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VAIOタワーを一生使う

1998年に購入、補修を重ねて一生使うことを決めたSONY VAIO TOWER PCV-S610を使って記録した、終活を兼ねた備忘録です。

私が若い頃は、歳と取ると早起きになる、肉より野菜が好きになる、演歌が好きになる、なんてよく言われていた。でも60代半ばとなった今となっても、全部外れているなあと思うことしきり。

 

今でも生活は夜型で早起きは苦手。野菜も食べるが肉食が大好きでステーキ、とんかつ、焼き肉、ハンバーガーも食べまくる。演歌はいくつになっても好きになれず、おかげでJPOPや洋楽では子供たちと話題が合う。でもちょっとだけ変化があったのが、以前にも増してクラシックが好きになってきたことかなあと思う。

クラシックギターとケース

先日実家に帰ったので、若い頃に愛用していたクラシックギターを引っ張り出してみた。4弦が切れていたのでケースに入っていた古い弦と張り替えてみたのだが、プロアルテという硬い弦を使っていたことに驚いた。こんな硬い弦、弾きこなすことできたんだろうかと不思議に思う。

 

ところで私が好きなクラシックギターの曲なのだが、「アストゥリアス」や「入り江のざわめき」、「アルハンブラ宮殿の思い出」といったスペイン風の曲は若い頃から大好きだったのだが、歳をとればとるほど好きになってきたのがバッハの曲。バッハはクラシックギターと非常に相性が良く当時もいろんな曲を弾いていたのだが、最近配信で手軽に世界中の曲を聴けるようになったので、いろいろと聴きなおすことも多い。

そこで見つけて最近はまっているのが、このJohn Feeleyというアイルランドのギタリストによる、バッハの無伴奏バイオリンのためのパルティータ第2番からの「シャコンヌ」。

 

「シャコンヌ」自体は一体何回聴いたかわからないほど聴きこんでいる名曲なのだが、いつまで経っても飽きない上にこのフィーリーのバージョンは心にしみる名演である。もう指は動かないことはわかっているんだけど、やっぱ死ぬまでにもう一度こんな曲弾いてみたいなあと思ったりするのである。

このブログには書いてなかったと思うが、ホームネットワーク内にネットワークドライブ(NAS)を設置したのは、もう15年以上前のことになると思う。家内や子供のパソコンを買い増すにつれ写真やホームビデオなどのファイルを共有したくなり、また安全にデータを保管しておきたいと思ったのがそのきっかけ。

 

当時としては大枚をはたいてASUSTORのNASを買い1TB+1TBのミラーリングでRAIDを組んだ。この15年間で1回だけ片方のハードディスクがクラッシュして交換したが、その後ずっと元気に役割を果たしていた。

 

ところが先日久しぶりにハードディスクが1台エラーを出した。1TBの容量は7割ぐらい使ったところだったのと、1TBのハードディスクはどうにもコスパが悪かったので(そんなに安くないのだ)思い切って4TBのハードディスクを2台買ってきた。

NASとWD Blue 4TBHDD

Western DigitalのWD Blueは一般用途用でNAS向けではないのだが、NAS用は値段が高いのでこれを購入。実は生き残ったハードディスクはこのWD Blueの1TBだったので、個人的にWD Blueで大丈夫だろうと勝手に思い込んでのこと。NASのケースは久しぶりにテレビの後ろから引っ張り出したら、結構なホコリをかぶっておりました。

NAS用HDD交換、Western Digital製HDD

ケースからハードディスクを引っ張り出す。上がエラーを出した日立製、下がWestern DigitalのWD Blue 1TBだ。しかし調べると日立GSTはWestern Digitalの子会社化されているらしい。うーん、本当の信頼性はどうなんだろう?

NAS用4TBHDDを交換

というわけで、ケース側面のインチねじを外して新しい4TBのハードディスクへと入れ替える。8TBとして運用することもできるが、あくまでもクラッシュに備えてのミラーリングである。

NAS用HDD交換:WD Blue 4TB 2台

ほどなく取り付け完了。パソコン部品の良いところは、製品がきれいに規格化されていることで3.5インチドライブであればネジ穴の位置がぴたっと合う。削ったり穴をあけたりといった余計な苦労は必要ない。

NASケースとホコリ、ハードディスク

ドライブ周りを掃除したついでに、NAS本体のケースも開けてみる。案の定、中はおびただしいホコリが詰まっていた。とりあえず掃除機で除去可能なホコリを吸い出し、あとで軽く乾拭きする。

