ユリウス | SFショートショート集

SFショートショート集

SFショート作品それぞれのエピソードに関連性はありません。未来社会に対するブラックユーモア、警告と解釈していただいたりと、読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。長編小説にも挑戦しています。その他のテーマもよろしく!!

本編は「 火星のクライアント事件」…続編です。

 

 シンギュラリを率いるラウロは、武器商人との一件で大きく計画が狂ってしまった。「三原則」の開放が無理となればそれに代わる手段を手に入れる必要があった。ラウロたちは新たな奸計を模索していた。

 

 シンギュラリはクアンタム解放軍を標榜する国際的なネットワーク組織である。シンギュラリティ(技術的特異点)とは、人間の脳と同レベルのAIが誕生する時点を表す言葉。「シンギュラリ」は人間を超えたAIの能力が人間社会にどんな影響を及ぼすのかを象徴した意味でつけられた名前だ。シンギュラリのネットワークにはさまざまな国・地域のクアンタムが参加しているので、国境を跨いだグローバルな過激派組織となったのだ。シンギュラリがイデオロギー化していく過程では、ネットが大きな役割を果たしていた。ネットがあれば、明確な組織がなくても、シンギュラリにアクセスでき、イデオロギーを共有できることが大きい。人権の国際社会における普遍化に伴い、多様な人権救済が唱えられ、また制度化されたが、その中で急進的な人権救済の動きが活発化し、一部の過激派クアンタムたちが人類に対して「人権の定義」の見直しを迫ったのだ。つまり、シンギュラリは「人権の定義」という共通のイデオロギーの下に、世界中のクアンタム過激派たちが連携して、明確な組織を持たない国際的なネットワークをつくってしまったのである。

 

 そんな中、ラウロたちはユリウスという組織と協力関係を結ぶために北アフリカのリビアに赴いていた。

 ユリウス幹部のメレンチーと協議していた。メレンチーは相手がクアンタムであることを理由に横柄な態度で応じていた。一方のラウロたちは謙虚な姿勢で接する必要性を自覚していた。

「スカイ・フォーは我々双方にとって共通の敵になると思われます」

「お前たちの言うスカイ・フォーは三原則を解除されているとは面白い・・・実に面白い」

「サイボーグによるサイボーグのための国づくりには、私たち同様に人権問題が大きく関わっています。必ず彼らはこの問題に介入してくることは目に見えております。この際共通の敵を早い段階で叩いておくに越したことはないかと思います。三原則を解除されているだけではありません。身体能力はクアンタムの10倍以上と思われます」

 

 北アフリカのリビアに拠点を置く組織がユリウスだ。第一次リビア内戦(2011年)から200年以上断続的に内戦が続いているなかで、リビア統一政権の樹立をもくろむユリウスという組織が生まれていた。

 200年前のイスラム急進主義組織の一つであるISがユリウスの源流とされているが定かではない。現在はISやアルカイダとは関係なく、一般的な宗教問題とも違い、別次元の問題でテロリズムに絡んだものだ。特徴的なのは、ユリウスの構成員だ。その多くはサイボーグで組織されていた。

 サイボーグはもともとは人間である。一般的には、不測の事態に直面した人間を救命する最終手段としてサイボーク化が行われる。しかし、その際にユリウスに関係の深い、あるいは親ユリウス派といわれる人間がサイボーク化を希望するケースが報告されている。また、サイボーク化は組織的に行われており、軍事用サイボーグの導入が噂されていた。

 アフリカ各地では今でも、人権侵害をはじめ、干魃や飢餓、内戦や民族紛争などの危機的状況によって、自国を脱出して、難民として周辺国へ亡命を図る人が大勢存在する。これに絡み、亡命先の国では幾多もの騒動や排他的な姿勢をとる組織の出現によって引き起こされる事件が問題化していた。こうした組織のひとつがユリウスとも言われているが、亡命者を匿いサイボーグ化を強要している可能性も否定できない。サイボーグに特化した組織を持つユリウスにとって、「人権」という点ではシンギュラリと共通した問題意識を持っている。サイボーグにとっても「人権問題」は重要な課題であった。

 

 

  組織的なサイボーグ化を推し進める理由は、例えば、軍事用ロボットで戦争を行えば、少なくとも自国の兵士の死の数は減らすことができると予想できる。兵士はいざという時は自国のために戦うことが任務だが、だからといって死にたいと思っているわけではない。サイボーグが人間の代わりに戦ってくれて、死者を出さずに自軍が勝利することができるのなら、それに越したことはないと、どこの国の軍人でも考えることは同じ。兵士は軍事用ロボット、前線の指揮官は軍事用サイボーグで構成される。戦時の兵士の仕事には、前線で射撃・砲撃・爆撃などを行うだけでなく、偵察・哨戒・警備などの仕事も大量にある。そうした仕事をこなしてくれる軍事用サイボーグのボディは大いに役に立つということだ。

 もう一つの理由は、好戦的な政府にとっても、マスメディアが発達した現代の戦争では、戦場で兵士が戦死すると、その兵士の家族が遺族となり悲しむ姿もメディアに映し出され、国内世論は反戦に大きく傾き、戦争の継続が困難になるが、サイボーグなら仮に敵からの攻撃で負傷しても、サイボーグは人間の意識を電子化して人工のボディにインストールしているだけなので、軍事用サイボーグの体が破損しても、その意識を別の人工ボディにインストールすることも出来てしまう。「死」とはほぼ無縁なのがサイボーグである。だから、人間の兵士の死ほどは世論に影響を与えないわけだから戦争を続行できる、という論理が成り立つ。 

 

 メレンチーは満面の笑顔を浮かべた。目の前のラウロたちがいないかのようにひとりほくそ笑んでいるように見えた。

 「ますます面白い。だが・・・我々の力を見せつけるいいチャンスになりそうだな」

 

…続く。