VAIOタワーを一生使う

VAIOタワーを一生使う

1998年に購入、補修を重ねて一生使うことを決めたSONY VAIO TOWER PCV-S610を使って記録した、終活を兼ねた備忘録です。

VAIOにフロッピーディスクを挿入した様子

ネットワークや配信の普及で、ブルーレイやDVDなどのリムーバブルメディアの終焉が噂されるこの頃ではあるが、我がVAIOタワーの前面には光学ドライブに加えて、フロッピーのスロットが準備されている。しかし昨今のマザーボードにはこれをつなぐインターフェースが用意されておらず、もう何十年もフロッピードライブはただの飾りとなり果てていた。

フロッピーディスクドライブUSB変換アダプター

ところが今回、フロッピーインターフェースをUSBに変換するボードがヤフオクに出品されているのを見つけた。価格の安さも手伝って、思わずポチしてしまう。上の写真がそのインターフェースで、マニュアルも無いのでどうやって繋ぐのかも手探り状態。おまけにフロッピーディスクもほとんど処分してしまって手元に無いのだが、とりあえず何とかしようとパソコンを分解してフロッピードライブを取り出す。

フロッピーディスクドライブとUSB変換ボード

久しぶりに見たなあフロッピードライブとか、意外とフロッピーのメディアって大きいなとか思うこと色々あるんだけど、眺めているだけでは始まらないのでボードをコネクターに差し込んでみることにする。あれ、このコネクター、裏返しにしても刺さるぞ。ドライブ側はピンが1本少ないのだが、コネクターはどっち向きでも入ってしまう。間違えてドライブ壊してしまったらもう二度と手に入らないかもしれない。同じタイプのボードを繋いだ写真が無いか、しばしネットを探す。

フロッピーディスクドライブ USB変換基板

恐らくこっち向きだろうっと、えいやっと差し込んでみたのがこの写真。白いコネクターのケーブルは電源用と思われるので、ドライブの電源側に差し込む。このままUSB端子につないでドライブとして認識されればオッケーなのだが、むむ、マザボ上に差し込めるUSB端子が空いてないぞ...

PC背面ポートとUSB変換ボード

見た目がかっこ悪いのであんまりやりたくなかったんだけど、ケーブルを後ろから出して空いている背面USB端子に差し込む。ボード上のUSB端子にはビデオキャプチャ―とBluetoothがつながっていて空きがないし変換ケーブルも手持ちが無い。ここは次の機会に、マザボに刺さる二股USBでも準備しようかと思うが今回はこれで行く。

フロッピーUSB変換ボードとPC内部

フロッピードライブの後ろに基盤を足すと、何かに干渉するんじゃないかと心配したけど、このエリアはケーブルがごった返しているけど意外と干渉するパーツは無い。使い勝手の悪いVAIOのケースだが、マイクロタワーと言えども中は意外と広いのだ。

VAIOにフロッピードライブとWindows情報ディスク

ではパーツを仮組して通電チェックを行うこととする。基盤が反対刺しかもしれないという不安があるので、ちょっとナーバースな気分になる。

フロッピーディスクドライブ(A:)が表示されたPC画面

パソコンの電源を入れると、何事もなく起動してフロッピードライブのアクセスランプが点灯する。やった、成功かと思いエクスプローラーを見ると、永らくご無沙汰だった「フロッピーディスクドライブ(A:)」が出現。やたー、しばし感動で手を止める。

 

フロッピーの容量は最大で1.44MB。その下に1.2MBとか640KBとかいろいろあったけど、今となっては写真1枚も入らない低容量。しかも手持ちのディスクはほとんど無い。何のために復活させたのかは謎でもあるんだけど、単なる自己満足の世界だなあとまたまた悦に入る。こんなことなら古いフロッピー、しばらく持っていて中身をコピーしてから処分したら良かったとしばし後悔する。パソコン通信のログとか、今では手に入らないデータはいろいろあったはずなんだけど...

 

現在までの改造箇所
■メモリー 64MB → 256MB → 4GB → 8GB
■ハードディスク 8GB → 68GB → 1TB+68GB → 1TB → SSD480GB+HDD2TB → SSD1TB+480GB+HDD 2TB
■CPU Pentium2-333MHz → Celeron 533MHz → CORE i3-540 → CORE i3-12100
■ドライブ CD-R/RW → DVD-RAM/RW/R (DVDマルチ) → Blu-ray(BD-XL) + FDD
■インターフェース USB1.1 → USB2.0 → USB3.0
■電源ユニット 80W → 300W
■OS Windows98 → WindowsXP → Windows8 → Windows8.1 → Windows10 → Windows11
■プリンター BJ F600 → PIXUS 550i → EP-802A → PIXUS TS8330
■インターネット接続 ダイヤルアップ → ADSL+無線LAN(11g) → 光 + 無線LAN(11n) → 光 + 無線LAN(11ax)

 

 

自分の部屋の模様替えをしていると、突然がらがらがちゃんと何か落ちる音が... 何だかわからずにいたんだけど、しばらくして家具の隙間に部屋のマスコットのチュンちゃんが落下していることに気がつく。拾い上げてみると、両足がもげて何とも可哀そうな姿に...