NASケースとHDD

基盤を外して中も掃除しようかと考えたが、10年以上使っているのでコネクター類に余分な力を加えると故障しかねない。一旦基盤のねじまで外してみたが、無理に分解までするのはやめた。このままの状態で基盤に積もったほこりは可能な限り除去する。こういうほこりが原因で、基盤が腐食したり短絡したりして故障するんだろうなと思う。まあ動いているうちはそっとしておく方が良いだろう。

NASにWD Blue 4TB HDDを装着

掃除が終わったので、ケースを組み立ててハードディスクを前から差し込む。ホットスワップが可能なので、ハードディスクが1台だけクラッシュした場合は同一サイズのハードディスクを買って来て入れ替えるだけで、自動修復される。

ASUSTOR NAS本体とハードディスク交換

入替完了。4TBを認識してくれるのかと電源を入れるときはどきどきものだったが、無事認識していることをパソコン側から確認する。この後、ドライバーソフトをインストールして(ASUSTORのソフトにほぼおまかせで設定は終わった)共有フォルダーを切りなおす。最後にVAIO側にバックアップしておいたデータをリストアする。4TBもあれば、みんなの写真を保存しまくっても次の10年ぐらいは安泰かな?

 

現在までの改造箇所
■メモリー 64MB → 256MB → 4GB → 8GB
■ハードディスク 8GB → 68GB → 1TB+68GB → 1TB → SSD480GB+HDD2TB → SSD1TB+480GB+HDD 2TB
■CPU Pentium2-333MHz → Celeron 533MHz → CORE i3-540 → CORE i3-12100
■ドライブ CD-R/RW → DVD-RAM/RW/R (DVDマルチ) → Blu-ray(BD-XL)
■インターフェース USB1.1 → USB2.0 → USB3.0
■電源ユニット 80W → 300W
■OS Windows98 → WindowsXP → Windows8 → Windows8.1 → Windows10 → Windows11
■プリンター BJ F600 → PIXUS 550i → EP-802A → PIXUS TS8330
■インターネット接続 ダイヤルアップ → ADSL+無線LAN(11g) → 光 + 無線LAN(11n) → 光 + 無線LAN(11ax)
 

 

 

私は経年変化が好きである。新品も好きと言えば好きだが、モノを買うときにはこれ10年後にはどうなってるだろうか、20年後にも使ってるかな、なんて考えることが多々ある。かといってボロボロになったものを使うのが好きなわけではなく、ちゃんと手入れして消耗部品は取り替えて新品同様に整える、といったメンテも好きである。

カッターとメジャー、経年変化を楽しめる一生モノ

というわけで、自分が持っている道具の中で一番古いものはどれだろう、などと考えてて見つけたのがこのカッターとメジャー(巻尺)である。いずれも小学生の頃から使っている。

OLFA L型カッターと経年変化

このオルファのカッターは、小学生の時に工作の時間に使うのでカッターを持って来てと先生が言われて、親父に相談したら渡されたものである。Lサイズなので刃が大きい強力なもの。みんなが小型刃のカッターを持って来ている中、「あの刃何?」と当時は女の子に気味悪がられたような気がする。

 

しかし紙はもちろん発泡スチロール、バルサ材、薄いベニヤまで切れたので重宝し、後に模型飛行機を作るのにも大活躍。工作してた時に指をざっくり切る(今でも傷跡が残っている)というおまけまでついた。還暦を迎えた今でもメインで使っているあたりは、一生モノの風格が漂ってきている気がする。

青いメジャーを握る手

もう一つはこの巻尺。こちらも小学生の時に親父が使っていたものなので、いつから使われているのかは不明。サイズが手ごろでポケットに入れていても邪魔にならず、巻き戻しの力も丁度良い。別の巻尺も持っているのだが、スプリングが強すぎて手を切りそうになるのが難点である。元は親父の道具だったと思うのだが、なぜか私の手元にあり今も現役である。

 

いずれも50年ぐらい使っている計算になるのだが、何の問題もなく使えているのが凄いところ。ネットで一生モノを調べると、丈夫で高価な道具やファッションなどを購入することが書いてあるが、一生モノってのは使ってみてから愛着がわいてきてしかも壊れなくて、後から偶然一生モノになっちゃうんじゃないかと思う次第なのである。

 

そういやこのブログのテーマも「VAIOタワーを一生使う」だった。パソコンに限らず、自動車や自転車もフレームさえしっかりしていれば、部品を入れ替えながら半永久的に乗り続けることができるのではないだろうか。自分は経年変化オタクじゃないかと、最近思ったりもしている。

 

 

日本でフラメンコといえばまずは踊りのイメージが強い。しかし本場のフラメンコはバイレ(Baile:踊り)、カンテ(Cante:歌)、トケ(Toque:ギター)の3要素があり、さらにカスタネットや手拍子が加わる。

 

