人事労務日記~所長のつぶやき~ -288ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成25年10月28日

 

 「好事魔多し」とも言います。

これは、順風満帆なときこそ人生の落し穴に落ちて

しまうことが多いことへの警句です。

人は順調なときは、これからも順調に行くだろうと

思い込みがちです。

だから、「順調なときこそ落し穴には注意すべき」という

古くからの教えなのでしょう。

そう考えると人生というのは実に恐ろしいもので、

蜘蛛の糸一本でかろうじて吊り下がっている

のかもしれません。


 やっと定年まで勤め上げ、退職したら“カミさんと

ゆっくり旅行にでも行って、夫婦水入らずの時間を

過ごそう”、そうすれば、“カミサンはきっと喜ぶはずだ”

とサラリーマン時代と同じように「奥さんは、自分と

一緒の生活をしたいはずだ」と勝手に思い込んで

いる人は、ある日突然、奥さんからの手痛い

シッペ返しを受けて、“なんで?どうして?”と

慌ててしまうかもしれません。



 「人生の落し穴」は、いつ口を開けて待っているか

分らないのです。

平成25年10月25日


 年をドンドン取って行くとそれに連れて楽しみも

ドンドン減って行きます。

現役サラリーマンの頃は、仕事帰りに同僚と

縄のれんで一杯やりながら、会社や上司の悪口を

言うのが無上の楽しみでした。

然し今は、仕事帰りの飲み友達がいません。


ドンドン減ってしまったなか、私の今一番の楽しみは、

仕事を終えて家に帰ってからの晩酌です。

家に帰り、風呂に入って一息つくと晩酌を始めます。

酒のお供にテレビをつけて、愛犬の「ハナ」と眺めます。


愛犬の「ハナ」は、夜はまいにち、私の横に引っ付いて

座り、晩酌の相手をします。

その「ハナ」と妻を相手に一杯やりながらテレビを眺め、

時々出演者の悪口を言いながら楽しんでいます。

平成25年10月24日


 私は、歳をとったせいか寝つきがどうも悪いのです。

そして、漸く寝付いたと思っても、眠りが浅いため、

夜中によく目覚めます。


ヒトは、寝ているときに誰しも夢を見るそうです。

然し、眠りが深く朝になるまで、目覚めないヒト

(若いヒトに多いようですね)は、夢を見ている

ことさえ思い出さないようです。

私は、その点、夜中にショッチュウ目覚めますので、

夢を見ているということを、実感を持って味わって

います。


最近は、どうも余りよい夢を見ません。

いつも何かに追いかけられているような夢を見ます。


昼間も仕事に追いかけられていますので、

そのせいかもしれません。

平成25年10月23日


 寄る年波のせい、最近、私は記憶力が

メッキリ衰えてしまったのです

この「ど忘れ」はアルコールが入ると更に

その症状が強まります。

サラリーマンを定年退職をした昔の仲間との

飲み会での会話と言えば

“あのときは、俺の活躍で何とかなったんだ”

という昔の自慢話が飛び出してしまいます。


そして、次の飲み会でも「例の仕事は・・・」と、

同じ自慢話を始めてしまうのです。

自分でもこの人には、この話はもうしたのかどうか

忘れてしまっているんですね。

でも、このことについては、私以外の同輩も

似たり寄ったりです。


そのため、「同じ自慢話を繰り返して話す」

というのが、定年退職仲間との飲み会での定番と

なってしまいました。

だから、そこでの礼儀は、お互いに“もうその話は聞いたよ”

なんて野暮なことは言わないで、我慢強く終るまで

その自慢話を聞いてやることなんです。


平成25年10月22日


 「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と

云われることがあります。

“幼い頃の顔は百パーセントが遺伝でも、その後

どんな生き方を選ぶかで顔つきが変わってくる。

その顔付きを長年続けるうちに次第に定着し、

やがてその人の顔ができあがる。その年齢が四十歳”