チュンちゃんの足修理、竹串と接着剤で復活

実はチュンちゃんは以前も同じ目にあって足を修復したことがある。悪いことは繰り返す...というわけで、再度チュンちゃんの復活手術(?)を試みることに。

マスコット修理 接着剤と竹串

用意したのは瞬間接着剤と竹串。こんな尖ったものが接着剤でくっつくんだろうかと思うのだが、最近の接着剤はなかなか優秀なのである。なお片方の足は根元から折れているが、そのまま残っている。もう片方は、前回継いだ軸のみが残っている。

竹串をカッターで削る

竹串を適当な長さにカットする。そのままでは足にならないので、カッターで斜めに削って形を整えていく。

チュンちゃんの足修理、瞬間接着剤と竹串で。

足のパーツがそろったところ。以前使っていたパーツも回収できたものは再利用する。左足は瞬間接着剤で先にくっつけて固定されるのを待つ。

竹串でチュンちゃん足を修理

竹串をハの字に寄せて、削り具合を微調整したあと瞬間接着剤でくっつける。真ん中の棒は開き具合を調整するためで接着はしていない。

マスコットの足、竹串で修理中

接着剤がくっついたら、残っていた足の縦の串に接着する。足の角度により立ち方が変わるので、ピンセットで微調整しながら固まるのを待つ。

チュンちゃんの足、竹串と接着剤で修復

これだけでは足の指が足りないので、真ん中の指を作ってこれも接着する。

チュンちゃんの足修理、復活した姿

復活したチュンちゃん。心なしか仲間も嬉しそうに見える。ちょっと足の色が違うのでニスかマジックで色を塗ってやろうとは思うのだが、これはまた次の機会に。しかしそれまでにまた、チュンちゃん災難に合うかもしれんが...

 

最近、NETFLIXの配信ドラマ「ガス人間」のCMがよく流れている。まさか60年代の怪作「ガス人間第1号」のリメイクじゃなかろうなと思って調べたら、やっぱり「ガス人間第1号」だった。これは映画会社の東宝が5~60年代に作っていた「変身人間シリーズ」という連作の中の1本。私もリアルタイムに見てたわけではないんだけど、小学生の頃にシリーズの何本かがテレビで放映されてトラウマ級の思い出があるのでちょっと記しておこうと思う。

 

たぶん小学校低学年の時だったと思う。両親が熱心にテレビを見ていたので、「ぼくも見せて」というと「子供が見るもんじゃない」と追い払われた。でもなぜかしつこく喰いついていると、結局見せてくれた画面には男女が暗いマンホールの中の地下道を逃げまどい「ここで液体人間に殺されるか、それとも焼け死ぬか」なんて言っている。その視線の先には液体人間の姿が... あと覚えているのは、あたり一面が火の海になり最後は海だか川だかわからんが一気に燃え上がって「終」の文字が。当時の画質の悪い白黒テレビの雰囲気も手伝って、あれは何だったのかとしばらくわからずにいたような。それから両親に「海って燃えるの?」ときいたら「油が流れていたらな」と教えてくれた。

 

これが最初に見た「美女と液体人間」の記憶である。

美女と液体人間 DVDジャケット

■美女と液体人間(1958)

本多猪四郎監督、円谷英二特技監督、白川由美・佐原健司・平田明彦出演。この映画は社会人になってから見直して、なるほどそうだったのかと答え合わせができた。原爆実験の副産物で生まれてしまった液体人間が帰巣本能で日本へやって来て人々を襲う、というストーリーだったような、といっても、答え合わせからも時間が経ってしまってるので記憶は正確ではないかもしれない。

 

次に見たトラウマ映画が「マタンゴ」。これは小学生高学年になっていたので、翌日の学校でも話題になっていた。嵐に見舞われて無人島に漂着した若者たちが、生きるために食料を探す。そこに謎のキノコ人間が現れて、というストーリーなのだが、そのキノコ人間の造形が何とも気味悪い。後半のメンバーが一人また一人と追い詰められていくスリラーが、そしてひとりだけ無事帰還した男の末路がなかなかのインパクトで小学生には結構なトラウマであった。

■マタンゴ(1963)

本多猪四郎監督、円谷英二特技監督、久保明・水野久美・小泉博・佐原健二出演。これを見てキノコが食べられなくなったという人が続出したらしいが、私はキノコ類は大の好物である。

 

ここから先の「伝送人間」「ガス人間第1号」は結局見たのは社会人になってからのような気がする。レンタルビデオやBS、WOWOWを録画した映画をプロジェクターで見る、というのが日課だったのだが、その時に一気に見た記憶がある。

 

■電送人間(1960)

福田純監督、円谷英二特技監督、鶴田浩二・白川由美・平田明彦・土屋嘉男出演。人間を電送する装置を使った完全犯罪をテーマにしたミステリー仕立て。今考えると、「ハエ男の恐怖(1958)」にヒントを得た気がしなくもない。「宇宙大作戦・スタートレック(1966~)」にも影響を与えたかな?