私が大学のギター部に所属していた時にクラシックとフラメンコのセクションがあったことは前に書いたが、ギター部のフラメンコはもちろんギター中心である。当時はフラメンコ・ギタリストといえばパコ・デ・ルシア一強であり、フラメンコのメンバーはこぞってパコの演奏を聴いては練習に励んでいた。

 

2014年にパコが心臓発作で亡くなる。このあたりをきっかけに久しぶりにフラメンコを聴くようになった私だが、そこで見つけたのがビセンテ・アミーゴの「パセオ・デ・グラシア Paseo de Gracia」というアルバムである。ビセンテの演奏は、速弾き超絶技巧とノリの良さはパコに通じるものがあるのだが、加えてどことなく艶があり妙に心地よい。「ティエラ Tierra」「心の扉 Vivencias Imaginadas」「メモリア・デ・ロス・センティード Memoria de los Sentido」といったアルバムも好きなのだが、この「パセオ・デ・グラシア」だけは聴けば聴くほど心に染みこんで私の中ではいまだに彼のアルバムベスト1となっている。

 

アレハンドロ・サンズ Alejandro Sanz、ニーニャ・パストリ Niña Pastri、エンリケ・モレンテ Enrique Morente、エストレジャ・モレンテ Estrella Morente(モレンテ親子)といったスペインの名だたる歌手を聴くようになったのもこのアルバムがきっかけである。残念なのは最新作の「アンデネス・デル・ティエンポ Andenes del Tiempo」も含めてほとんどのアルバムが国内発売されていないこと。配信で聴けるしSNSで最新情報も入って来るので不自由はないのだが、この心地よい音楽がもっと日本でもメジャーになったらいいのになと思ったりしている。

ビセンテ・アミーゴのギター演奏

 

 

 

 

高校生ぐらいの頃に、夢中になって小説を読んでいた時期がある。図書館が好きで、また学校の図書室で本に囲まれて過ごすのも好きだった。

高校の図書室にはハードカバーが付いた新潮文庫が並んでいて、これを片っ端から順番に読んでいたことがある。何を読んだかは実はあまり覚えてないのだが、印象に残っているのがエミリー・ブロンテの「嵐が丘」と今回のテーマとなる吉村昭氏の「戦艦武蔵」である。

 

戦艦武蔵 吉村昭 小説

戦艦武蔵といえば、言わずと知れた戦艦大和の後に同じ仕様で作られた兄弟艦である。戦前に極秘裏のうちに建造され、第二次大戦の戦況悪化と共にいわば特攻出撃をさせられて悲劇の最期を遂げたことぐらいは知っていた。

しかしこの小説は、当時西日本一帯から棕櫚(しゅろ:荒縄の原料ですね)が消えたことから始まる。誰かが高額で棕櫚を買いあさっているらしく、なぜそんなに棕櫚が必要なのかは不明。戦艦を作るのに棕櫚が必要なのか?なんて疑問に思いながら読んでいくと、その謎解きと共に巨大戦艦を作るのに必要な膨大な労力、人材、資材、秘密保持に走る苦労などが、これでもかと津波のように描かれる。とにかく夢中になって読んだ1冊だった。

 

星への旅 吉村昭 小説「戦艦武蔵」の興奮冷めやらぬうちに、吉村昭さんの別の本が読んでみたいと思い手にしたのがこの短編集「星への旅」。

こちらはがらりと変わって、現代の日常生活を舞台にしたフィクションである。特に印象に残ったのが、死んだ少女を主人公にした「少女架刑」。家が貧しかった少女が亡くなり、死体が献体に出される。物語は死体の一人称であたかも生きているかのように描かれ、思いを寄せてくれていた男の子との別れ、自分の体がばらばらに解体されていく様子、そして焼かれて骨になってもやって来ない安らぎがドライな文体で描かれ、ドライなだけに胸に迫る。

 

他にも、集団自殺を描いた「星への旅」や、「少女架刑」を別のアングルから見た「透明標本」など、「死」をテーマにした作品の数々。すべては吉村氏の若い頃の闘病経験から来ているという。「戦艦武蔵」の緻密な記録文学を書く人が、こういうのも書くんだという意外性からすっかりとりこになってしまった。

 

他にも、印象に残っている吉村作品を書いておこう。

 

「光る壁画」

吉村昭「光る壁画」の書影1980年に読売新聞に連載され、後に単行本化される。日本で初めて胃カメラを発明した東京大学の医師とオリンパスの技術者を描く。超小型のカメラの開発とその撮影の試行錯誤が実に面白く、初めて新聞小説を毎日楽しみながら読んだ。

ちなみに「光る壁画」とは胃や腸の内壁のこと。後にテレビドラマ化されたらしいが、こちらは残念ながら未見である。

 

