人生は、時に理不尽で無情な試練を与えるものだと、最近考えることがある。
 つい一昨日まで、今年の春休みや昨年の今頃からは想像もつかないほど、僕は諸々の作業に追われていた。学校の課題に始まり、複数案件の動画編集、バイトの事務作業、広報業務…これにCOXとして休むことのできない朝練と、デッドウエイト免除に足りるよう55Kgまで増量しなければならない故の午後練を混ぜ込めば、ひとつの臨時作業で簡単にパンクするすし詰めスケジュールの完成である。

 「時間を潰す」ことに腐心していたあの頃の、有り余るほどに手持無沙汰な時間をどこかに貯めておければよかったのに。しかしながらそんな僕の願いと、取り逃し、もう選ぶことのできなくなった数多の道を置き去りに、どうも世界は一瞬たりとも止まることなく回っているらしい。観たいアニメや特撮作品、やりたいゲームが堆く積み上げられていく傍らで、僕は「やりたい」と「やりたくない」の狭間におかれた「やらなければならない」作業に一人、孤独に立ち向かってゆく。

 ━━え?このブログは「やらなければならない」作業なのかって?…ははっw

実益も兼ねた息抜きは必要だし問題ないよね、そんな言葉で逃げさせていただこう。

 

 そんなわけで記事とするのが遅くなってしまったが、仮にも新歓副隊長を拝命していた立場の人間として今年度の新歓について触れないわけにはいくまい。

 正直作業は非常に重かった。4月期は他の些事をある程度切り捨てて作業をしたような記憶がある。新歓終盤に体調を崩し一週間寝込んだのは、正しくそういった疲労・心労が積み重なった結果であるとすらいえるだろう。
 ただこうした内容に関しては、僕も不満を述べる気はない。そもそも望んで就いた役職であるし、広報として背負った仕事を繰り入れたとしても企画書の統括や本番のシフト管理まで一手に引き受けていた新歓隊長に比べれば大した作業量ではない。なにより肩書を背負っている以上責任が発生するのは当たり前なのである。新歓の主目的たる新入部員の勧誘に失敗すれば僕を含む幹部陣の失敗で成功すれば部活の成果、責任の重さと自身へのメリットを天秤にかけた時のアンバランスを許容できる心身のキャパシティがあってこその役職であるし、それでも尚やってみたいと思わせる魔力が新歓にはあった。そういう風に、とてつもない人見知りというこの上ないハンデを背負いながら自分なりに新歓に真剣に向き合っていたのだがしかし、否、だからこそ、新歓の方針をめぐる部内の意見の移り変わりには本気で頭を抱えることになったものである。

 

 「どこまで『本気度』を強調するか」今年度の新歓の課題は一言で表すならこの点に尽きる。そしてこの点こそが部活・新歓の首脳陣を、なにより部全体を悩ませた根深い問題であった。トップやそれに準ずる存在に強烈なカリスマ性か強大な権限がなければその組織は往々にして意見の隔たりから内部分裂を起こし空中分解しかけるというのは読者諸氏もイメージがつくだろうが、よく言えばアットホーム、悪く言えば絶対的な方針決定者の不在と、事前に打ち出していた、従前のものからは大きく方針転換されたある種「極端な」方針への(特に新入生からの)疑義が積み重なり、部活動や学年全体の在り方まで巻き込んだ大きな議論へと発展した。開始当初、試乗会をはじめとするイベントに思うように人が集まらなかったことも、一つの要因ではあるだろう。新歓の方針を決める時に、もっと色んな要素や展開を想定していれば、また違ったシナリオもあったかもしれない。