 

■ガス人間第1号(1960)

本多猪四郎監督、円谷英二特技監督、三橋達也、八千草薫、土屋嘉男出演。不可思議な銀行強盗事件が立て続けに起こり、それは人体実験の失敗で生まれたガス人間の仕業だったというのが主なストーリー。それに日本舞踊の家元(八千草薫)との恋愛がからんで、一種独特な世界を生んでいる。

 

以前に見た時には日本舞踊のシーンが冗長で邪魔にも感じたのだが、古典芸能もちょっとは見るようになった今となっては見方が変わるかもしれない。もう一度見てみたい映画ではある。

 

さてさて、最新作のドラマ版「ガス人間」である。スタートレックの件で解約してしまったNETFLIXではあるが、再契約して見てみようかと迷っているところである。

 

 

 

 

実は私の家には温水洗浄便座(ウォシュレット)が付いていない。以前に子供が小さい時に取り付けたら便座周りがひどく汚れて大変なことになった。というわけで、今の家に引越してからは長年ウォシュレットなしで過ごしていたのだが、子供たちも大きくなり、急に思い立ってウォシュレットを取り付けることにしたのだった。

 

ウォシュレットの取り付けは過去に何回かやったことがあるのだが、実は作業自体はそんなに難しくはない。しかし水回りのことなので、水漏れを起こしたら大変なことになる。あくまでも自己責任だが、自分でやってみようという方の参考になるかと思い記しておこうと思う。

ウォシュレット取り付け部品と工具

今回準備した新品のウォシュレット一式。なおウォシュレットとはTOTOの登録商標で、パナソニックや東芝など他社を含めての名称は温水洗浄便座という。今回購入したのはTOTOの製品なので、以降もウォシュレットと書いていく。

ウォシュレット取り付け、水道元栓を閉める

最初にタンクにつながる水道の元栓をマイナスドライバーで閉める。取り付けマニュアルには建物の水道栓を元から閉めろと書いてあるが、経験上ここを閉めれば大丈夫なはず。時計方向にいっぱいまで閉めておかないと、パイプを外した時に水が噴き出してえらいことになるので要注意。なお写真のようなフレキシブルパイプではなく、曲がらない金属パイプが付いている場合は少々ややこしい細工となるので要注意。きちんと閉まっていたとしても、パイプを外した時にパイプの中にたまっていた少量の水がしたたり落ちるので、バケツか洗面器を下に置く。

ウォシュレット取り付け、便座ネジを外す

元の便座と蓋を取り外す。便座の付け根のヒンジのネジをドライバーで外す。ネジにキャップが付いている場合はマイナスドライバーでこじれば簡単にキャップが外れる。ネジが外れれば、便座と蓋がカパっと取れるはず。

トイレにウォシュレット取り付け、準備完了

TOTOの便器の場合はネジ穴にゴムのブッシュが入っているので、これもラジオペンチなどを使って引っこ抜く。大きな穴が2つ残る。ここにウォシュレットに付属のゴムブッシュを押し込み、取り付けアダプターをねじ止めする。

ウォシュレット取り付けアダプターを設置

アダプターを取り付けたところ。位置は前後に微調整できるので、便座の先っぽと便器の位置が合わない場合は、ここのネジで調整することができる。

TOTO製温水洗浄便座の取り付け完了

アダプターに便座を前からすべらせるように押し込むと、かちっと音がして固定される。便座の右横にボタンがあるので、これを押せば便座を手前に抜き取ることができる。以前使っていたパナソニックの便座はこの取り外しができなかったので、便器と便座の間が強烈に汚れてしまったが、これなら時々外して掃除ができるので清潔である。

ウォシュレット取り付け:水栓とホースを接続

便座が付いたので、次は水道をつなごう。レバーを引いて洗浄タンクの中の水を抜いたあと、水道管のパイプをレンチで外す。最初に締めた水栓の締め方が足りなかったら噴水になるので、恐る恐るゆっくりとねじを外す。パイプの中にたまっていた水が出るので、洗面器で受ける。幸い、水はしっかりと止まっていた。

ウォシュレット取り付け、水道管接続作業

ウォシュレット本体から伸びてるパイプの先がT字型になっているので、オス側をタンクのパイプにつなぐ。パッキンが入っているのを確かめた上で、スパナでしっかりと締め付ける。締め付けが足りないと水が漏れるので慎重に。

ウォシュレット給水管接続

そして反対側にパッキンを入れたら、壁から出てるパイプに取り付ける。水栓工事は実はこれだけのことなのだが、怖いのは何度も書くが水漏れである。手順は簡単だけど、プロに任せた方が良いと言われる所以はここにある。

ウォシュレット取り付け:給水管の元栓を閉める

パイプの取り付けが終わったので、元栓を開ける。水道工事では緊張の一瞬。もちろん水漏れがあればすぐに栓を閉めれば良い。今回は何の問題もなく終わり、水が空っぽのタンクに流れ始めた。再度各部に水漏れがないかチェックする。

ハンドドリルとドリルビット

最後に壁にリモコンを取り付ける。石膏ボードの壁なので、アンカーと呼ばれるナイロン製の留め具を埋め込む。ネジ穴の位置を決めると、アンカー指定の径のドリルを使って壁に穴をあける。未だにハンドドリルを愛用している私。

アンカーを石膏ボードに打ち込む作業

アンカーがなかなか固くて入りにくく、最後は金づちで叩き込む。ドリルの径を間違えたかな??