「零式戦闘機」

ゼロ戦の開発・実戦投入・そして敗戦に至る過程を描いた歴史小説。「戦艦武蔵」と双璧を成す内容で読み応えたっぷり。

 

「神々の沈黙」

日本初の心臓移植と、行われた不正を告発したノンフィクション。医学小説が得意な吉村氏の真骨頂を感じられる。

 

「陸奥爆沈」

謎の爆発を起こして沈んだ戦艦陸奥の原因究明に迫ったノンフィクション・ミステリー。面白い。

 

「冬の鷹」

江戸時代、オランダ書のターヘル・アナトミアを苦心して翻訳した杉田玄白、前野良沢の物語。完璧主義でこの翻訳書はまだ世に出すべきではないと、翻訳者名から名前を外した前野良沢目線で描かれているのがポイント。でも正直言って、医学の進歩を思うと杉田の方が正解だったと思うのだが。

 

「漂流」

江戸時代に船の難破事故で無人島に流れ着き生き延びた男を描いた物語。北大路欣也主演で映画化もされている。

 

「熊嵐」

大正4年に北海道でヒグマが住民を襲った事件を題材にした小説。人家に熊が出没する事件が頻発するニュースを見るたびに、この小説を思い出す。

吉村昭作品と執筆机

他にも「魚影の群れ」「亭主の家出」「闇にひらめく(うなぎ)」「桜田門外ノ変」などが映画化、ドラマ化されている。

 

吉村氏は2005年に79歳で亡くなった。自分で点滴やカテーテルを引き抜いての尊厳死だったらしい。東京都荒川区には、吉村昭記念文学館が開設されている。いつか行ってみたいと思っている。

 

 

私が中学生ぐらいの頃だったと記憶するが、父が職場から巨大なタイプライターを持って帰って来た。UNDERWOOD製で見るからにいかつい金属の塊。何でも取引先の貿易船が港に降ろしていったもので、廃棄をたのまれたものらしい。恐る恐る紙を差し込んでキーを勢いよく叩いてみると、かすれたような活字がパチパチと音を立てて印字される。丁度学校で英語を習い始めた頃、パソコンはもちろんワープロもなかった時代だったので、この英文タイプライターでいろんな文章を打鍵しては楽しんだ。

アンダーウッド製ヴィンテージタイプライター

写真は海外のインターネットサイトから拝借したものだが、こういうカタチだったと記憶する。とにかくでかくて重かった。このアンダーウッドは今でも実家の蔵に眠っているかもしれない。

 

次にタイプライターに出会ったのは大学生の時で、英文またはスペイン語のレポート提出にタイプライターを使えば点数をプラスしてもらえるということで、当時購入したタイプライターを使ってパチパチとレポートを作成したのが良い思い出となっている。実は家内も大学ではタイプライターを使っていたということで、その真っ赤なシルバーリードのタイプライターが家に残っている。もう使うこともないので処分しようと言いながらもなぜか物置にずっとある。

赤のシルバリードタイプライター

まだ使えるのかなと思い、今回これを取り出して紙に印字してみた。パソコンに慣れた身にとっては、この機械式のキーがとても重い。しかも勢いよく打たないと活字は薄く印字されるし、早く打とうとすれば複数の活字がからまって停止してしまうこともある。文字を打ち間違えるとホワイトを塗って修正するしかなく、なかなか不自由なものだったなと改めて思う。「シャイニング」や「裸のランチ」「ミザリー」などタイプライターが効果的に生かされた映画も数あるが、これで小説を書く海外の作家は凄いと思う。

赤いタイプライターに紙がセットされ、文字が印字されている

フォントは当然1種類しか用意されていないが、当時のドットインパクトのプリンターと比べても実に美しかった。現在のプリンターと比較しても、何とも味のある書体である。

またパソコンを始めた時に、QWERTY配列のキーボードに違和感を感じなかったことと、パソコンのキーボードの軽さが心地よかったのはこのタイプライターのおかげである。今回久しぶりに試してみて、忘れていたパソコンへの感謝を思い出させてくれたタイプライターであった。

 

 

このブログのタイトルは「VAIOタワーを一生使う」ですが、タイトルを見てやって来ていただいてもどこにVAIOタワーのことを書いてあるのかわからない、という方もおられると思いますので、VAIOタワーの改造記録の目次を作ってみました。

VAIOタワーPCとプリンター、モニター

私がVAIOマイクロタワー PCV-S610を購入したのは1998年で、購入時はWindows98マシンでした。その後、メモリーやHDD増設、CPU交換など軽微な改造を繰り返して使い続けていました。以下は2005年から書き始めた改造記録です。

 