 でもこれは、きっと避けては通れない道だった。いろんな関わり方、考え方をもつ人たちがこの部活にはいる。自分とは違う色んな長所や、短所や、パーソナリティを持っている部員が集まるボート部は実に多士済々で、「新潟大学版『文化のサラダボウル』」とも形容できるその多様っぷりはきっとどこの部活にも勝る僕らだけの長所だ。自分の考えを伝え、相手を理解し、共存の道を模索する。限りない回り道かもしれないけれど、ボート部はそうやって強く、しなやかな組織になってきたということは疑いようのない事実だ。
 だからこそ。僕は思うのだ。あの瞬間、互いの思いをしっかりとぶつけ合うことは運命だったのだと。たとえどういう経緯で、各々がどんな思惑を持っていようと、あの瞬間に議論し、方針を改めて確認したことはある種の必然で、それこそがこの部活で考えうる「正解」なのだと。

 

 

「世界なんてさ、どうせもともと狂ってるんだから」

 映画「天気の子」のエンドロールが迫るなか、「大人」として主人公を激励する須賀が最後に告げた言葉であると同時に、映画作品としては人生5本の指に入るこの映画の中でも一番といっていいほど心を揺さぶられた、僕にとっての至言である。

 2019年公開の映画が僕がこの映画を始めて観たのは、地上波でこの映画が初放送された2021年1月3日(から厳密には約1週間後)、高校受験に追われ希望と不安の渦中にいた日々の中であった。親のハードディスクに録画されていたこの映画を、受験期の不安や鬱憤から目を背けるためこっそり視聴したあの日から4年。僕のライフステージは2度の変化を見せ、生涯の友人と呼べる存在も幸いにして見つけることができ、お酒やクレジットカードの解禁と同時に印鑑の重みも格段に増した。中学生の自分からは考えられない、途方もないほど数多の試練を乗り越えると同時に、乗り越えられずに背を向けた壁も信じられないほどに増えた。

 きっとそれは「大人になった」ということで、「人生に深みが増した」ということでもあるだろう。年配の方や海千山千の人生を潜り抜けてきた方に言えば鼻で笑われるような、傍から見れば低く小さく、簡単に回り道できるものかもしれない。実際今回僕を追い立てた作業のいくつかについては「請け負わない」という選択肢もあった。回り道も「壁に向き合わないこと」も、簡単に選べた筈だ。
 それでも僕はそうした試練を抱え込んだ。そして、自分なりに苦しみ悩みながら、不格好ではあるがひとまず目に見える成果は出してみせた。入部者13人、一昨年度から倍増した2024年度の「イレギュラー」は単なる博打当たりではないと、けして僕だけの力ではないが証明してみせた。
 暇で仕方がない時も、世界のすべてが自分を追い立てているように思える時でも、世界は平等に進んでゆく。どんな富豪も有名人も、そして僕を含む世界のだれもが、1日24時間、1440分を平等に受け取り、そして消費していく。どれだけ作業が切羽詰まっても、どれだけ名残惜しいと思ってもひたすらに進んでいく世界の、なんと残酷で冷淡で、そして狂おしいほど美しいことか。そういう世界で、組織の名前に隠れ決して名前は見えないけれど、大切な仕事をひっそりと成し遂げた僕は、壁を乗り越えて今までよりも少しだけ大きく強くなったのだと、少し傲慢かもしれないけどそう思う。
                                     了

文責:COX・広報・漕手二年 谷村

こんにちは。経済科学部二年の秋葉悠樹です。私は去年「漢 秋葉」というタイトルでこのブログに投稿しました。それからもう1年たったのか、と思うと早いものです。前文でも書きましたが、とても早い1年でした。あっと言う間に過ぎるくらいとても楽しい1年間でした。ですがそれと同時にあまり成長できなかったからもう1年終わったのか、と感じるのだと思います。ですが僕は今年の目標なんてものは決めません。なぜならどこまでも成長できるからです。僕に限界なんてありません。僕にはゴールなんてものはなく永遠にすごくなれます。