ウォシュレット取り付けアダプターのねじ止め

リモコンのスペーサーをアンカーにねじ止めする。石膏ボードにアンカーを使わずネジくぎだけだと、力がかかるとずぼっと抜け落ちることがあるので要注意。

ウォシュレットリモコンを壁に取り付ける

電池を入れたリモコンを、スペーサーに引っ掛ける。電池交換がしやすいように、リモコンは簡単に外れるようになっている。

温水洗浄便座取り付け完了後のトイレ

これで完成。アースをつないでコンセントを入れたら、動作チェックを行う。お疲れ様でした。

 

過去に何回か温水洗浄便座の取り付けをやったことがあるのだが、パイプの先が合わなかったり、長さが足りなかったりといろんなことが起こってホームセンターに走った経験がある。今回はTOTOの便器にTOTOの便座を取り付けということで、まったく追加部材不要で終わったので楽だった。チャレンジしてみようという方は、あくまでも水漏れは自己責任なのでそこだけは注意してくださいね。

 

私の両親は、遠くに住んでいるが未だに健在だ。母は認知症が進み施設に入っているが、91歳の父はその施設の近くで一人暮らしをしている。体力的にはびっくりするほど元気ではあるのだが、やはり90歳を超えると一人暮らしをさせておくのは心配である。こまめに電話をかけてはいるが、それも数日に1回。ネット全盛の今だからこそ、プライバシーに配慮しながら遠隔で見守りできるシステムはないかと探していた。

 

まずは父のスマホに見守りアプリを入れることを考えたが、父は家族との通話以外はほとんどスマホを使わない上に、外出時は壊したり置き忘れたら大変だと家に置いていく。かつてよく言われた不携帯電話だ。

 

ネット回線が無いところで使える見守りサービスで、有名なのはSECOMやALSOKが提供しているもの。カメラやセンサーを高齢者の住居に設置して、異常があれば連絡が入り場合によっては警備員が駆け付けてくれる。ただし月額料金は2,000円~5,000円ぐらいとちょっと高め。もっと気軽に設置できるものはないかと探していて見つけたのが、今回導入した「まもりこ」である。

まもりこ見守りセンサー本体とスタートガイド

「まもりこ」はnecolicoというところが提供している見守りサービス。冷蔵庫にセンサーを取り付けて、その開閉状況を見守る側のスマホに送ってくれる。生活していれば必ず使うのが冷蔵庫。開閉されていない状態が続けば、出かけているか食べていないか倒れているかということになる。その場合は電話して健在かを確認すれば良いだろう。

 

「まもりこ」本体は買い取りで13,200円するのだが、月額利用料が550円なのでランニングコストが安いのが良い。さっそくネットから注文すると、写真の「まもりこ」本体と、電源用のUSBケーブルやスタートガイドを送ってきた。1,000円アップでUSBアダプター付きもあるが、アダプターはいっぱいあるので手持ちの余ったものを使うこととする。

まもりこ見守りセンサー本体とUSBケーブル

設置はカンタンで、スマホに専用アプリをインストールして「まもりこ」とペアリング。あとは冷蔵庫の横に両面テープでペタッと貼り付けてUSBで電源供給すれば出来上がりである。SIM内蔵で回線はauかソフトバンクのLTEが送受信できれば良いとのこと。実家は山間部なので電波が届くかどうかは心配だったが、ボタンを押せばランプがしばらく点滅したあと送受信成功を表すグリーンに点灯したので問題なさそうだ。

まもりこ、見守り結果表示画面

見守り結果は8時、14時、20時の1日3回、このようなマークで表示される。グリーンのマークが点灯すれば活動(冷蔵庫の開閉)が確認できたということ。確認できない場合は、イエローやレッドのマークに変わる。レッドの場合は同時にスマホにメッセージを送ることも可能だ。

まもりこアプリの活動記録と温度湿度

実際は1時間ごとにデータは送られているので、画面をスクロールするとこのように冷蔵庫を開閉した時間と部屋の温度・湿度が表示される。これを見ていると、親父が生きていることが確認できる。エアコン嫌いの父が部屋で湯だってないかもわかる。かといってカメラを設置しているほどプライバシーに立ち入っているわけでもなく、なんとなく元気で食事したり飲み物取ってるな、なんて想像することができるわけだ。

まもりこ冷蔵庫開閉見守り結果表示

実はこのシステム、100%開閉をキャッチしているわけではなくドアを開閉しても反応しないことも多い。最初に設置した時は、ちょっと感度が悪いなあと思いながらも実家を後にした。すると予感が的中して、その後は赤いサインが増えた。上のキャプチャーはゴールデンウィークに帰省してセンサーの位置を調整した時のものだが、帰宅後に今度はまったく反応しなくなり赤マークの羅列でシステム自体が意味を成さなくなってしまった。何てこった!

