人事労務日記~所長のつぶやき~ -319ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年8月11日


 今日は、どんよりとした曇天ですが、

蒸し暑い日です。

ナンダカンダと云いながらも、時間は経ち、

季節は移り変わっています。

もう、暦の上では秋なんですね。

そういえば、朝晩は、涼しい風が吹くようになりました。


それにしても、まだまだ暑い日が続いています!

暑い夏に無理をして体を動かしているとさっぱりしたもの

が食べたくなります。

だから私は、よくソウメンとか、冷たいそばとかを食べます。


冷たいものを食べ、さっぱりした気分になるのは簡単です。

でも、心の中になかなか片付かないものを残していると、

気持ちがさっぱりしないで、疲れが溜まってきます。

だから、その心にまとわりつくものから距離を置き、

さっぱりするために、私はよく「ハイ、今日はここまで」と

自分にツブヤキます。

不思議に、この言葉を口にすると、「さあ、今日は終ろう」

という気持ちになります。


今日ももう少し仕事を片付けたら、「ハイ、今日はここまで」

として、家に帰るつもりです。

平成24年8月10日


 「女三界に家なし」という古い昔のコトワザがあります。

この意味は、「女は幼い時は親に従い、嫁に行っては

夫に従い、老いては子に従わなければならない。

どこにも安住の場所がない」という意味です

(勿論、今はそんなことはありませんが・・・・・)。


これに対し、最近はサラリーマン退職後の元企業

戦士たちが、

“会社にはもう行けないし、家にもしていられない。

だからといって、どこにも替わりの居場所がない、

行く場所が無い”と悩んでいるようです。


こんな状況では、今や、むしろ夫の方が「幼い時は

親に従い、社会に出てからは会社に従い、会社を

定年退職してからは妻に従わなければならない。

どこにも安住の場所がない」という

「男三界に居場所なし」の状況にすらなって

きたようです。


いやはや厳しい時代になりました!

平成24年8月9日


 暑さのせいか、年のせいか、私は最近とみに
頭への血の巡りが悪くなっているように感じます。
通い慣れている駅からオフィスへの道路の一角が
空き地になっていても気がつきません。
ある日、ふと気がついて、“以前には確かに何かの
建物があったはずなのだが”と思っても、
どんな家であったのか、店であったのか、
全く思い出せないのです。


ただ通りすがりにあった、私とは何の関係もない建物
だったので無理もないのですが、それでも毎日間違いなく、
その建物を見ていたことにはかわりありません。
目で見ていても、頭の中にはその姿がインプット
されていなかったのですね。


また、歩いていると挨拶をされることがありますが、
どなただったか思い出せないこともよくあります。
そんなときは、得意のあいまいな笑いでごまかしますが、
後で一生懸命誰だったか思い出そうとします。
思い出せれば、なるほどと手を打って一件落着なのですが、
思い出せないととても気分が悪くなります。


朝晩はチョッと涼しくなりましたので、このボケ症状も
少しは改善するのでしょうか?
それとも段々酷くなるのでしょうか?


平成24年8月8日


 現代ではいろんな噂話が巷間を

飛び交っています。特にネット社会では、

人をコキ下ろし、名誉毀損にも該当して

しまう話もあるようです。

最近でも、いじめ問題で某有名人が

自分のコラムに人違いの人の顔写真を載せて、

(いじめ加害者の母親であると)批判して

名誉毀損で訴訟を起こされたとのニュースが

伝わっています。


私はテレビを見ていて、コメンテーターや

司会者が偉そうに講釈を垂れているのを聞く

たびに、いつもテレビに向って言ってしまうのです。

“偉そうに言うのなら、君が自分でしたらどうだ”と。


自分では何もしようとせずにただ単に人を

あげつらう「為にする議論」を偉そうにする

人間はどう考えても卑怯にしか思えないからです。

偉そうに講釈をたれたその口でスポンサーには

お世辞を言っているのでしょうから。

平成24年8月7日


 日本の家電メーカー、特にシャープが苦境に

立たされています。

後から追いかけてきた韓国メーカー(サムスン等)

