人事労務日記~所長のつぶやき~ -308ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成25年1月19日


 ここのところ忙しくて、殆んどオフィスには

居られませんでした。

寒風が吹く中、東へ西へと駆け回りました。


こんな忙しい思いをしているのは、ある意味で

幸せなのかもしれません。

幸せかどうか。それは「就寝の時、明日の朝

起きるのが楽しみであるかどうか」だと教えて

くれた古人がいます。

今日精一杯生きた、明日に希望を持つ、

そのプロセスが幸せ感ということだそうです。

「今恵まれている」と感じても、明日の楽しみが

なければ、それは必ずしも「幸せな状態」とは

言えないのかもしれません。


まだ人生の途上にいる身では、確信するには

至りませんが、ただ言えることは、

「明日が楽しみ」と考えて毎日を過ごす方が

生きるのに楽だということです。


「明日が楽しみ」というのは、気持ちの持ち方次第で

誰にでも手に入れることが可能でしょうから。






平成25年1月15日


 昨日は、東京も10年ぶりとかの大雪に見舞われ、

往生しました。

その後遺症は今日も続いており、取引先訪問に

難渋しています。


ところで、

能登半島の高級旅館「加賀屋」は、「日本のホテル・

旅館100選」(旅行新聞新社主催)で、数十年年

連続で日本一に選ばれているそうです。

私は、残念ながら「加賀屋」を未だ一度も訪れたことが

ありませんが、その徹底した「お客様へのおもてなしの心」

については、予てより耳にしていました。



加賀屋では、顧客サービスの原点として、「お客様の声」

を最も大事にしているとのことです。

宿泊客からの「お褒め」や「お小言」などは、従業員用の

廊下に常に張り出され、1年間に集められた具体的な

情報は、140人の客室係から成る「クレームゼロ大会」

によって検証されているそうです。


私も「お客様の声」第一をモットーにどんな厳しい

天候になろうと「お客様の声」を聞くために、直接訪問は

続けたいと思っています。





平成25年1月12日


  今日も寒い日が続いています。

オフィスで仕事をするため、いつも通り電車に

乗って出勤しました。


私は、右足が不自由なため電車では優先席に

座らさせて貰っています。

でも、最近は優先席も有名無実で席を必要と

しないような人も座っていますが、その利用の

仕方には二通りあるようです。

一つは、優先席を必要とするような人(障害者や

老齢者等)がそばにいないために、遠慮がちに

座る人。

もう一つは、優先席の存在自体を認めない人。


だから、優先席を必要とするような人が後から

電車に乗ってくると、遠慮がちに座っている人は

直ぐに立って席を譲ります。見ていて気持ちよい

位です。

然し、優先席に無頓着な人は杖を着いてどうみても

立っているのが辛いような人が乗ってきても席を

譲りません。それでも、決まりが悪いのかヒタスラ

寝たふりをします。


最近は、どういうわけか若い人も席に座りたがります。

僅か一駅か二駅でも座ろうとします。

きっと最近の人は、基礎体力が落ちてきているんだろう

と思ったりしています。


平成25年1月11日


 私は、仕事でつまずいたり悩んだりすると

ついつい「昔はよかったなぁ」とか「あのころに戻りたい」と、

うまく行っていた頃の思い出を頭に浮かべます。

悪く言えば現実逃避のようなものですが、こうすることに

よって悩みが解決したり、重たかった肩の荷が下りたり

することが結構あります。


それから、私の口癖は「なるようになる」です。

ものごとを余り深刻に考えないようにしています。

でも、一々そんなことに気を病んでいたら、それこそ、

「命が幾つあっても足りません」し、「そんなに長くは

無い人生」を楽しく過ごせません。

                            

だから、何事が起きても、「なるようになるさ」と気楽に

考えるようにしています。

そうすると、不思議なもので、本当に「なるようになって」

しまいます。


苦しいときに、昔のことを思い出しながら、ジッと

「なるようになるさ」と耐えて過ごしていると、良い方向に

なるようになるから不思議です

平成25年1月10日


 「人に悩みはつきもの」とよく言われます。

悩みも一つであれば、「グッと飲み込んで」

なんとか堪えたり、ときには馴染のバーに行って、

ママに愚痴を聞いてもらい、「酔いに紛らわす」

こともできます。

でも、悩みが二つ、三つと重なってくると、四六時中

どれかの悩みに囚われて、頭が一杯になり、

身動きがとれなくなってしまいます。


私の場合(昔は兎も角)今は、馴染みのバーは

一つもありません。

バーどころか一人で飲みに行ける場所がありません。

だから、外で気楽に愚痴をこぼし、悩みを

「酔いに紛らわす」ことは出来ません。


今は、家に帰って、妻と愛犬(パグ、♀)と一緒に

テレビを見ながらの晩酌が何よりの楽しみとなり、

効果的なストレス解消法となっています。

平成25年1月9日


 「物事には全て表があれば裏がある」

と言います。

長いサラリーマン生活を終えて、毎日が

日曜日になったかつての企業戦士が、

朝起きてどこにも行くところがなく、

家でグズグズしているとき、


“どこか出かけるところはないの?”、

“何かすることはないの?”