冷蔵庫見守りセンサー「まもりこ」設置例

こういうシステムは裏メニューとかで感度設定が用意されている場合もあるので、公式ページで調べてみたけどそういったものは無し。感度が悪い場合は設置場所をいろいろ変えてみてというアドバイスがあり、貼り付け位置を変えたら反応するようになったという口コミもあったので、用事ができて再度帰省したついでに丁寧に試してみることとする。

 

最初は冷蔵庫の左側に貼り付けていたのだが、上下に位置を変えたり冷蔵庫の上面(無茶苦茶汚れていたので、ぴかぴかに磨いた)に変えたり、あるいはセンサーを90度回転して貼り付けてみたりと試行錯誤を繰り返すもベストな位置が見つからない。口コミにあった冷蔵庫の反対側に貼り付けるために、USBの延長ケーブルを用意してやってみたがこれも芳しくない。「まもりこ」でこんなに苦労してる人がいるのだろうかと疑問に思う。

まもりこセンサーと冷蔵庫の火の用心ポスター

ところがところが、冷蔵庫の壁に手を当ててドアを開閉すると、コトンと振動を感じる場所があることに気が付いた。しかも閉じる時のバタンという振動ではなくて、開ける時のロックが外れるようなコトンという振動だ。触る位置をいろいろ変えて試すと、上の写真の位置が一番コトンがよく伝わってくる。冷蔵庫内部の構造の関係なのだろう。ここに「まもりこ」を貼り付けて試してみることにする。

まもりこ見守りアプリの冷蔵庫開閉・温度・湿度記録

すると的を得たかのように、冷蔵庫の開閉を察知するようになった。100%とまではいかないが、実用に問題のない感度まで上がったという感じだ。

 

その後実家を後にしたが、「まもりこ」は今のところ役目を果たし続けてくれている。親父の冷蔵庫の開閉に対して反応が鈍いのは、見ていると習慣的にかなり優しくソフトに開閉しているようで、それも一因のようであった。がんこで私とは喧嘩ばかりしている親父ではあるが、元気で長生きしてほしいと願う次第である。

 

私が子供の頃、コンピューターとは知らないことを打ち込んだら答えが返って来る賢いマシンだと思っていた。私が学生だった1970年代から80年代にかけてに世の中にマイコンやパソコンが相次いで発売されたが、当時のスタンドアロンのパソコンの能力的にはそういう芸当ができるはずもない。今でこそグローバル検索やAIを使ってその夢が実現されているが、私が子供の頃はまさに夢の世界だった。

 

1980年代中盤になって、パソコン通信が登場した。掲示板を利用したコミュニケーションによって世界がぐっと広がったが、もうひとつ便利になったのは自分が作ったプログラムやデータの共有である。当時の私は映画が大好きだったが、人名と人の顔を覚えるのが大の苦手だった。この俳優さん、何の映画に出てたっけ、この監督さんの以前見た映画はなんだったっけ、と常に頭をひねっていた。

 

そこでパソコンに自分が見た映画のデータと簡単な感想を打ち込んで事あるごとに検索・活用していた、というのが私の映画データベース作りの始まりだった。そこでひとりでデータを作っていても登録数に限界があるので、みんなでデータや感想を持ち寄って大きなデータベースを作りませんかとパソコン通信で呼びかけたら、紆余曲折の末にスタートしたのがこの映画データベース作りというわけである。

 

当時の「月刊パソコン通信」という雑誌に、そのプロジェクトがフリーのデータ(PDD=Public Domain Data)として掲載された記事があったのでここで紹介しよう。

パソコン通信 1989年7月号表紙

PDDはPC-VANで活用できる

音頭を取っていたのは、PC-VANの「システム手帳(後のSIG知的生産)」と「貴方も私も映画ファン」という二つのSIG(フォーラム)だった。

 

当時はSIG内の掲示板の並びにデータベースというメニューがあり、SIGOP(SIGの管理人)のみがここにデータを転載することができた。映画データベースというコーナーをSIGOPからいただいた私はせっせとみんなの書いた映画のデータを転載していたのだが、なんと999件を登録したところで入力ができなくなった。PC-VANの事務局に問い合わせると、999件がデータベースの最大登録件数ということで、そんなにたくさん登録されることは元から想定してなかったそうだ。しかも検索機能もそんなに強力ではない。

 

そこで一発奮起して作成したのが、STEMAN(エステマン)というフリーソフトだ。この名前は、SIGシステム手帳のジャンプコードであるSTE(=通称エステ)と当時登場したばかりのCD-ROMを使ったソニーの電子辞書「データディスクマン」をもじって命名した。みんなで作成した映画データを丸ごと自分のパソコンにダウンロードして、ローカルで検索閲覧できるようにしたソフトである。このソフトは今でもVectorのサイトに登録されているが、作者の私がパスワードを忘れてしまい残念ながら更新も削除もできない状態となっている。

 

STEMANはSIG「システム手帳」の中で「映画」「音楽」「書籍」「探訪」「料理」「雑学」の6つのデータベースに対応していたが、私が力を入れていた映画ばかりが映画SIGのメンバーの協力により際限なく増え続け、最終的に7,000件を超える映画データが集まることとなる。項目も「原題」「監督」「出演」「スタッフ」「製作年」「製作国」「製作会社」など多岐にわたり、それらを組み合わせて検索できるのは当時としてはかなり強力なデータベースであったと思う。

 

こういった映画データを持っているのはその頃は「ぴあシネマクラブ」が日本最大かと思われたが、そちらは書籍がメインで毎年「邦画編」「洋画編」の2冊を刊行するのが定例となっていた。もちろん私は毎年両方を買っていたが、他にも映画の辞書っぽい本は片っ端から買いあさっていた。

 

