人事労務日記~所長のつぶやき~ -303ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成25年4月9日


 今日は、春らしい暖かい日となりました。

今日の朝は、自宅から顧客先に直行しました。


私は、右足が不自由なので満員の通勤電車には、

チョッと往生します。

だから、

普通は、最寄の始発駅まで出掛け、並んで電車を

待って「優先席」に座って通勤しています。

然し、今日は3つも電車を乗り換えましたので、

始発駅というわけにはいきませんでした。


前から、前から不思議に思っていることは、

“「優先席」は本当に立って電車に乗っているのが、

辛い人に優先されているんだろうか”

ということです。


朝の通勤時には、優先席は若いビジネスパーソンが

(朝のラッシュ時に、不自由な人が乗って来るのが悪い

とでも言うように)当り前のように座っていますし、

ラッシュより少し早い私の帰りの電車では、山歩き帰りの

屈強なお年寄り達が席を占めてしまっています。


私のような気の弱い仕事をしているお年よりは、ただ無言で

ジッと目をつぶり、杖で身体を支えながら、目的駅に着くのを

ヒタスラ待つしかないのです。


「何かおかしいんじゃないか」と心の中でつぶやきながら・・・・











平成25年4月8日


 65歳まで「希望者全員雇用」という法律が4月1日より

施行されています。

でも、60歳以上の社員にも仕事を与えられる大企業は

兎も角、少ない人員で多くの業務をこなさなければならない

多くの中小企業にとって、高齢者への仕事をどのように

割り振るかが悩みの種になっているようです。


 大企業にとっても、仕事のパフォーマンスのピークを過ぎた

社員に対して、現役並みの処遇を行えるだけの経済的余裕

がある企業は、少ないようです。

そこで結局は、現役時の給与に較べ、相当程度減額した

給与しか払うことは出来ず、その場合、そうした社員達の

モチベーションを維持することが、大きな問題になるようです。


「年金の支給開始が遅れるから、その分は企業が

何とかして下さい」という国の施策のつけは、結局は、民間が

払わなければ行けないようです。

平成25年4月6日


 最近、電車の中でも道を歩いていても、

携帯やスマートフォンを手で操作し、耳から

補聴器ならぬイアフォンをぶら下げている人が

多くなりました。

この人たちを「ながら歩き族」と呼ぶそうです。


この人たちは、他人の迷惑には一向にお構いなしで、

廻りの人々が急いでいようと、ユックリ歩いていようと

全く関係ありません。

そして、時々、歩行中に突然立ち止まるから一層

危ないのです。特に、反射神経が鈍り、足元が

覚束ない私のような高齢者には厄介極まりありません。


“危ないよ”と言うものなら、“なんだ、このクソ爺…”と

言いたげな冷たい視線が返ってきます。

私の方も、それ以上関わると、突然、拳骨が飛んで

きたり、けりを入れられたり、更にはナイフを取り

出されたりしてもかなわないので、サッサとその場を

離れることにしています。


他人のことには無関心という層が大分増えてきた

ようで、不気味でもあります。





平成25年4月5日


 今日の朝の通勤電車(地下鉄)は、随分混んでいました。

最近、通勤時の電車が前より混むので、何でと考えたら、

新人が通勤通学に加わったからだと、思いつきました。


私の通勤路には大学も少なくないので、社会人新人に

加え、大学の新入生も通勤戦線に算入したのです。

今日も駅のプラットフォームで駅員に道順を聞いている

若い不ループを見かけましたが、きっと新人のグループ

なのでしょう。


ここのところ、アベノミクスの効果から株高、円安が続き、

日本経済の先行きにも明るい兆しが見え始めましたが、

今年の新人は、日本の景気の良いときを知らない世代

なのですね。

「デフレ下の倹約、倹約」で育った世代なのでしょう。


これらの新人を見る度に、この人たちが「将来への

明るい展望を持てる日本」になって欲しいと心から

願うのです。





平成25年4月3日


 最近、電車の中でも新入社員の集団を

よく見かける様になりました。

研修帰りであるのかもしれません。


この新人たちが定年になる頃は、

“この人達はどんなサラリーマン生活を送って

いるんだろう?”と大きなお世話みたいなこと

を考えながら・・・


スポーツ界では、オリンピックで金メダルを獲得

したり、人気スポーツのスター選手として現役

引退するのであれば、周りが放っておかないで

しょうから、次のキャリアに困ることはないでしょう。

しかし、そうした例外的なケースを除いて、多くの

引退選手は、まったく異なる業界へ恐る恐る入り、

第2の職業人生を求めて悪戦苦闘するようです。


一般のサラリーマンはこんな厳しい状況にはならない

でしょうが、それでも会社のラインから心ならずも

外れてしまった人たちは、これからの時代、益々

辛い状況を迎えてしまうかもしれません。


新人たちを眺めながら、こんな余計なことを

考えていました。






平成25年4月2日


 今日は冷たい雨が降っています。

綺麗に咲き誇っていた桜も、ひらひらと

花を散らしています。

桜の時期は、アッという間に通り過ぎ、

緑萌える季節を迎えてようとしています。

時は、人の思いとは無関係にドンドンと

過ぎて行きます。


昨日の昼飯時に出かけた近くのレストランで、

会社の上司の話に盛り上がっているサラリーマン

の一団がいました。
部下に得意気に話をしている上司の姿を

見るにつけ、
“この人は、今が「人生の花」の時期なんだろうな”

