おお!!

分かったぞ~!!

心の中で叫ぶ声は、「うまいぞ~」ではないが、イメージは味王である。もちろん、口に出してはいない。外見的には、ニヤリ顔になっただけ。


今日と言うか、先ほど気がついた事がある。

やっと気がついた、と言う方がより相応しい。

妻に言えば「いつもの事だね」と笑顔で答えてくれる事だろう。


ペタ。


今までずっと、ペタをクリックすればペタがつくと思っていた。そう、ペタ一覧が表示されるボタンである。ペタをしても、自分はペタ一覧に表示されないと思っていたのだ。

ところが、真実は違った。

画面上部の「今すぐペタる」をクリックしなければ、ペタしたことにならないとは!


バイオハザードをやれば、スイッチや落ちているアイテムに気づかず、さっぱり先に進めない状態にすぐ陥る。

横から見ている妻から、「それは調べた?」と言われて、ようやく気づく始末である。

今回のペタも、そんな私故の初歩的ミスだ。

私らしいと言えば、この上なく私らしい手落ち。


ま、これでまた一歩、アメブロに詳しくなったという事にしておこう。

昨日、娘の4ヶ月検診に行ってきた。4ヶ月検診とは言っても、実際は5ヶ月検診である。

因みに問診票には4ヶ月と30日と書かれた。意地でも5ヶ月とは書きません!という雰囲気が伝わってきた。行政による無料検診だから、とにかく4ヶ月でないとダメなのだろう。


一ヶ月遅れとなった原因は、検診が予約制で、しかもしばらくは埋まっている状況だったからだ。検診ならいつでもOKだと思いこんでいたので、小さなカルチャーショックである。

その時は、小児科が混んでいると言う事は、少子化とは言っても意外と子供は生まれているのでは?と思った。しかし本当の所は、出生数以上に小児科医が減っているのかも知れない。

先日の首相による問題発言「医師不足」もあり、妙に納得。


検診の結果、やはり娘は標準より大きかった。

身長や胸囲などは約5分増し。体重は1割り増し。道理でコロコロしているはずだ。もっとも、そのコロコロ具合がなんとも可愛い。


「母乳だけ?立派だね~」

栄養士さんからそう言われ、妻も嬉しそうだった。

諸処の事情があり、お互いの実家に頼れない。その為、育児も家事も妻一人の肩にかかっている。それだけに他人からそう言われのが、とても嬉しいようだ。

娘の為に全力な妻に、私も感謝である。


さて、次の無料検診は10ヶ月。

今度は予約をしっかり入れようと思う。

こんなに狭かっただろうか。

週末実家に帰った時の感想だ。

久しぶりに走った地元の道路は、幅も距離も記憶にあるそれより、遙かに小さかった。

小学校への通学路、自転車で走った道、虫を追いかけた草むら。子供の視線と大人の視線が違う事は確かだが、実家には二十歳過ぎまでいたのだ。今と背格好は大して変わらない。