1990年代に入り、時代がパソコン通信からインターネットに移ってからは環境が激変する。ウェブページとデータベースというのは親和性が高く、こういったアマチュアの手作りではなく企業が作った本気の映画データベースがぽこぽこと登場し始めたのだ。

 

もちろん私も手をこまねいて見ていたわけではなく、ウェブ上にSTEMANを移植しようとやってみた。PC-VAN事務局と交渉して、スクリプト言語のPerlが使えるホームページのスペースを無料でいただき、STEMANを設置した。しかしデータベース部分までPerlで手作りしようとしたため、ユーザーの映画の感想を追加する部分まで小回りがきかず、登録が100件を超えるたびに手作業で追加していく仕様となった。今考えると、かなり遅れたシステムであった。

STEMAN映画データベース システム

それでも開設した当初は「STEMANもついにここまで来たか」とそれなりの反響をいただいた。当時の雑誌にもいくつかの記事を掲載いただいた。以下は「特選街」の1999年9月号より。

特選街9月号、電子メールとロボットの表紙

STEMAN映画DB 7000件

この頃すでに私がブログタイトルにもしているSONY VAIO PCV-S610を使っていたのがちょっと笑えるかも。

続いて「Sofmap WORLD HYPER」の1999年10月号より。

Sofmap WORLD HYPER 1999年10月号表紙

映画データベース STEMAN

7,100件程度の掲載で「なんと~」がつくのは今ではちょっと恥ずかしいかな。

 

しかし終焉は間もなくやって来た。ウェブページからの感想の書き込みがそんなに多くなかったのに加えて、2001年にSTEMANの母体となっていたPC-VANが閉局した。数年後にインターネットに移行していたPC-VANのサービスがすべて終了し、オンライン版のSTEMANは幕を閉じる。

 

今では複数の映画データベースがインターネット上で運営され、また普通に映画名や俳優・スタッフ名などをネット検索しても満足な結果が表示されるようになった。STEMANはすっかり役目を終えたわけだが、手元に当時集めたパソコン通信時代のメンバーの膨大な映画の感想がある。著作権の問題が大変そうだが、当時を振り返る資料として、まとめてCSVやXML形式のデータにして公開できないかなと考えているところである。

 

 

 

インターネットの爆発的な普及は、1995年に発売されたWindows95が火をつけたと記憶する。この前後はまだまだホームページ(正確にはウェブページ)が一般的ではなく、またホームページを作ってみようと画策していた人たちは何をテーマにするか頭を悩ませてもいたものだ。

 

当時は勤めていた会社が研鑽も兼ねて自由に使えるサーバーを提供してくれていたので、同僚たちはああでもない、こうでもないと自分勝手にホームページを作っていたのが思い出される。スペイン好きな私は、過去のスペイン旅行の写真と当時オープンしたての志摩スペイン村のパビリオンを対比させた「ビジュアル・スペイン」というページや(現在のスペイン村のオフィシャルページがこれを真似している(笑))、地元奈良の話題などを書いたりしていたのだが、その中で一番ヒットした(今風に言うとバズった)のがこの「怒涛の缶ジュース情報」というページである。

怒涛の缶ジュース情報 1190缶掲載

缶コーヒーが好きだった私は、毎日1本は何らかの缶コーヒーを飲んでいたわけであるが、同じブランドでもマイナーチェンジを経て微妙に缶のデザインや味が変化していくのが面白く、これを記録できる方法はないだろうかと考えていたところ、当時発売されたデジカメで撮影してホームページ上に記録することを思い立った。そうすると次第に缶コーヒーだけでは満足できなくなり、手近な自動販売機に入っている缶ジュースを手当たり次第に撮影してしかも飲んでみた味まで記録したのがこのホームページである。

ジョージア アイスカフェオレ 缶コーヒー

手元に残っているコンテンツデータを確認すると、最終的に1419缶の情報をこつこつと集めたようである。始めたのは1995年ぐらいじゃないかと思っているのだが、終了年というか自然消滅した年度は2013年。公開場所は最初は勤務先のサーバーだったのだが、後にbiglobeやplala、geocitiesなど個人的に契約していたプロバイダーに順次移転して行ったようだ。

週刊現代 1999年 記事

黎明期のホームページは、雑誌で紹介されることも多く、「怒涛の缶ジュース情報」は「食品」「飲み物」「コレクター」などのジャンルで良く取り上げていただいた。こちらは「週刊現代」の1999年8月21日28日合併号。

缶ジュース情報サイト「怒涛の缶ジュース情報」

この雑誌は会社の近所にある、昼休みに社員のたまり場となる喫茶店にも置いてあった。実名入りの記事は誰かが発見して声をかけてくるんじゃないかと思ったけど、誰にも声をかけられなかった(笑)。意外と雑誌の細かいところなんてみんな読んでないんだなと思った次第。

アサヒパソコン 1999年6月号雑誌表紙

「朝日パソコン」の1999年6月1日号。パッケージソフトを作っていた頃はパソコン雑誌に取り上げられることもあったけど、こんな形で記事が載るのは久しぶり。

怒涛の缶ジュース情報サイト

別に極めているつもりはないのだけど、サンプル数の偏りから飲みたくて飲んだものを記録しているというのは鋭い考察だと思う。掲載している缶ジュースの総額が単純計算して8万円分は下らないとあるけど、1日1本飲んでれば数年でまあそんな金額になってもおかしくないはず。サラリーマンのランチ代の総額を計算しても、別に誰も驚かんでしょと思ってしまう。

