尾張エクセルの「日々精進ブログ」

尾張エクセルの「日々精進ブログ」

木曽の清流に映え、心触れ合う躍動都市;愛知県一宮市に活動拠点を置く、尾張エクセルです。保守政権を応援しつつ、経済・社会・軍事防衛まで、地域や国内、海外の気になる出来事や話題を、独断と偏見溢れる一味違った目線でブログ提供します。

小生が愛読する日経新聞の3月6日付夕刊一面の「明日への話題」に掲載された
「作家;今野敏氏のコラムには、興味をひかれたので、一部加筆の上で紹介する。

TVのコマーシャルを見ていて驚いた。理解できないのだ。
「ソリューション」だの、「イノベーション」だのという「カタカナ言葉の羅列」
だったからだ。
「CM(コマーシャル)」だけではない。ニュース解説などを見ていても、「ガバ
ナンス,プレゼンス,プライマリーバランス,メディアリテラシー」など、やた
らにカタカナ言葉を使いたがる人がいる。
試しに検索してみたら、「ガバナンスは コンプライアンスのための重要な役割を
果たす」とある。やはり理解できない。
これらの言葉は、日本語では言い表せないのだろうか。
「規範を守るために適正な管理が重要な役割を果たす」ではいけないのか。
 
日本語にしてしまうと、ひっかかりがなくなって 言葉の印象度が低下するのかも
しれない。たしかに、小説を書いていて、「日本語よりも カタカナ言葉のほうが
使いやすい」ことがある。
 
「インパクト,ニュアンス,ダメージ,タイプ,イメージ…」。こういう言葉では、
無理に日本語を当てはめるより、そのまま使ったほうが伝わるような気がする。
 
日本語は、「漢字,ひらがな,カタカナ」を混ぜこぜで使う。日本語を習得しよう
とする外国人をおおいに困らせるようだが、これはたいした発明ではないか…。
特に、「ひらがなとカタカナの併用」は すばらしい。外来語や外国の地名などを
カタカナで書く以上の表現方法は思いつかない。
 
日本人は昔から外国語を受け容(い)れてきた。
「シャボン,カステラ,パン」等はポルトガル語であるし、「ガラスやコップ」は
オランダ語だ。いや  それにしても「ガバナンス」等というのは何とかしてほしい。

3月10日は、戦前の「陸軍記念日」であり、また「東京大空襲の日」でもある。

しかし、僅か80年~120年余り前の日本国の歴史が、殆んど抹消されており、

知らない国民ばかりなのは、寂しくて哀しい。

 

まず、「陸軍記念日」である。この日は「日露戦争」において 「奉天大会戦」

大勝利した大日本帝国陸軍が、奉天(現在の瀋陽)を占領し、奉天城に入場した

のが、120年前の この日;1905(明示38)年3月10日であったことを

記念して翌1906(明治39年)年から休日としたものである。

かつて十数年ほど前に大ブームを起こした『坂の上の雲』で、NHKで再放送を

されており、小生は録画しつつ視聴しているものの、多少は盛り上がるのかとも

思ったが、今朝の新聞やTVなどの多くのマスコミが無視をしているようであり、

誠に残念に思う。

1905(明示38)年5月27日の「日本海海戦」にて、「バルチック艦隊」の

全滅によって、日露戦争が終結した『海軍記念日』と併せて、大日本帝国の歴史と

して重要な節目の記念日なのである。

「大東亜戦争=太平洋戦争」終結以前は、国民の休日だったことを述べておきたい。

 

もし、アメリカ合衆国の仲介による「ポーツマス条約」締結に到らなかったならば、

強大な「ロシア帝国」を相手にしての戦争が、物理的に続行不可能であったことを

思えば、この勝利を永く後世に語り継がないわけにはいかないだろうと感じる。

これは、わが日本国の歴史なのだ。

つい120年ほど前の、明治37~38年における日露戦争におけるわが国の勝利

を記念した《国の祝日》だった陸軍記念日のことを、皆さんは知らないし、気にも

留めていないであろう。実は、昭和30年に亡くなった、祖父;巳三郎も参戦した。

つい百年余り前のわが国の歴史を忘れようとするそんな民族」に、明るい将来

決して無いだろう

 