 世の中には「大は小を兼ねる」という言葉があります。意味は大きいものは小さいものの代わりになる、です。僕はどちらかというと「小」側の人間ですが皆さん、「大」と「小」をひらがなで書いてみてください。小のほうが書く時間がかかります。つまり小は手間がかかっているということです。つまり小のほうが手間暇かかるということなのでこれからは小が大の代わりになる、つまり「小は大を兼ねる」の時代を創ろうと思います。

今年1年もよろしくお願いします。

みなさんお久しぶりです。無事に進級することができました、医学科2年の中島大成です。早いものでボート部に入部してから一年が経過しました。大学でボートを続ける中で、自分が想定していたよりもずっと高い競技レベルや大学で部活を運営していくことの難しさなど多くのギャップを味わった一年間でした。しかし、全力で大会をサポートしてくださったサポートの方々や経験者に迫る勢いでタイムを伸ばす同期、遠方から定期的に来てくださるコーチの方々のおかげで現在も気持ちを切らさず漕手として活動することができています。
 
さて、2024シーズンを改めて振り替えってみると負けまくった一年でした。金大戦のM2×から始まり、夏季競漕大会・東医体・医療系レガッタのM1×、インカレのM4×、そして全日新のM2×で終えたシーズンでしたが、これといった勝利を収めることができませんでした。この一年の負けレースを通して思ったことが「勝てないレースは面白くない!」ということです。全力を出し切ることは確かに達成感があったし、競ったレースはクルーの力が通用することに嬉しさを感じました。でも、勝った方が気持ちいい。高校の時、どの艇よりも速く1位でゴールした時の気持ちよさを超えるものはいまだに体験したことがありません。2025シーズンは勝つためにレースに出たいと思います。
 
また、今年度から副主将としてボート部の運営に携わらせていただいています。就任して数ヶ月が経ちますが、責任の重さと運営の難しさをひしひしと感じています。一年生の頃は簡単に不満を抱き、自分の要求を通すことばかり考えていましたが、部活を運営すると言うことはそんな簡単なことではないと改めて感じました。わがままを言うこと、感情的になること、自分の思い通りにすることは簡単だけど幼い。合理的に考え、冷静に意見し、部員を引っ張ること。これが今の自分に必要とされていることだと思います。今考えると、当時の自分は何て無責任だったんだと少し恥ずかしいですが、一年たって視野が広くなったのかなとプラスに考えることにします。今後も多くの問題が生じるとは思いますが、漕手がとことんボートに集中できる環境づくりを頑張って行きたいと思います。
 
ここまでは聞こえの良いことばかり書きましたが、今年の冬トレは自分自身あまり納得のいくものではありませんでした。絶対に7分を切ると意気込んだ12月の2000ttでは目標まで5秒も足りず、練習での調子も良かったが故に気持ちが大きく下がってしまいました。2月のttでは12月の記録よりも落ちてしまい、自分のメンタルの弱さを改めて実感しました。その反動からか、3月初頭の二週間ほどは色んな人と外食したり遊びに行ったり(もちろん練習は全て参加していましたが)気持ちがボートから少し離れてしまっていました。そこで感じたことは、やっぱりボートが楽しいと言うことです。受験期の時もそうでしたが、練習中は辛かったのに少し部活をしないとエルゴでいいからボートをしたいと思うものです。昨年のブログでも書きましたが、やっぱり僕はボートと言う競技が好きなんだと思います。お花見レガッタではまだまだ課題点が見つかりましたが、クルーのメンバーと高め合ってインカレまで頑張りたいと思います。まずは6月末のttで7分切ることを目標にしています。「Immpossible is nothing」元プロボクサーでヘビー級統一王者となったモハメド・アリが残した言葉です。不可能なんてあり得ない。7分の壁にぶち当たった一年ですが、次で決めたいと思います。
 