タウン情報誌「こうち」8月号

地方の情報誌にも掲載。最近「ぴあ」が復刊して話題になってるけど、インターネットの発達してなかった当時はこういう情報誌がいっぱいあったなあと思う。姉妹誌の「タウン情報まつやま」にもほぼ同じ内容の記事が掲載されていた。

怒涛の缶ジュース情報 雑誌掲載

他にもいろいろ載ってたと思うのだが、とりあえず手元に資料が残っているのはこんなところ。

 

このホームページはテーマを缶ジュースに絞っていたのだが、最近はジュース販売も主流がペットボトルに移ってしまい、またコンビニのレギュラーコーヒーにも押されてすっかり下火になってしまった缶ジュースの世界。

 

ずっと続けていればレジェンドのページになったかもしれないな、と思い返すのだが、個人的にも最近いつ缶ジュースを飲んだか記憶がない。続ける・続いていくってことは、やっぱ凄いことなんだと思ってしまうのである。

子供の頃から大好きで、飽きずに何回も見ている映画「ミクロの決死圏」。1966年製作の古典ながら、人間を縮小して体内を探検するというテーマでこの映画を超える作品はその後登場していないのが凄いと思う。近年ではハイビジョンにリマスターした「ミクロの決死圏」を配信で見ることもできるが、ここはあえて手持ちのレーザーディスクをプロジェクターにつないで見てみようと思い立った。

プロジェクターとレーザーディスクプレーヤー

現在持っているプロジェクターは、4Kでもフルハイビジョンでもない。解像度が720pという前時代の遺物とでも言えるものかもしれないが、意外と綺麗でたまに好きな映画をブルーレイや配信で上映して楽しんでいる。

 

ところが考えてみるとレーザーディスクをこのプロジェクターにつないで上映したことはなく、果たしてどんな画質なんだろうかと興味がむくむくとわいてきた次第である。

 

レーザーディスクが活躍していた頃は私は三菱の従来画質(NTSC)の液晶プロジェクターを使っていたわけで、画質はすごぶる悪かったわけだが、レーザーディスクは当時の主力メディアだったVHSよりは画質が良く、綺麗な画面だなあと思って楽しんでいた記憶がある。

レーザーディスクプレイヤーにセットされたディスク

「ミクロの決死圏」のレーザーディスクも久々に登場。この映画はハイビジョン放送を録画したブルーレイを持っているため、レーザーディスクの存在は忘れていた。

 

ブルーレイプレーヤーをプロジェクターにつなぎ、音声をステレオアンプに接続。音はモノラルだが記録はデジタルだ。逆に映像はレーザーディスクはアナログである。レーザーディスクには長時間記録のCLV(片面約1時間)と短時間記録のCAV(片面約30分)があるが、ほとんどの映画メディアがそうであったCLVは静止画やスロー、コマ送りなどのトリックプレイができないのは、VHSにも劣っている部分である。

ミクロの決死圏、体内探検の幻想的な画面

で、実際に投影した画面はどうかというと...むむ、思ったよりも綺麗だぞ。特に体内探検の幻想的な画面はプロジェクターと相性が良いのか、独特の雰囲気をかもし出している。4:3のフォーマットを、無理やり16:9のワイド画面に引き伸ばしての投影も、意外と違和感が無い。

ミクロの決死圏 映画のワンシーン

ただしドラマ部分というか、人物が映し出されるシーンではピントの甘さもあり、表情が読み取りにくく違和感を感じる。人によっては気分が悪くなるかもしれない。

 

やはりレーザーディスクの解像度を120インチに引き伸ばすのは無理があるのか。4Kやハイビジョンとまではいかなくても、720pという解像度はそれなりに綺麗だなあと感じさせられる。

ミクロの決死圏 潜水艇と泡の映像

レーザーディスクってのは円盤が大きくて重い。しかも裏表があり、自動両面プレーヤーでないと途中でひっくり返す手間も必要。私のプレーヤーは自動両面再生ができるのだが、転回時には画面が10秒ぐらいブルーアウトしてしかも円盤が重いのでモーターの逆回転に際してキュルキュルと大きな音がする。しかしそんなメカニカルな部分が味があるのも事実。これでもうちょっと画質が良ければ、アナログレコードのように一定数のファンも残るんじゃないかなあと、ちょっと残念に思う。

 

そしてこの画面を体験した後に見た4Kテレビ画像の解像度の凄さに、数十年の技術の進歩を見た気になる。今後のレーザーディスクに、アナログレコードのようなブーム再来はあるんだろうか?