何が違ったのだろう。


結婚し、家を建て、子供が生まれた。

そられが、何らかの心理的要因となっているのだろうか。


久しぶりに長渕剛氏をテレビで見た。

高校の時、彼の大ファンがいて、その友人の影響を受け、一時期よく彼の歌を聴いた。JEEP。

その当時抱いていた長渕氏と、テレビで見た氏との印象は全く違う。

当時は、何かに怯えるように虚勢を張っていたが、今は威風堂々。そう感じた。


私も氏と同じように、何かが変わったのだろう。

自分に、自信のような物が持てたのかも知れない。


小学生の時畑に植えたブルーベリーが、大きく育っていた。今年は多くの実が採れたらしい。

家の裏に生えていた、今にも崩れ落ちそうだった崖際のクヌギの木は、太い根でガッシリしがみついていた。


昔のように親に対して苦手な意識がなかった。

親を一人の人間として見る事が出来るようになった。

自然に囲まれた環境は、変わっていなかった。

また行こう。

実家に行って、そう思った。

今週末は私の実家へ行く。

父の墓参りには毎年帰っていたのだが、実家の家に入るのは8年ぶりだろうか。

娘が生まれた事で、実家との交流が再開した。

私と母や弟妹とでは、生き方が違った。ただそれだけの事だった。互いの生活に干渉しなければ、何の問題も無かったのだが、そう言う訳にはいかなかった。

結果、一切の関わりを絶ってきた。


親の愛情など微塵も感じた事がない。

母に向かいそう言い放ったのだが、娘が生まれ、子に対する愛情がゼロだったなら、私がここまで育ってはいなかっただろうと、思うようになった。育ててくれた事を感謝した。

たっぷりの愛情でなかったにせよ、ゼロでは無かったのだと。

そうでなければ、子育てを乗り切る事は不可能だと思うからだ。


しかし、子は親の持ち物ではないという気持ちには、何の変化もない。

もちろん、娘には自分の生き方を持って、生きていって欲しいと思う。そしていつか、世界で一番好きな人と一緒になってもらいたい。

自分の事を考えると、親の思い通りにならないのが、子供なんだろうな、とは思うが、それが、私の娘への願いである。

マギー。

そう聞いて何を思い浮かべるだろうか。

精油のマギーティスランド?それとも、輝夜姫に登場する教官のマギーだろうか。

私なら、真っ先にマギー司郎である。


子供の頃、父が「会社でドリフターズを呼ぶから」と言っていた。地方のホールを借りて、社員の家族を呼ぶのだと言う。今考えれば、会社の福利厚生の一環だろう。

わくわくして待つ事数ヶ月。

家族で出かけた先に待っていたのは、マギー司郎。

もちろん、当時小学生の私には、誰?である。


その時は、マギー司郎だけでなく、もう一組いた。クールファイブだったと思うのだが、こちらの方は記憶から欠落しており、はなはだ曖昧である。


マギー司郎氏の芸風は、今も変わらない。

明らかにネタばれというか、手品でないネタを披露しながら、最後に本当のマジックを持ってくる。

その時も、こっちから見えてるじゃんなどと、少々馬鹿にしながら見ていたのだが、最後にあっさり正当マジックを成功させ、そのギャップと素晴らしさに感動したものだ。


先日市の広報で、マギー司郎氏が、市内のホールに来る事を知った。

行くならもちろん妻と行きたいが、娘を託せる相手もいないし、いたとしても、誰かに預けるのは、まだまだ心配。

縁があれば、物事はスムーズに運ぶ。

マギー。今回は、縁が無かったかな。

週末、先日第一子が誕生した友人宅へ行ってきた。

「でか」

娘を見た友人の第一声がこれだった。確かに、まだ生後一ヶ月に満たない友人の子と並べると、娘の大きさが際だつ。

体重は、三ヶ月で生まれたときの倍と言うから、単純に考えれば体積も倍。一回りも二回りも大きい。対比すれば、大きく見えるのは、当然だろう。


娘が生まれたときの体重は3000弱。その後、2ヶ月での検診では、標準より多少大きい程度だった。

友人の子が触れたら壊れてしまいそうなのに対し、我が娘は腕も腿も太く、ぷっくぷく。逞しい事この上ない。生まれたのは、たった4ヶ月の差。その間の成長の早さと言うか密度と言うか、その濃さに驚愕である。


実際、少し前の娘の姿は、写真を見ないと思い出す事が出来ない。

「こんなちっちゃかったんだよね~」

と妻も言う。

五感が発達し、言語能力も備わり、急速に成長し続ける我が娘。

昔の写真を見ると、よくここまで育ってくれたものだと、嬉しくなる。


評判の良い小児科が、予約殺到の為に少し遅くなったが、来週は検診がある。ちょうど5ヶ月。

友人が言うように本当に大きいのだろうか。

日本人の平均身長辺りにいると思っている私と、平均より小さい妻。

さて、その娘は如何に?