最後に新歓について。今年度もたくさんの新入部員を迎え入れることになり、男子漕手6人・男子舵手1人・女子漕手3人・マネージャー3人の計13人(5/14時点)が入部してくれました。たくさん入ってくれてとても嬉しいです😃後輩が入ってきて、先輩としての自覚や改めてボートと真剣に向き合うことが必要とされています。僕はいろいろあった一年でしたが、4/13に入部届を出した決断を後悔していません。新入部員に一年後、同じことを思ってもらうためにも競技、日常生活でも気を引き締めて取り組みたいと思います。
こんにちは、経済科学部3年になりました鐙孝太です。春休みがあっという間に終わり、新年度が始まりました。大学生活も気づけば折り返し地点(あくまで順調に行けばの話ですが)。一日を大切に生活していきたいもの。

最近の気持ちを一言で表すならば、「嬉しい」になります。出会いと別れが重なる春ですが、多くの人と関わり、嬉しい出来事がたくさん溢れています。

さて本題ですが4月になると思い出すこと。それは
5年前2020年の4月のこと。ご存知の通り大変な年でした。新型コロナの影響で世界中の常識が一瞬にしてがらっと変わりました。そんな中私は高校に入学しました。
それは同時に私のボート人生の始まりでもあります。

様々なご縁から高校でボート部に入ることは決めていました。入学式の次の日、早速ボート部の先輩の勧誘についていきました。初めて広い川で漕ぐ先輩の姿を見て、かっこいいなと思い入部を即決自分も先輩のように漕ぎたいと、憧れました。

しかし次の日から休校になり、当然部活動もできなくなりました。楽しみにしていた高校生活、ボート部での活動は約1カ月お預けとなりました。

5月になり、制限はあるものの部活動ができるようになりました。しかしながら、最初から水上に出て漕げる訳ではありませんでした。

最初の2ヶ月は徹底した陸上でのトレーニングとボートに関する勉強でした。水上練習に耐えうる体力と知識を身につける期間です。思い出すとあの時が一番きつかった。きついとは聞いていたものの、想像以上。毎日自分の体力の限界まで使い切る日々でした。

でも辞めなかったのは、同期6名(当時)と共に、水の上への憧れを忘れなかったから。それがなかったらすぐ辞めるレベルできつかった(泣きながら練習した日も)。

初めて水上に出たときの感動は今でも鮮明覚えてる。楽しさというより緊張が勝っていた。同期と共に喜びを噛みしめた一日でした。

↑初めて乗艇した日の秋田運河。無風で良いコンディションであった。

水上練習にも厳しさが伴うことを感じながら毎日乗艇を繰り返した。コロナの影響もあり、乗艇できることが当たり前でなかったからこそ、一日を大切に練習していた。

この1年、改めて初心に返りたいと思う。初めて漕いだあの日の気持ち。昨日の自分より強くなる、この繰り返しでここまで来た。他の人と比べる、競い合うのも確かに楽しい。だが昨日の自分より強くなったと感じた時が、自分にとっては一番の幸せ。

明日、今日の自分より強くなる。今ある環境に感謝し、そして自分と関わる人を幸せにする。これが自分にとってボートをやる意味。改めてここで決意します。

どうも新2年漕手の朝妻隼です。早いもので去年「爆漕」という荒々しいタイトルのブログを書いてから一年が過ぎ、無事に学年が+1されました。自分はこのブログリレーの順番がなぜか毎年一番手なので自分の中で春の恒例行事のように感じています。今年も近況を振り返りながら、新年度の幕開けのつもりでブログを執筆していこうと思います。

 

 

どうぞご一読していただけると幸いです。

 

 