 

 

 

前回で針ズレを調整した電波腕時計 CASIO OVERLANDだったが、相変わらず何日か経つと時間表示がおかしくなる現象を繰り返している。何となく時間の目安として腕時計を付けてはいるが、正確な時間を知りたい時にはスマホを見るようになってしまった。新しくソーラー電波腕時計を買うことも考えるが、同じ機能の製品だと数万円の出費となる。年金生活を控えた身としては、あんまりお金を使いたくないなあと思い悶々とした日々を過ごしていた。

CASIO OVERLAND ソーラー電波時計の針ズレ

ところが、である。あらためてカシオのウェブページを丹念に読んでいて気付いた記述がある。カシオの電波腕時計は分針を磁力で固定するマグネティックホールディング構造が採用されているとのこと。一定以上の強い磁気にさらされた場合は、針を動かすモーターが影響を受けて針ズレの修正が必要になる場合があるらしい。

 

CASIO磁気の影響と腕時計の針ズレ

 

私の時計が強い磁気の影響を受けることなんてあるんだろうか。電気自動車に乗っているわけでもないし、それどころか最近は電車にさえ乗っていない。家はオール電化でもなく、電子レンジはあるがIHの電磁調理器も無い、とかいろいろ考えていて、ふと思いついたのが最近の私の仕事である。

 

私はとある販売店に勤めていて最近はレジに立っていることが多い。レジ作業の時に行うのが、商品に付いている防犯タグを取り外す作業。その時に使う器具に強力な磁石が内蔵されている。店のセキュリティがらみの事なので詳しくは書かないが、仕事の担当がレジ作業中心に移ったのと腕時計が狂いだした時期が一致している。

 

そこで試しに、レジに立つときには腕時計を外してロッカーに保管してみることにする。すると、なんと嘘のように時計の針ズレが発生しなくなった。たまに時計を外し忘れることがあるのだが、その時は確かに時計の表示時間がおかしくなる。う~ん、そうだったのか!

 

というわけで、私のソーラー電波腕時計は復活となった。マニュアルによると、この時計は内蔵プログラムの関係で2099年以降は動作しなくなるらしいが、少なくとも私の寿命から考えると一生モノとして使える可能性が出てきたわけである。まだまだ頑張ってほしいCASIO OVERLANDなのであった。

 

 

ソーラー電波腕時計は、凄い発明品だと思う。それまで使っていたクォーツの腕時計は実質月差10秒以内というのも凄いと思っていたのだが、何年かに1回はバッテリー交換という儀式が待っていた。最初は年に1回だった交換は2年、5年と機種を変えるごとに伸びては行ったが、メンテナンスフリーというわけではなかった。たまに思い出したように時刻合わせも必要だ。

カシオ ソーラー電波腕時計 OVERLAND

ところがこのソーラー電波腕時計ときたら、まったくのメンテナンスフリーである。毎日腕にさえ着けておけば、時間は勝手に秒単位で合っているし、電池も勝手に充電される。写真のCASIO OVERLANDは2011年に購入したものだが、なんと15年も使っていて毎日着けているのにその存在を半分忘れていた。ひょっとしてこのまま一生動き続けるんじゃないかと、一生モノが好きな私は期待していたわけである。

 

ところがところが、このOVERLANDに最近異常が発生した。遅れ始めたのである。電波腕時計だのに、気が付くと3分ぐらい遅れている。ついに電池が切れたのか、あるいは故障?寿命?と動いている時は忘れているのにいざ調子が悪くなると気になってしょうがない。とりあえず時刻を手動で合わせてみるか。しかしメンテナンスフリーなので時刻合わせの方法がわからない。こういう時はオンラインに情報を求めるのは最近ではお約束だ。

CASIO OVERLAND ソーラー電波時計裏蓋

15年前の時計なのに加えて、カシオの腕時計は恐ろしく種類が多い。マニュアルが見つかるのだろうかと探していたら、カシオのページにはモジュール番号で検索せよと書いてあった。時計の裏ブタに刻印されている、四角で囲まれた4桁の数字がモジュール番号とのこと。私の時計の場合は4315である。さっそくこの数字を打ち込むと、操作方法が表示された。

 

この時計にはA/Bという2つのボタンしかない。とりあえずBボタンを押すと、秒針が4時~5時のあたりにあるYES/NOのところに動いて電波を受信しているか否かを教えてくれるという。ところがこの時計、Bを押しても秒針は10時のあたりを差している。何じゃこりゃ!?

 

しかしマニュアルをしっかり読んでいると、次のページに針ズレの修正方法が書いてある。何かの加減で針がズレると時刻が全然合わなくなることがあるのだそうだ。さっそく書いてある通りに、A/Bのボタンを長押ししたり普通に押したりを繰り返す。針の位置が正しければモードを切り替えれば0時0分0秒を差すはずだが、これが確かに3分ぐらいずれている。秒針は完全に反対の方向を向いているので、これをボタンを押して丁寧に12時の位置に重なるように調整する。

 

最期にカレンダーの日付をチェック。これは問題なかったので、調整を終えるとなんと電波時計は何事もなかったかのように正しい時間で動き出した。当たり前と思っていた正確な時間を刻む腕時計に感謝したことは言うまでもない。

 

実はこの話、まだ後日談がある。1週間ぐらいすると、またこの時計は遅れ始めた。しかも今度は10分ぐらい遅れている。針の機械部分がへたって、針位置を維持できなくなっているんだろうか。さすがに寿命かと思いつつ再度針ズレ調整。その後1週間ほど経つが、今のところ正しい時を刻み続けている。

 

当たり前だと思ったことが当たり前でないこともある。この時計はそんなことを教えてくれた気がする。今では毎朝この時計とスマホの時刻が合っているか確認するのが日課となっている。