人事労務日記~所長のつぶやき~ -349ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成23年7月1日


 今日から7月です。

今日も蒸し暑い日です。


先日、営業で外回りをした後、

オフィスへの帰りに電車に乗りました。
夕方の四時半頃で空いている時間帯

でしたので、せわしい急行電車を避けて

各駅停車に乗りました。急行だとオフィス

まで20分のところが各駅だと30分は

かかります。


でも、その時は疲れていたので、座れる

確率が高い各駅電車に乗ったのです。

電車内のロングシート席の前に立っていると、

乗り込んだ駅から三つ目くらいで前の席が

空きました。“アア、助かった”、とそう思いながら

席に着きホッとして目を閉じました。

すると、直ぐに学校帰りの高校生の一団が

私の前に立ちました。

みんな黙々と携帯を眺めているのです。

メールやゲームをしているのだろうと

思うのですが、折角仲間と一緒になっている

のに話をせず、夫々が自分の世界に閉じこもって

いる姿は私には異様に見えました。


これが普通なんでしょうかね!

平成23年6月30日


 今日も蒸し暑い日が続いています。

3~4日前にぎっくり腰を患い、痛さで辛い毎日を

送っています。

愛犬を抱き上げようとしたとき、年季の入っている

腰がギクッと悲鳴をあげ、たちまち痛さにのけぞりました。

その後は、這いずり回りながら何とかやり過ごし、漸く

動けるようにはなりました。

でも、未だ痛みますので恐る恐るの試運転状態です。


だから、当然に元気はありません。

「何とか無事に一日が終ればよい」と祈りながらの毎日

を過ごしています。


元気の無いのは、私だけではありません。相変らずの

政治の混乱、電力不足への恐れなどなど、日本全体が

元気をなくしています。

それにしても、私の少年時代の日本は元気でした。

昭和31年7月17日に、この年の「経済白書」が

発表されましたが、その副題には「もはや『戦後』ではない」

と銘打たれていました。

そして、この言葉は、当時たちまち流行語になり、

今でも語り伝えられている「一世を風靡した言葉」と

なったのです。


あの頃の元気を懐かしく思い出しながら、元気のない

毎日を過ごしています。




平成23年6月29日


 ぎっくり腰になってしまい、痛くて

死ぬ思いをしました。

今日は少し良くなったので、オフィスに

出てきました。


東日本大震災による被災地には未だ

瓦礫の山が残り、10万人近くの人が
避難所暮らしを強いられています。

更に、福島原発問題も一向に収束への
目途が立たず、放射能汚染に対する

私たちの不安感は一層高まっています。

こんな国家の一大事の中、政治は「辞める

と言った首相」が居座り、権力への
執着を見せています。

政権政党の内部で対立しているんですから、

とてもじゃないが、 迅速な復興対策が進んで

いくとはとても思えません。


政治は昔から経済や社会の進歩の足を

引張って来ましたが、こんな国難の時にも、

復興への足を引張っています。
このままでは、”日本は大変なことになってしまう”

と市井の片隅で痛い腰をさすりながらハラハラ

して見ています。

平成23年6月25日


 昨日は、給料日の金曜日でさぞかし

ウサ晴らしを兼ねた飲み会で、サラリーマンが

盛り上がったことでしょう。

政治の混迷が、大震災と原発で痛めつけられて

いる日本を一層とぼろぼろにして行ってます。


日本の幕末には坂本竜馬など若い有能な

改革者が輩出しました。

今の時代は、世界的な政治・経済・社会の

過度期にあります。

どうしてこのような混迷する時代に、明治時代

のような日本をリードして行くような改革者が

出ないのでしょうか。


“兎も角やってみる。やってダメでもまたやってみる。

どうしてもダメだったらそこで考える”という挑戦者

としての生き方が、今の時代には求められている

のかもしれません。

私も、いつもそれほど長くないこれからの人生、

 “精一杯悔いが残らないように” と思っている

のですが、いつも悔いが残るようなことしかできない

のが残念です。


平成23年6月24日


 東日本大震災による被災地には未だ

瓦礫の山が残り、10万人近くの人が
避難所暮らしを強いられています。

更に、福島原発問題も一向に収束への
目途が立たず、放射能汚染に対する

私たちの不安感は一層高まっています。

こんな国家の一大事の中、政治は「辞めると

言った首相」が居座り、権力への執着

見せています。

政権政党の内部で対立しているんですから、

とてもじゃないが、 迅速な復興対策が進んで

いくとはとても思えません。

政治は昔から経済や社会の進歩の足を

引張って来ましたが、こんな国難の時にも、

復興への足を引張っています。

このままでは、”日本は大変なことになってしまう”

と市井の片隅でハラハラしながら 見ています。

平成23年6月23日


 ここのところ、梅雨らしいドンヨリとした天気が

続いています。

今日は午後から晴れ間も見えましたが、それにして

も暑い日が続いています。

「暑い」とか「汗」とかは、私に「時間」とか「時の流れ

とかに思いを抱かせるスイッチになっているようです。


私は、毎年暑い夏が来ると、子供時代に焼け野原

(戦争で焼け落ちた工場跡)で、チャンバラゴッコを

したことを思い出します。

あの頃も、暑かった! 