女性は、3歳からレディだと聞いた事がある。三十路を過ぎても子供だと言われる、日本人男性とは雲泥の差だ。

まだ5ヶ月に満たない我が娘にも、そんなレディの片鱗を感じた。


娘が生まれる前から、我が家では雌のミニチュアダックスを飼っている。ホームセンターへやかんを買いに行った時、立ち寄ったペットコーナーで、妻が一目惚れした為である。

その時は、娘を授かる事になるなど、夢にも思っていなかった。

娘を授かってからは「お姉ちゃんと仲良くね」と、よく妻のおなかに話しかけていたものである。


先日、娘は最近流行の「ぶ~んごっこ」をしていた。俯せになり、飛行機の様に手足を上げるポーズの事だ。赤ちゃんは誰でもこのようなポーズをする時期があるらしい。

妻は娘のすぐ横におり、娘はご機嫌な声を出していた。

そこへ、私が愛犬を抱いて「ほ~らお姉ちゃんだよ~」と、登場したのだ。


瞬時、である。

今までのご機嫌な雰囲気はどこかへ消し飛び、「何よ、そこはあたしの場所でしょ!」とでも言わんばかりに、娘が愛犬をにらみ付けているではないか。

よく、飼っていた犬が子供にヤキモチ焼くと言うのは聞くが、その逆とは。

娘vs愛犬闘争勃発か。


また昨夜、妻の背中をさすっていた時の事だ。

娘は、またもや気に入らない目つきで妻を見るではないか。いつか、篠有紀子氏の漫画「花キャベツひよこまめ」のリカとミキの様になるのだろうか。

娘に好かれるのは誠に結構な事だが、妻と仲良くするのも気に入らないとは、少々困った事態である。

端から見れば、幸せな悩みには違いないのだろうが。

アメブロを始めてもうすぐ4週間になるが、まだ、システムや設定を使いこなすまでに至らない。

先日も、アメンバー申請が来ていたにもかかわらず、1週間以上気がつかずにいた。新参者故のうっかりだと、大きな心で受け止めてもらっていれば、嬉しい。

もっとも、アメンバーシステム自体が、まだよく理解できていない。先は長そうである。



他のブログを見ると、ブログの飾りやエフェクト(?)がスゴイ!ものが多々ある。何をどうすればそうなるのか。勉強の余地は、東京ドーム数個分はありそうだ。

そこまでとは言わずとも、少々のオリジナリティは出したいなぁと思う。

せめて今月中には、妻に写真を撮ってもらい、画像をアップしたいと目論んでいる。

娘が人になりつつある。

おむつを洗いながらそう感じた。便の臭いが、人のそれに近くなってきているのだ。


生まれたての頃は、ごはんが炊けたときのような臭いだった。育児書のイラストでは、おむつの上にある便を、コロリとトイレに捨てていたが、まったくそんな気配はない軟便。どちらかというと液便か。

いくらなんでもひどいインチキイラストである。


やがてそんな軟便も、徐々にヨーグルトのような臭いになり、軟便と液便の中間くらいになった。

新生児は胃酸分泌がないため、口にする物は殺菌する必要があると言う。実際、母乳は無菌だし、哺乳瓶ならり殺菌処理が必要である。

それというのも、胃酸が人体最大の殺菌力を誇っているからだ。その殺菌力はかなりの物で、病原菌も、ビフィズス菌も、その99.9%を殺してしまうらしい。某乳製品メーカーが「今度は腸まで届く」と商品改良したのはその為だろう。

その胃酸がないから、ヨーグルトに似ているのかな?と妙に納得していた。


それが、2~3日前から、人の便に似た臭いになってきた。それに伴い、便も少しずつ軟便らしさを増している。

ある小説に「妹のおしめで部屋中くさくて、かわいいなんて思わない」という一文があった。

いずれそんな状態になるのだろうか。

産後の母親の体についてもそうなのだが、現実の子育ては、本に載っていないことだらけである。

先日から、妻が人形に取り憑かれている。

サーニットという焼結用樹脂粘土で作った物や、球体関節人形である。子供の頃から人形が好きで、いつか造りたいと思っていたらしく、その傾倒はかなりのものだ。

ついに昨日、球体関節人形が一体届いた。BlueFairy社のPocketFairyシリーズの一体である。


妻と一緒に人形について調べていて、驚いたのだが、非常に精巧に作られており、カメラを通してみると、それだけでちょっとした絵になる。

また、それらの人形愛好家はドーラーと呼ばれているらしく、デフォルトでついてくる衣装以外に、様々な衣装がメーカーから出されており、さらに、ドーラーによる手作り衣装も多種多様なのだ。


また、衣装にとどまらず、ウィッグ、アイ(目玉)、ハンドも交換部品があるだけでなく、顔には化粧を施す。

それこそ、世界に一体だけの自分の人形が出来上がると言うわけだ。

それらの人形を総称してカスタムドールと言うのも頷ける。

私が子供の頃夢中になったガンダムのプラモデルや、自動車の改造に似た心境なのだろう。


さて、そのPocketFairy、竹宮恵子氏の「草と木の詩」の主人公ジルベールに似ているのだ。

伏し目がちな目に、自身の人生に諦めと憂いを感じているかのような、皮肉った笑い。その瞳は少し遠くを見つめているかのようで、まさにジルベール!である。

なるほど、妻が一目惚れする訳だ。

もちろん、その子の名はジルベールである。


ジルベールを見ながら

「PocketFairyもっと欲しい」

と言う妻に、セルジュとオーギュも揃えるのかと聞くと、

「最近オーギュは好きになってきたけど、セルジュは好きになれないから、オーギュなら揃えても良い」

らしい。


ドーラーには、子持ちの奥様方が多いと聞く。

ジルベールに誘われて、妻もドーラーの仲間入りだろうか。