まずは昨年度の振り返りから。

大学一年目の漕ぎを通して感じたことは、クルーボート難しすぎる、です。高校生のころから続けているボートですが高校時代は二年生の初夏からシングルにしか乗っておらず、クルーボートに乗る機会はごくたまにほんの少し乗った程度でした。自分は人に合わせる漕ぎや合わせてもらいやすい漕ぎがあまり得意な方ではなく、さらにシングルばかり乗っていたため自分の漕ぎをひたすら極めていくスタイルになっていました。そのため、大学でクォードやフォアにメインで乗るようになって人に合わせる漕ぎの大変さを痛感しました。ただ単に人に動きを合わせるだけでなく漕ぎのパワーポイントを合わせるなど、意識することの多さにとてつもない集中力を求められ常に頭がパンパンでした。さらにフォアでは左右のバランスが等しいことが重要であるため、さらに意識すること多かったです。初めのころは合わせて漕ぐことで頭がいっぱいでした。それからだんだん慣れてくると、自分の漕ぎの改善点が見えてきたり、クルーでより速く漕ぐために話し合うなど他にも意識が向くようになっていき、それが少しづつものになっていくと大艇ならではの疾走感や問題点を試行錯誤して解決する達成感を味わえました。何より、シングルに乗っていたころ、試合の日にはずっととてつもない緊張感に襲われ、一人で戦わなければいけないという不安感に押しつぶされそうになる時が何度もありました。ですがフォアやクォードならステッキボートに着けて緊張していたとしても、前後に仲間がいて、「頑張ろう」と声を掛け合い、グータッチしてしまえば、不安は和らぎ、高揚さえしてくる。協調性と繊細さを要する競技であるが故の難しさと、仲間がいることの心強さ、クルーボートの困難さと魅力を味わう1年になりました。

自分は今年度も主にフォアに乗るだろうと思うので、まだまだ成長途中の漕ぎをクルーのメンバーとああだこうだ言いながら、より良い漕ぎを求めて頑張っていこうと思います。

 

 

 

 

次に近況報告を。

しようと思ったのですが春休み、というか三月はほぼ部活とバイトの記憶しかなく、オフの日は爆睡して、アマゾンプライムを視聴したり、ゲームをしていたらなぜか一日終わっていました。外出をしてもう少し充実したオフにしたい気持ちと、部活の疲労の蓄積で頼むから休ませてくれという体からのSOSの間で葛藤し、結局完全にインドアな一日を送っていました。たまにさすがに外に出ねばと散歩をしていました。穏やかな微風の中まだ暖かいとは言い切れない気温ながらも、日光の暖かさによって涼しいと思えるくらいの季節になり、少し日の傾き始めたころ、ひたすら続く田んぼ道をお気に入りのラジオを聞いて歩いていると、なんて平和なんだろうと感じます。何もない一日もこれだけで、意味があったと感じるので、体力に余裕ができれば目的のない外出が増えそうです。

一年生の一年間は部活や学校、バイトなど環境の変化や新しいこと、慣れない忙しさに時折振り回されているように感じたので、今年は趣味や目標、ちょっとしたことから遠出までやってみたいと思ったことを去年より多く実行に移せる一年にしたいです。勉強も頑張れるだけ頑張ります。

 

平穏とは言えない新歓期間の忙しさと進級してからの新しい生活リズムと加えて日々の部活動を何とか乗り越えた四月だったように感じました。直近でいうと毎年恒例の金大戦が終わり、ひとまずまとまったオフに入ったので、ここで体を休めインカレをはじめとしたこれからの大会に備える練習の中で、自分に何が足りていなくて、今何をすべきなのかゆっくり考え、今年度の競漕生活も今以上の成長につなげられるよう、頑張っていきたいと思います。

 

 

ほぼ一か月かけてちまちまと書いたので支離滅裂な内容かもしれませんが、ここまで読んでくださった方がいればうれしいです。ご一読ありがとうございました。

新4年生の大朏です。

今日は大学の入学式が行われました。私も3年前には同じようになれないスーツを着て参加していたのかと懐かしい気持ちになりました。

 

