【備忘録】忘れじの人
人は必ず死を迎えるものだが彼女はそれが早すぎた。25になる前だった。
25で死ぬ人間はあまりいない。でも、死んでしまう人間もいる。
彼女がそうだった。交通事故。25歳になる誕生日の数日前、雨の日の夜だった。
美しい人だった。
ファーの帽子をかぶれば冬の妖精に見え、裸足にサンダルを履けば夏の天使になった。
色素が薄いのだろう、薄い茶色の瞳は長い睫毛に飾られ、アジア人だと思えないほど肌が白かった。頰は柔らかそうにふっくらしていたが、抱き締めたら折れてしまいそうなほど華奢だった。
春の花のように笑い、言葉を選んでゆっくりと話す人だった。
華美な美しさではなく、可憐で控えめで、どこにいても風景と調和する人だった。
恋人だったことは一度もない。
お互いに恋人がいるときが長く、僕に恋人がいないときは彼女に恋人がいた、彼女がひとりのときは僕に恋人がいた。どこかすれ違ってばかりだった。
僕は彼女に好意を持っていた。彼女もおそらく同じ想いを抱いていてくれたのではないかと思う。何度も夜を明かすまで語り合い、お互いに好きなアルコールで胃袋を満たした。旅先から電話をくれた彼女と笑い合ったこともあった。
10歳の差があったが、それを感じたことはなかった。
死んだ人間は思い出によって美化される。そもそもが美しい女の子なのだ、若くして死んだとなればなおのことだ。
酔って潰れた彼女を背負い、送り届けた日のことをよく覚えている。
「いつか、生まれ変わったら、私とケッコンしましょうよー」
「生まれ変わらなくても、いまがあるけど?」
「んー……。じゃあ、このまま連れてって」
どこでもいいから。彼女はそう言った。
とても幸福な、肌寒い3月の夜のことだ。いまでもその夜を思うと歓びで胸が溢れる、そして詰まりもする。
しかし、ふたりで過ごした時間はその日が最期だった。
「私はビリーさんの第1号のファンです」
そう言ってくれた彼女に、「どんなかたちでも、必ず本を出すから」と僕は答えた。
「約束ですよ?」
「うん。約束する」
その約束が果たされたとき、既に彼女はこの世にはいなかった。
僕は「流星ツアー」を持って、彼女の仏前へ向かった。
そこで笑顔を浮かべていたのは、あの心優しく美しい、ひとりの女の子だった。
どうにか約束は果たせた。それからまた時間は続く。
ご両親の想いから、ずっと置いておかれた携帯電話ももうない。ことあるごとに、僕はその携帯電話にメールを送っていたのだ。
「元気にしてる? 俺は変わらず、這いつくばるみたいに生きてる。そっちはどうかな。Tちゃんが笑ってくれてるんなら、それだけでいい。また、お墓に行くから」
そんなふうに。
彼女はいま、天上のゆりかごに体を預けて照れたように控えめな微笑みを浮かべている。睫毛をふせて下界を眺めている。
そんな姿を想い浮かべる。
僕の背中で眠り落ちそうになりながら、「きっと、なにもかも大丈夫」と、耳たぶをくすぐるような囁きのことを、ずっと、きっと忘れない。
美しい憶い出はいつも僕たちをあたため続けてくれる。過去も現在も、そしておそらく、これからの未来も。
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