そのすぐ東に建つ神社 「五所八幡宮」を訪ねております_。


↑道に面して 丹塗りの鳥居、
↓その先に 石造りの鳥居。


↑額束に「八幡宮」。(天然スレートですかね?瓦でしょうか?)
↓由緒書。

(長文_写真では読みにくいので 公式HPをご覧ください。⇒*)
(↑「五所」の名の由来は、勧請された順が、1.宇佐→2.石清水(イワシミズ)→3.鶴岡(ツルガオカ)→4.壷井に続いて 五番目だから、との事。
ただ、新編相模国風土記稿では_1.宇佐、2.日光、3.男山(=石清水)、4.鎌倉(=鶴岡)、5.当社_となっているんですよねー・・・。更にこの本には「八幡の本地三尊に脇立二神を合わせ 五社とも唱える」という別説も書かれています。/ 余談ながら、HP「例大祭」の項に 江戸時代には近隣の四か所の八幡様がこの町に集まっていた~とあります。合わせると「五所」。_偶然でしょうか? // 尚「五所八幡宮」と改称されたのは平成11年(1999)。それまでは明治に定められた「郷社八幡神社」という社号だったそうですが、_古い文献に載る元の呼称・宮号に戻されたんですね?) ←て こういう事を知ったのは家に帰ってから。伺った時はよくわからないまま歩いておりました・・・
左手に「日露戦役記念碑」_

「復興記念碑」。

(↑平成23年(2011)9月の台風15号で受けた被害からの復興に尽力して下さった方々を顕彰する碑)
右手に手水舎。

令和3年(2021)に造られた_といいますから まだ新しい物ですね。(一見してそうとわかりますが)


手を清め、 石段を上がります。

おや?途中 左手に祠が見えます。末社でしょうか?



(↑どんな神様が祀られているのかしら・・・)
↓その先に鐘。


(後でわかりましたが、前出の新編相模国風土記稿に「寛永六年の鋳鐘」と載る鐘でした。)

(↑柱には「鐘にひび割れも生じていますので、大晦日以外の使用はできませんのでご了承下さい」と書かれた札が貼られていましたー)
↓脇に立つのは 大正7年の「馬場改築記念」の碑でした。

残りの石段を上がります。

のぼり切ると_

正面に社殿が現れました。

境内左に建つのは神楽殿。



神楽殿の懸魚。(ちょっと個性的)

境内右手に案内板。


「五所八幡宮・梵鐘」(鐘の事も載ってる!)

↑「この神社は、保元二年(1157年)、比叡山の僧 義円によって創建されたものであり、のちに源頼朝の全国六十一ヵ所祈願所の一つに数えられている。源頼朝の再興に尽くした中村荘司 平宗平は、この神社を源氏の守護神とあがめ 中村、上中村の総鎮守にしたといわれる。この神社の例大祭(四月二十九日)は、「かながわのまつり五〇選」に選定され、例大祭の神事として今も残る「鷺の舞」は、「かながわの民俗芸能五〇選」に選ばれている。
境内西側の坂の途中にある梵鐘は、寛永六年(1629年)の鋳造で、高さ九五センチ、口径六五センチ、中井町最古の梵鐘であり、井ノ口来倉寺の梵鐘とともに第二次世界大戦の時、供出(武器、弾薬の材料にするため国中の金属類が軍に徴収されること)をまぬがれた由緒あるものである。
◎中井町指定重要文化財第一号 鷺の舞
◎中井町指定重要文化財第一五号 梵鐘
平成二年三月
中井町教育委員会」
(補足/ 中井町は、明治41年に 中村と井ノ口村が合併してできた中井村を 昭和33年「中井村誕生50年」を契機に町制施行してできた町、です。)
拝殿へ向かいます。

↓鳥衾に小猪の目。紋はもちろん三つ巴(八幡様ですからね)。雲を象った破風飾り。


(拝殿前には 幕が広げられていました。
/先日の秋祭で使われたものとか。 片づけている途中だった ようです_)


_ ご挨拶 _
拝殿の西に 茅葺の建屋があります。


南側。

紋のついた飾り瓦が載っています。

扉の上の彫り物。

(↑鶴と松 。両脇は鬼? それとも眷属? お不動さんの二童子?)
(↓虹梁の端には亀。木鼻には獅子。)

東から見ると こんな形の屋根・・・。

東側の彫り物_。


(↑鷹でしょうか?)
北側_。



↑茅の輪が立てかけられていました。
幕を片付けに神職さんがおいでになったので 「この茅葺の建屋は何ですか?」と尋ねたところー
これは「舞殿」で 元は別の場所にあったもの、との事。 今は 春(4/29)の大祭で使うものの収納庫になっているそうです。(「春の大祭は 神輿の川入り等が行われる 賑やかのものですので、是非一度おいで下さい」と神職さん。 へー そんなメズラなお祭りが、と私達。)
舞殿側から見た拝殿。



(↑懸魚)





↑拝殿北に立派な覆い屋。神殿はこの中、ですね?
舞殿裏手に 石碑や水盤・・・。


↓説明板によると_

↑「手前/ 旧手水舎石鉢 嘉永五年。
左/ 征清従軍心(之ではありますまいか?)碑 明治三十二年。
右奥/ 旧参道会談前石灯籠 大正八年。
奥手前/ 旧一の鳥居 昭和八年。
奥下/ 旧二の鳥居 文久元年。
奥上/ 旧社号標 昭和三年。」
(わからなくなる前に こうやって文字にして残しておく事 大切ですよねー)



神殿裏手に覆い屋。(中に祠が 三つ_かな?)

くるりと回って 拝殿前の方を向いたら_

↑小社と 一列に並んだ石が見えました。

↓祀られているのは 天神さんでした。

↓彩色された牡丹の脇障子がつくなど 小さいけれど華やかな社。

尚、並んだ石は 神職さんが「お祭りの時 旗を立てるんです その目安の石ですね」と教えて下さいました。 なるほどー。
改めて拝殿の前に立ったらー

石灯籠の笠の上に小鳥を象ったものが載っているのが見えました。


↑ツグミかな? 何かいわれが? (灯篭の中に置かれていた灯芯押えの小鳥を 笠の上に置いたのが始まり~ とかさー)
降り口の方へ。



↑このメイポールみたいなのは・・・御籤結びですね?(初めて見るスタイル)
_階段を下りたところ。

見所多い神社でした。 ありがとうございました。