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人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成29年2月15日

 アレ、何だったかな」、「アレアレ!アレだよ」とアレを                                   連発する中高年サラリーマンは、少なくないのですが、                                   私の場合は、余り「アレ、アレ」とかは言わないんですが                                  「固有名詞を思い出せない」ということでは、全く変わりはありません。

    そこで出てこない言葉を説明するために、冷や汗をたらし乍ら

 余計な回りくどい話をして、「話し相手」に「あぁ○○さんのこと」と

 何とか思い出して貰おうとするのです。でも、よく考えれば、

 会話の途中で回りくどい話を織り込むのは相手にとっては、

 却ってえらい迷惑なのかもしれません。

平成29年2月14日

 

  「時は金なり」と云います。つまり,時間には価値があるということでしょう。

ということは,時間には損得勘定が成り立つということになります。

そういえば、誰でも「時間を自分のものにできるとき」は嬉しいのですが,

誰かに「自分の時間を取り上げられるとき」は嬉しくありません。

 

   何かに熱中して作業をしている最中に、突然、誰かが訪ねてきたり、

電話してきたりした時は、相手との対話を「自分の時間」としては意識できず、

「自分の時間を相手に取られている」と意識することの方が多いでしょう。

そこで,自分の時間を少しでも取り戻したいために、相手との対話は

上の空ということになりがちです。

 

   だから、そんなときは、相手が対話を早めにスパッと終えてくれれば,

何となく嬉しくなります。だから、逆に云えば、よそ様を訪問するときは,

予め必要な時間をはじめに伝えて,早めに切り上げれば必ず喜んで

もらえるはずです。
 

平成29年2月13日

 

  これまでの自らの人生を振り返ってみたとき「あの時

こうすれば良かった」とか「あんなことをしなければ良かった」

などなど、後悔の一つや二つは、誰もが持っていることでしょう。

 

  そして、「あの時に戻って、もう一度やり直したい」との

願望も併せて抱いていることでしょう。

私みたいに、もうとっくに人生の最終コーナーに入り、

「人生・諦観?」の域に達しているはずの者にも、相変わらず

日々の仕事や生活の中の、何気ない瞬間に「あぁしまった!」

ということをやってしまい、あとで「後悔」することしばしばです。

平成29年2月11日

 

  お客様への訪問時、電車の都合などで少し早めに

着く場合がありますが、そんなときは、顧客の最寄り駅

付近の喫茶店で時間をつぶすことが少なくありません。
そして駅前にファーストフードのチェーン店と、古びた

昭和の香り漂う喫茶店の二つがあったとすると、

どちらかの選択を迫られることになります。

 

  コーヒー一杯の価格はファーストフード店が安く、コ

ーヒーが出てくるまでの時間も短いのですが、昭和風

喫茶店は、中高年サラリーマンでいつも満席です。

なぜでしょうか。

 

  「きっと店の内装、席のゆったり感、店員の雰囲気

・・・そういったものが中高年サラリーマンにとっては心地よく、

これから商談等に臨むにあたり、 少し精神的なゆとりを

持つためには、少し価格が高くても、こちらがよい」と

いうことかもしれません。

平成29年2月10日

 

  最近、「こころの定年」という言葉もよく耳にするように

なりました。「こころの定年」とは、元関西大学非常勤講師

の評論家で、現役サラリーマンでもある楠木新さんが提唱

した概念で、「サラリーマンが、実際の定年を迎えるより前に

会社で働く意味を見失い、意欲を喪失する状態」のことをいい、

40代の男性が特に陥りやすいそうです。

 

  サラリーマンがある程度の年齢になると、会社での自分の

先が見えてきます。

私達の時代では50代に入り、定年を意識する時期になって

初めて自分の先に見切りをつけ、諦観の境地に達する人も

少なくなかったのですが、それが今は段々と早まってきている

ようです。

それだけ、「こころの定年」も早まっているんですね。

平成29年2月9日

 

  街を歩いていると、十数年来会っていなかった知人や

友人にひょっこり会うことがあります。

久しく会わなかった人の第一印象が、一瞬、「老けたなあ」

と思うときがあります(これは勿論お互い様なのですが)。

 

