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人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和5年4月19日

 

 コロナ禍を機に日本でもテレワークが

多くの会社で採り入れられました。

でもテレワークの実施などで「不要不急な社員」

の存在があぶり出されてしまったのです。

 

 オンライン会議では、若手社員が社長などの

経営幹部に直接提案することも出来ます。

今まで中間で意見を吸い上げて存在感を示していた

管理職が、前ほど必要ではなくなってきたばかりか、

社員個々人の発想力や説得力などが直接上層部に

吟味されるようになってきたのです。

 

  リモートワークで存在感を発揮できない

中高年社員は肩叩きの対象とされるかもしれなく

なってしまいました?……。

令和5年4月17日

 

 最近、度忘れをすることが多くなりました。

「度忘れ」することが多いのは、人の名前は勿論、

会社の名前、駅の名前などなどの固有名詞です。

 

 ついこの間も、取引先へ出かけたとき、いつも

乗り換える「駅」の名前がどうしても出て来ません

でした。

駅の様子や、何駅目で乗り換えるかなどは、よーく

知っているのに、名前だけが出てこない。

そして、しばらく経ってから

“そうだ「○○○駅」だった”とやっと思い出した

のでした。

 

 こんなことが度々起こるとどうしちゃんたんだろう

と心配になります。

令和5年4月14日

 

 ある雑誌に掲載されたエッセイに、某作家の

「私はうっかり人生がすぎてしまうのが嫌だった………

習慣を言い訳にして一日一日をひたすら消化していく

生活も嫌だった」という一文がありました。

 

 私は、「私も毎日同じようなことを繰返す日々

だけど、その日をうっかり過ごしてしまったとの

思いはないなぁ……」と感じました。

 

 同じような日の中にも喜んだり、悲しんだり、

思いに耽ったりと日々それぞれが他の日と違う

掛け替えのない時間を過ごしていると思うからです。

令和5年4月13日

 

  出世を目指してガンガン頑張る「ガンバリーマン」

から、出世はそこそこでOK、ソロソロ進もうよという

「ソロリーマン」へとサラリーマン人生の価値観も

時代と共に変遷して来ているようです。

 

  「頑張りすぎない生き方」が見直されてきたのは、

社会がストレスフルになっていることと密接な関係が

あるのでしょう。人生は競争の連続です。

 

  私たちは、「頑張らなければ社会で生き残れない」

といった価値観を植えつけられ、競争に駆り立てられて

きたのです。

令和5年4月12日

 

  「齢を取ると時間が経つのを早く感じる」

という有名な法則がありますが、要するに

「日々をボーっと過ごしていると時の経過に

気が付かず、あっというまに時間が経った

ように感じる」ということのようです。

 

  そういえば私の場合も、最近記憶に鮮明な

出来事と言えば、ワクチン注射を5回も受けた

ことぐらいです。

あとは多分ボーっと過ごしています。

令和5年4月11日

 

  テレワークとかAIとか時代の流れは

益々速くなってきており、これにキャッチアップ

していかないと取り残されてしまいます。

 

  時の流れに翻弄されるのは何も中高年

サラリーマンだけではありません。

歴戦のつわもの(高齢者)達も余りにも急速に

進む時代の流れに取り残されつつあります。

 

  私の近辺では、最近どんどんと「アレ」

という名前が増えてきました。周りにあるものは

次々と「アレ」に“改名”されて行くからです。

令和5年4月10日

 

  「アレはどうなったのかな?」、

「ああ、アレね。アレは彼がアレしたようだよ」

先日帰宅中の電車の中で、ふとこんな会話が

聞こえてきました。

 

  具体的なことは何も言っていないのに、

会話がかみ合っているシュールさ。

本当のところ、会話している二人それぞれが

想像している「アレ」が一致しているかどうかも

不明ですが、私は思わず苦笑してしまいました。

 

  とっさに固有名詞が出てこなくなる私たちの

年頃には、よくある会話で、“あぁ俺と同じだ”と

思ったからです。

令和5年4月8日

 

 最近は、私は頭の反乱が目立つようになりました。

昔の友人と久しぶりに会って一杯やっているとき、

サラリーマン時代の同期入社社員の噂話になって

“ほら、アレ、アレ。ちょっと小太りで眼鏡かけて

いた人。名前は何て言ったっけな、

アノ人どうしてる?……”、

 

  なんて調子で、会話をしている最中に、

人の名前が一向に出てこなくなりました。

その人の顔は、昔のままの姿で浮かんでくる

のですが、名前は一向に出てこない。

 

  こんなシーンにしょっちゅう出くわすように

なってしまいました。

令和5年4月7日

 

  時間はきちんきちんと経って行き、私も

ドンドン齢を取って行きます。

 

  ここのところ私の頭には、はるか昔の

小学生の頃のことが、折に触れて浮かびます。

そしてそのたびに子供のままの顔をしている

級友を思い浮かべ、「今どうしているかな?」

と思います。

 

  きっと人生のゴールが見えて来た私は、

徐々にあの世で待っている妻への土産話を

集め始めているのかもしれません……。

令和5年4月6日

 

  昨今は、録画した映画を倍速で観賞したり、

歌に冒頭から「ヤマ場」を求めたりするなどの

若者の思考や行動が「時短至上主義」として

各方面での議論を呼んでいます。

 

  ところが他方では、丁寧に作られたものを

時間や手間をかけてきちんと味わいたいとか、

じっくりと本物の雰囲気を楽しみたいとか、

そうした志向の広がりも耳にするようになりました。

 

  今は、多様な価値感を持った新しい人物像が

日本にも生まれて来ているように感じています。