として岡山県のPR・イベントで大活躍しています。

岡山県マスコット 「ももっち・うらっちと仲間たち」
(左から、いぬっち・うらっち・ももっち・さるっち・きじっち)
 
当ブログ 「岡山の風」 は、岡山県総合政策局 公聴広報課の許諾、岡山県知事の
承認を頂いて岡山県マスコットを使用しています。  【岡山県知事承認 .第896号】

 
桃づくしの日応寺にお話を戻しまして(^▽^)// ・・・


(2011年03月31日.撮影)
岡山県道237号 日応寺栢谷(にちおうじ かいだに)線、岡山空港の南側
に位置する日応寺トンネル。

南側 (岡山市内側) 出入口横の緑地に 「大きな桃」 のモニュメントがあり、
昔話 「桃太郎」で、大きな桃が流れたとされる笹ヶ瀬川が空港北側の水源
日応寺 字寺谷) からトンネルの西側 (写真左) を流れています。




岡山市日応寺自然の森
(2011年03月31日.撮影)

 
岡山市の市制100年記念事業の一つとして岡山空港の北東に隣接して整備
された岡山市日応寺自然の森・スポーツ広場。

みどり豊かな自然の中で、ゆったりとした散策・自然観察、森林浴などの自然
体験、リフレッシュができ、「飛行機が見える広場」 には野球・テニス・パターゴ
ルフなど本格的・多彩に楽しめるスポーツ広場、小さなお子さんも楽しく遊べる
子ども広場などが併設されています。
岡山市日応寺自然の森・スポーツ広場
(岡山市公園協会 公式サイト)

晴れの国おかやまの観光情報はこちらから

観光・グルメ・イベント情報
盛りだくさん
岡山県マスコットうらっち(左)・ももっち(右)

 
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