人事労務日記~所長のつぶやき~ -350ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成23年6月17日


 ここのところ、毎日鬱陶しい雨模様の日が

続いています。

毎日まいにち、混迷を深める政治情勢とか、

中々解決への動きが進まない福島原発問題とか、

下落を続ける株式市場などなど、心が晴れない

出来事が続いています。


こんな不愉快な日は、どうしてもお酒が進んで

しまいます。


昨日は、家での晩酌を少しやり過ぎました。

その為、今日は少々二日酔い気味となり、朦朧と

しながら仕事をする羽目となってしまいました。

然し、その朦朧とした頭の中を、一向に改善しない

中小企業の厳しい経営環境と先行きに対する不安が、

浮んでは消え、消えては浮んで、まるでトゲのように

チクチクと刺してきます。


こんなときは、どんよりと天を覆う真っ黒な雲の隙間から

キラッと輝く一筋の光を見たいのですが、残念ながら

まだその兆候も現れません。


残念なことです。

平成23年6月15日


 今日は6月の真ん中の日です。

今年1年ももう半分過ぎました。

この半分の時間の経過の内に、あの

大震災がありました。

原発問題を含め、未だ多くが未解決と

なって私たちを苦しめています。


然し、こんな情勢でも政治は呆れるほど

混迷を続けています。


古来から洋の東西を問わず、言葉にはある種

の力が宿るとされてきました。
いわゆる「言霊(ことだま)」です。
日本では「良い言葉を発すると良い事が起こり、

不吉な言葉を発すると凶事
が起こる」とされ、忌み言葉などもこの思想に

基づきます。

「言葉は人格を表す」と申しますが、不満や悲観

ばかり口にする人は幸運まで遠ざかっていきそ
うです。言葉は相手を落胆させたり勇気づけたり、

やる気を引き出したり、奪ったりもできます。


それにしても、最近の政治指導者の言葉の軽さには

呆れています。

前野首相が今の首相を「ペテン師」と呼んだり、

今の首相は、回りの辞めろとの声には一切耳を

傾けず権力にしがみついたり・・・・


言葉を大事にしないリーダーはそれだけで、

リーダーとしての資質に欠けると思っています。



平成23年6月14日


 あるときの客先との話の中で,“診断書を書いて

貰うときの対価は医療機関側が勝手に決める”という

話題が出ました。

話の成り行きは,物の値段は誰が決めるという論点から、

「診断書といえどもたかが書類一枚が1万円近くすると

いうのは高いのではないか」ということに話が弾んでしまった

のです。


私は、「書類一枚ということではなく,そこに記載される

内容に対する対価である」と言いました。

医師にとって最も能力を求められるのは,病状を特定すること,

つまり診断を下すことです。病名が分かれば,治療はほとんど

の場合決まった手順に従うことになります。


医師の診察を受けにいって,医者から「風邪ですか?」と

尋ねられて,患者が「風邪かどうかを診断するのが医者

であり,患者に聞くな」といった笑い話みたいなことがあります。

見立てこそが医者の本領です。その結果を書面でもらうの

ですから,高いのは当然だと私は思っています。


コンサルタントも専門家の意見という観点からは、同じです。

高いか安いかは、サービスを求める人の満足度によって決まる

のだろうと思います。


平成23年6月13日


 “サーカスの象は、小さい頃に一度ロープにつながれ、

そこから逃げられない経験をすると、大きくなっても

そのロープから逃れられない” と思い込んでしまう

そうです。大きくなって、本当は簡単に逃れられる力

がついても、象は無理だと思ってじっとしているんだそうです。


これは、動物が本性として「現状安住」を好む逸話として

有名な話です。

私たちは、心の中の“サーカスの象現象”に気づいている

でしょうか。

知らずしらずの内に、“本当は簡単に逃れられる力が

ついているのに、無理だと思ってじっとしている”場合も

あるのではないでしょうか。


この現状からの脱却を試みるのが改革者なのでしょう。

日本の幕末には坂本竜馬など若い有能な改革者が

輩出しました。

今の世には本当の意味でのこの改革者は少ないように

見えます。

“兎も角やってみる。やってダメでもまたやってみる。どうしても

ダメだったらそこで考える”という挑戦者としての生き方も

あります。


私は、「いつもそれほど長くないこれからの人生、

 “精一杯悔いが残らないように”」 と思っているのですが、

実際は、いつも悔いが残ってばかりいることしか出来ないで

います。



平成23年6月11日


 今日オフィスに来る前に見ていたテレビの

ワイドショーでは、東日本大震災による被災地

被災3ヶ月後の現状をつぶさに報じていました。

国の施策が遅々として進まないことから、復興への

足跡も力強さに欠ける状況に憤りさえ感じました。


政治も経済も混迷し、何かと暗い話題ばかりが

強調される今の日本。

そんな中、日本人も自信喪失気味でどうしても

伏し目勝ちになってしまいます。

でも、日本人同士の暮らしの中では特に感じない

「日本人の良さ」は、外国で暮らしてみると懐かしく

思い出すものでもあります。


礼儀正しさとか、時間を守るとか、他人への

思いやりとか、数え上げたらきりが無いほど沢山

あります。


私が中国に駐在していた十数年前、中国人は

日本軍国主義には厳しい態度を見せましたが、

今の日本人には尊敬と畏敬の目で見ていたことを