との厳しい競争に負けて市場からの退出を迫られて

いるかのようです。台湾メーカーからの援助を受け、

何とか生残ろうと必死の戦いをしているようですが、

厳しい情勢です。


今の経営者には、グローバルな経済上の環境の変化、

自社を巡る事業環境の変化、更には、自社の属する

業界や隣接する業界の変動などなど、これから起こる

色んな変化に対する感応力や分析力や判断力などが

問われています。

そうした能力に優れた経営者の率いる企業だけが、

この100年に1度とも言われる、事業環境の大変動

という局面を大きなチャンスとして捉え、飛躍して行ける

のかもしれません。


考えれば、今のように「経営者の力量が、企業の

栄枯盛衰に大きく影響する」時代は、いまだかつて

無かったようにも思います。


「厳しい時代」になったものです。


平成24年8月6日


 先日、朝から遠方の取引先に直行し、取引先近くの

駅ビルで昼食をとったあと、オフィスに出るため、

プラットフォームに降り、丁度滑り込んできた特急電車に

乗り込みました。


電車に乗込み席についてくつろいでいると、通路を隔てた

臨席の紳士に話しかけられました。

ギョッとしてその顔を見ると、そこには、サラリーマン時代に

一緒に働いていた人が奥さんと一緒に座っていたのです。

15年振りの再会でした。

聞けば、その人は、もう仕事は会社の定年で止め、今は、

悠々自適の生活をしているそうです。

その日は、丁度奥さんと小旅行に行き、その帰りとの事でした。


本当に人生は、思いがけないことが起こります。

若し、私がその日、仕事で取引先に行かなかったら・・・

若し、私の帰りの時間帯がチョッとづれていたら・・・

若し、私の席が違う場所であったら・・・・

私の人生で、その人とは2度と出会うことはなかったでしょう。

平成24年8月4日


 毎日暑い日が続きます。

熱帯夜でクーラーが大活躍です。


でも、こんな暑い日は、私の幼い頃をよく

思い出します。

あの頃、戦後間もなかった私の幼児時代は、

日本全体が貧しかった。

でも、大人たちは「明日は今日よりきっと良くなる」

と懸命に働き、毎日が充実していたように思います。

悪いことをすると近所のおじさんに怒鳴られたもの

でした。



時代は変わり、経済的には豊かになった今の日本は、

みんなが「明日は今日より悪くなる」と過剰なほど

自信喪失気味になってしまったように思います。

何か昔より、精神的には後退したようにも思えて

しまいます。


「から元気」でも元気を出して、みんなで「元気な日本」

を取り戻せないものかといつも思っています。




平成24年8月3日


 時間が経つのは、本当に早いものです。

今年も、もう夏の盛りの8月に入りました。

だから、今年も半分以上が過ぎ去ったことに

なるのですね。

時は無機質に過ぎて行きますが、人の世は

時と共に良くなるとは言えないようです。


最近は、欧州財務危機の深刻化とそれに伴う

世界経済の減速に、日本企業の業績への先行き

懸念もどんどんと膨らんで来ました。

これからのビジネスを睨んで、何か焦りさえも

感じてしまいます。


ところで、時間といえば、その早さに驚く一方で、

過ぎ去ったときや、子供の頃、若かった頃などを

懐かしく思い出させるものでもあります。

特に、私は最近のヒット曲は殆ど知りませんので、

カラオケでは専ら、昔(つまり、私の子供や若いころに)

流行った歌を歌います(逆に云えば、そういう歌しか

歌えないのです)。

また、カラオケや、テレビなどで、その頃によく聴いた

曲が流れてくると、懐かしさに胸が熱くなることがあります。


時の流れは、苦い思い出を甘く包んでくれるもののようです。


平成24年8月2日


 今年は団塊の世代が、サラリーマン生活を終える

最初の歳だそうです。

私の友人の中にも第2、第3の職場も勤め上げ、

本格的なリタイア生活を迎えた人も少なくなくなりました。

そして実際にリタイア生活に入ってみて、会社という

「安定した居場所」を失うことが、思っていた以上に大きな

問題だと実感する人も少なくないようです。


リタイアといっても60歳代は、まだまだ身体は元気だし、

気力も充実しています。

だから、何もすることもなく所在なげに家にずっといると気が

滅入ってしまいます。

本人だけでなく奥さんも、旦那が四六時中ズッと家にいる

ことには息が詰まり、

どう扱ったらよいか戸惑ってしまいます。

そこで結局は、旦那が外に出て家にさえいなければ、

いいのですが、問題は、男にはそう簡単には「行く場所」が

見つけられないということです。


会社という安定した「行く場所」が無くなると、多くのリタイア族は、

朝起きたら先ず“今日はどこに行ったらよいだろうか”という問題に

悩むようです。

平成24年7月31日


  随分昔に読んだ本に、「物事には表と裏がある」の

例えとして次のような言葉がありました。


・「喜びと哀しみはいつも一緒にやってくる」
・「かつては喜びであったことに、今は涙を流している」

これらは、平易な例えではありますが、「物事には全て表が

あれば裏がある」ということを適格に表していると思います。


とすれば、

長いサラリーマン生活を終えて、毎日が日曜日になった

かつての企業戦士が、朝起きてどこにも行くところがなく、

家でグズグズしているとき、“どこか出かけるところはないの?”、

“何かすることはないの?”

と直ぐに聞こえる妻の厳しい声にも、単に

“うるさいなぁ”と腹立たしく思うだけでなく、

“妻はただ単に邪険にしているだけでもない。

「会社人間」だった自分が、生きがいをなくして、家に「引きこもり」

なったらどうしよう”、“体力が弱って病気になったらどうしょう”、

“やることも無く毎日ボーっとしていて早くホケないかしら?”

などと心配してくれているんだ“


とその言葉の裏側を慮ってみると、そんなに腹も立たないかも

しれません。