人事労務日記~所長のつぶやき~ -302ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成25年4月22日


 大学生が学食に一人で行くことができないと

いう話があります。

学食はグループで行くものであり,一人で行くと

友達がいない寂しい人と見られるのだそうです。


また、今の若い人がひっきりなしに携帯やスマホを

見ているのは、メールが来ているかどうかの確認を

するためということも聞きます。

一日に相当数のメールが来ないと友達から相手に

されていないと思われるのだそうです。



これらは、何れも「自分が一人で居ることはいけないこと」

とでも考えているのでしょうか?

「一人で居ることだってあるさ」,そういう思いがあってもいい

と思いますが(私なんかは、一人の方が落ち着いて良いと

思うのですが・・・)、

当事者からは、

「そういうことではない。一人で居ることは、友達にも相手

にされない。魅力のない者との烙印を押されることだ」

という反論が聞こえてきそうです。


然し、私には、「一人で居る事がそんなに大きな問題なのか」

との思いが拭えず、どうにも理解できません。








平成25年4月20日


この間、電車に乗っていたら10年振りの知人と

遭遇しました。全く予期せぬ出会いで、チョッと

ドギマギしてしまいました。


「縁は異なもの味なもの」という言葉もあります。

誠に変幻自在な縁の有り様は、生きていく上で

何度も経験させられます。

縁を切るか深めるか、そんな局面に立つ場合も

あります。


昔、サラリーマン時代に仕事上のことで、一度ならず

同一人物から口汚く罵られたことがありますが、

その際、その人とは「金輪際2度と会うまい」と思い、

心の中で縁切りしたことがありました。

その人の噂は他の人から聞く事が在りますが、

果たしてその人とは2度とお目にかからずに

もう数十年が経っています。


縁とは異なものであると同時にしつこい心の葛藤を

反映する場合でもあるようです。

平成25年4月19日


 私は、仕事でつまずいたり悩んだりする

とついつい「昔はよかったな」とか

「あのころに戻りたい」と、

うまく行っていた頃の思い出を頭に浮かべます。


悪く言えば現実逃避のようなものですが、

こうすることによって悩みが解決したり、

重たかった肩の荷が下りたりする経験が

結構あります。


よく「過去は忘れて現実を生きろ」という人

がいますが、過去を振り返ることは、生きて

行く上でとても大切なことだと思います。

もちろん、過去の思い出にしがみつきすぎる

ことはよくはないでしょう。

しかし、

思い出にふけるというのではなく、過去の思い出

をどのように感じ、現在直面している問題に

つなげるかが重要なのだと思います。



平成25年4月18日


 4月は、新入社員が入社してくる時期であります。

ここ数年の新入社員の傾向は、(他人にも自分にも)

優しく、穏やかで、競争より自分らしさを大事にすると

いったタイプの人が増えてきているようです。



新入社員研修で“大きな声を出しなさい”と言われれば、

“出し方がわかりません”などと真顔で答えてしまうような

タイプです。


そして、これからの社会には、このようなタイプの人が、

段々と増えて行くのは間違いのないところなのでしょう。

新入社員は、経営者からすれば、ほとんど宇宙人の

ようなものかもしれません。

しかし、私たちは、厳しい競争社会に生き残って

いかなければなりません。


そのためには、この宇宙人たちに懲りずにしっかり躾をして、

組織のコミュニケーション力を高め、組織力で他社と

差別化して、しっかりと生き残り、企業をさらに発展

させて行くことが、今の時代の経営者の義務なのかも

しれません

平成25年4月17日


 仕事や会社中心の人生を送ってきたご同輩にとって、

定年後をどのように過ごすかが大きな課題です。 

会社や組織を背負って生きてきた男性ほど、

ひとりの個人として生きていくことに戸惑いが出る

ようです。それを端的に表すのが、定年後の

名刺の「肩書き」だそうです。


「よくある」と言われていることですが、自分の

住む地域でいろいろな活動に参加しても

“わたしは、元○○会社の○○部長をやっていました”

と自己紹介する例が、とても多いそうです。

どうしても現役時代のクセが抜けきらないことと

「わたしという個人」をきちんと見出せないことから

こう言ってしまうのかもしれません。

平成25年4月16日


 ある日の帰宅時のことです。

私は帰宅時は、いつも座るのを諦めているので、

「席取り競走」には参戦しません。


その日も例によって、ドアの前に立っていました。

しばらくすると、優先席の方に老齢の男女二人が

向かいました。

それを見て、中年の男性が自分の席を譲ろうと無言で

立ち上がり、私が立っている方に歩いてきました。


そのあと、周りにいた誰もがその老齢の男女のいずれかが

座るものだと思って見ていました。

ところが、席を譲った人の斜め前に立っていた若い女性が

サッと身を翻して座ってしまったのです。


最近、良く見かけるんですよね。

男も女もみんながこのように電車の中で、猛烈な

「席取り競走」をしているのを!