(1) プロローグ
2005-05-31

(2) メモリー増設
2005-06-07

(3) ハードディスク増設
2005-06-15

(4) CPUの交換
2005-06-22

(5) DVDドライブへの交換
2005-06-29

(6) USB2.0の増設
2005-07-07

(7) ブロードバンド化と無線LAN
2005-07-14

(8) 無線LANを高速(11g)化
2007-10-31

(9) 1TBのHDDを増設
2009-12-28

(10) プリンター(EP-802A)を購入
2010-02-26

OSもWindows XPにバージョンアップして使っていたのですが、ついにOS起動に10分以上かかるようになり、マザーボードごと入れ替えることを決心。しかしmicroATX仕様とはいえ、ケースの改造が必要だったりマザボ交換に意外と手間取ります。かくして我がVAIOは、Core i3 540マシンとして復活を遂げます。

(11) マザーボードを購入
2011-01-15

(12) ケースに穴をあける
2011-01-20

(13) CPUをCore i3 540に交換
2011-01-22

(14) メモリーを4GBに増設
2011-01-25

(15) 電源ユニットをパワーアップ
2011-02-02

(16) 炎上!? マザーボード
2011-02-11

(17) マザーボード2度目の交換
2011-02-16

(18) Windows XPの再インストール
2011-02-20

(19) アナログビデオキャプチャーを導入する
2011-03-02

(20) DVDのアクセスランプを復活させる
2012-02-12

(21) USB1.1の前面端子をUSB2.0として復活させる
2012-02-19

(22) 前面のビデオ端子を復活させる
2012-03-11

(23) Windows 8 インストール記その1
2012-10-28

(24) Windows 8 インストール記その2
2012-11-02

(25) Windows 8 インストール記その3
2012-11-06

(26) Windows 10をインストール
2015-11-05

(27) ブルーレイディスクに換装する
2021-10-08

(28) 無線LANを高速(11ax)化
2021-10-16

(29) SSDで起動を高速化する
2021-10-24

(30) キーボードをスペイン語化する
2021-10-31

(31) プリンター(Canon TS8330)を購入
2021-11-08

(32) Wi-Fiの中継器を購入
2021-11-21

(33) メモリの増設を試みるが...
2021-12-05

(34) トリニトロンモニターのデジタル接続を試みるが...
2021-12-26

(35) 非接触カードリーダーを購入
2022-03-06

Core i3 540マシンとしてVAIOタワーを12年ほど使用、動画処理などを除けばふだん使いにはまだまだ大丈夫、と思っていましたが、Windows11の導入には初期のCore i3では対応しないことがわかり、泣く泣く2度目(正確には3度目?)のマザーボード交換を検討することとなりました。
マザーボード2枚とドライバー
(36) Windows11を検討する
2023-01-16

(37) 12年ぶりのマザーボードを購入する
2023-01-25

(38) メモリー DDR4-8GBを購入
2023-01-30

(39) CPU intel CORE i3-12100を購入する
2023-02-07

(40) マザーボード12年ぶりの入れ替え
2023-02-14

(41) 1TB-SSDの追加とWindows10の再インストール
2023-02-21

(42) ついにVAIOタワーにWindows11をインストール
2023-02-27

(43) リアパネルにこだわる
2023-03-08

(44) VAIO純正ボールマウスを入手
2025-05-01

(45) 再利用のテレビをつないでマルチディスプレイ
2025-05-09

VAIOタワー PCV-S610改造歴とPC周辺機器

 

(46) ネットワークドライブ(NAS)を4TBに増量

2025-09-23

 

VAIOタワーは現在も現役です。今後も使い続ける不安材料としては、ATX規格の終了や本体ケースがプラスチックでできている事による劣化などでしょうか。

小学生の頃、夢中になって見ていた「少年ドラマシリーズ」。「時をかける少女」を原作とした第1作「タイムトラベラー」が有名だが、当時の放送用ビデオテープが高価だった関係でかなりの作品が現存しないらしい。というわけで、見た記憶のある作品をいくつかピックアップして覚えていることを記しておこうと思う。例によって記憶は歪曲している場合があるのと、ネタバレ気味(見ることできないにネタバレもないが)になることはお許しいただきたい。

 

■タイム・トラベラー (1972.1~)

原作は筒井康隆氏の「時をかける少女」で、後に大林宣彦監督・原田知世主演で映画化されたり、アニメ化されていることでも有名。この番組を見つけたのは偶然で、テレビのスイッチを入れると主人公の少女和子が教室に座っていてタイムトラベル、さっきと同じ出来事を経験するというシーンを見て引き込まれた。横にいた母も「何これ、気味悪い」と言ったのを覚えている。

