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SUNNY HOLIDAY

~好きなこと,人生の記録を書いています~

近鉄宮津車庫

早朝深夜は多くの車両が休憩中だが,日中はみんな仕事中.

数年前の近鉄の鉄道イベントでこの車庫に入ったことがある.

 

 

三山木駅

無駄に広いコンコース階.

 

 

近鉄興戸駅

“興戸”と言うと多くの人が“?”な顔をする.

「同志社大学の近くの~」と説明するとみんな「あ~,知ってる!」と答える.

 

 

新田辺駅

 

 

ほとんど見なくなった,旧塗装の特急.

もしかしてラスト1編成かもしれない.

車両の形式に詳しくなくても,塗装というのは記憶に残りやすい.

この車両は〇〇系とまでは知らなくても,“〇色の電車”と言えばだいたいの人が分かってくれる.

オイラの中では,近鉄特急というとこのオレンジ紺のツートン.

ちびっこやこれから生まれてくるコは,近鉄特急というとこれではなくてミツバチみたいな新塗装のイメージの方が強いんだろうなぁ.

 

 

山城大橋(木津川)

朝夕は渋滞で全然進まない難所(笑)

このアーチの赤色は,関西文化学術研究都市のイメージカラーらしい.(全然ワカンナイ(笑))

橋によくあるこういうアーチって何の役割なんだ?

力学的?工学的にはアーチがなくても橋としては成り立つよなぁ.

 

この山城大橋は2代目.

初代山城大橋は2代目山城大橋の南側にあった.

オイラがガキンチョの頃はまだ初代山城大橋の時代.

2代目が開通して初代が取り壊されるまでの間,一時的に新旧2橋が平行して架かっている時期があった.

2代目を渡りながら,南側の下方向を見ると,初代山城大橋がある風景,すごく覚えている.

 

 

山城大橋東詰のR24標識

少し濃い青色と“国道”の字体からして,ちょっと古めの標識っぽい.

このタイプの標識はR24に数本残っているのを確認している.

 

 

廃業した「スーパーボウル城陽」

かつてオイラが,30点台のスコアをたたき出した,思い出のボウリング場(笑).

 

 

 

富野荘駅

 

 

だいぶ出来てきた第二名神.

 

 

寺田駅

 

 

階段付きの踏切初めて見たかも.

 

 

久津川駅

 

 

近鉄の踏切には必ず“とまり きき みて とおれ”の棒が立っているが,ここの踏切だけ何故か下手な字で手書き・・・.

近鉄の踏切には必ずあるこの棒,意外に知っている人は少ない.

 

 

大久保駅

 

 

今回はこれで終わり♪

17キロくらいかな?

次の休日に大久保から京都まで走れたらいいなぁ.

黄色のプーさんの横にあるフロランタンに挑戦してみることに.

 

開封!

上写真の材料の他に,卵黄と無塩バターが別途必要.

 

“フロランタン”ってのは,フランス語で“フィレンツェ”の意味らしい.

フランス菓子だが発祥はイタリア.

フロランタンってなぁに?と聞かれたら,

「サブレ生地にキャラメル化したスライスアーモンドを乗せて焼き上げたお菓子」

と答えれば100点満点♪

 

クッキーミックス粉と卵黄と無塩バターを混ぜ混ぜ.

型に詰めてフォークでグサグサ穴を開ける.

その上からカラメルソースにアーモンドスライスを混ぜ混ぜしたヤツを乗せてオーブンへ.

 

できた!

 

う~ん,これも簡単だ.

クッキーミックス粉を自分で作るとなれば,小麦粉と砂糖と塩とベーキングパウダーを混ぜ混ぜしたらいいのだろう.

 

お菓子作りで気づかされるのが,コレを作るのにこんな大量の砂糖やバターがいるのかってこと(笑)

“甘さ控えめ”と書かれていても大量の砂糖が入っているんだろうなぁ.

 

バレンタインデーまでにもう少しうまく作れるようにするかな(笑)

仕事帰りにサクッと鉄ラン.

本当は,1回の鉄ランで1路線(起点から終点)走るのがポリシーなのだが,なかなかまとまった時間がとれないので,適当な区間に分けて走ることに.

