『食道楽(クヒダウラク/ショクドウラク)』現代語訳版 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
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明治のベストセラー、村井弦斉著『食道楽』。/ 真鶴の民俗資料館(旧-土屋邸)の本棚で目にしたり、米橋の大将から聞いたり、更にはWEB友さん(とお呼びしてよいでしょうか?)から 作者の弦斉さんは小田原の西海子に住まわれてた~と教わるなどし、 小田原市民としてこれは一度ちゃんと読むべき本だ という気持ちになってきておりました。
(著作権が切れているので)青空文庫でも読めるですが、

明治時代のものなので 古めかしい文体やら 馴染みのない単語やらがあって ちょっと読みにくいんですよね。 ~と言ったら、
ナント亭主が現代語版を買ってくれました。。。

↑現代文にあらわし直されたのは 弦斉さんの娘さんである村井米子さんです。(訳者としてこれ以上の方はありませんね。)
ゆるゆる 読んで参ります。

さて、弦斉さん 米子さん をググってて知りましたが_
村井さんの奥さん(村井多嘉子/作中の登和のモデル)もスゴイ方だったんですね! よくテレビのクイズ番組で「割烹着の考案者」として登場する あの方 だ。(+/娘さんによると割烹着は「手術着」に着想を得ている~との事) その上 何ですって、 多嘉子さんのお父さんの従兄が大隈重信? それで作中に「大隈伯爵家の台所~」が登場するんですね?


もういっちょ_
村井さんは小田原の西海子(サイカチ)で『食道楽』を執筆なさっていましたが 明治35年(1902)の「小田原大海嘯(高波被害)」で家を流され 平塚に「対岳楼」というお屋敷を建てて移られたそうです。(尚、対岳楼からは富士山がよく見えたとの事。お屋敷の名称もそこからつけられたんでしょう。) 平塚駅の南にある村井弦斎公園がその跡地で、公園前の道はその名も「弦斎通り」、ですかー。へー。


更に_
↓小田原箱根経済新聞 
「村井弦斎著「食道楽」のアユ料理再現-黒田長成侯爵の別邸「清閑亭」で」
という2014.08.20の記事がヒット。
https://odawara-hakone.keizai.biz/headline/1677/
↑あーっ小西さんって 『権(ゴン)』の大将じゃありませんか! /// _又こういう催し ないかしらー・・・。