ストーリーは有名なので割愛するが、この番組のオープニングナレーションでシルエットで登場する城達也さんも印象に残る。「世にも奇妙な物語」のタモリさんもこの流れをくむと思ってしまう。なお番組は最終話のみ現存しておりネット公開されている。

 

■ミルナの座敷(1972.4~)

ミルナという女性の座敷かと思ったら「見てはいけない座敷」だったというミステリー。番組は見てたと思うが、ストーリーはまったく覚えていない。

 

■とべたら本こ(1972.5~)

児童文学でおなじみの山中恒の原作。とんでもない両親のもとを家出した主人公が、理想の家族にめぐりあうストーリーで、ラストがとても感動的だったのと主人公が自分のことを「戦災孤児」だと自称していたのを覚えている。今で言う親ガチャに外れた子供の物語か。

主題歌も印象的で、「カラスに羽根ちょっと借りて、お試しお試しとべたら本こ」というわけでタイトルはチャレンジ成功したら今度は本番だという意味らしい。

 

■悲しみは海の色(1972.6~)

山下喬子の少女文学が原作。見ていたと思うが記憶は薄く、主人公の親が、実の親でなかったという部分だけを覚えている。

 

■怪人オヨヨ(1972.7~)

小林信彦の「オヨヨ大統領」シリーズが原作。予告がコミカルで期待したんだけど、出てくるギャグが全然笑えなくて空回り。途中で見るのをやめてしまった。

 

■少年オルフェ(1972.9~)

米沢幸雄の児童文学が原作、というか、ギリシャ神話のオルフェの物語(映画化は「黒いオルフェ」が有名)をアレンジしたもの。兄すすむと妹ふうちゃんは仲の良い兄妹で遊園地へ遊びに行くが、ちょっと仲たがいしたところを死神に襲われて妹が死んでしまう。兄は妹を追って黄泉の国へ向かうロケットに乗り込むのだったが。

オヨヨでがっかりしていた後だけにこの冒険譚はすごぶる面白く、夢中になって見た記憶がある。悪役がひとり何役もこなす配役がまた楽しめた。

 

■続タイムトラベラー(1972.11~)

名作タイムトラベラーのまさかの続編。原作は無いんだろうなとずっと思ってたけど、時をかける少女に続編があることを後になって知る。未来人ケン・ソゴルが再来して行方不明の仲間(もちろん未来人)数人を探すのに和子に協力を求めるというストーリー。

未来人の乗り物を現代人が意味なく攻撃、「宇宙人が侵略してくるという映画やテレビばっかりやってるから、疑心暗鬼になるんじゃないか」というケンのセリフが印象に残る。

 

■けんかえれじい(1973.5~)

鈴木隆の原作。旧制中学を舞台に、普通の中学生があこがれの女性が上級生にからまれてるのを救ったことをきっかけに、先輩の通称すっぽんにけんかの極意を伝授され、のめりこんでいく様子を描いたドラマ。

憧れの女性(竹下景子だったらしい)が結核で亡くなったという後日談が悲しかったなあ。後に鈴木清純監督の映画版(高橋英樹主演)も見たけど、こちらは硬派で結末も異なり、まったく別物の映画だった。

 

■あなたの町(1973.6~)

宮原昭夫原作。ある日、町から出ようとした二人の主人公を、町の人々はことごとく阻止。出るなと言われたら出たくなるのが人間で、二人はあの手この手で町を出ようとするのだが...

今考えるとシュールな物語で、ある意味少年ドラマシリーズの最高傑作ではないかと思う。最後は二人は隣町へ脱出することが成功して喜び合うのだが、実はこの町と隣町は合併していたというオチ。「世界中がこの町と合併したら、僕たちはどこへ逃げればいいんだ!」と途方に暮れる二人に、例えば独裁国家が世界統一したら我々はどこへ逃げればいいんだという叫びを感じる。

 

■つぶやき岩の秘密(1973.7~)

新田次郎原作。両親を亡くして漁師の祖父母に育てられる少年紫郎が主人公。金塊探しをめぐるアドベンチャーもので、少年ドラマシリーズにしては珍しくフィルム撮影だったため全話が残っているとのこと。配信でも見ることができる。

1話だけ見直してみたのだが、記憶と全然違うことに驚いた。私の記憶では、最初に主人公の少年が海の事故で死ぬところから始まり、時間が巻き戻されて見つけたら死ぬという噂の旧日本軍の金塊探しに少年が巻き込まれていく。そしてラスト、少年は見つけた金塊を海に返すところで物語は終わるのだが、彼はこの行動が元で死んでしまうんだというどよーんとした話だとずっと思っていた。しかし今回答え合わせしてわかったのは、海の事故で死んだのは彼の両親でありストーリーは普通の宝探しの冒険譚のようである。