今回の話題についてですが、お花見の感想と周りの環境の変化についてです。

お花見レガッタは3月29~30日にかけて行われました。開催時期的に新シーズン初めての大会で、漕手たちは雪積もる中で蓄えた力をここで試し、インカレへの第一歩として自信を付けられたかと思います。個人的な感想としては、他のレーンの艇たちと競っている中でのコックスの指示出しと苦しい顔をしながらもそれに応えるように足蹴りをするフォア。水しぶきを上げながらなんとか順位を落とすまいと漕ぎ切ったダブル。エルゴの好記録を残し、水上でも最悪のコンディションであったにもかかわらず力漕で何とかした男子シングル。初めてシングルで初出場し、やり切って引退した女子漕手。そしてバリバリの現役漕手と同じかそれ以上の活動日数を誇り、部の縁の下の力持ちで大会時も卒なく業務をこなすマネージャー。みんなかっこよかったです。100点

毎年お花見レガッタといいながら枝には薄みどりの蕾が目立って桜があまり咲いてない記憶しかありませんでしたが、今年は例外で桜咲く木の下でサポートや漕手みんなで集合写真を撮ることができました。

 

次に私の環境について少しだけ報告です。やっと4年生になり研究室が決まりました。卒業研究や院進に向けて勉強しないとなあと感じながらやりたくなくて今はまだ読書と運動に逃げています。意外と4年生になっても履修するものが多いと気づき、先輩方が4年生になって顔を見せにくくなるのもわかる気がします。これから新歓が始まり、新一年生がどれだけ入ってきてくれるかわかりませんが、そんなまだ見ぬ一年生の記憶の片隅にでも、たったひとかけらだけでもいいのでそんな先輩いたよなーと思われるようになるべく時間を作りたいです。

 「コペルニクス的転回」という言葉をご存じだろうか。「パラダイム・シフト」とも言い換えられるこの言葉は18世紀に活躍した哲学者カントにより哲学用語として「発明」され、「考え方を根本的に変化させることで物事の新たな局面を切り開くこと」といった意味があるという。コペルニクスは15世紀から16世紀にかけて活躍したポーランド出身の天文学者であり、晩年に記した著書「天球の回転について」のなかで唱えた地動説がそれまでの天文学の発想を大きく覆すものであったことからこの言葉に名が冠されている。

 出自こそ哲学用語でありながら現在ではビジネス用語としても稀にではあるが用いられる事実が、この「根本的な考え方の転換」が現代でも大いなる意味を持っていることの証左として読者諸氏にも伝わるはずだ。進捗が煮詰まったときにこそ、「前提」や「周知の事実」に疑いの目を向けることの重要性は今も昔も大きく変わらないということだろう。

 過去を紐解いてみても、源平合戦の最中で発生した一の谷の戦いにて源義経が披露した「鵯越の逆落とし」、コンスタンティノープル攻略戦でオスマン帝国の指導者メフメト2世が繰り出した「艦隊の山越え」など、歴史の随所にはこうした「コペルニクス的転回」の実例ともいえるアイデアが登場し、年表を彩っていることが分かる。

 無論、こうした発想は単に思いつくだけではなく、実際に実行に移すだけの行動力、なによりこうした一見突飛にも思える行動を容認するだけの胆力が必要になる。ゆえに、現代でこうした独創的な発想を現実のものとしたいのならば関係する多くの人々、そして万が一のときに責任を取るリーダーの理解と協力が必要になることは言うまでもない。

 

 

 さて、巨大かつ歴史ある組織の全貌に比すれば非常に些細で、またとても微細な変化ではあるが、先に挙げたような「コペルニクス的転回」は直近のボート部においてもいくつか起きている。過渡期にある部において、あまたあるそうした変化のうちの一つにしてユニークな部類にあたるものが「PVの制作」である。今年度のPVについては制作工程の殆どを僕が担当者として請け負っていたこともあるので、このブログでも宣伝がてら言及させて頂こうと思う。

 そもそもあまりアップテンポではない洋楽を用い、スタイリッシュさに重きを置いた昨年度のPVからして、それまでの新大ボート部の、否、PVとしての形式そのものにすら風穴を開ける革新的な気質のものであった。僕のPV制作作業は「前年度の課題の洗い出し」と言えば聞こえはいいが、そういう革新的な試みにケチをつけ、自分なりの革新性を持ったPVとなるように方向性を定めるところから始まった。