  「老けたなあ」と直感するのは、顔のシワだったり、頭の光り、

白髪やゴマジオだったりとかが目に飛び込んできたときです。

とはいいながら、会った途端にしげしげと見るわけにもいかないので、

その数秒間は視線のやり場に困ることもあります。
 

  こんな場合は、視線を泳がしながら、取り敢えずは今日的な

話題でごまかし、うまい具合に取り繕うのがよろしいようです。

間違えてもしげしげとスッカリ変わってしまった相手の姿に

見入らないことです。

無礼な視線ほど相手を傷つけてしまいます。

 

平成29年2月7日

 

  昨今は「働き方改革」が安部内閣の成長戦略の一環として

重要視されており、中でも「長時間労働」と並んで「上司の

部下などへのハラスメント」が喫緊の解決課題となってきています。

 

 「ハラスメント」とはいろいろな場面での『嫌がらせ、いじめ』を言います。

その種類は様々ですが、他者に対する発言・行動等により、相手を

不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、または脅威

を与えることなどが「ハラスメント」とされています。

 

  その数も半端じゃなく、セクハラ、パワハラ、モラハラや最近注目を

集めているマタハラなど30以上に区分けされています。

その内セクハラ、パワハラなどは、古くから世間で認識されていますので、

「もうその防止対策も企業内で十分に尽くされているに違いない」と

思っていたのですが、実態はそうでもないようで、まだまだそれらの

被害が現実に起き、企業がその対応に苦慮するケースも少なくありません。

平成29年2月4日

 

  先日あるネットニュースで、定年退職してサラリーマンを

卒業した人の5、6割は引きこもりになっているとの

統計結果が報じられていました。

 

  定年後仕事を離れた人のうち、半分以上の同輩、後輩が

「引きこもり」になるとは驚きです。思っていた以上の数字でした。

 

  サラリーマンのとき、私はマージャンとかゴルフなどに縁が

無かったばかりかほかに何の趣味も無く、ただ同僚などとの

飲み会だけが楽しみの「無芸大飲」の会社人間でした。

だから若し私が定年まで勤め上げて退職したときは、

まず間違いなく「引きこもり」になっていただろうなと

この記事を読みながら思ったりしました。

 

平成29年2月3日

 

  ある日の夕方、帰宅電車に乗り込むと優先席で

カジュアルな服装をした年配の男性数人が声高に話していました。

聞くところによると、ある会社を定年で退職した仲間のようでした。

 

  聞くとはなしに聞こえてきた話で、興味をひく内容がありました。

このグループのリーダーみたいな恰幅の良い身なりの立派な紳士が

次のような教訓を垂れていました。

「定年後の人生を豊かに過ごすためには、二つのことがとても大切だ。

一つは、“手放す心をもつこと”。過去の業績や肩書きに対する

こだわりを捨て、新たな出発をするつもりで積極的に生きること。

二つ目は、“感謝の表明”。これまでの人生を謙虚に振り返り、自分が

如何に家族に支えられて生きてきたかを振り返ること。そして、

率直に“ありがとうと言える心”を持つこと。」

 

まあ、この通りだと思うのですが、みんなに教訓を垂れているご仁が

過去の肩書をたてにしているかも・・・・と思いました。

 

 

 

 

 

平成29年2月2日

 

  年が明けて、もう2月になりました。

「私はまた1つ年」をとりました。

私ぐらいの年になると、「1つ年をとる」というのは大きな

意味を持って来ます。

 

  一年生き続けると、身体が一年だけ去年より

古びてきて、一年だけ更にミシミシとガタついて来るからです。

でも、不思議なことにこのガタついて来る身体に宿る心の方は、

一年経とうと二年経とうと、もう余り変わらないのです。

 

  きっと心の方は、もう年をとるのを止めてしまっているのでしょう。

そして、古びてくる身体の中で、一生懸命「まだまだこれから………

と頑張っているのでしょう。

「病は気から」とはよく言ったもので、気が張り詰めていると身体も

何とか頑張ってついてきてくれるようです。