わずか、20~30分の時間でさえ、なんでそんなに

座りたいのかと、足の悪い私にも全く理解できないところです。

平成25年4月15日


 「時は金なり」と云います。

つまり,時間には価値があるということでしょう。

ということは,時間には損得勘定が成り立つと

いうことになります。

そういえば、誰でも「時間を自分のものにできるとき」

は嬉しいのですが,誰かに「自分の時間を取り上げ

られるとき」は嬉しくありません。



何かに熱中して作業をしている最中に、突然、

誰かが訪ねてきたり、電話してきたりした時は、相手との

対話を「自分の時間」としては意識できず、「自分の時間を

相手に取られている」と意識することの方が多いでしょう。

そこで,自分の時間を少しでも取り戻したいために、

相手との対話は上の空ということになりがちです。

そして、その上の空の内に、相手の感情を傷つけてしまい、

後でオオゴトになったりもします。



だから、余り自分の時間を意識しない方が世の中、

楽に過ごしていけるのかもしれません。





平成25年4月13日


 「弱り目に祟り目」、「好事魔多し」と、

昔から「“生きている”ということは、

厄介なもんだ」ということを現す言葉があります。


「とかく、浮き世の風は冷たいもの」ともよく言われますが、

嫌なことが次から次へとこれでもかと言わんばかりに

降り掛かってくると、“自分はなんて運がないんだろう”

と思ってしまいます。

自分の思い通りに「ことが運ばない」のは誰でも経験する

世の常としても、思いもしなかった想定外のことが

次から次へと飛び込んでくるのはかないません。
思いもしなかったことに直面させられるのは、思わなかった方

の落ち度といえばそれまでですが、それが重なってしまうと

嫌になってきます。



昨日は、「顧客とのアポがキャンセルされるは、

電車では足を踏みつけられるは」

と散々な一日でした。



来週はきっと良い事があるでしょう。





平成25年4月12日


 「旅は道連れ、世は情け」と言います。

人生の長旅も、『道連れ』と一緒の方が

楽しさも倍増するに決っています。

私の場合、その『道連れ』は、妻のほかに、

もう一人います。愛犬です。


最初の愛犬は、牡のウェルシュ・コーギーで、

名前を「タロー」とつけました。

賢く、家族思いの犬で一生懸命に私たち家族を

守ってくれました。それこそ喜怒哀楽を10年間

ともにした「仲間」でした。

然し、この犬種特有の遺伝病で7年前のある日、

突然逝ってしまいました。

別れに立ち会った妻の話では、私の帰宅を待つ

「いつもの場所」に最後の力を振り絞って必死で

出向いたそうです。


私が帰宅したときは、妻の用意した「いつもの寝床」で

綺麗な顔を横にして黙って静かに寝ていました。

私がいくら呼びかけても、もう二度と応えることは

ありませんでした。  

尻尾を振って帰りを喜んでくれることもありませんでした。


今でも、「タロー」の喜ぶ顔が目に浮んできます。


平成25年4月10日


 桜の時期は、アッという間に過ぎ、木々が

みずみずしい緑を一杯に着ける時期となりました。

時間は、本当に目まぐるしく移り変わっていきます。

そして、季節の移り変わりばかりではなく、政治とか

経済とか人の世も目まぐるしく移り変わっていきます。


最近は、北朝鮮がミサイルを打ち上げるとか、核実験を

するとか公言して日・米・韓国を威嚇しています。


国民の大多数が貧しく食うや食わずの悲惨な状況に

あるにも拘らず、自らの王朝の存続が第一との政策を

続ける世襲の若い帝王様。

その統治には、誰も異議を申立てられないのでしょうか?


国の統治機関が機能不全状態に陥っているのかも

しれません。


「何とか平和が維持されますように」と、町の片隅で、

ヒタスラ願っています。