 とはいえ、少なくとも「プロモーション」ビデオという観点において、近年稀にみる12人(のちに13人へ)という大量の新入生の獲得に成功した2024年度のPVの功績を完全に無視するわけにもいかない。なにしろ前年度は今年度試みた方向とは別のアプローチでの「コペルニクス的転回」を見事に成功させているのである。実際に部内へ方針を説明するために作成したプレゼンテーションビデオへの反応は、逆風とはいかずとも芳しいものばかりではなく、ある種成功者の跡を継ぐことの難しさについて身をもって実感したものであった。

 そんなPVであるが、動画を並べる際にはなによりも映像の「流れ」が心に入りやすいような構成を心掛けた。常々説明に用いていた言葉は「感情的訴求効果」と「知識的訴求効果」。前年度の課題についてこの2点から何度も振り返りを行うとともに、また今年度の制作方針の説明を行った。

 勿論組織であるから、意見が完璧に一つになることなどあり得ない。内部でも、演出や使用する素材、果てはコンセプトそのものまで、多くの疑問や反対意見が出たことは言うまでもない。しかしそれも、伝えたい「ボート部の魅力」という像がお互いにあってこそ。自由に作らせてくれ、という気持ちが完全になくなった訳はないが、そうしたぶつかり合いがあるという事実は好意的に受け止めるべきであると、納得しつつ制作を進めていた。長すぎて分かりづらいとまで言わしめた分量の説明を編成する細やかさとある程度の批判を聞き流す横暴さをうまく(都合よく?)組み合わせて中途半端な能書きを垂れたのはあるが、部員のみんながなんだかんだで信頼を置いてくれたのか、大部分を僕のやりたいようにやらせてくれたことは本当にありがたかった。

 

 

 PV制作のため重ねたミーティングは二桁回以上。フィードバックのため作成した資料は5つ、説明用に制作した動画は3つ。撮影し集約した素材は3桁を優に超える。そうした時間と映像と、構想から足掛け5か月に及ぶ制作の果てに生まれたPVなのだ。語りつくせない苦労も、エピソードも、辛さもたくさんある。それでも、作り終えた瞬間に一人の部屋で零れんばかりに溢れ出した達成感が、片鱗だけでも伝わるのなら嬉しいことこの上ない。

 

 

 

「芸術は爆発だ」

 そんなインパクトの強い言葉とともに、旧大阪万博のシンボルである「太陽の塔」の設計でも有名な岡本太郎は、実は前述のフレーズの他にも芸術・創作にあたる際の細やかな心掛けから生き方に至るまで複数の言及があることで知られている。あまたある言葉を紹介し続けても蛇足にしかならないので、PV制作者としての矜持と信念、そして執念をもっとも端的に表現していた彼の至言をここに引用させていただき、PVのリンクと僭越ながら並べおくことで、この文章の結びとしたい。

 

「自分の価値観を持って生きるってことは、嫌われても当たり前なんだ。」

PVリンク:新潟大学ボート部PV【2025ver.】

 

                  文責:マネージャー・漕手・広報一年 谷村

山本です。

 

今日はとてもいい天気でした。

青空が広がり、春の訪れを感じさせる暖かな日でした。

 

どんな新一年生が入部してくるか今から楽しみです。

 

このブログを見てくれている新一年生がいたら、どんどん過去のブログを漁ってほしいですね。

やっぱブログを見ているとその人となりというのが何となくわかってくるもので楽しいです。

 

X(Twitter)をさかのぼると先輩が書いた昔のFC2のブログも見れるはずです。

 

ぜひとも

 

 

 

 