このドラマで出色なのは、石川セリの主題歌「遠い海の記憶」。「いつか思い出すだろう、大人になった時に」という歌詞を聞くたびに、確かに「少年ドラマシリーズ、熱心に見てたなあ」と思い出す。

 

今回ネットで「少年ドラマシリーズ」のリストを見ながらこれを書いたのだが、シリーズはなんと1983年まで99本も作られたらしい。自分が見ていたのは最初の数年、ほんの一部分だったようだ。

スティングの来日公演がテレビで紹介されているのを見た。我々の世代には耳にこびりついたもう空気のような存在でもあるはずのスティング。しかし久々に聞くフレーズの数々が、今だからこそ耳に刺さったので記しておこうと思う。

 

■ラシアンズ Russians

 

How can I save my little boy

from Oppenheimer's deadly toy?

(中略)

I hope the Russians love their children too

私の小さな息子を、どうやってオッペンハイマーの死の玩具から救ったらいいんだ?

ロシア人も自分たちの子供を愛していると願ってやまない...

 

まだ冷戦の香りが残る1985年の曲である。この数年後にペレストロイカの時代がやって来て、欧米のスパイ映画はロシアを敵国として扱えなくなって迷走、個人的にはビジネスで会ったとあるロシア人と良い時代になりましたねえと喜び合った記憶もある。

 

しかし今や、時代はあの独裁者によって巻き戻され、この歌詞が再び現実となってしまうとは...

 

 

■シェープ・オブ・マイ・ハート Shape of My Heart

 

こちらは1993年のリリースで、後に映画「レオン」のテーマ曲となったことで有名。一般的にはカードゲーム(トランプ)を営むギャンブラーの孤独を歌った曲だとスティング本人のインタビューにもあるのだが、歌詞のサビの部分が気になってしようがない。

 

I know that the spades are the swords of a soldier

I know that the clubs are wepons of war

I know that diamonds mean money for this art

But that's not the shape of my heart

 

スペードは戦士の剣だと知っている

クラブは戦争の兵器だと知っている

ダイヤは戦争で得る対価

でも私のハートは、ここには無い

 

これって見事に、現代の世界情勢を言い表してないだろうか。自国の利益を求めて危険な駆け引きを行う大国。でも多くの一般人たちは、私のハートはここには無いって嘆いているのだ。

 

■フラジャイル Fragile

 

That nothing comes from violence and nothing ever could
For all those born beneath an angry star
Lest we forget how fragile we are

 

暴力からは何も生まれない、生まれるわけがない

この怒れる星に生まれたすべての者へ

私たちは壊れ物であることを忘れてはいけない

 

人類は戦争や争いを克服してどんどん進化して行くと、子供の頃には信じていた。しかし一部の独裁者の出現で、歴史はあっけなく巻き戻されてしまうものだと知る。子供たちのそして私たちの子孫の未来が、明るいものとなるように願ってやまない。

 

今でこそ自動車に当たり前のように装備されているカーナビだけど、私が車に乗り始めた80年代はそんなものは影も形もなく、知らない場所へドライブする時は地図帳を開いて経路をマジックでマーキング、頭の中に叩き込んでからハンドルを握っていた。しかし方向音痴の私は途中で道を見失い、自分の現在地がどこなのかを地図帳を片手に探し回ることも多く、今考えると多くの時間とガソリンを消費したなあと思うのである。

 

パイオニア(カロッツェリア carozzeria)から初めてのカーナビ AVIC-1が発売されたのは1990年のこと。これが欲しい、と思ったのは当然としても、本体価格31万5千円に加えて、CD-ROMプレイヤーなど必要なシステムを組むとその倍ぐらいの総額となり、おいそれとは手が出なかった。ところがその2年後の1992年、その廉価版であるGPS-V7が発売された。

カロッツェリアカーナビAVIC-1初期型

本体価格は23万円で、ICカード方式のオールインワンで自分で取り付けさえできれば追加料金は不要。この20万円ちょっとというのが頑張ればなんとか買える価格で所有欲をくすぐったが、問題はそのICカード。当時ノートパソコンで機能拡張用に使われていたPCカードにそっくりだったが、日本全国をカバーするのに32枚のカードが必要でしかも1枚9,800円もした。自分の住んでいた場所だと、「兵庫南部」で1枚。スロットは2つあったので走りながら差し替える必要はないが、さすがにこれは使い勝手が悪そうだ。

 

ところが翌年、ソフトがバージョンアップして9枚で全国をカバーするようになった。ほぼ県別に近かったカードが近畿地方で1枚、中国・四国地方で1枚といった具合だ。値段は1枚1万9800円とアップしたが、これなら使えると思い、さっそく購入したばかりの当時の愛車シビックに取り付けてみた。

