たまには食べたくなるもの
って、ある。それは、中華料理。家で作るには、調味料をそろえるだけで大変。甘い味噌、だとか、豆板醤だとか、オイスターソースだとか。あと、練りゴマ使ったものもあったような。で、あちこちのメーカーから出てるそれぞれの素を購入して作ってみると、絶望的にまずい。マーボー豆腐はいけるのだが、ホイコーローなんかは、かつてお店で食したものとは全然違う。八宝菜なんかも、なんじゃこりゃ、ってな感じ。
中華、寿司、天ぷらは、外で食え、というのは、本当なのだなあ。でも、ダメな店で食べると、家で食べるよりひどいのも、この3部門。本当に、難しい食べ物のようだ。
今年は鰹がいいらしい
私は、新聞はあんまり読まない性質だ。だって、今はデジタル放送やネットで必要な情報はコンパクトに知ることができるし、一人暮らしで新聞をとると、大量の広告と毎度毎度 の朝刊夕刊で部屋中紙くずだらけになってしまうからだ。
でも、実家を訪問した際は、なんとなく手にとって斜め読みしたりもする。そこで、「今年の鰹は型、味とも太鼓判」の見出しを目にしてしまった。となれば、いくしかないだろう、と思ってしまうのが、現金なところ。実際、私は春の鰹はあまり好きでなく、独特の臭みが抜け、脂ののった戻りを愛するものである。しかし、太鼓判とまでくれば、試してみなければ。
てなわけで、今週末は鰹、とかたく決意した。鰹をサクで買う場合、食べきれないかも、と小さいものを買うのはダメ。小さい鰹は身も白っぽくて苦味がある。3キロはゆうに超えていただろうと思われるおおぶりのものを選ぶと、真っ赤な身ともちもちとした食感、旨みがえられるはずだ。
前述したように、春の鰹には独特の風味があるので、薬味にはオロシショウガ、紫蘇、スライスニンニク、葱などをそえるといい。
よいものがありますように。
トマトの糠漬??
暑くなってくると、食べたくなるものにトマトがある。冷たくして、塩を振ってかぶりつくとこたえられない。厚めに切って、 少しえごま油なんかをたらして、その上から塩を振って食べても美味しい。
そんなトマトの糠漬も結構いけるらしい。それなら、やってみようじゃないか、と、トマトを買いに出かけた。どれにしようか、と物色していたところ、プチトマトが目に入る。ひょっとすると、失敗の可能性もある、との思念が頭をよぎる。それなら、ひとつ、ふたつ漬けるだけでどんなものか確かめられるこのちっちゃいやつが正解なのではないか。
結局、購入したのは、このプチトマト。どんな塩梅かわかるのは、今夜つけたとして、おそらく、土曜日くらいじゃないかと思う。皮をむいて漬けると、もう少しはやいのだろうけど、やはり、皮が破けてほとぼり出してくるトマトの水分こそが、汗をかいたあとのオアシス。
そうそう、トマトにはグルタミン酸ナトリウムとまったく同じ形のアミノ酸が含まれているという。トマトソースの旨みのもとはここにあるのだとか。化学調味料にアレルギーのある人は、反応してしまうことさえあるのだ、とも聞いた。この旨みが、糠床にひろがると、もっと美味くなったりして。
ビールが、なんて書いたら
夜になって急に肌寒くなってしまった。これくらいは、冬場と比べればどうということもないのだけれど、それでも、温かい物、欲しくなるじゃないですか。
そこで、冷奴の予定を急遽、湯豆腐に。こんなときのために、ではないけれど、私はアサリが安いとき、多めに購入して冷凍しておいている。酒蒸のように、純粋にアサリの身を楽しむにはちょっと、なのだけれど、鍋のタネや汁の具には重宝する。身にぷりぷり感はなくなるけど、出汁は十分にでるからだ。味もそんなにはかわらない。
ただ、調理法が違ってくる。生きているものは水から入れて、中火で加熱していくのだが、冷凍したものは沸騰したお湯に入れて、一気に口を開かせたほうがいいようだ。湯豆腐の場合は、アサリの口が開いて、火が通ってから弱火にし、豆腐をいれてそのまま加熱。ゆだってくる前に加熱をやめて、豆腐がふんわりしているうちに頂く。他の具(野菜や茸)を入れる場合は、具に半ば火が入ったところでアサリを投入。あとのプロセスは先に記したものと同じ。
湯豆腐にアサリ、なんども書いたような気がするけど、私にとってはベストな組み合わせ。美味い!!