と思ったりしました。



誰でも「人生の花」の時期は、いずれ通り過ぎ

やがては「花を散らす」時期に入って行くのですが、

「人生の花」の時期にいる人は、そんなことには

まだまだ気がつかないのでしょう。







平成25年4月1日


 桜の咲く春は、心が浮き立つ「お花見」の

季節であるとともに、また、「別れと出会い」の

時期でもあります。


年に1回、「サッと咲いて。サッと散る」桜を見ながら、

いつも頭に浮ぶのは、「一期一会」という言葉です。

この意味は、「一生に一度会うこと。

また一生に一度限りであること。」(「現代国語例解辞典」)

だそうで、茶道を大成したあの有名な千利休が、

茶の湯の時に

“あなたとお会いできるのも、私の人生の中でこのひと時

 かぎりかもしれないから、そういう気持ちで精一杯おもて

 なしします”

と用いた言葉だそうです。



今年の桜も散り始めました。葉桜となった木々も

目立つようになりました。

今日は、電車の中でも入社式帰りの新入社員の

姿が目立ちました。

会社を辞める人、会社に入る人の悲喜こもごもの

人生ドラマがあちこちで演じられているのかもしれません。


思えば、私はそんな光景とは随分と疎遠になりました。




平成25年3月30日


 今日は生憎の曇天で、些か寒い日です。

靖国通りの桜も大分散りました。葉桜となった

姿も多く診る様になりました。

もう直ぐ、今年の桜も終るのでしょう。


「パッと咲いてパッと散る」、こ気味いい桜の

散りぎわを眺めながら、「来年もまた見たいなぁ」

と「散りぎわは良くないであろう」私も心から

思ったのでした。


昨日は終日、棚卸の立会いに出掛け、クタビレて

しまいました。

帰りの電車では座りたかったのですが、私がいつも

お世話になる「優先席」は、満杯でした。

若く身体もがっしりしている男が、優先席を占領して

いるのを見ると、心の中で矛盾を感じるのですが、

勿論、態度には出しません。


昨日は散々に疲れて、家に帰りました。



平成25年3月28日


 最近、話をしているときに話題が個人の近況に

及んだときなどその人の名前が出てこない事が随分

と多くなりました。


この「ど忘れ」はアルコールが入ると更にその症状が

強まります。

サラリーマンを定年退職をした昔の仲間との飲み会

での会話と言えば“あのときは、俺の活躍で何とか

なったんだ”という昔の自慢話が飛び出してしまいます。

そして、次の飲み会でも「例の仕事は・・・」と、

同じ自慢話を始めてしまうのです。


自分でもこの人には、この話はもうしたのかどうか

忘れてしまっているんですね。

でも、このことについては、私以外の同輩も

似たり寄ったりです。


そのため、「同じ自慢話を繰り返して話す」というのが、

定年退職仲間との飲み会での定番となってしまいました。

だから、そこでの礼儀は、お互いに“もうその話は聞いたよ”

なんて野暮なことは言わないで、我慢強く終るまで

その自慢話を聞いてやることなんです。

平成25年3月27日


 今日は、生憎の雨です。折角咲いた桜も散って

しまわないか気懸かりです。

朝からオフィスで仕事をしていますが、長時間パソコン

に向かって細かい字を見ていたり、書類と格闘したりする

のが、段々と苦痛になってきます。


先ず初めに、とても目が疲れてきます。そして次に、

頭も痛くなってきます。

だから、仕事への意欲が満々でも身体がいうことをきかず、

仕事を続けられなくなってしまう羽目に陥ってしまいます。


そんなときは、仕方がないので仕事を中断し、苦痛を

払い除けなければなりません。それも出来るだけ早く

払い除けなければなりません。


なぜなら、身体への苦痛を理由に、仕事への意欲も

直ぐに衰えてしまうからです。“もうホドホドでよいだろう”

と囁くもう一人の自分が居るからです。


そんなとき私は、目を細かい字から引き離し、窓から

見える木々の緑にホッと一息つくようにしています。



こんなことを繰り返しながら、なんということもない

毎日を過ごしています。