次いで、「東京大空襲」の日である。それは先の「陸軍記念日」に合わせて、米

によって行われた『計画的な、民間人殺戮』であったのだ。

1945(昭和20)年3月10日の「東京大空襲」は、「意識的にこの日を狙っ

て実施された」とも言われている。

実際に当時の日本では、この陸軍記念日に米軍の大規模な攻撃がある…との「噂」が

流布」しており、この噂が後になって、事実であるかのように出回ったものである。

日本では、「事実」とする書籍や資料が存在するが、米国側資料では、確認出来ない

という。

この東京大空襲では、帝都;東京の下町全体が焼尽くされ、十万人の死者が出たのだ。

逃げ道を塞いでおいてから、「爆弾と焼夷弾」により皆殺しにした、悪質極まりない

殺戮行為である。

「B-29爆撃機325機(うち爆弾投下機279機)」による爆撃により、爆弾制

御投下弾量は、38万1300発、1783トンだった。まさに 『ホロコースト』

いわれても仕方あるまい。

これも米国の一面なのだ。現在は同盟国だが、決して忘れてはならないのである!

小生が愛読する日経新聞3月5日付け夕刊マーケット・投資欄【十字路】に
掲載された「丸紅執行役員,丸紅経済研究所社長;今村卓氏のコラム」は、
小生には なかなか面白かったので、一部加筆の上で引用して紹介する。

 

米連邦最高裁がトランプ政権の相互関税など「国際緊急経済権限法(IEEPA)」

に基づく関税に違憲判決を出した。


トランプ政権は、すぐに「1974年通商法122条」に基づく「10%追加
関税」を150日間限定で発動、この間に「通商法301条に基づく新関税」
の準備を進める構えだ。
しかし、この判決が「米政権の高関税政策に失敗の烙印を押す」ことになろう。

恣意的に税率,対象を自由に迅速に定めることができる「IEEPA関税」のような

課税は今後 不可能になる。

関税政策を通じて世界にかけられる圧力も大きく低下しることだろう。

「高関税の大半は 米国の企業と消費者が払っている」点も明らかになってきた。

トランプ氏は輸出側が払っている」と言い続けているものの、政治的に現実を

認められないだけだ。

既に牛肉など幅広い農産物を「IEEPA関税」の対象外とした上に、鉄・アルミに
かける関税の縮小の検討も報じられている。
トランプ政権が、関税が追加的なインフレ圧力となり有権者の反発が強まる事を
恐れている表れだ。

トランプ政権は、高関税策の数少ない成果である膨らんだ税収の維持へ代替策を

強化したいだろうが、11月の中間選挙を控え、新たな高関税策を導入する勇気

まではないと思う。

しかも、貿易赤字削減や製造業の復活という当初の目的では、成果も兆しもない。
第二次政権発足から1年の貴重な時間を費やしたことも含めて 政策としては失敗
に終わる可能性が高い。

高関税策の後退は、米国との関税協定を結んだ国も動かすだろう。トランプ大統

領は、「最高裁判決を受けて駆け引きに動く国には報復する」と警告しているが、

トランプ氏をよく知る各国はそれも織り込み済みだろう。

トランプ大統領と正面から対決することは避けつつも、関税協定の根拠の後退を
踏まえたフェアな運用を政権に強く求めていくことになろう。
小生が愛読する日経新聞3月5日付朝刊マーケット総合欄コラム「大機小機」に
掲載された記事には、なかなか興味をひかれたので、一部加筆の上で紹介する。

 

米国がイランを一方的に攻撃して、40年近くも同国に君臨をしてきた「最高指

導者;ハメネイ師」を殺害した。

4年も続くロシアによるウクライナ侵略、昨年来のトランプ関税、加えて 今回の

イラン攻撃で「グローバリゼーションを基軸とした世界秩序は完全に崩壊した」。

「自由で開かれた国際経済システム」を享受してきた日本は、同盟国である米国

におもねらず、自国の立場を明確に訴えていく責務があろう。

 

