人事労務日記~所長のつぶやき~ -266ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成26年8月25日


 第一生命主催の催し物に「サラリーマン川柳

コンクール」というのがあります。

サラリーマンの家庭や職場での愚痴やらトホホな話

まで多彩な題材を川柳にしており、身につまされるものも
少なくありません。私も毎年楽しみにしておりますが、
今までで一番気に入っている句には、以下のようなもの

があります。
・「会社でも 家でも食べてる 冷や飯を」
 (この句は、“俺もこの通りだなぁ”とうなずいたり、

“俺は違う”と強がったりと、人によって受け止め方

はさまざまでしょうか)

こんなのトホホな句もあります。
・「酌をする  今の上司は  もとの部下」、
・「出張を  見送る妻の  目が笑う」
(どれもこれも、17音に凝縮されたサラリーマンの

悲哀が心に染みますね)

平成26年8月23日


 我が家では、ここ十数年来、二代に渡って

愛犬が家族の一員となっています。

今の「ハナ(♀のパグ)」は、先代の「タロー」とは異なり、

“家族を守ろう”という気概より、“家族と遊ぼう”という

気持ちの方が強いいたずら好きの子です。


  朝起きるとベッドまで私を起こしに来て、その後

朝食を共にし、朝の散歩の後、私のお出かけを

見送ります。

そして帰宅時間には、30分位前から玄関で待機し、

私の靴音が近づくのを聞くとワンワンと吠えながら妻を

呼びに行き、私が玄関に姿を現すと、くるっと丸まった

小さな尻尾を一生懸命に振って、“お帰り!お帰り!”と、

飛びついてきます。

夜は、晩酌のとき毎日、私の横に引っ付いて座ります。

私は「ハナ」と妻を相手に一杯やりながらテレビを眺めるのが、

今一番の楽しみとなっています。そして、晩酌の後は

,「ハナ」と一緒に布団に横になり、見もしないテレビを

つけて、時々は二人でいびきをかきながらそのまま

寝入ってしまいます。


  私は、毎日こんな何ということもない生活を送り、

ときどきは妻と愛犬の話しで盛り上がりながら、ドンドン

と年を取って行きます。

平成26年8月22日


 年のせいかどうか分かりませんが、私は

最近とみに頭への血の巡りが悪くなっている

ように感じます。

  通い慣れている駅からオフィスへの道路の

一角が空き地になっていても気がつきません。

ある日、ふと気がついて、“以前には確かに何かの

建物があったはずなのだが”と思っても、どんな家

であったのか、店であったのか、全く思い出せないのです。

ただ通りすがりにあった、私とは何の関係もない建物

だったので無理もないのですが、それでも毎日間違いなく、

その建物を見ていたことには変わりありません。

 また、歩いていると挨拶をされることがありますが、

どなただったか思い出せないこともよくあります。
そんなときは、得意のあいまいな笑いでごまかしますが、

後で一生懸命誰だったか思い出そうとします。

思い出せれば、なるほどと手を打って一件落着

なのですが、思い出せないととても気分が悪くなります。

 最近、とみに「困ったな」と思うことが多くなりました。


     「困ったな!」

平成26年8月21日


  元気な団塊の世代が、会社を定年退職を

しましたが、それ以来日本全国に、ちょっとはた迷惑な

「困ったおじさんたち」が増えて来ているそうです。


 勿論、この世代は「企業戦士」としてガムシャラに働き、

日本の高度成長期を引っ張って来た世代ですから、

ひ弱な今の若者に比べれば、エネルギッシュで、自

満々で、我の強さを併せ持っています。そして、年金や

退職金には恵まれ、経済的にも余裕があって、

心身ともにまだまだ元気一杯な世代です。


  ふところが暖かくて元気一杯なだけに、枯れる気など

毛頭なく、まだまだ現役時代の輝かしい残照に浸って

いたくて、周りからどうしたら自分の凄さに感心して貰える

かに頭を悩ませている世代でもあるようです。


 つまり、「自分の存在を誇示したがるおじさんたち、… 」って

言うか、「人にかまってほしいおじさんたち」って言うか、

要するに、「はた迷惑なおじさん」と周りから見られてしまう

人たちです。


  元気一杯なだけに中には、現役の仕事に戻ったり、

ボランティアで仕事をしたりとまだまだ社会で存在を高めている

人も少なくないようですよ。

平成26年8月20日


  私は足が悪いので、よく「優先席」の

お世話になるのですが、「優先席」には

ハイキング帰りの高齢者がグループで

座っていて、座れないことがちょいちょい

あります。

「俺達は高齢なんだから、疲れていなく

たって座って当たり前」との態度をありあり

とさせて・・・・・。


  「現役のとき、散々働いたんだから退職後は、

遠慮せずに好きなように生きて行く」。

こういう思いは間違いではないのでしょうが、

退職後も社会人であることには変わりはありません。

周りへの気配りと配慮そして多少の我慢(奥様や

周りに人たちへの)はいつまでも必要なのでは

ないでしょうか?