 こんばんは、半ば新大ボート部ブログの守護神と化している谷村です。本日は札幌への帰省最終日。本来であればパソコンなどさっさと閉じてベッドへ直行、明日のフライトに向けて英気を養いところですが、どうしても今日書いておきたいテーマがあるため、今こうしてブログを書いています。

 そしてもう一点。こちらのブログは他大学ボート部の皆さんやOBの皆様が呼んで下さることも多く、ボート部一同大変励みにさせていただいているのですが、本日このブログ、この記事に限っては前述した方々は読者としてのターゲットではありません。ではこの記事は誰に向けてのものなのか。そう、人生の大一番、大勝負を明日に控える大学受験生の皆さんへのものです。僕の知る限りの受験生、即ち数多の後輩と僕の親友をはじめとする浪人生に向けて、こんな駄文を生成しています。どうかみなさん、しばしの間お付き合いください。


 僕が新潟大学を受験したときの面白い話でもしましょう。札幌住まいとはいえ祖父が新潟県に住んでいるという状況であったため、僕の新大受験は前泊がホテル、後泊が(親の)実家という珍しい構成でした。そんなわけで前泊したホテル。当然積雪地帯の冬ということで暖房がガンガンに炊かれていたわけですが、こともあろうに暖房のコントローラーがどこにも見当たらないではありませんか。あちこち探し回るも成果虚しく、諦めて勉強…ではなくアプリで将棋ゲームに興じること3時間(?!)。お手洗いに向かおうとふと顔を上げた僕が壁にかかっているリモコンを見つけたときに沸いてきた疲労感と哀しみと怒り、そして蒸し焼きにされずに済むという安堵感を、皆さんは想像できるでしょうか。すぐに室温を調整して改めて布団にくるまったとき、時刻は朝の3時を指していました。なんだかんだで一時間くらい寝付くのにかかる人間なので、実質的な受験前日当日の睡眠時間は3時間ということになります。何とも恐ろしいですね、我ながらよく合格できたものです(白目)。
 まあそういうわけで気楽に行きましょう。案外受験は何とかなります。

 日本の正確な地図を作成し、「その地図の正確さが意味する圧倒的な技術力を目にした欧米人に日本の植民地化を諦めさせた」とする説すらある伊能忠敬の名言を拝借しましょう。以下は今ほど平均寿命が長くなかった江戸時代、御年55歳で日本全国の測量旅に出立するにあたり彼が残した言葉です。
「人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生は要らない」
 皆さんの夢はそれぞれでしょう。しかしながら未来なんてわからない…この一年間、あるいはそれ以上の期間、あなたはそんな呪いと格闘してきたことでしょう。
受験という試練は過酷で、孤独で、なにより先の見えない闘いです。「大学生は楽しいよ」そんな周囲の言葉に対し、大学生となった自分の未来が想像できない、今を生きることに精一杯だという思いは、あなたの心のどこかにきっとずっと引っかかっていたはずです。それでも。2か月後、歩き続けた先で、きっとこの暗闇は抜け出せます。受験まではわずか1日。あなたが努力を重ねてきた時間に比べれば、あっという間の時間の筈です。 

 自信を無くしたり不安に思ったときは、過去を振り返ってみましょう。甘美な誘惑を振り切ってあなたが歩んできた努力の長い長い足跡が、あなたの背中に続いているはずです。過去のあなたが信じた自分に自信をもって、合格へつながる解答をひと文字ずつ、解答用紙に全力で刻んでいきましょう。
気負うことはありません。そう、未来なんて、絶対にわからないのですから。

 

 新潟大学で、あるいはほかの大学で、4月から輝くであろう皆さんの、余生ではなく今生が輝かしいものになるように。その最初の一歩を、自身を持って踏み出してきてください。

 さあ、いってらっしゃい。

                文責:マネージャー・漕手・広報1年 谷村 東哉
 

明日は2000m測定だ。

 

部員にとって、ここ大一番だ。

 

最後まで負けるな。

 

さあいこう。

 

 

(2年cox佐藤豪)