汗をダラダラ流しながら近所の洟垂れ小僧と遊んだ

ものでした。


そしてあの頃、戦後間もなかった私の子供時代は、

日本全体が貧しかった。私も毎日、腹を空かせて

いました。

洟垂れ小僧とチャンバラゴッコをしながら、

“腹減ったなぁ!”とつぶやいていたのを今でも

覚えています。





平成23年6月22日


  3・11の東日本大震災発災後3ヶ月以上

が経ちましたが、福島原発問題は依然として

解決の目途が立たず周りに放射能の脅威を

与え続けています。

瓦礫の撤去なども遅々として進まず、避難所

暮しを強いられている人たちの我慢も限界に

近づいているようです。


東日本大震災ほど「想定外」という言葉を聞いた

災害はなかったように思います。

“「想定外」の津波に襲われた結果、東京電力

福島第一原子力発電所の非常用電源まで

故障してしまった・・・・”と、

記者会見で当事者が「想定外」という言葉を

連発した裏には、「自分たちに責任はない」と

いう気持ちがあるのでしょう。


その言葉を使うからには、本当に「考えられることは

全部やった」のかどうか常に問い直す慎重さが

求められると思うのです。


最近は、福島原発問題は人災でもあるとの

意見も強くなっています。

でも、起きてしまった以上原因はともあれ、一刻も

早く収拾してほしいというのが多くの国民の願い

でしょう。






平成23年6月21日


 今日は、朝方雨が降っていましたが、その後

天気は快方に向い、梅雨の中休みとなりました。

飴が上がったので、電車に乗ってかかり付けの

耳鼻科に行きました。


昼前の電車でしたので、空いていました。

座席に座って暫くすると、次駅に着きました。

次駅は大きな駅で電車を待つ人が並んで

いました。

電車が駅に滑り込み、ドアが開くと降りる人と乗る人が

身体をぶつけ合い、チョッとした混乱状態となりました。

私は、チョッとビックリしてしまいました。


何時から、日本はこんなことになってしまったのでしょう。

私が現役サラリーマンの頃は、降りる人は予めドアの前

で下りる準備をし、乗る人は降りる人が降りてから

乗り込むというルールが徹底していました。


他人の迷惑をものともせず、我さきにと他人を押しのけ、

押しのけてドアに突進するさまは、ひとむかし前の中国で

ごく一般的に見られた光景でした。

中国でさえ、最近はこんな光景を民度が低いと改善運動が

起こっているほどです。


なにか最近は、日本は政治が混迷し、経済も不振を続け、

国民の民度も下がってきているようでとても寂しい思いを

しています。



平成23年6月21日


 

 時間が経つのは全く早いもので、今日は

もう6月も20日となりました。


「時を経る」ということは、色々な場面で重要な

働きをするものです。

“失恋の悲しみも、事業の失敗による失意も”、

「時を経る」ことで軽減していきます。ヒトの顔も

「時を経る」事で、顔つきが変ってくるようです。


「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と

云われることがあります。

“幼い頃の顔は百パーセントが遺伝でも、その後

どんな生き方を選ぶかで顔つきが変わってくる。

その顔つきを長年続けるうちに次第に定着し、

やがてその人の顔ができあがる。その年齢が

四十歳”という意味のようです。


そういえば、顔を見れば、そのヒトの過ごしてきた

人生が何となく、分るような気もします。


今日も電車の中で、色んな顔にお目にかかりました。

「それぞれの顔がそれぞれの人生を現す」との思いで

拝見すると、とても興味深いものがありました。

平成23年6月18日


 今日もどんよりとした鬱陶しい日です。

今にも雨が降り出しそうです。震災地には

「涙雨」が止まりません。


今日は、あの大震災から100日目です。

もうあれから3ヶ月以上が経ってしまった

のですね。

「時間」は、ひとの世で何が起ころうと淡々と

ただ過ぎて行きます。

ひとの世の喜びや悲しみや怒りなどに関係なく

ただ淡々と過ぎて行きます。


今のような日本全体が無力感に覆われているような

「時間」も何十年後(私は生きていないでしょうが)

かには、きっと「アノ頃は・・・」と

誰かに思い出されるのでしょうか?


梅雨が終るともう直ぐ暑い夏が来ます。

節電に努めなければならない今年は

さぞかし暑い夏になることでしょう。