自分自身の演奏が下手だとか、そんな風に卑下しておきながら動画を上げる人間が本当に多い。これは演者にとっても、リスナーにとっても良くない風潮である。今回はこの悪しき習慣について何がいけないのか解説しよう。

 


1.「下手ですけど」は謙遜にすらならない


 人に音楽を聴かせるという行為は、それだけでリスナーの時間を奪うことでもある。そのため、本来は演者は聴いてくれるリスナーに向けて真摯な態度が必要だ。しかし、前置きした「下手ですが」という枕詞は、これから聴いてくれるであろう相手に対して失礼な態度にあたる。

 

 

 謙遜は「自分をへりくだらせる」ことだが、これは前置きした「下手ですが」とは全く別モノである。例えば、「料理が美味しかった」と言われたときに「お粗末様です」と返すだろう?そう、本来の意味で謙遜というのはリスナーから褒められた時に、初めて使うものなのである。流れはとしては、


リスナー:「凄い!感動しました!」
  演者:「いや~、私なんかまだまだですよ!ハッハッハ!(悦)」


といった具合である。

 

 謙遜と前置きの卑下の違いがまだ分からない者は、他のことに置き換えてみてほしい。「マズいですが」と言いながら飯を出されたらどう思うか?「この映画は退屈」だと言われて、DVDを差し出されたらどう思うか?食べる、観る前から気分を下げる必要がどこあるのだろうか?それによって飯が美味くなるのか?映画が面白くなるのか?いや、ならない。

 

 

 そして、それを平気で差し出して私の時間を奪おうとしている、お前自身のその態度に誠意はあるのか?が問われるのである。リスナーがお金を払うライブなら絶対に言ってはならない言葉なのは容易に理解できるだろう。というか、そもそも音楽の良し悪しはリスナーが判断がすることであり、音源を公共の場に出した時点で、自分で良し悪しを決めること自体が完全な勘違いで、ナンセンスなのである。

 


2.醜悪な承認欲求


 演者が前置きで「下手ですが」と卑下するのには心理的な要因がある。例えば、


・下手と罵倒されたくない
・自身で宣言すれば、予防線がはれ精神的に楽
・あわよくばハードル下げてちやほやされたい

 

 思惑の見え透いた、女の腐ったみたいな醜悪で都合の良い承認欲求だろう。

 

 

 似たような例で、かつてTwitterでは「#ブスすぎて辛い」というタグで自撮りを上げる流行があった。そして、この自撮りを上げた女に向けて「本当にブスなんですね」と中傷した者がいて、女は中傷した者をブロックしたという話がある。この女の「ブスすぎて」というのは、当然「ブス」と言ってほしいわけではなく、「褒めてほしい」と、「ブスって言わないでね?」という、2つの意味を込めた、おまじないなのである。

 

 

 まぁ、個人をわざわざ中傷するような人間は犯罪者だとして、この女もそんなこと言われると思っていなかっただろう。そして、中傷目的の犯罪者相手に予防線をはったところで、なんのアドバンテージも無く普通に傷つくのである。「下手ですが」は「ブスですが」と同義である。

 

 

 また、そういった卑下に慣れた演者達で形成されたコミュニティは、往々にして風通しが悪く空気が腐っており、レベルも低い。「いいね」を返して欲しいがために馴れ合い、傷のなめ合いを繰り返し、ド下手の免罪符を探し続けているような残念な輩である。もし、少しでも向上心があるのであれば、そういったコミュニティとは関わりを断つことをおすすめする。

 


3.誹謗中傷する人間は排除しろ


 そもそもだ。特定の個人に対して、わざわざ下手だのなんだの言うやつらのせいで、こんな状況になっているのも理由としてある。確かに具体的な批評については耳を傾けるべきである。が、抽象的で的外れで受け取るに値しないものもかなり多い。

 

 

 このような評論の名のもとに中傷をする犯罪者は相手にするなと言いたい。また、評論家というのは本当に誰でもなれるものである。ギター講師(詐欺師)よりも敷居の低い肩書だ。食べログのレビュアーみたいに無責任なものだと思って貰っていい。

 

 

 そして、「下手ですが」はこいつら評論家くずれの犯罪者を我が物顔で闊歩させ、態度を助長させる行為なのだ。こいつらに気遣いなど無用である。単なる中傷には有無も言わさず即ブロックしろ。人間には寿命があることを知っているな?犯罪者に割いてあげられる時間など1秒たりともないのは明白である。

 


4.卑下は悪である


 読者にお願いしたいのは、自分を卑下しながら演奏動画を上げないことである。そして、そういった動画を見かけても再生しないということ。これらは演者の価値を下げ、中傷目的の犯罪者どもを付け上がらせる行為だ。犯罪者に気を使い、自分を下げるような行為は恥ずかしいことであるという風潮を作りに協力してほしい。 

 

 

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