明治の先覚者;福沢諭吉は、維新後数年たたずして書き始めた「学問のすゝめ」で

「一身独立して一国独立する」と書いた。

他人の力に頼ろうとする人ばかりでは日本の独立は維持できない。「わが日本国人

も今より学問に志し、まず一身の独立をはかり、一国の富強をいたすことあらば、

なんぞ西洋人の力を恐るるに足らん」

この訴えから150年。わたしたちは、「一身独立」できたのだろうか。

高市早苗総理は 指名後の施政方針演説で、「強い経済」を基礎として「強い外交・

安全保障」を確立すると述べた。まさに福沢が訴えたことである。

そのためには国民の「一身独立」が必須なのだが、現状はどうか。

直近の衆院選いおいて、自民党は政府主導で経済をけん引する牽引する「責任ある

積極財政」を掲げた。

与野党とも、確たる財源を示さずに消費税減税を訴えた。国内総生産(GDP)の
2倍を大幅に上回る政府債務を抱える、

結局は、自民党が300議席を超えて圧勝したのだが、政治も国民も「政府依存」

を露呈したということになるだろう。

今回の選挙での収穫は、消費税減税を掲げていなかった「チームみらい」が躍進を

したことだ。閉塞感を抱いている若年層などの心を掴んだのだろう。

だが、総務省の発表では、投票率は小選挙区・比例区とも56%超で戦後5番目の

低さだった。潮目は変わろうとしているが、まだまだというところか。

 

福沢は代表作;「文明論之概略」で、「文明の進歩とは 国民の精神が全体として向上

することだ」と述べている。

福沢やその仲間は、明治憲法(大日本帝国憲法)に英米の自由や民主主義の考え方
を生かそうとしたが、実現には戦後の日本国憲法まで待たなければならなかった。
「春節」明けの2月24日、仕事始めの中華人民共和国(中共)から飛び出したのは
日本の三菱重工系、川崎重工系など20社に対する軍民両用品の禁輸措置だった。
発表した中共;商務省は、「日本の再軍事化と、核保有の企てを阻止する目的であり、
て完全に正当で合法だ」とした。
1月以降、「軍国主義」という言葉が日本に対して頻出している。『 人民日報』掲載の
「鐘声(中国共産党の重要メッセージ)」に 1月9日に登場したのは、「新型」が付く
「新型軍国主義」だった。「日本は『能戦国家』(戦争ができる国)を目指している」
という表現も流れ始めた。
国営通信『新華社』のSNSアカウント「牛弾琴」は2月9日、「軍国主義を警戒する
理由」を示している。「これまでの日本とは違う。憲法改正など 、本気で軍国主義的な
野心を抱いている。台湾問題でも挑発的な姿勢を強めている。日本社会全体が右傾化し
て、高市総理がポピュリズムを煽っている」と、プロパガンダを報道している。
そして「中共はもはや20年前,40年前,80年前と違う。何も恐れることはない」
と警告を発した。
去る2月14日には、王毅外相が ドイツ・ミュンヘン安全保障会議に集まった世界の
首脳や閣僚らの前で 「高市総理の台湾有事答弁に『台湾侵略の野望と軍国主義復活』
の影が潜んでいる」と演説した。
確かに、戦時中の日本は軍国主義だった。だが、戦後80年間、平和憲法を守っている
今日の日本を「軍国主義」と呼ぶとは、「噴飯モノ」である。
日本国内では日本共産党が「軍国主義」のワードは使ってはいないが、高市早苗政権の
対米追随の防衛力強化を「憲法の平和主義を捨て去った『戦争する国』」と批判をする。
だが、中共政府の捉え方はもっと大局的のようだ。米国が内向きになって、国際秩序が
揺らぐ中で、日本が「本性」を見せてきた。それが中共にとって読み切れない「変数」
だという位置づけでなのであろう。
中共がアジアの中心となり、米国も「米中G2」二か国で世界を管理しようとしている。
米国のプレゼンスが後退した東半球では、中共としては自身が力を示せる時代が来る筈
だと思っているのだろう。この構図が見え始めた矢先に、「日本の防衛力強化」が進む。
中共は、「力の空白を日本が埋める」ことは許せないのだ。
本音では、「日本の後ろ盾である  米国の行動を変えたい。日本に、防衛費増額と米国製
兵器購入を求めているのは米国だ。しかし、米中首脳会談が近づく米国とは衝突したく
ない。米国が呼びかける『米中G2』の座を逃したくはない」のである。だから中共は、
米国の代替として高市政権になった日本を、懸命に叩くのである。
米国が中共に傾くと  台湾が頼れるのは日本しかない。台湾は 機会を捉えて日本に接近
しようとする。これが 中共の不安を更に刺激をする。そこに「高市台湾総理による台湾
有事発言」が嵌ったのである。
日本は年内に、「国家安全保障戦略」を改訂して さらなる防衛力増強へ向かう。しかし、
中共側の不信感が高いままで進めば、衝突のリスクが積み上がるだけだろう。
かつて 安倍晋三総理は、2014年の「憲法解釈の変更による集団的自衛権容認」から
2015年の「安全保障法制成立」へ向かう過程にて、中共に積極的に接近した。会談
が実現するまでは、国際会議の集合写真という世界が目にする場で、安倍総理は習近平
主席に大きな声で呼びかけた。
2014年秋の「北京APEC」以降、習近平主席との首脳会談を重ねて、2017年
には「一帯一路」構想への協力も表明した。憲法論議に対する中共の警戒心を和らげて
 ひいては日本国内の批判抑制を狙った。
高市早苗総理もまた「中共に積極的に接近を図りながら 政策を進める」べきでないか。
日本と中共は、お互いに誤解を生じやすい関係にある。日本側から  むしろ粘り強く働き
かける必要がある。中共に接近することは 日本の国内世論からは「ネガティブに」受け
取られる。このとき、中共に反発する幅広い世論を いかに説得していくのかも課題だ。
小生は、「言論の自由のある日本だからこそ、可能なのだ」と思う。
「グッドハートの法則(Goodhart's Law)」とは、「ある指標が目標になると、
その時点でその指標は“良い指標”ではなくなる」という法則である。
この法則は、1975年に経済学者;「チャールズ・グッドハート」によって
提唱され、組織や政策,マーケティングなど幅広い分野で語られている。

