【インスタグラム】いまもジョゼは旅の途中
ジョゼと呼ばれていた友達がいた、とてもきれいな顔立ちではあったが純血種の日本人だった、なぜジョゼなのか、彼女の本名がなんだったのか、そのことは知らない。
知り合ったとき、親しくなったとき、彼女は既に「ジョゼ」だった。
だから僕は彼女のことをジョゼと呼んだ。
ジョゼは背が高く、とても痩せていて、逆立つくらい髪を短くしていた、小さな頭には真冬でも麦藁帽子を目深に被り、刃物のように冷たく鋭利な目であたりを睨んでいた。
晴天でも黒い雨傘を持ち歩き、ネコを見かけたらうなり声をあげて威嚇した、鳩が群がっていれば駆け寄った、そして夏が大キライだった。
「好きなものなんかない」が口癖で、いつも退屈そうだった。
ジョゼには恋人がいた、いだけれど寝たことは一度しかないと言っていた。
「あんなことは一人一度で充分」
ジョゼと一度だけ出かけたことがある。
梅雨入りしたばかりだというのに真夏のような晴天の週末、クルーザーの停泊するハーバーへ出かけたのだ。気温は30度を超えていて、じりじりと焦げつきそうな陽射しの日だった。
「水のそばなのに全然涼しくない」
独り言のようでもあり、抗議のようでもあった。
「差せばいいのに、その傘」
「これ、雨傘だもん」
「陽射しは避けられる」
「避けられなくてもいい」
「日焼けする」
焼けると真っ赤に腫れて、火傷のようになるだろうと思った。
ジョゼは紫外線を経験したことがないんじゃないかと思うくらい白い。
「火傷する。それ、使いなよ」
「一度しか来ないからいい。一度くらい日焼けしてもいい」
頑なに傘は開かなかった。
「彼女は一度も海を見たことがない」
ジョゼはある曲の一節を歌って、
「知ってるでしょう」と笑顔を見せた。頬のあたりがほのかに赤くなっていた。
「うん」
誰とでも寝る女の子について歌った曲だった、ジョゼとは違う。
「私のための曲だと思ったけど、全然、違うみたい」
「うん。古い曲だし」
だね、と言ってジョゼは海のほう、水平線のほうをみていた、僕はそんな彼女の横顔をちらりと盗むように見ていた。
「海はわかった。また、どこか連れてってくれる?」
「行きたいところを考えておいて」
「うん。たぶん、そんなにないけれど」
それから僕らは話すことを忘れ、陽が赤く下降するまで南を見ていた。
それがジョゼに会った最後の日になった。
未練なんて欠片もないようにジョゼは天へ旅立ち、いまもきっと退屈そうな顔を浮かべている。
ジョゼはいまも旅の途中だ、行きたいところを探している途中なんだと僕はときどきジョゼのことを思い出す。
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