 私なんか、家庭でも仕事でも、今でもこれからも、

ズッと、がまん我慢の生活を続けていますよ。

平成26年8月19日


 ひとには、みんな懐かしい「想い出」があります。
「生まれ育った郷里・・・・、懐かしの新婚旅行・・・、

みんなで行った家族旅行・・・・。」

などなど、折に触れ、甘酸っぱく、そして切なく

想い出します。
そして時々、無性に「あの場所に、もう一度

行ってみたい!」と思うのです。

 まさに「“ふるさと”は、ひとの心のよりどころ」です。

私も、毎日まいにちの慌しい生活の中でちょっと

疲れたときや、ムシャクシャしたときなど、ひょんと

“ふるさと”のことが頭に浮かぶことがあります。

そして、その頭の”ふるさと”には、いつもニコニコ

笑っている子供の頃の母親が居ます・・・・

そのとき、いつも思います。「そのうち行って
みようかなぁ!」と。


 でも、それははかない夢なのです。

私の母親は、随分昔にこの世を去りましたし、

“ふるさと”も今はもうありませんので・・・・・



平成26年8月18日


 私が現役サラリーマンだった遠い昔には、

「ネクタイ・アル中」という言葉が酒好き連中の

間でひそかに囁かれていました。


 「ネクタイ・アル中」とは、「のべつ酒を飲んでいて、

仕事をせず、振舞いも乱暴になる」という本当の

「アル中」とは違い、「仕事は真面目で結構有能、

外見的にも生活破綻をきたしているようには見えない」

タイプのアルコール大好き人間のことを言っていました。

この時代のオフィスには「ネクタイ・アル中」と呼ぶに

ふさわしいサラリーマンが、上司や先輩にたくさん

いました。


  「ネクタイ・アル中」がはびこった頃は、日本が 

高度経済成長を謳歌していた時代で、サラリーマンは

「企業戦士」と言われ、家族のことは後回しで

仕事優先、「24時間働けますか?」という栄養ドリンク

のコマーシャルを聞きながら、世界を股に働いた時代

でした。

「サービス残業」や「パワハラ」、「セクハラ」などが

横行し、今なら「ブラック企業」として批判を受けた

ことでしょう。


 「今は昔」の懐かしい時代です。



平成26年8月16日

 

 「定年退職後は、自分の気ままに自由気まま

に生きる」という言葉をよく聞きますが、実際は、

そうは簡単には行かないようです。


 年を取って来ると、頭の中は昔のままの自分を

イメージしていますが、身体はそうは行きません。

年を取るに連れて、言うことをきかなくなってきています。

そして、イメージ通りに動かない身体に、ある日ハッと

気がつくと、「こんなはずではないのに」と、気が動転し

ガックリしてしまいます。


 また、残念なことに、身体がいうことをきかなくなってくる

に連れ、気持ちの方も余裕がなくなり、「我慢がきか

なくなったり、短気になったり」します。

短気になれば、周りとの軋轢も増えてしまい、益々イライラ

が募ります。


  厳しい浮世では、いくら年をとっても、「自分の思いのまま、

気のままに生きる」のは、そう簡単ではないようで、

現役時代とは、相手は違うものの、やはり周りの

人の気持ちをおもんばかって生きて行かざるを得ない

ようです。


平成26年8月15日


  ある日の帰宅電車の中、私が何時もの通り

つり革を掴み、目を閉じて乗車していると、

プーンとアルコールの匂いに気がつきました。

誰かしらと思って匂いの主を探してみると、

となりのつり革にぶら下がっている中年の男性でした。


 途中駅で降りていったその匂いの主を良く見ると、

定年を大分過ぎたくらいの年配の男性でした。

プラットホームをトボトボと歩おて行く、「その人の

後姿がどこか寂しげに」私には映りました。

そして、きっとその人には、飲まなくては

ヤッテラレナイ、なにか深い事情があったのだ”と

思ったのでした。


 そして、「「酒の匂いは、人それぞれの人生行路

の匂い」なのかもしれないともつくづく思ったのでした。

平成26年8月13日


 この夏は、突然に降る土砂降りの雨に

随分慌てさせられています。

つい先日も、これから出かけようとしたときに

雨が降ってきました。


 “天気予報では、雨が降るなどちっとも言って

いなかったので、傘を持ってこなかった。アポの時間に

間に合わせるには、もうそろそろ出かけなければならない。

どうしょう!“と思いながら、室内の窓から下の通りを

見ていると、傘を持たない人たちが、ずぶ濡れに

なりながら、走って雨宿り先を探していました。


 私は幸いオフィスの中なので、大丈夫です。

だから、そんな突然の豪雨にアタフタしている人たちを、

半分憐れみながらも、半分はヒヒっとほくそ笑んで

しまいました。


 「人の不幸は蜜の味」とはよく言ったもので、

その蜜は、“にわか雨でビショビショになっている隣家の

洗濯ものを見て、自分は洗濯ものを干さなくてよかった!

とほくそ笑んでいる奥様と同様、

「人の心の底」に潜んでいる魔物なのかもしれません。