具体的には、「数字を伸ばすことが目的になると、本来の目的が見えなくなる」
という現象を指す。
したがって、「評価指標の設定と運用においては、常に目的とのズレを見直す」
ことが重要である。
 
閑話休題。「不適切な方法でスピード違反を取り締まった…」として、神奈川
県警は去る2月20日に、「2716件の交通違反を取り消す」と発表した。
また、交通反則切符に虚偽の記載をした等として、第2交通機動隊第2中隊の
第4小隊に所属していた警察官7人を「虚偽有印公文書作成・同行使」の疑い
で横浜地検に書類送検した。
神奈川県警は取り消しに伴って、交通反則金約3400万円を返還するという。
 
小生が愛読する中日新聞2月23日付けの朝刊コラム;【中日春秋】から、一部
加筆の上で引用して紹介する。
 
「指標それ自体を目的にすると、その指標は良くない指標になる」。英国の経済
学者の名から「グッドハートの法則」というそうだ
たとえば、学校の試験という「指標」だ。試験の点数を上げる技術ばかりに躍起
になれば、考える力を養うという教育の本来の目的からは遠ざかる可能性もある。
「寿命」という指標はどうか。寿命が延びるのは結構なことだ。だが 延命のため
本人の意にそぐわぬ治療をいたずらに施すことはその人の幸せにはなるまい。

この巡査部長も悪しき「法則」にとりつかれてしまったか。神奈川県警の警察官
が「不適切な方法でスピード違反を取り締まっていた」という問題である。結果、
「2716件の交通違反を取り消して、反則金約3400万円を返還する」とは
前代未聞である。
不正を主導した巡査部長は、「一件でも多く取締まりたかった…」と話している。
取締まりの件数という「指標」。その数字が増えれば仕事をやった気にもなれたか。
一種の達成感もあっただろう。
だが そのために速度違反の際、追尾距離を偽装するような不正は、公共の安全と
秩序を守る警察官の本来の職務に背を向けることに他なるまい。「一件でも」と、
追いかけているうちに、それが分からなくなってしまったのが悲しい。
この件で、交通取り締まりへの国民の不信は大きい。
「再発防止と信頼回復」。その取り組みだけはスピードを上げたい。
「啓蟄(けいちつ)」とは 暦の二十四節気のひとつで、「雨水」後;15日目であり
今年は3月5日である。
 “啓”は『ひらく』、“蟄”は『土中で 冬ごもりしている虫』の意で、 文字通り地中で
冬ごもりしていた虫が春の到来を感じて、草木が芽吹くと同時に 地上へ這い出して
くるという意味である。
『暦便覧』に「陽気地中に動き、縮まる虫、穴を開き出ればなり」と記されている。
柳の若芽が芽吹き、「ふきのとう」の花が咲くころでもある。
 
 『啓蟄や 蚯蚓の紅の 透きとほる』  (山口青沌)
 『啓蟄の いとし児ひとり よちよちと』 (飯田蛇笏)
 