思い出します。

平成23年6月10日


 今日も朝方携帯電話の電池を充電しました。

私は、心配性のせいか「電池がなくなったらどうしょう」

と思って、チョッと電池の電気量が少なくなると直ぐに

充電します。

いつでも満タンがなんとなく安心できるからです。


ところが,事情通によると電池にとっては,使い切った

後に充電する方が長持ちするそうなのです。

電池の寿命は充電回数に依存しているというのです。

こまめに四六時中充電を繰り返していると,回数ばかりが

増えることになります。

そして、電池の寿命が早くつきることになるそうです。


でも、

この間の大震災のようにいつ非常事態が発生するか

分かりません。

そんな非常事態のときに電池の充電はできないと

思います。

とすれば、電池の寿命が早く尽きることになっても

ヤッパリ、電池をいつも満タンにして置いた方が、

安心できます。


まぁ、個人の性格の問題なのでしょうか・・・・





平成23年6月8日


 今日の夜は、久し振りにサラリーマン時代

の友人達と飲み会です。

お互いに今どうしているのかなどのよもやま話に

盛り上がり、その後はきっとカラオケスナックに

なると思います。

楽しみです。


私は、通勤はもとより仕事でも殆んど全てを

電車に乗って用を足しますので、どうしても電車

の中の出来事に関心が向いてしまいます。

今日も朝の地下鉄車内で、大きな荷物を足元に

置いたまま乗降客の通行の妨げになろうとも

びくとも動かない若い男性がいました。


最近多いんですよね。

このように電車の中で一度自分の居る場所を

決めたら、てこでも動かない人が。

座席に座っている場合は、隣の席が空いてより

多くの人が座れるようになっても席をずらせません。

たまたま、ドアの前に立ったら乗降客の乗り降りに

邪魔になっても後ろの方に避けようともしません。


「わが道を行く」です。


もう少し、別のところで「わが道」を行ってほしいものだ

といつも思っています。




平成23年6月7日


 私の友人にも「悠々自適」となった人が

大分出てきました。

「悠々自適」だから、勝手気ままに優雅に

毎日を過ごしているかと思うとそうでもない

ようです。


定年退職した後、全く仕事に就かなくなった

人の1/3程度はアルコール依存症になって

しまうとの調査結果が報じられています。


定年後、毎日、家にいるようになっても奥さんは

パートに出て不在だし、子供は独立して不在で、

家には一人で残されてしまいます。

何か趣味でもあればよいのですが、生憎、

「現役時代は、企業戦士と言われ仕事しごとの

毎日を過ごし、仕事以外に打ち込む趣味もない」

とすると、会社に行かない毎日を、本当にどう過ごす

かが悩みの種となるようです。


そしてそんなときに、気軽に飲めて、酔えば酔うほどに

憂さを晴らしてくれて、浮世を忘れさせてくれる酒に

救いを求めるようです。


昔から「酒は人生の友」とも言いますが、ほどほど

の付き合いの「友」がベストのようです。

付き合いが余り深くなると酒なしではいられない

関係となってしまうこともあるようです。



平成23年6月6日


 もう6月、今年も半分近くが過ぎて

しまいました。

3・11の発災以来、日本の政治・経済情勢は

益々混迷しています。

時間だけがむなしく過ぎていくような感がします。


「時間」は、ひとの世で何が起ころうと淡々とただ

過ぎていきます。

ひとの世の喜びや悲しみや怒りなどに関係なくただ

淡々と過ぎていきます。

そして「時間」は、また、その早さに驚く一方で、

過ぎ去った日々のアレコレや、子供の頃、若かった

頃のことなどを懐かしく思い出させてもくれます。



私は、最近、どういうわけか小学校時代のことを

よく思い出します。子供時代に一緒に遊んだけれど、

今は、全く付き合いのない人の「子供の頃の顔」を

思い浮かべては、“あの人は、今どうしているんだろう”

と思ったりしています。

そして、同時に私の頭には、懐かしい昔のことが

次から次へと浮かんでは消え、消えては浮かんで、

まるで走馬灯のように流れていきます。


今のような日本全体が無力感に覆われている

ような「時間」も何十年後(私は生きていない

でしょうが)かには、きっと「アノ頃は・・・」と誰かに

思い出されるのでしょう。







平成23年6月4日


 今日、オフィスへの途中でスーパーマーケットで,

愛飲しているカフェオレやのど飴などを買いました。

レジでの清算のとき、買い物袋をお持ちですかと

確認されました。

何でも、買い物バックを持参すると,2円の割引に

なるそうです。周りの雰囲気が「持っていかないと

なんとなくいけないような気分」に追いやられていました。

別のお店では,ポイントカードをお持ちですかと確認

されることもあります。


何れの場合も「持っている方が持っている」と言うので

はなく、店の人から「当然持っているだろう」といわんばかりに

確認されることに,押しつけがましい感じがしてしまいます。


レジ袋の単価がいくらなのか知りませんが,レジ袋をもらうと

袋の値段が買い物の値段に含まれていることになるようです。

売る側の立場に立てば,至極当たり前のことでしょう。

だけど買う方はレジ袋はただで貰えるサービス品と勘違い

しているかもしれません。

然し、大量の袋が「ただ」であるはずもありません。

売値の中に含まれて見えなかっただけのことです。


だから、私は堂々と「持ってません」と言うことにしています。