ビールが美味しい季節
がやってきた。日中は汗ばむ位の陽気だ。もっとも、私は、体調不良でない限り、一年中、指がかじかむほど冷たい空気の中でも美味しい、と感じる、ビール会社にとっては、まことにありがたい存在を自負しているのだけど。
それでも、風呂上りにキューと飲むビールは、汗をぬぐいながらの方が、寒さに凍えながらよりも様になるし、爽快感もある。ただ、日本酒となるとまたちがってきて、暖房のがんがん効いた部屋のなかでのむよりも、こごえた指をこすりながら頂く方が絵になると思うし、また美味いと思うのだ。
ビールの季節にあわせて、もう枝豆も店頭に並びはじめている。本当の旬はいつごろなんだろう。枝豆を成長させて立ち枯れさせたものが大豆だから、おそらく、本当は盛夏の頃だと思う。大豆の収穫が秋ということから逆算してだけど。
そういえば、ソラマメも今では年が明けるともう店頭に並びはじめている。初めてお相撲を観に誘われたのが5月場所だったけど、「旬だから美味しいよ」と先輩がソラマメとビールを勧めてくれた。確かに、美味かったよなあ。
ということは、今は4月の下旬にさしかかるところだから、枝豆に心惹かれても、ソラマメ買わなきゃ、ってことだ。今度、さがしてみよう。
販売されなくなったもの
日曜日にゆっくりスーパーを回ると、以前購入していたもので、無くなってしまっているのに気づいて呆然となることがよくある。これからの季節、冷奴が欲しいので、昨年お世話になった「国産大豆豆腐」3食セットを買おう、と、豆腐売り場を訪れると、無いんだ。これは、100グラムずつ充填豆腐がパックされたもので、しかもパックの裏にプッチンプリンのように空気を抜く穴がついていて、小鉢に盛るのも手軽、さらに、水につかってないから、味もおちない、というすぐれものだった。売れなかったのかなあ。値段も、138円くらいで高いとは思わなかった。
こうした傾向は、豆腐や納豆のような、毎日お世話になるものに多いように思う。納豆は、「江戸の炭火造り ほや納豆」というやつを好んで購入していたのだけど、これもいつのまにか無くなった、混ぜるときの糸の強さが半端でなく、味も濃厚で、これぞ、納豆という感じだった。幸いなことに、これは近場の自然食品の店で販売されていることを知り、今でも食べているのだけど、この手の店は夜も早いし、日曜日に休んだり、と、お手軽、というわけにはいなかいんだ。
良い魚はたまの贅沢だからいいのだけど、日々食べるものはなんとかならないもんだろうか。売れなきゃ仕様がないのか。
そうそう、昨日、いい煮魚の材料が売られてなかった、と言ったけどあれは嘘。本当は、キンキの肝だけ残して内臓は処理されたものが売られてました。1680円という値段に負けて、買うにはいたらなかったけど。この時期のキンキの肝は、一緒に煮付けると、この上なく美味だというけど、千載一遇のチャンスを逃してしまったのかもしれない。今頃になって、後悔。
煮物ばかりでも
蕗、筍、コンニャクをおでん用の皿に盛りつけ、ヌカヅケとメジの刺身を並べて一献。
煮物ばかりでは、と思ったのだが、いいじゃないか。箸休めに刺身と漬物を頂く感じで、煮物ばかりに箸が伸びる。
体が欲しがっているのは、やはり、蕗と筍。箸がとまらなくなる。今回のメジマグロは、鮮度も脂ののりも抜群で、最高に美味かったのだけど、煮物に主役を譲った模様。また、ヌカヅケがしびれるほど旨いんだ。