このところ「春雨」がよく降っていたが、どうやら今日は青空が広がってきた。但し、
風はまだまだ冷たい。
「ひと雨」が過ぎるごとに、「やぎを装った春がやって来くる」のであろう。
中東情勢による株価急落も、そろそろ転換するだろうか?穏やかな日常が戻ればよい。
 
二十四節気をさらに3つに分けた七十二侯は、今年;2026年の啓蟄の間に、以下の
ように移り変わる。
 
■初侯:蟄虫啓戸(すごもりのむしとをひらく)3月5日頃
啓蟄を詳しく表したもので、冬篭りをしていた虫たちが 戸を開いて顔を出したような
表現である。虫に限らず、様々な生き物が目覚める頃である。
■次侯:桃始笑(ももはじめてさく)3月10日頃
桃の蕾がほころび、花が咲き始める頃。昔は花が咲くことを「笑う」,「笑む」と表現
していた。花も人も笑うと周囲が明るくなって、良いものである。
■末侯:菜虫化蝶(なむしちょうとなる)3月15日頃
青虫が羽化して紋白蝶(もんしろちょう)になる頃。「菜虫」とは 菜を食べる虫という
ことで、紋白蝶の幼虫である青虫をさしている。紋白蝶のほかにも、いろいろな種類の
蝶が舞い始める季節である。

啓蟄の期間に、「お水取り」と呼ばれ親しまれている、奈良;東大寺二月堂にて、「修二
会(しゅにえ)」が行われる(3月1日~14日)。奈良時代から続く行事で、終わる頃
には冬が明けるので、春を告げる行事として有名である。大きな松明から落ちる火の粉
を浴びると、無病息災で過ごせるといわれている。
 
冬の間、寒気や雪、害虫などから樹木を守っていた「菰(こも)巻き」を外すのも 啓蟄
の頃が多く、春の風物詩となっている。
 
確実に一歩一歩、春が訪れるような 浮き浮きとした気分になって  がん闘病中の小生にも
「生きる気力」が湧いてくるように感じる。
早朝の散歩も、そろそろ復活してみたいものである。あとは、「体調と気力」であろう。
3月4日の東京株式市場で日経平均株価は、本日も大幅に3日続落し、終値は
前日比2033円51銭安の5万4245円54銭となった。
先週末の米国・イスラエルによるイラク攻撃とエネルギー危機などが起因して
今週は惨憺たる状況下にある。しかし、落ちるナイフは掴めない。

 

1か月前の2月5日以来、1か月ぶりの安値であり、2月8日に投開票された
衆院選後の上昇分を帳消しにしたことになる。
高市早苗首相の経済政策への期待を背景に年初から騰勢を強めてきた日本株は
大きな試練を迎えている。
下落幅は2025年4月7日の2644円以来の大きさで 本日も大ショックだ。
 


中東情勢の緊迫化や エネルギー価格高騰への懸念を背景に、海外投資家を中心
とした株価指数先物への売りが優勢だった。「ボラティリティー(相場変動率)」
の上昇も日本株売りに拍車をかけて、下げ幅は一時2600円を超えた。
前日の米株式市場で、「ダウ工業株30種平均」など主要株価指数は下落した。
米国・イスラエルと、イランによる交戦が長期化する可能性が意識されたのだ。
米国株安の流れを受けて、3月4日の東京市場では、主力の半導体関連や景気
敏感など幅広い銘柄に売りが優勢となった。
日本時間で3月4日の「アジア株や米株価指数先物が軟調に推移」したことも
投資家心理を冷やしたようである。
「東証株価指数(TOPIX)」は 3日続落した。終値は138.50ポイント
安の3633.67ポイントで、2月2日以来の安値となった。
東証プライムの売買代金は、概算で10兆5696億円と、2月13日以来の
大きさであり、売買高は34億4286万株だった。
「東証プライム」の値下がり銘柄数は、1449であり 全体の9割をも占めた。
値上がりは124,横ばいは22銘柄だった。