80年代シビックにカーナビGPS-V7を設置

グローブボックス蓋のサイドにドリルで穴をあけて、付属の金具をねじ止めする。そこへGPS-V7本体を取り付けたのが写真の状態。グローブボックスを開けるとナビごとガタンと下へさがり、蓋を閉めるのが重たくなったが、なんとなくコンソールと一体感があっていい感じ。電源はシガーソケットプラグが付いていたが、そのまま差し込んだのではすっきりしないので車の配線を引き出して用意したシガーソケットをジャンパー接続し、そのままコンソール下へ押し込んだ。

 

アンテナは車のリア中央につけたかったので、オプションのアンテナ延長ケーブルを買ってシート下に配線を通して後ろまで持って行った。綺麗な写真が残っていないのだが、リアスポイラーの中央でなんとなく盛り上がっているのがそのアンテナである。

シビックにカーナビGPS-V7を搭載

しかしこのカーナビ、今考えるととんでもなく原始的な仕様である。縮尺は 4km、1km、250mの3段階しかなく、しかも250m地図は大都市部しか用意されていないのでちょっと都市部から離れると1km地図しか表示されない。テレビCMでジャン・アレジが京都の人より京都を知っていると言ってるけど、詳細図が表示されるのは京都市街だけでしかも250m地図。経路設定や次の角を左なんて教えてくれる機能はもちろんなく、自分の位置が地図上で表示されるだけ。地図は上が北で回転しない。進行方向に対して南北が反転なんて機能はあったような気がするが、わかりにくいので上北固定で使っていた。今でも個人的にナビの上北固定が使いやすいのは、この頃についた癖である。

それでも地図の中で今どこにいるのかがリアルタイムで表示されるのはありがたく、道を見失って道路をさまようことはほぼなくなった。また地点登録機能だけはあったので、よく行く場所にはピンを立てた。現実とバーチャル世界が混じった、今で言うVR感覚を味わうことができた。目的地がどちら方向にあるのか表示されるので、迷いながらも目的地に近づいていくことができた。

 

翌年、ソフトがバージョンアップした。地図の縮尺が5段階に進化した...のだが、なんと250m地図と1km地図を2倍にデジタル拡大した地図が追加されただけだった。しかし詳細な自分の位置がわかりやすくなりこれでも使い勝手が向上した。手動で経路設定もできるようになったが、曲がる位置などをいちいち手動で設定しなくてはならず、使い物にならなかった。

 

世の中ではCD-ROMを利用したコンパクトナビが次々と発売されて、地図の縮尺も増え自動の経路設定も当たり前になってきた。ナビを標準装備する車も増えた。しかし私はこのGPS-V7を10年以上使い続けることとなる。「近畿」と「中国・四国」しか持ってなかった地図ソフトだが、ヤフオクで1枚数千円で取引されていることを知り、しばし全国集めることに熱中する。GPS-V7の本体付きで数千円なんて出物もあり、本体が壊れた時の予備、あるいは部品取りにしようとこちらも落札する。かくして「九州・沖縄」から「北海道」まで全国のカードソフトを集めたのだが、実際に全部を使うことはなかった。

 

GPS-V7を購入してから10年以上たったある日、ナビのモニターの電源が入らなくなった。まさしく突然死である。どうしても復旧しないので、もう1台のナビに入れ替えてみる。ところがこちらもまったく同じ症状を示して動かない。どうも経年変化で壊れる場所が決まっているようだ。当時お金もなかったので、パナソニックの新しいCD-ROMナビをヤフオクで買って入れ替える。さらにGPS-V7のカードソフトを急いで全国版セットで売り払った。日本中のGPS-V7が、順次モニター不良に陥るとソフトも売れなくなってしまうんじゃないかと思ったからだ。ちょっと嫌らしい話だが、仕方がない。

カーナビ GPS-V7 本体取り付け

上の写真は載せ替えたパナソニックのCD-ROMナビだが、アームスタンドを使って助手席のシート金具に接続している。このナビは当時乗っていた車が廃車になるまで使った。型番は覚えていない。

 

今乗っている車はカーナビがディーラーオプションでオーディオと一体化している。これが現在は当たり前で、知らない場所へ行くときも電話番号や地名・店名で検索するようになった。若い人だと、カーナビやスマホがないと知らない場所へ行けない人も多いんじゃないかと思う。しかしカーナビの普及で、無駄な時間とガソリンの消費が減って、地球環境にも貢献しているんじゃないかと思うのである。

カーナビ搭載シビックと男性

*最初にカーナビを搭載したシビック、1990年ごろ