でも、わすれてはいけない。肝臓はたんぱく質。アルコールの分解にはなくてはならない臓器。こいつの損傷を最小限にするには、肴にたんぱく質が必要。刺身や奴のような消化が容易なつまみは、どうしても必要なんだ、ってことを。
美味しいものを食べて、長く飲み続けるには、献立には気を配る。これができるのは、家酒だけ。あらためて、実感。
煮物ばかり
今日は、いつもの日曜日よりはきちんと朝起きだすことができた。食事をすませ、昨日、コンニャクを購入したことを思い出し、洗濯しながら煮しめることに。
味が入りやすいように、斜めに細かい切込みを入れ、一口大にして鍋に投入。かぶるくらいの味付け出汁を加え、唐辛子も足して、弱火にかける。コンニャクは、出汁に浸しておけば味が含まる、というものではないから、煮汁がなくなるくらいまでしっかり煮つめる。そうそう、煮汁が半分くらいになったところで、唐辛子はとりださないと、ピリ辛ではなく、辛辛になってしまうので注意しなけりゃ。
と、ここまで作業をこなしたところで、買い物に。魚の煮付けモードに入っていたけど、予想通り、いい切り身はなし。刺身用をみるも、掘り出し物なし。結局、また、当たり外れの少ないメジマグロのサクを購入。そのほかには、1パック50円の舞茸をふたつ、77円のエリンギ。39円という破格値のニラ一把。八百屋に回って、あく抜き済みの筍も買った。
しかし、この筍を含めると、今夜の肴は刺身以外は、蕗、コンニャク、筍、と煮物ばかりになるようだ。もっとも、今朝方糠床にいれたきゅうりとキャベツもあるんだけれど。煮魚用の切り身、なくて正解だったか。
それはともかく、ちょうどいい気候になってきたおかげか、ヌカヅケがびっくりするくらい美味しくなってきた。味も香もまさに絶品。室温20度くらいが最適温度といわれているけど、まさにそのとおりなわけだな、とあらためて感心。もっと美味しくなってくれるように、昨夜、少々、銀河高原ビールのビール酵母を足してやったけど、本日の漬けあがりやいかに??
予定通り
本日は、蕗を買ってきた。大き目の鍋を出して、あく抜きの準備中。ただ、栽培物の蕗のあまりの巨大さに、葉っぱを落としたものをセレクトしてしまった。情けない。
まあ、筍と違って、あく抜きも短時間ですみ、今夜の酒肴に余裕で間に合うから、いいや。
近辺の桜は、あらかた散ってしまったが、ゆっくりと周辺を散歩していると、満開の近づいたしだれ桜を発見。桃の花よりは淡いけど、ソメイヨシノよりは濃いピンク色の花をつけている。これはこれでまた、趣深い。調子に乗って、桜並木を闊歩してみると、ここにも、ソメイヨシノよりも白のかった花をつけた桜が、まだまだ咲いていたりする。気づかなかったけど、いろんな種類の桜が植えられていたのだなあ、とあらためて知ることとなった。
まさに灯台もと暗し、だな。
わらびをもらって
ひょっこり、実家に顔を出すと、一時帰省している父親から荷物が届いており、そのなかにわらびが入っていたらしい。既にあく抜きしたものが、たっぷりと桶で水につかっていた。「少し、持って帰るかね」という母の言葉にありがたく頂戴してきた。
これも春の息吹を伝える山菜のひとつだ。これといって、鮮烈な味わいはないが、やはり、野の香は持っているし、ねっとりとした独特の食感もある。少々を一口大に切って小鉢に盛り、鰹節をかけてそのままおひたし風。残りを含め煮としょうゆ漬けにした。
やはり、春っていうのはいろんな楽しみがあっていいものだ。まごうことなき、この季節にしか味わえない食物に満ち溢れている。また、そんな自然な食材に恵まれた、故郷を持っていることにも感謝しなければ。