 
小生のポートフォリオは、マイナス3.2%で、約※※※万円の減少になった。
ナイフはまだ落ち続けているので、うかつに手出しはしにくいが、あまりにも
急落した優良な銘柄を、少しづづ押し目買いをしている。
トランプ米大統領は3月2日、ホワイトハウスで演説し、イランでの軍事作戦に
ついて「4~5週間と予測していたが、それより遥かに長期にわたって実行する
能力がある」と表明。「どれだけ時間がかかっても問題ない」とも語って  期限を
設けずに継続する姿勢を強調した。
イランの革命防衛隊は3月2日に、「エネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡を
封鎖した」ことを明らかにした。通過する船舶には攻撃して炎上させると警告。
しかし、米;中央軍は封鎖を否定している。
「ホルムズ海峡」は、世界の石油供給の2割が行き交う要衝だ。封鎖が長引けば、
原油の供給減少や相場上昇を通し、世界経済に大きな影響を与える。
原油輸入の9割を中東に依存する日本にも影響が及ぶ可能性がある。
 
 
小生が愛読する中日新聞3月3日付けの朝刊コラム;【中日春秋】から一部加筆の
上で引用して紹介する。
 
戦時中、支配下に置いた南方スマトラの油田を管轄した日本軍の石油部隊にこんな
歌があった。
    <吾等(われら)が汗の結晶の 油荷積みしタンカーが 祖国へ急ぐ船出をば 
        見送る感激誰か知る>
徴用された石油会社技師らも現場を支えたが、船の見送りは続かない。日本の船舶
が米軍に次々と沈められたからである。
1953(昭和28)年、「出光興産」のタンカー;「日章丸」が、英国とイランの
対立で緊迫する「ペルシャ湾」にイラン石油を買いに行き、英国の圧力に屈しない
「出光興産」の姿勢に敗戦国;日本は沸いたが、「日章丸」も 多数の日本船が眠る
海域を通ったという(読売新聞戦後史班『イラン石油を求めて 日章丸事件』)
船が動かなくては窮するのは、資源の乏しい島国の宿命だ。今回は、大丈夫なのか。
米国とイスラエルによるイラン攻撃の影響で、ペルシャ湾の玄関口「ホルムズ海峡」
が事実上封鎖された。
タンカーが周辺に多数停泊。「商船三井」もイランの軍事組織から海峡の通航禁止を
告げられたという。原油先物市場は急騰した。国内の石油備蓄が 250日超分ある
としても戦闘終結は見通せず、不安は消えない。
大東亜(太平洋)戦争の開戦直前のころ、当局者による『大本営機密戦争日誌』は、
石油が枯渇する恐怖に、「沈思苦慮の日続く。一日待機は一滴の油を消費す。一日の
待期は一滴の血を多からしむ」と記した。
今は中東の流血を止めないと、世界の沈思と苦慮が続く。
三月を迎えた。がんとの闘病生活6年目の小生が待ち焦がれていた「春の弥生」が
やってきた。

「桃の節句」は、毎年3月3日に行われる女の子の健やかな成長と幸せを願う日本の
伝統行事で、「ひな祭り」とも呼ばれる。
別名で「上巳(じょうし)の節句」とも呼ばれ、日本の五節句のひとつに数えられる。
現在では「女の子の成長と幸せを願う日」として定着しているが、もとは「厄払いの
行事」であった。古代中国から伝わった風習が、日本で独自に発展したものである。
「桃の節句」のルーツは、古代中国の「上巳節(じょうしせつ)」という行事にあり、
「旧暦3月最初の巳の日」に、「水辺で身を清めて厄を払う」という風習があった。
この風習が日本に伝わってきたのは平安時代だ。当時の貴族たちは、「紙や草で作った
人形(ひとがた)に自分の穢れや災いを移し、川に流して無病息災を祈ったという。
これが「流し雛」の原型である。

 
江戸時代になると、「雛(ひな)人形」を豪華に飾る文化が、武家や町人の間で広まり、
現在のひな祭りの形が定着したそうである。


本日;3月3日の「雛祭り」が露払いで、3月5日には「啓蟄」で這い出した虫たちが
ぞろぞろと行列の後に続く。
だが、3月3日は、終日の雨模様であって、気温も上がらずに寒く、気持ちも落ち込む。

イランでの戦争により、ホルムズ海峡が通れなくなって、原油やLNG等のエネルギー
危機に発展しなければ良いのであるが…。

今夜も雨で、皆既月食も眺めることも無理なようであり、まことに残念である。

そして、桜が咲き始めて、3月20日の「春分」あたりには、寒さが戦列を離れていく。
まさに「世はこともなし」の節となり、嬉しい限りである。
尤も、花粉症の小生には、スギ花粉飛散が終るまでは、なかなか厳しい時期であるが…。