と直ぐに聞こえる妻の厳しい声にも、単に

“うるさいなぁ”と腹立たしく思うだけでなく、

“妻はただ単に邪険にしているだけでもない。

「会社人間」だった自分が、生きがいをなくして、

家に「引きこもり」になったらどうしよう”、

“体力が弱って病気になったらどうしょう”、

“やることも無く毎日ボーっとしていて早くボケないかしら?”


などと心配してくれているんだ“

とその言葉の裏側を慮ってみると、

そんなに腹も立たないかもしれません。

平成25年1月8日


 忘年会が終り、新年会が始まります。

なんだかんだと言っても「飲み会」が楽しみです。


サラリーマンを定年退職をした昔の仲間との飲み会

での会話と言えば“あのときは、俺の活躍で何とか

なったんだ”という昔の自慢話が飛び出してきます。

そして、次の飲み会でも「例の仕事は・・・」と、

同じ自慢話を始めてしまいます。


自分でもこの人には、この話はもうしたのかどうか

忘れてしまっているんですね。

そのため、「同じ自慢話を繰り返して話す」というのが、

定年退職仲間との飲み会での定番となっています。

だから、そこでの礼儀は、お互いに“もうその話は聞いたよ”

なんて野暮なことは言わないで、我慢強く終るまで

その自慢話を聞いてやることなんです。


そして、その楽しい会話の中でも「あれあれ」という

単語の使用頻度もグッと上がっています。

部外者が聞いていると「あれあれ」の連発で話が

繋がらないでしょう。



平成25年1月7日


新しい年が始まりました。

でも、今年は今までとは違う生活に入る人

もいるようです。


私の友人の某氏は、定年を迎えるとき

“3つの不安”があったそうです。
“ひとつ目は、毎朝決まった時間に起きて会社に

行くという規則正しい生活が無くなるので、

「生活のリズムが作れるかどうか」ということ。


二つ目は、幾ら好きなことに打ち込める時間が


あるとはいっても、「趣味だけの生活は退屈で、


やがて飽きてしまうのではないか」という懸念。


そして三つ目は、やはり社会の中で働いていないと、


「時代や時流に乗り遅れてしまうのではないか」


という漠然たる不安”だったそうです。



そして、何よりショックを受けたのは、定年後は


ずっと一緒に生活するはずの奥さんからの

“定年後は何をするの?”との問いかけだったそうです。


定年を迎える1年ほど前、不意に奥さんから

“定年後は何をするの?”と訊かれ、その瞬間、ムッと

した感情にとらわれてしまったそうです。


何はともあれ、これからも続く長い人生、心穏やかに

暮らして生きたいものです。

平成25年1月5日


 年をとると物忘れが進むと言いますが、

私の場合、実際、かなりキテいるようです。

例えば、パソコンで何かを見ようとブラウザの

アイコンをダブルクリックして、立ち上がるのを

ぼーっと眺めているうちに、何を見ようとしていた

のか忘れてしまうのです。

その間、2、3秒でしょうか。その2、3秒の間に

別の事が頭に浮ぶともうイケマセン。

パソコンで何をしようとしていたのかを忘れて

しまうのです。


 買い物に行ってもそうで、複数の物を買いに

出かけると、そのうちの1つか2つは忘れてしまいます。

一度忘れたら、幾ら思い出そうとしても、もうイケマセン。

若い頃なら、ぼんやりしても、何かに気をとられても、

すぐにその前に考えていたことを思い出せました。

復元力があったのでしょう。


 今はこの復元力がだいぶ弱ってきてしまいました。

言わばゴムが古くなり、すっかり伸びてしまったような

状態なってしまったのかもしれません。



“あぁ、やんなっぢゃったな!”

平成25年1月4日

 弊社は今日から業務開始です。

未だ少なくない会社が年始休みをしている模様で、

朝の通勤電車は随分と空いていました。


ところで、新年を迎えると心も気持ちも改まり、

“今年こそは・・・”との思いから、あらためて計画を

立てたりしませんか?

“一年の計は元旦にあり”と言われるからです。


私も元旦に“今年も仕事が1年無事でありますように。

クライアント様の満足度が更に上がりますように”等々の

思いから計画を立てました。

また、毎日、朝は、“よっしゃ、今日一日は、このように

取り組もう”との計を立てて臨んでいます。


然し、「事実は思い通り」には行きません。

むしろ、「思い通り」に行かないため、「行き詰まり感」に

考え込んでしまう“毎日まいにち”を過ごし、

そして“年末を迎えてしまう”ということを

ここ数年繰り返しています。

だから、今年こそはとの思いを強くしているのですが、

“さぁ、どうなるか”。