 

近鉄宮津駅の駐輪場にカブ君を預ける.

 

 

近鉄宮津駅

 

ここから大和西大寺まで走る.

13キロ程しかない.

 

狛田駅

 

 

新祝園駅

 

 

木津川台駅

 

 

山田川駅

 

 

どうでもいいけれど,この辺りが京都府と奈良県の境界(笑).

 

 

高の原駅

 

 

平城駅

 

日没!

 

大和西大寺駅

近鉄と阪神のツーショット.

 

 

 

特に面白い発見もなく,あっさり終わりました.

 

 

そーいや,鉄ランした路線を塗りつぶしていく,鉄道全線乗りつぶしログブックの進捗状況は・・・?           

近畿圏はだいぶ色が塗れてきた(笑)

そろそろビッグな長大路線をやりたい.                    

京阪5000系が誕生して50年が経った.

日本初の5扉車であり,今でも現役で走っている日本最後の多扉車である.

 

5扉車として運用されるのはラッシュ時のみ,それ以外は2扉を閉鎖して3扉車としても使用できるユニークな車両だ.

 

開発経緯は,簡単に言ってしまえば,“ラッシュ時の乗降時間増大による遅延をなくすため”.

高度経済成長期,京阪線沿線は宅地化が進行し,沿線人口も急増したらしい.

当時の京阪は,京都市電や大阪市電と平面交差する関係で,架線電圧が600V,ゆえに,7両編成までしか繋げられない,という時代.
今では1500Vに昇圧され,8両編成も可能となったが,当時はそれができなかったんだなぁ・・・.

 

8両繋げられないから7両のままで何とか乗降時間を短縮できないか,と考えて辿り着いたのが5扉車っていうね(笑)

 

 

誕生から50年,時代は変わった.

5扉車にとって最大の敵,ホームドアの普及である.

5000系は3扉車運用時でも他の車両と扉の位置が異なるため,ホームドアに対応するのが難しい.

京橋駅にホームドアが設置されるに伴い,今月29日で,5000系は5扉車としての運用を終えることになった.

“次々発 7:41 通勤準急 大阪淀屋橋 扉”

の表示が見られるのも最後なのだ.

 

 

50周年記念のスタンプラリーをしてきた.

 

スタンプを全部集めて,マスクケースをもらえた.

5000系とコロナを一緒にしないでと思っちゃうオイラ.

マスクケースならA4サイズが入るクリアファイルの方がいいなーってね(笑)

 

 

首都圏でも多扉車は走っていたよなぁ.

山手線にも6扉車があったし.

最初知ったときは,どんだけドアがあるんだ!と思ったが,思った以上に短命だった.

多扉車が引退する理由はほとんどがホームドアだという.

 

京阪幹部も,「50年前にホームドアの想定はしていなかった」と言っている.

そりゃそうだよ・・・.

 

時代のニーズに合わせて誕生し,時代の流れには逆らえず引退する多扉車.

なんか切ないねぇ.

 

今後は3扉車としてしか運用されない5000系.

誕生から50年経っているので,3扉車として運用後も,そう遠くないうちに廃車になるかも.

大好きな5000系,どうか素敵なセカンドライフを送ってほしい.

 

アホですが,無印良品で,こんなのを購入したわけでございます.

“自分でつくる”シリーズ(笑)

お菓子制作キットですね.

 

まずは,写真左の茶色のプーさんが持っている,“チョコタルト”を作ることに.

 

 

いざ開封.

中身は~?

中身を見ただけで,

“チョコ溶かしてタルトに入れてナッツをトッピングして冷蔵庫イン”

して作るんだろうということが容易に想像つく.

 

5分でできた.

 

“自分でつくる~”と謳っていますが,ほぼ作ってもらっている感覚に近い(笑)

自分で作ると手間がかかるタルトは既に出来上がった状態で入っているからな.

 

でも勉強にはなる.

一度これで作ってしまえば,二回目以降は,タルトと板チョコとトッピングできそうなモノを買ってこれば自分で作れるわけだ.

欲を言えば,タルトをタルト生地から作ることだってできるわけだ(笑)