という意味のようです。


“生まれて直ぐは遺伝が百パーセント。その顔を

土台にして、成人するまでの二十年間は育った環境

が顔をつくる。

そしてさらにその顔を土台に、成人してから四十歳

までの二十年間は、その人の意志が顔をつくる”。

と云われます。

電車に乗って周りを観察していると、一日を一生だと

思って生きているような感じの人のなかに、年齢を重ねる

につれ「イイ顔」になってゆく人を発見したりします。

何となく今までの人生に誇りを持っているような感じもします。


そんな顔になりたいものだと思いますが、私はもう手遅れです

平成25年10月21日


 私の友人の中には第2、第3の職場も勤め上げ、

本格的なリタイア生活を迎えた人も少なくなく

なりました。

そして実際にリタイア生活に入ってみて、会社という

「安定した居場所」を失うことが、思っていた以上に

大きな問題だと実感する人も少なくないようです。


リタイアといっても60歳代は、まだまだ身体は元気だし、

気力も充実しています。

だから、何もすることもなく所在なげに家にずっといると

気が滅入ってしまいます。

会社という安定した「行く場所」が無くなると、

多くのリタイア族は、朝起きたら

先ず“今日はどこに行ったらよいだろうか”という

問題に悩むようです。


「まだまだ社会で活躍できる人が、家に閉じこもってしまう」、

実に勿体ない話だと思います。

平成25年10月19日


 ついこの間まで熱い熱いと言っていたら、

もう朝晩はメッキリと涼しくなりました。

秋も段々と深まっているようです。                                                  奥日光などからは紅葉の美しさなどが

伝えられます。


時間は、実に無情に過ぎていきます。                                         毎日がそれこそ光が走るように流れていきます。

朝は、“もう8時だ!急がないと”と焦り、

夕方、“やっと5時になったか”とホッとして、

窓の外を見るともう空は薄暗く、夕暮れに

なっています。                           


こういう毎日を繰り返しながら、一週間が過ぎて

いきます。 そして                                                           一ヶ月,一年と、それこそ“あっという間”に時間は

過ぎていき、いつの間にか齢を重ねているのですね。

今年もあと2ヶ月ちょっとで終わります。また一つ齢を

重ねてしまいます。

平成25年10月18日


 

 年をドンドン取って行くとそれに連れて

楽しみもドンドン減って行きます。

ドンドン減ってしまったなか、私の今一番の

楽しみは、仕事を終えて家に帰ってからの

晩酌です。


家に帰り、風呂に入って一息つくと晩酌を始めます。

酒のお供にテレビをつけて、愛犬の「ハナ」と眺めます。

愛犬の「ハナ」は、夜はまいにち、私の横に引っ付いて

座り、晩酌の相手をします。

その「ハナ」と妻を相手に一杯やりながらテレビを眺め、

時々出演者の悪口を言いながら楽しんでいます。


こんな平々凡々な毎日を過ごしながら、ドンドンと

年をとっていきます。


平成25年10月17日


 「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」

と云われることがあります。

“幼い頃の顔は百パーセントが遺伝でも、その後

どんな生き方を選ぶかで顔つきが変わってくる。

その顔付きを長年続けるうちに次第に定着し、

やがてその人の顔ができあがる。その年齢が四十歳”

という意味のようです。


生まれて直ぐは遺伝が百パーセント。

その顔を土台にして、成人するまでの二十年間は

育った環境が顔をつくる。そしてさらにその顔を土台に、

成人してから四十歳までの二十年間は、その人の

意志が顔をつくる”。ともいわれます。

電車なんかに乗って周りを観察していると、

“顔の造作はそれほどではないものの年齢を経た

威厳のある「イイ顔」をしている人

も少なくありません。


私も他人から見ると「どんな顔」をしているんだろうと

時々思ったりしています。


平成25年10月16日


 最近、私は年齢を重ねる度に、記憶力が

低下してきているようです。

そして、記憶力の低下と共に「あれあれ」という

単語の使用頻度もグッと上がりました。



先日も昔の同僚との飲み会で、ある上司の

ことについて触れようとしました。

然し、どうしてもその名前が思い出せません。

“ほらアノ人だよ、あの何とかっていう部に居た人。

メガネを掛けて如何にも俺は秀才だという感じの人。

何でわからないのかなぁ!ならこの話はやめよう!」

と話を打ち切ってしまい、一瞬、気まずい雰囲気

が流れてしまいました。


この話のように思い出せないものの大部分は、

人の名前などの固有名詞が多いようです。


そして、私の場合は、特に思い出せないものが三つあります。

「一つ目は人の名前、二つ目が最近会った人の顔、

そして三つ目は・・・・・・・

えーと、うーん、何でしたっけ、ほらあれですよ、あれあれ!」