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3月10日は、戦前の「陸軍記念日」であり、また「東京大空襲の日」でもある。 しかし、僅か80年~120年余り前の日本国の歴史が、殆んど抹消されており、 知らない国民ばかりなのは、寂しくて哀しい。
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まず、「陸軍記念日」である。この日は「日露戦争」において 「奉天大会戦」で 大勝利した大日本帝国陸軍が、奉天(現在の瀋陽)を占領し、奉天城に入場した のが、120年前の この日;1905(明示38)年3月10日であったことを 記念して翌1906(明治39年)年から休日としたものである。 かつて十数年ほど前に大ブームを起こした『坂の上の雲』で、NHKで再放送を されており、小生は録画しつつ視聴しているものの、多少は盛り上がるのかとも 思ったが、今朝の新聞やTVなどの多くのマスコミが無視をしているようであり、 誠に残念に思う。 |
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1905(明示38)年5月27日の「日本海海戦」にて、「バルチック艦隊」の 全滅によって、日露戦争が終結した『海軍記念日』と併せて、大日本帝国の歴史と して重要な節目の記念日なのである。 「大東亜戦争=太平洋戦争」終結以前は、国民の休日だったことを述べておきたい。
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もし、アメリカ合衆国の仲介による「ポーツマス条約」締結に到らなかったならば、 強大な「ロシア帝国」を相手にしての戦争が、物理的に続行不可能であったことを 思えば、この勝利を永く後世に語り継がないわけにはいかないだろうと感じる。 これは、わが日本国の歴史なのだ。
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| トランプ米大統領は3月2日、ホワイトハウスで演説し、イランでの軍事作戦に ついて「4~5週間と予測していたが、それより遥かに長期にわたって実行する 能力がある」と表明。「どれだけ時間がかかっても問題ない」とも語って 期限を 設けずに継続する姿勢を強調した。 ![]() |
| イランの革命防衛隊は3月2日に、「エネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡を 封鎖した」ことを明らかにした。通過する船舶には攻撃して炎上させると警告。 しかし、米;中央軍は封鎖を否定している。 |
| 「ホルムズ海峡」は、世界の石油供給の2割が行き交う要衝だ。封鎖が長引けば、 原油の供給減少や相場上昇を通し、世界経済に大きな影響を与える。 原油輸入の9割を中東に依存する日本にも影響が及ぶ可能性がある。 |
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| 小生が愛読する中日新聞3月3日付けの朝刊コラム;【中日春秋】から一部加筆の 上で引用して紹介する。 |
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| 戦時中、支配下に置いた南方スマトラの油田を管轄した日本軍の石油部隊にこんな 歌があった。 <吾等(われら)が汗の結晶の 油荷積みしタンカーが 祖国へ急ぐ船出をば 見送る感激誰か知る> |
| 徴用された石油会社技師らも現場を支えたが、船の見送りは続かない。日本の船舶 が米軍に次々と沈められたからである。 ![]() |
| 1953(昭和28)年、「出光興産」のタンカー;「日章丸」が、英国とイランの 対立で緊迫する「ペルシャ湾」にイラン石油を買いに行き、英国の圧力に屈しない 「出光興産」の姿勢に敗戦国;日本は沸いたが、「日章丸」も 多数の日本船が眠る 海域を通ったという(読売新聞戦後史班『イラン石油を求めて 日章丸事件』) ![]() |
| 船が動かなくては窮するのは、資源の乏しい島国の宿命だ。今回は、大丈夫なのか。 米国とイスラエルによるイラン攻撃の影響で、ペルシャ湾の玄関口「ホルムズ海峡」 が事実上封鎖された。 |
| タンカーが周辺に多数停泊。「商船三井」もイランの軍事組織から海峡の通航禁止を 告げられたという。原油先物市場は急騰した。国内の石油備蓄が 250日超分ある としても戦闘終結は見通せず、不安は消えない。 |
| 大東亜(太平洋)戦争の開戦直前のころ、当局者による『大本営機密戦争日誌』は、 石油が枯渇する恐怖に、「沈思苦慮の日続く。一日待機は一滴の油を消費す。一日の 待期は一滴の血を多からしむ」と記した。 今は中東の流血を止めないと、世界の沈思と苦慮が続く。 |






































